Ep6-9 ひと癖ある面々
英太たちが美術館巡りをしているころ、地上にはケイタと写楽倣介の姿があった――
「なあ、地下を通らないと下見にならないんじゃないの?」
「いーんだよ、オレは地下でも方角に迷ったことはねぇンだ。地上で方向と距離感さえつかんでおきゃぁ、本番でも真っすぐたどり着けるさ」
「地下は迷路だから真っすぐは進めないと思うけど」
「なんだ、おめーもトオノみたいなことを言うんだな。理屈ばっかりこねてっと大事なもんを見落とすぜ?」
何を言ってもオレ様流を貫くタイプのケイタに写楽も肩をすくめるだけだ。
「それより、おめーも別についてくる必要はないんだぜ?」
レムナンツ・ハンズでレイド現場の下見に行こうとケイタが誘ったものの、カサギさんは別の用事があって都合がつかず、トオノは地図アプリがあるから大丈夫といい、メイに至っては却下の一言で済ませていた。ケイタも普段は下見などしないたちだからむしろ全員からいぶかし気に見られていた。今回は相当気合が入っているようだ。
「まあ、確かにそうだけどさ。ケイタさんがどんなスタイルか知っておきたかったんだ。収穫はあったよ」
今度はケイタが肩をすくめる番だった。倣介はやはり基本はソロで行動する主義のようで、レムナンツ・ハンズに合わせてはいるが常に観察して警戒を怠らないところがあり、ソロ・レイダー特有の用心深さが一つ一つの所作に沁みついている。若く見えるが老練な猫を思わせる立ち居振る舞いだった。
そんなわけで見るからにヤンキーっぽい服装のケイタと少し背伸びした少年と言った出で立ちの倣介が炎天下のオフィスビルの間を肩を並べて歩くという、場違いに見えて意外と周囲に溶け込んだ光景が繰り広げられていた。
「お、なんか出店が出てンぞ」
出店と言っても祭りの縁日ではない。ここは東京国際フォーラムの地上階広場でほぼ隔週で開催されている大江戸骨董市だ。雑多でカラフルな器を並べている店もあれば、毛氈の上に綺麗に民芸品を並べる店もある。値打ちが無さそうな小さい額縁の絵画や地金がどんな金属なのかわからない鈍い色をした彫金細工など、怪しげな品もここではお宝のように見えてくる。そんな畳二枚ほどの小さな露店が、ガラスの箱舟を思わせる巨大な近代建築とオフィスビルに囲われた狭い空間に所狭しと出店していた。
「骨董品の店も出ていますね。へぇ」
倣介も興味津々といった感じで並んだ品々を眺めている。
「お、古道具屋もあるじゃねぇか。なんかイイ感じのモノを買ってってトオノのヤツに自慢してやろう」
真鍮の鉱夫ランタンや、意味があるのかないのかわからないたくさんの可動部があるオイルライター、円形のダイアルと単眼鏡が組み合わされた古い真鍮製の測量器具などなど。なかなかに興味をそそるが、状態のいいものは話題性だけで買えるほどの安値ではなかった。
「うーん。あ、コイツ、いい感じじゃね?」
何がケイタの琴線に触れたのか、それは大きな鉄輪に通された鍵束だった。一本ずつデザインも違えば対応する鍵穴のタイプも異なる不揃いな鍵は適当に拾い集められたものを無作為に束ねたものと思われた。要するにアクセサリとして売られているのだろう。
「あ、ケイタさん、注意書きが……」
倣介が止める間もなくケイタは無造作に鍵束を素手で掴んだ。
「熱っっ」
「ほらもう。金属は日光で熱くなっているから気をつけろって書いてあるでしょ」
「夏の太陽、半端ねぇな」
ズボンに手の平をこすりつけたケイタが今度は慎重に温度を確かめるように触れながらそっと鍵束を持ち上げた。シャラランと涼やかな音が鳴る。
「へぇ、いいじゃんか」
ケイタは相当気に入ったようだ。少しあきれ顔で眺めている倣介を無視して店主と値段の交渉をしている。
「へへ、いい買い物をしたぜ」
さっそく腰の鎖に鉄輪をからめて鍵束をぶら下げる。
倣介には正直、ガードマンの学生バイト風にしか見えなかったが、本人が楽しんでいるようなのでそっとしておくことにした。
***
日本工業俱楽部会館では新興事業団体による昼食懇親会が開かれていた。
「本日はこのような場にお招きいただきありがとうございました」
肩までの長髪をきれいに切りそろえ、真夏だというのにきちんと三つ揃えを着こなした三十代前半と思われる男性が脂ぎった初老の男を相手に会食を行っている。
「いやいや、気にせんでくれたまえ。これからは君たちのような若い世代にも大いに経済を盛り上げてもらわんといかんからな」
白いジャケットの給仕が音も立てずに近づき、銀製のポットで静かにコーヒーを注ぐ。
「大変示唆に富むお話でした。ぜひ今後の指針とさせていただきます。引き続きご指導を賜れましたら幸いです」
「こちらこそ君のような優秀な若手と話す機会は貴重なのだよ。君は五島先生のところにお世話になっておるんだろう?」
「はい、及ばずながら末席を汚させていただいております」
「そうかそうか。先生は最近どうしておられるかね。うん?」
「はい。最近も精力的に活動なされております。つい先ごろも第三国への流通の伝手を探しておいででしたね。なんでも今はまだ手を着けられていない新たな資源開発の事業化を水面下で進めているとか。そういえば会長もそちら方面にお強いのでしたね。よろしければ先生との会食をセッティングいたしましょうか」
「おお、それは素晴らしい。ぜひそうしてくれたまえ」
「ええ、お安い御用です。と、失礼して少し席を外させていただきます」
適当なところで会話を切り上げて男性は手洗いに行くふりをして館内を観察して回る。男性が談笑していた相手に差し出した名刺には架空の会社名の代表を名乗る『浅野凪人』という名前が記されていた。
菱和京海信託銀行信託博物館のある日本工業倶楽部会館特別室は会員のみが利用可能なのだが、このような催しの場では会員の招待という形で非会員でも入場可能になる。浅野は偽の身分を用意して会場に潜入したソロのレイダーだ。
「作戦成功の秘訣は事前の仕込みにあるのですよ。筋肉馬鹿たちはそこのところを理解していません」
ふふっ、と笑みを浮かべながら部屋の入り口や廊下につながる扉のカギの種類、警報機の有無などを探る。扉自体が歴史的建造物の一部なので錠前の構造は前時代的なものだった。浅野はさりげなく扉前に立つと、後ろ手にガジェットを鍵穴に押し付ける。起動したガジェットから鍵穴に向けてガイドとなる金属棒と速乾性の樹脂が流し込まれ、三十秒ほどでスペアキーが作成される。指先だけでスペアキーの仕上がりを確認した浅野はガジェットからキーの部分を取り外して札入れを模したケースに仕舞うと次の扉へと向かった。
***
「いやー、軒端さん、助かりましたよ。サービス係が二名も同時に病欠になるなんて滅多にないことなんだが」
「いえ、仕事ですから」
てきぱきとあと片づけをする手を止めずに白ジャケットの給仕が給仕長と会話を続ける。
「それにしても見事な接客でした。どちらで学ばれましたか?」
「……スイスで五年ほど」
「ほほう、本場仕込みでしたか。どうです?このままこちらに本採用させていただくのは?」
「いえ、自分は流しのようなものですので」
「そうですか。もったいないですが無理強いするものでもありませんね。また機会がありましたら来てください」
「はい、ありがとうございます」
軒端と呼ばれた壮年の男からにじみ出る暗い空気は清廉な白ジャケットをまとっていても完全には消せていなかった。何かの事情を察した給仕長はそれ以上勧誘をすることなく、話を切り上げた。
軒端鶴也。彼もまた、ソロのレイダーだった。
彼の狙いは今回のレイドのきっかけとなったロスト・アセット『未済報告書』だ。長らく行方を知られていなかったレリックが信託銀行の金庫のひとつに信託物として預けられていることが判明した。運営は正式な所有者(この場合は法人)に交渉して許可を得、内容を確認していた。
「その情報をもとに開催するレイドの対象リストに金庫にある現物を挙げるとはな」
運営の二枚舌にはほとほと愛想が尽きる。
「一番油断ならないのは『運営』だな……」
軒端はバックヤードをつなぐ使用人専用の通路を探りながら独り言をつぶやいた。
***
「組織の情報は当たりか」
近代的なギャラリーに展示されている江戸切子の小瓶を見つめて季丞玄がつぶやく。
目の前の赤被せの江戸切子は表面に松ぼっくりのような幾何学模様が刻まれている。古典的な繰り返し模様が見る者の目を妙に惹きつける魅力がある。猩猩緋と呼ばれる深い赤で、ルビーのような派手さはなく、さりとてガーネットほど暗くはない味わいのある赤が照明のハロゲンランプの強い光を反射してより美しく魅せてくる。
だが熟練のレイダーの目はその繰り返しの切子模様が特別な意味と力を持っていることを見て取っていた。明治後期に軍の研究施設で研究されていたとされる硝子瓶の形状をしたレリックだ。『理髪師の小瓶』。それがこのレリックの名称だった。
中背でずんぐりとした体形とどことなくカピバラを思わせる風貌はぼうっとしてると人畜無害な間抜けに見える。が、丸眼鏡をかけた小さな目は狡猾さを宿しており本当は危険人物であることを物語っている。
「となると、例の『地獄銭』の噂も信憑性が出てくるな……」
季丞玄は鋭い視線を丸眼鏡で隠し、特段の興味を持たなかったように次の展示物へと進んでいった。
***
様々なレイダーが虎視眈々と獲物に狙う中、ついにレイドの幕が上がる――




