Ep6-8 美術館巡り(3)
ステーションギャラリー――
日本国有鉄道の時代からすべての路線の中心点として威容を誇ってきた東京駅。大正時代に建てられた駅舎は現存する当時のレンガ造りの建造物の中でも群を抜く優美さを持つ。駅舎の補強工事を兼ねた改修でその北翼がギャラリーとなり、南翼がホテルとして開放されている――
カトウたちと別れてステーションギャラリーに向かう。東京駅の丸の内駅舎の北翼に設けられた美術館だ。
東京駅の丸の内口に建つ赤レンガの駅舎は大正初期に完成を見た。深い硬質な赤を織りなす化粧レンガを水平に走る白御影石の帯で挟み込み幾重にも重ねた姿は大きく翼を広げて羽根を休める鳳凰の風格を体現すると同時に貴婦人の優雅さを漂わせている。両端には八角形のドームがそびえ、当時の建築技術の粋を集めた大空間を内包している。
俺と片梨さんは地下通路を通って丸の内口のエスカレーターを上がり、北翼のドームに着いた。見上げると、高いドームの天井に繊細なレリーフが刻まれ、天頂を囲み祝福するように円を描いている。片梨さんが無意識にだろうか、右手を掲げて空を掴んだ。
「どうしたんだ?」
「あたしはいつか、自由になって天の頂まで飛んでいきたい」
「……そうだな。天の頂ってところがあるなら、俺もいつか行ってみたいな」
二人の周囲に、重く、でも不思議と心地よい沈黙が流れる。
「いきましょ」
「ああ」
ステーションギャラリーは北翼ドームの出口を出てすぐ左にある。ここが入り口かと一瞬戸惑うほど狭い間口を通って中に入ると美しい螺旋階段の階段室を昇る。三階に企画展示室があり、先ほど見上げていたドームの三階部分をぐるりと囲む回廊に出ることができる。二階には歴史展示室があり創建当時のレンガを直接見ることができるレンガ壁など、派手さはないが歴史の断層に直接触れるような感動を与えてくれる。そこに、過去の機関手が使用していた道具が展示されていた。
「これ、レリックだ」
一目見て強烈な存在感を放つ懐中時計がリストにあった『悔鳴懐中時計』だと分かった。効能はわからないが、名称からうかがえる昏い雰囲気が本体からも見えない霧のように立ち昇っていた。耳の奥に篠突く雨の幻聴が響く。
「確かに。あたしにも感じ取れるわ」
「行こう」
じっと見ていると魅入られそうになるので早々に立ち去ることにする。他にも見に行くべき場所がまだ数か所残っている。
ステーションギャラリーを三十分も観ないで出てきてしまった。ちょっともったいない気がするけれど、今回の目的はレイドのルート確認であることを忘れてはいけない。燦燦と真夏の太陽が降り注ぐ丸の内駅前広場に出て大きく伸びをする。
「ふぅ、やっぱり古いものに囲まれていると辛気臭いわね。暑くても外の空気のほうがおいしいわぁ」
「そうだな」
根を詰めたあとだからなおさらだ。
東京はこういう広場に来ると本当に空が広い。青い空と緑の芝生に挟まれ、視界一杯に捉えきれないほど横に大きく広がる赤レンガの駅舎はやはり優雅で美しい。
「あたし、この建物好き。なんか親近感湧くっていうか」
笑顔で振り向く片梨さんの二つ結びにした髪が広がって、赤レンガ駅舎に重なって見える。
「奇麗だな」
「え?」
「いや」
「次はどこに行くの?」
「そうだな。あそこに見える明るいレンガ色の建物にも信託博物館っていうのがあるんだけど、本当に入りたい『特別室』は会員制なんで俺たちじゃ入れないんだよな」
丸の内駅前広場の途切れた先、交差点の対角の位置にそのビルは建っている。いままで見てきたものと同様、古い建築と最新のガラス張りのオフィスが合体したような形で保存再生に取り組んでいる。ここから見ると五、六階建てのレンガ造りの建物にガラス張りの高層ビルがのしかかっているように見えてちょっとかわいそうな感じだ。
レンガ造部分の建物は大正時代の竣工なのに全体に直線が強調されたデザインになっている。当時の最先端デザインだったそうだけど、今でも信託銀行というお堅いイメージにぴったりの印象だ。一階部分は白御影石で、デザイン上のアクセントになっていて美しい。ここからだと見えないが正面玄関の上に二人の労働者の立像があるらしく、当時の労働者のプライドと勢いを感じさせる。
「へぇ、会員制だなんて社交倶楽部みたいね」
「だな。当時の内装が残っているらしいから、ひょっとしたら何かレリックが残されているかもと思うんだけど、レイドが始まらないとちょっと手がでないよな」
「そうね」
ん-、よし、休憩終了。
「ちょっと時間が押しているから信託博物館は飛ばそう。あとは地下のルートだけ確認しながら三泉記念美術館まで行って、今日は終わりかな」
「わかったわ」
ん、と言って伸ばした片梨さんの手を引いて立たせる。
ここから目的地の日本橋はちょっと離れている。その上、地下通路だけをたどっていくとなると、結構遠回りしなければいけない。俺たちは地図アプリで確認しながら、地下街に戻っていった。
〔つづく〕




