第9章:鎖の限界
あたしは薫様と牢にいた。薫様はあたしの鎧の細部を、羨ましいほどの根気で調整してた。どこからそんな忍耐が出てくるんだか。
「なんであたしたちの牢に、クソ鏡ひとつないわけ?」
「エルフは剣闘士が何でも武器にするって知ってるからな……鏡は置かせねえよ」
「ありえない。髪見てよ、ハリケーン通ったみたいじゃん。それに、臭いし……何日も風呂入ってねえんだよ。豚の方がまだマシな匂いするって」
「文句ばっかだな……まだお姫様気分か?」
あたしは目をぐりぐりさせた。薫様、もうこの腐れ具合に慣れちまってるんだよな。
鎧の調整を終えると、薫様は一歩下がってあたしを上から下まで眺めた。まるで自分で鍛えた武器でも見るように。
「準備はいいか」薫様はあたしを見据える。
「やるしかねえだろ」
「死ぬなよ」薫様はぼそりと呟いた。
その手が、重くて不器用にあたしの肩に置かれた。その瞬間、薫様なりの心配が伝わってきた。少しだけ、柔らかくなった気がした。
あたしは腕を広げて、ぎゅっと抱きついた。
薫様はどう反応していいかわからなかったみたいで、石像みたいに固まってた。けど、数秒後には抱き返してくれた。
衛兵が現れた。何も言う必要はなかった。あのクソ野郎の目が、全部物語ってたから。
あたしは抱擁を解いて、その後に続いた。あの門をくぐる感覚はいつも同じだ。背筋がぞわぞわする。一歩一歩が最後になるかもしれないって。
門が開く。
歩きながら、ネックレスに触れて思った。今頃どうしてたかな……もしかしたら、もう卒業してたかも。イケメンで金持ちの彼氏でもできて、ディナーや旅行なんてしてたかもな。
でも、そんな想像したって意味ねえよ。
門が完全に開くと、あたしはアリーナに足を踏み入れた。
太陽が顔に容赦なく照りつける。暑い。
剣と盾を構えた。まさか、あたしが? 前は包丁すらまともに持てなかったのに。九年間の殴り合いと強制訓練が奇跡を起こしたってわけだ。
正面の門がゆっくりと開いていく。
二人の剣闘士が現れた。男と女。
その瞬間、わかった。
二対一かよ。
そりゃそうだ。正々堂々なんて、とっくに消えちまったんだ。
観衆は血に飢えて、狂ったように叫んでる。
あたしは数歩進んで、敵を観察した。二人はこそこそ話し合って、作戦を練ってる。
あたしは攻撃態勢で、最初の動きを待った。
男が怒涛の連撃を繰り出してくる。
あたしは剣と盾を交互に使って防御する。腕に衝撃がガンガン響く。正直、あいつ、意外と強いじゃん。
けど女が背後から回り込んできた。その刃があたしの腹をかすめる。
ギリギリで避けた。かすり傷。大したことない。
血が流れるけど、無視。
二人の連携、うまいんだよね。
それが、マジでヤバい。
躊躇してる暇なんかない。
二人が一気に攻めてくる。早く終わらせたいって感じ。四方八方から攻撃が飛んでくる。激しくて、容赦ない。それでも、あたしは耐え続ける。どこまでも。
距離を取った。
疲れた。体中傷だらけ。二人のこと、荒い息を吐きながら睨みつける。
そしたら…
ブチ切れた。
獣みたいに突っ込んで、女剣闘士にプレッシャーをかけ始めた。そいつは防戦一方。明らかにあたしの方が強い。息が上がってきて、目にパニックが浮かんでる。
男の剣闘士があたしに向かって走ってくる。
彼女を助けようってわけ。
素人丸出し。
そいつが攻撃を繰り出した。
その瞬間、あたしは彼女を盾にした。
男の攻撃は、彼女が自分のミスに気づく前に、その体を貫いた。
男の剣闘士は、ピタリと動きを止めた。
ショックで固まってる。
その隙を突いて、あたしは攻撃した。
あたしの一撃、速えよ。
気づいたときには、もうやられてた。
二人とも、ドサッと地面に崩れ落ちた。
また勝った…
けど、なんか苦い。
観衆は大盛り上がり。そりゃ、こんなイカれた連中、喜ぶに決まってる。
あたしは足を引きずりながらアリーナを出て、牢に戻った。
薫様があたしを見て言った。
「やったな、お嬢」
「あたし、ここから出る」
薫様の顔がサッと青ざめた。
「だめだ。だめだ、絶対だめだ。そんなクソみたいなこと、させるわけねえだろ」
「じゃあどうしろっての?ここにいるって?今日のアリーナ、見ただろ?」
「お前は二人倒したじゃねえか」
「うん、薫様。二人だよ。あたし一人に二人ぶつけてきたんだ。殺したいんだよ、奴ら。あたしは今が全盛期だけど、すぐに誰かもっと強いのが出てきて…殺されるんだ。それが奴らの狙い。新しい血が欲しいんだよ」
「わかった、仮にだ。お前が出たとすっか。どうするつもりだ?」
「あいつを追う」
「本気か? 魔王を殺すってのか? 剣闘士二人倒すのに苦戦したお前が、魔王を殺せるってのか?」
「少なくとも、ここで時間を無駄にするよりマシだ。ネズミみたいに隠れてるなんて…あたしはもう死ぬのが怖くねえよ」
「強がんな…お前、本当に逃げたいのか?」
「うん。それがあたしが毎日起きる理由だから」
薫様はしばらく黙り込んだ。
考え込んでる。
そして、ため息をついた。
「わかった。そこまで言うなら…そうするしかねえな。ここから逃げよう」
もう、後には引かねえ。
この地獄から出てやる。




