第7章:闘技場の最初の叫び
あたし、部屋のベッドでゴロゴロしてた。ジュース飲みながら勉強。
くそっ……あのクソ遼、まだあたしより上だし。 生意気な野郎、自分があたしより頭いいとか勘違いしてんじゃん。 あのチビ、思い知らせてやんないと。 あたしがクラスで一番なんだから、そう簡単に王座渡すわけないじゃん。
そこへ、ドアをコンコンとノックする音。
開けると、母が立ってた。
母はあたしを優しく見つめて、
「まだ勉強してるの?もう遅い時間よ。寝るのも大事なんだから」
「分かってるって、お母さん……でも、やめらんない。遼がもうすぐ追い越してくんだから。そんなの許せるわけないじゃん」
母はあたしを見て、ふっと笑った。
「あなた、ほんとにプライド高いわね……きっとお父さん譲りよ。あなたは絶対に諦めない。それがあなたの一番の長所のひとつ」
「本当にそう思う?もしあたしが抜かれたら?クラスで一番になっちゃったら?」
「言ったでしょ。あなたは努力する子よ。もしそうなっても、また立ち上がって一番になるまで戦うんでしょ。それが私の育てた娘なんだから」
母の言葉が、頭にじんわり染みる……
そして、全部がよみがえった。
アリーナの歓声が、また耳に突き刺さる。
剣闘士がアリーナの壁から剣を引き抜く。起き上がろうにも、体が動かない。トラックに轢かれたみたいだ。
骨、折れてんじゃねーの?
息するのも痛え。 動くのも痛え。
要するに、あたしゃもう詰んでる。
冷え切った、もう我慢の限界って目で、奴があたしを睨む。
「地べた這いつくばってろ、ガキが……もうお前の出し物は終わりだ」
奴は剣を砂に引きずりながら歩き出す。
金属音がキィン、キィンと耳障りに響く。パニックが押し寄せてくる。振り向かないまま、横に手を伸ばす。パチンコを掴む。奴に気づかれねえよう、石をセット。
一か八かだ。
外したら、マジで終わりだ。
奴を止められる急所を狙う。
奴があたしの真上で止まる。とどめの一撃、剣を振り上げた。
あたしは振り返って石を放つ。
石は奴の目に、ド真ん中。
甲高い叫び声がアリーナを切り裂く。剣がガシャンと落ちる。聞こえるのは、奴の苦痛の叫びと、あたしへの罵声だけ。
胸の焼けるような痛みを無視して、ふらつきながら立ち上がり、ブーツに隠したナイフを掴む。
痛みなんて感じてる場合じゃねえ。
チャンスは一度きりだ。
もうためらわねえ。
このクソ野郎に、あたしは殺されねえ!
奴は次の攻撃に備えようとする。けど、目の痛みが奴を鈍らせる。その一瞬……あたしの方が速い。
ナイフで急所を突く。
膝から崩れ落ちる。息が切れ、手が震える。
これがあたしの全てだ。 効かなかったら……もう終わりだ。
ゆっくりと顔を上げる。
奴はまだ立ってた……あたしを睨んでる。
クソ……あたしの攻撃、無駄だった。終わりだ。
奴があたしの方に一歩踏み出して……
そして、崩れ落ちる。
奴は死んでいた。
群衆が狂ったように叫び出す。まるで最高の見世物だとでもいうように。
血まみれのナイフを手に見つめ、すぐに手放した。
視界がぼやけ始める。全てが真っ暗になる直前、頭が地面にぶつかる衝撃だけが残った。
誰かが頭を触る感触で目が覚めた。
動こうとした──致命的なミスだ。全身に激痛が走る。横を見れば、薫様がいた。
あたしの体は全身包帯だらけ。マジで……ミイラじゃん。せめて葬式くらい可愛くしてくれりゃよかったのに。
薫様が、明らかに驚いた顔であたしを見つめる。
「本当にチャンピオンに勝ったのか?」
「カラスの餌になってないなら……多分、そうなんじゃね?」
でも、あたしは全然嬉しくない。
自分がしたこと、思い出すだけで手が震える。罪悪感が込み上げてくる。あたしは、あんなことしたくなかった……あの人も、このイカれた見世物で、ただ生き残りたかっただけなのに。
薫様はあたしの震える手に気づき、そっと握る。
「自分を責めるな。お前は必要なことをしただけだ」
「……うん」
それから薫様は、あたしの手を握ったまま、そこにいてくれた。
無言で。
あたしが眠りに落ちるまで。
多分……あたし、また同じことをしなきゃいけないんだろうな。
何度も、何度も。




