第6章:生存の幻想
あたしら、ただ睨み合ったままだった。
体中が氷水を浴びせられたみたいに震えてた。でも、あたしは目を逸らさなかった。恐怖を見せる?死んでもごめんだ。男はあたしを、心底つまらないものを見る目で睨んでいた。
「まあ……時間は取らせない。怖がってるだろうから、さっさと終わらせてやるよ」剣闘士は、偉そうにそう言うと剣を抜いた。重そうなそれを、軽々と振り回して構える。
その瞬間、観衆が沸き立った。喚き散らし、拍手を送る。当然だ。人間が一人になるまで戦う姿なんて、あのクソ虫どもには最高の娯楽だろう。
あんな奴の攻撃を防ぐなんて、無理に決まってる。
だから、あたしにできることは一つだけ。
逃げる。
走り出すと、すぐに奴が剣を構えて追ってきた。
「卑怯者が!堂々と戦え!」剣闘士は苛立ちを隠さずに叫んだ。
「殺すって言い方、随分と上品じゃん」皮肉を込めて言い返す。心臓はバクバクだったけど。
あっという間に距離を詰められた。まあ、体格が違いすぎるもんね。
パチンコを掴み、走りながら石を込めて撃った。
石は奴の額に直撃。奴は怯んだように額に手をやった。
闘技場がシンと静まり返る。全員が唖然としていた。
奴は不機嫌そうにあたしを睨みつけた。
「そんなもんで俺に勝てるとでも思ってんのか?」イラついた口調で言う。
「他にいい手があるなら教えてよ、チャンピオン様」貴重な時間を稼ぎながら、あたしは返した。
でも、奴にそんな余裕はなかった。
剣闘士は剣をあたしに向かって投げつけた。まるでおもちゃの槍みたいに。
それが、信じられない速さで飛んでくる。
ギリギリでかわした。ヒュッと風が腕をかすめ、一瞬で焼けるような痛みが走る。見ると、浅い擦り傷。
刃はドシンと壁に食い込んだ。
血が滲んだ。
一瞬、痛みも忘れて呆然とする。ヤバすぎ。あいつ、人間じゃねぇ。あと一秒遅けりゃ、即死だった。
あたしが気を取られてる隙に、あいつ、ぐいっと距離を詰めてくる。パンチが見えねぇ。
防がなきゃ!
反射的に盾で受ける。
「防ぐ」なんて生易しいもんじゃねぇ。
あのパンチ、死なずに済んだだけでも奇跡だ。
マジでクソ強ぇ。盾越しだろうが吹っ飛ばされて、闘技場の壁に叩きつけられた。
衝撃で肺の空気が全部抜けた。
腕は痛むけど、まだ動ける。でも息が上がってて……まともに走れる状態じゃねぇ。
食い込んだ剣がすぐ横にあった。
あいつ相手に使うには重すぎるけど。でも……あいつ、素手で攻撃してきてんだ。武器があるなら、とっくに使ってただろ。そしたらあたし、勝ち目なんてねぇ。
まだ何か隠してる可能性もある。けど、とりあえず今は素手ってことだ。
あいつをあの剣に近づけちゃダメだ。
素手のままなら、まだチャンスはある。ほんの少しでもな。
あたしはもうボロボロ、息も絶え絶え。
でも、それでも——
鉈を掴む。 あいつに向かって歩き出す。
薫様が言ってた通りだ。攻撃して、離れる。それしかねぇ。
観衆は戦いに熱狂してる。耳に届く罵声。
「さっさと殺せ!」 「チャンピオンが弱くなったぞ!」
剣闘士を睨む。あいつ、さらに怒ってる。なんか、完全にあたしへの私怨になってきてる。
あいつが走ってくる。
剣に近づけちゃダメだ。
鉈を構える……
でも、ビビる。
人を殺したことなんてない。
躊躇う。
その一瞬。あいつは見逃さなかった。
膝蹴りが顔面に炸裂。鉈が手から落ちる。視界が真っ暗になる。何も聞こえねぇ。
意識が遠のく。
クソ役立たず!目を閉じたら、寝てる間に殺されるだけだ。
剣闘士があたしの髪を掴んで、トロフィーみたいに持ち上げた。痛みで意識が戻る。放り投げられて、腹に強烈な蹴り。
まじでヤバい衝撃。
体が地面に叩きつけられる。
聞こえるのは、あいつが壁から剣を引き抜く足音だけ。
もう……
ここで終わりか。




