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第3章:見えない鎖



顔に何か湿った感触。体がどこかに運ばれてるみたいに、ゆらゆら揺れてる。


目をゆっくり開ける。どこだか分からない。頭がガンガン痛いし、視界もまだぼやけてる。それに、ひどい臭いがする……周りを見ると、あたしみたいな連中がいた。みんな汚れてて、ガリガリに痩せてる。カビだらけのパンを、世界一美味そうに食ってる女もいる。


マジかよ、あんなカビパンを美味そうに食うとか……どんなゴミ箱人間だよ?


つーか、不安になってきた。どこに連れてかれるか分からないけど、あたしもあの女みたいになっちまうのかも。


よく見ると、あたしは荷馬車の中にいた。前には耳の尖った男が二人。馬を操ってる。


これ、コスプレじゃねーし。早く逃げなきゃ。


起き上がろうとしたけど、無理だった。手足が縛られてる。深呼吸して落ち着こうとしたけど、全然無理。この瞬間、完全にヤバいって分かった。


陸に上がった魚みたいにバタバタ暴れた。誰か……このふざけた状況、どうにかしてくれよ。


ふと、爺さんが目に入った。そいつも縛られてて、体中傷だらけ。目はもう、諦めきってるみたいだった。


「動くな。疲れるだけだ。騒げばエルフが怒るぞ」


「余計なお世話。ネズミみたいに閉じ込められたくねーよ」


「問題は、てめぇの『したい』じゃねぇ……」 爺さんは、ふぅ、と深く息を吐いた。 「わしが鎖に繋がれて一生を過ごしたいとでも思ってんのか?お前、この世界に来たばっかだろ。当ててやるよ。ここでの出来事、全部夢だと思ってんだろ?プリンセスベッドで目覚める、とかな」


「あたしが夢見てる顔だって?家に帰んなきゃいけねーんだよ」


「分かってねぇな。ここがお前の新しい家なんだよ」 爺さんは空を見上げた。 「お前の人生は、仕えるか死ぬか……それだけだ。それが、お前のこれからの人生だ」


「こんなふざけたこと、認められるかよ!!あたしには権利がある。連れ回される人形じゃねーんだ。両親は魔王に殺されたんだぞ。ここから出て警察に行く。あいつに償わせる……」


爺さんが、あたしの言葉を遮って笑い出した。このクソジジイ、笑ってんじゃん。縛られてなけりゃ、マジで首絞めてた。


爺さんは笑うのをやめて言った。 「警察……?」 「お前はもう、お前の世界にはいねぇ。魔王に家族を殺されたってのは驚きだが、だからって、お前がゴミ以下だって事実は変わらねぇ。それは、わしにも、ここにいる人間どもにも言える。慣れとけ。お前の人生、ここにいる奴らと同じでクソになるぞ」


「あの野郎、知ってんのかよ?!」


「どの野郎だ?」


「魔王だよ」


「あいつを知らねぇ奴なんかいねぇだろ。お前は、あいつの王国にいるんだ」


あたし、あいつの王国に……ってことは、あいつ、ここに住んでんのか……見つけりゃ終わりじゃん。 でも、よく考えたら「別の世界」って言ってたし……ポータルとか変なこと、これで辻褄が合う。


もう、今日一日、マジで最悪。


「名前は?」


「水野紗綾香」


「わしは白波薫だ」


しばらくして、あたしたちは巨大な倉庫のような場所に着いた。耳の尖った男の一人がやって来て、


「さて、仕事を始めるぞ」


「何このクソみたいな場所?!」あたしはまだ怒りをぶつけた。


男は心底軽蔑した目であたしを見るなり、ためらいもなく顔面にパンチを叩き込んできた。 あたしは地面に倒れ込む。


男が近づいてくる。


「俺に口答えするな!!汚らわしい奴め。どこだろうと関係ねえ。大事なのは何をするか、それだけだ」


「あたしは何もするもんか!権利があるんだろ、この耳長のクソ野郎……おい、ちょっと……」


男はかがみ込むと、あたしの首を掴み、締め上げてきた。息が……できない。吸えない。こんな……こんなところで終わりなの? あたし、ここで死ぬのか? こんな死に方、絶対に嫌だ!!


だが、無駄だった。


視界が暗くなりかけたその時、おじいの声が聞こえた。


「この子はまだ新参者でございます、旦那様。自分の種族が劣等であることを、まだ知らぬのです。お願いでございます。我々に資格などございませんが、どうかこの子だけは……」


首が離れた。あたしは大きく息を吸い込む……むせる。必死に咳き込んだ。胸が焼けるように痛い。 薫様が、あたしを助けてくれたんだ。


ゆっくりと立ち上がり、馬車から降りる。そして納屋へと歩いていく。


動物の臭い。糞と、大量のハエ。


「全員、ここで寝ろ。明日、だらけてる奴は見ねえからな。お前らには新しい仕事を割り当てる」


男は納屋を閉めた。


床に座る。硬い。体中が痛い。頭の中を整理しようとするけど、どうにもならない。 これまでのことを振り返る。全部が急すぎて、消化する暇なんてなかった。


あたしの人生を思い出す。ベッド……家……両親……。 あのダサい紫のアクセサリーを、ぎゅっと握りしめる。誰にも聞かれたくなくて、小さく泣いた。


薫様が隣に座った。


「泣くな」


「無理だよ……」嗚咽混じりに答える。


薫様はあたしを睨んだが、背中にそっと手を置いた。


「あれはエルフだ。自分たちを俺たちより優れた種族だと勘違いしてるクソどもだ。だから、もう二度とあんな真似はするな」


「わかった。でも、あたしはどうすればいいの?」


「慣れるしかねえ……俺たちにできるのは、それだけだ」


あたしは薫様を睨んだ。でも、その目は虚ろで、悲しげだった。 周りを見回す。みんな同じ顔。希望なんてない。未来もない。 そこで、ハッと気づく。ここにいる全員、生き残ろうとしてる。この惨めな生活に、慣れようとしてるんだ。


あたしは……こんな生活、絶対に受け入れない! ゴミみたいな生き方なんて、絶対にしない! あたしはここから出ていく!

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