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第2章:沈黙の後の風




なんなの、これっ!?クソがっ!


息が……肺に入ってこない。 呼吸は浅くて、途切れ途切れ……誰かに心臓を鷲掴みにされて、叫び声すら出せない。


フードの男があたしにゆっくりと近づいてくる。あたしのパニック顔を、まるで餌を吟味するように味わいながら。 そいつは手を上げ、病的な優しさであたしの顔を掴んだ。その手は、ぞっとするほど冷たかった。


あたしは身がすくんだ。 涙が勝手に、ぼろぼろ零れる。クソ、泣きたくなんかないのに……! 頭の中は、ただ逃げることだけ。ここから逃げ出して、全部嘘だって思いたかった。


今日、あたしと朝ごはん食べたじゃん。 笑ってたじゃん。元気だったじゃん……! なのに今……今、もう……


「人間風情が、悲しんでいるのか?」 魔王の声は、明らかな嘲りを含んでいた。


あたしは何も返せない。 情けない子供みたいに、しゃくり上げるだけ。


不意に、そいつに思い切り突き飛ばされた。部屋の外へ。 つんのめって、廊下の床にドシンと叩きつけられる。 顔を上げると、あのフードの影が、あたしの方へゆっくりと近づいてくるのが見えた。


殺される……!絶対、殺される……! 警察に……早く、逃げないと……!


あたしは必死で立ち上がると、後ろも見ずに走り出した。 もう、必死で……! 最初の段を踏み外して、そのまま階段をガラガラと転がり落ち、下の床に体を打ち付けた。


床にへたり込んだまま、耳を澄ます。 ゆっくりとした足音が聞こえる。落ち着いた、静かな……あいつの足音が。


そいつは、恐ろしいほど静かに階段を下りてくる。


あたしは叫んだ。 喉が潰れるほど、叫び続けた。


「その無様な叫び声は、何の役にも立たん。まさかこれほどの相手を期待していたとはな。時の流れは、どうやら皆を弱くしたようだ。私にとっては好都合だが」


「なんで……なんであたしの両親を殺したのよ!?このクソ野郎がっ!!」 あたしの声は、かすれて、喉が裂けそうなほどだった。


「その泣き声が耳障りだ。お前たち人間は、何の苦労も知らずにぬくぬくと生きてきた。どれほどの者が地獄を見ていると思っている? お前たちの世界には、偽善が満ちている」


「ふざけんな!何の言い訳にもなってないじゃない!なんでこんなことしたのよ!?答えろって言ってんのよ!!」


あたしは震えていた。 あの男は、あたしの目の前に立って、冷たい目であたしを見下ろす……まるで、汚らしい虫けらでも見るように。


「魔王であるこの私が、こんな場所に足を運ぶとは……情けない。お前など、私の貴重な労力を割く価値もない。さっさと目の前から消え失せろ」


そいつの手が、あたしの腕を掴んだ。 あたしは振りほどこうと、殴り、蹴り、もがいた。 だけど、そいつはびくともしない。まるで岩でも殴っているみたいだった。 そいつは、ただ食料庫へ向かって歩き……ドアを蹴破った。


眩い光が、あたしの目を射抜いた。


ポータル……? あれ、なんなのよ!?


そいつは、あたしを見下ろし、何も言わない。 ただ、あたしをポータルの中へ放り投げた。


強烈な光が、あたしの目を焼く。 体が、自由落下する感覚……。


そして、一瞬にして、すべてが闇に包まれた。


目が覚めてきた……。


頭がガンガンする。


風が強い。めちゃくちゃ強い。


あたし、砂まみれだった。


横を見ると、海が……波が打ち寄せては引いていく。顔のすぐそばに、親にもらったあの安っぽいアクセサリーがあった。這ってつかみ取り、ぎゅっと握りしめた。それだけが、あたしに残された全てだった。


よろよろと立ち上がる。頭がクラクラして、何がなんだかさっぱりわからない。ここ、どこ? 家は? なんでこんなことになってんの、あたし?


あの時の光景が頭にフラッシュバックする。やっと現実を突きつけられたって感じだ。 砂の上に膝をつく。無力で、弱くて……。


今朝はメイクして、大学のこと夢見てたのに……今、何これ? 全部、失っちまった。 なんで?


みんなが、あたしのそばにいてくれたらよかったのに……。


あの野郎が、あたしから全部奪いやがったんだ……。


無理やり立ち上がった。一歩。また一歩。


ひたすら歩く。


口の中はカラカラ。足がめちゃくちゃ痛い。 こんなに歩き慣れてないし……誰もいないじゃん。 やがて日が暮れて、遠くに明かりが見えた。やっと人の気配! あたし、そこまで必死で走った。


村だった。


正直言って……まるで中世の物語から飛び出してきたみたいだった。木造の家ばっかりで、電線なんて一本もない。明かりは火を灯した柱だけ。変だ。数時間前まで家にいたのに、ここ、あたしの家の近所じゃないし……てか、あたしの住んでる街に海なんてないじゃん。


誰かが通りかかった。変な耳してる。あたし、慌てて近づいて言った。


「ねえ、助けて! お願い……あたしの両親が殺されちゃって……」


なのに、その人はあたしを突き飛ばした。尻もちついちゃった。汚いものを見るような目で、地面に唾を吐いて、そのまま行っちまった……何これ、マジ?


よく見ると、周りの連中、みんな変だった。エルフみたいに耳が尖ってる奴もいれば、獣の一部みたいな体してる奴もいた。


何これ? もしかして、コスプレイベントとか?


わけわかんないまま、歩き続けた。みんな、あたしに同じ目線……あたしも仮装しなきゃダメだったのかな?


変だ。マジで変。


全然わかんない……。


その時、あたしは立ち止まった。 周りを見回して、ここが何なのか理解しようとしてたら、誰かが叫んだ。


「お嬢ちゃん、逃げろ……早く! そこから離れろ!」


慌てて振り返ると…… あたしと同じような人間がいた。 荷馬車に鎖で繋がれてる。 生気のない目で、汚れてボロボロだった。


その瞬間、あたしは悟った。 ここが、あたしにとって危険な場所だって。


ここが、あたしの終わりになるって。


逃げようと振り返った瞬間、誰かに腹のど真ん中を殴られた。 咳き込みながら倒れ込んで、息もできない。そしたら、男が言った。


「おっと、こりゃ掘り出し物だ……運がいいぜ。こいつ、状態も良さそうだ。いい金になるな」


その瞬間、あたしは意識を失った。

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