第3章:見えない鎖
顔に何か濡れた感触がして…体がわずかに揺れている。どこかへ運ばれているみたいだ。
ゆっくりと目を開ける。どこにいるのか全く分からないけど、頭がガンガン痛む…視界が少しずつはっきりしてきた。 うわっ、なんかひどい匂い…周りを見渡すと、あたしと同じような人たちがいるけど、みんな薄汚れてて、骨と皮ばかりに痩せ細ってる。 その中の一人の女の人は、カビの生えたパンを、まるで世界で一番美味しいものみたいに食べてた。
マジかよ、どんなゴミ箱野郎が、あんなもん美味そうに食うわけ?
正直、だんだん心配になってきた…どこに連れて行かれるにしても…あたしもあの女の人みたいになっちゃうかもしれないし。
もう少しよく見ると、あたしは荷馬車に乗ってることに気づいた。先頭では、耳の尖った男が二人、馬車を操ってる。
これ、コスプレイベントじゃないし、いい加減ここから出ないとマズい。
起き上がろうとするけど、無理。手足が縛られてることに気づいた…深呼吸して落ち着こうとするけど、無駄だ。その瞬間、あたしは「あ、これマジで詰んだわ」って悟った。
水から上がった魚みたいにもがく。誰か、このふざけた状況からあたしを助け出してよ、ホント…
その時、一人の老人が見えた。彼も縛られてて、体中傷だらけ、目はくぼんでいて、まるで全てを諦めてしまったかのようだった。
「動くな。疲れるだけじゃ。騒いでエルフを苛立たせるだけじゃぞ」老人は、まるで慣れっこであるかのように、静かに言った。
「あんたには関係ないでしょ。あたし、ネズミみたいに閉じ込められたくないの!」あたしは言い返した。
「問題は、そうしたいかどうかじゃない…」彼は大きくため息をついて続けた。「わしが一生鎖に繋がれていたいとでも思うか?お前、この世界に来たばかりなんだろ?当ててやろうか、これ全部夢だと思ってるんだろ?お姫様ベッドで目覚めるって」
「あたしが夢見がちな顔してるって?ふざけないで。家に帰らなきゃいけないの!」
「分かってないのか?ここがお前の新しい家じゃ」彼は何かを願うかのように、空を見上げた。「お前の人生は、これから仕えるか死ぬか…それがお前の人生じゃ」
「こんな馬鹿げたこと、受け入れないから!あたしには権利があるのよ、あっちこっち連れ回される人形じゃない!両親は魔王と名乗る男に殺されたの。ここを出て警察に行かなきゃ…あいつに償わせないと…」
老人は笑い始めた。あたしの話を遮って、あのクソジジイが笑ってる。縛られたままでも、あたしは奴の首に飛びかかりそうになった。老人は笑うのをやめて言った。
「警察だと?…お前はもうお前の世界にはいないんだよ。お前の家族が魔王に殺されたことには驚くが、だからといって、お前がゴミ以下であるという事実は変わらん。それはわしにも、ここにいる人間全員にも言えることじゃ…慣れろ、お前の人生は、ここにいるみんなと同じようにクソになるんだからな」
「あんた、あの男を知ってるの!?」あたしはもう憎しみを込めて尋ねた。
「どの男じゃ?」
「魔王よ!」
「誰が奴を知らないんだ?お前は奴の王国にいるんだぞ」
あたしは奴の王国にいる?つまり、奴はここに住んでるってことか…見つけさえすれば…
でも、よく考えたら、彼は「別の世界」って言った…それがポータルや奇妙なことの説明になるってわけね。
この日はどんどん悪くなるばかりだ。最悪。
「お嬢さん、名前は?」老人が尋ねた。
「水野紗綾香よ」あたしはぶっきらぼうに答えた。
「わしは白波薫だ」
しばらくして、あたしたちが着いたのは、でっかい倉庫みたいな場所だった。尖った耳の男の一人がズカズカと近づいてきて、偉そうに言った。
「さて、仕事に取り掛かるぞ」
「はぁ?!ここ、何このボロい場所!?」あたしはまだ怒りが爆発寸前で、思わず食ってかかった。
男は露骨に軽蔑した目で、あたしを睨むと、ためらいもなく顔面に一発ぶち込んできた。 あたしは吹っ飛んで地面に転がった。 男は冷酷な顔で近づいてきて、あたしを見下ろしながら言った。
「あたしに口答えするな!汚らわしい。どこにいようが関係ない。重要なのは、お前が何をさせられるかだ」
「あたしは何もしないし!あたしには人権があるんだよ、このクソ耳野郎…いい加減にしろって…」
男はかがみ込んで、あたしの首を掴むと、そのまま締め上げてきた。あたしの言葉は途切れる。空気がなくなる…息ができない…必死に吸おうとするけど、全然無理…こんなあっけない終わり方?あたし、こんな風に死ぬの?冗談じゃない!こんな死に方、絶対に許さないんだから!
でも、どうすることもできない。 視界が真っ暗になり始めたその時、薫様の声が聞こえた。
「彼女はまだ不慣れなんです、旦那様。自分の種族が劣っていることを知らないんですよ…どうか、私たちには値しないと分かっていますが、彼女を助けてやってはいただけませんか」
男はあたしの首を放し、あたしはヒューっと深く息を吸い込んだ…むせび、ゴホゴホと必死に咳き込んだ。胸が焼けるように痛い。 薫様があたしの命を救ってくれたんだ。 あたしはゆっくりと立ち上がり、それから荷車を降りて…納屋みたいな場所まで歩いて行った。
そこには家畜がいて…糞だらけで、ハエもブンブンうるさい。男は無表情に言った。
「全員ここで寝ろ。明日、怠けてる奴は許さん。お前たちには新しい仕事を割り当てる」
そう言い放つと、男は納屋の扉を閉めた。
あたしはドスンと地面に座り込んだ。地面は硬くて…体のあちこちがズキズキ痛む。ごちゃごちゃになった思考を整理しようとする。 これまで起こったことを全て振り返った。あまりにも急な出来事すぎて、何もかも消化する暇なんてなかった… あたしの元の生活を思い出す…フカフカのベッド…あたしの家…お父さんとお母さん… あのダサい紫のアクセサリーを手に取り、ギュッと握りしめる…誰にも聞かれたくなくて、小さく声を殺して泣き始めた。
薫様があたしの隣に座った。
「泣き言を言うな」薫様は仏頂面で言った。
「無理だよ…」あたしはすすり泣きながら答えた。
彼はあたしをギロリと睨んだが、そっとあたしの背中に手を置いて言った。
「あいつらはエルフだ。自分たちが私たちより優れた種族だと勘違いしてる、タチの悪いクソ野郎どもだ…だから、二度とあんな真似はするんじゃないぞ…」
「うん。でも、あたし、これからどうすればいいの?」
「慣れるしかない…それが私たちにできる全てだ」
あたしは彼を怒りの目で睨みつけたけど、その目には虚ろで悲しい光が宿っていた… 周りを見渡すと…みんな同じ、絶望したような顔をしていた。希望もなく。未来もなく。 そして、あたしはハッとした。ここにいる全員が…生き残ろうとしているんだ…この惨めな生活に慣れようとしているんだ。 でもあたしは…そんなの絶対に受け入れない…ゴミみたいな生活なんてまっぴらごめん…あたしはここから出ていく。




