第21章:なんか別物じゃん?
部屋の静寂が重くのしかかっていた。聞こえるのは自分の呼吸だけ。ベッドから起き上がり、窓まで歩いて開けると、ゆっくりと風が入ってきた。
「マジで言ってんの?」 振り返りもせずに聞いた。
「ああ、もちろん本気だ」 ルカンが答える。声の調子からして、いつもの笑みを浮かべているのだろう。
遠くの景色をじっと見つめた……これ、計画に支障出るかな? そもそも計画なんてないんだけど。情報は欲しいけど、今は「流れに身を任せる」モード。なんかげんなりする。
でも、この話に乗れば必要な情報が集まるかもしれない。悪くないかも。
決めた。
「わかった。で、その『不運なやつ』って誰?」 振り返って腕を組んだ。
「カレン・エラリオンという」 ルカンは、契約を交わす悪魔のようにニヤリと笑った。
「その名前、偉い人なの?」
「エラリオン家は貴族の家系だ。ちなみに魔王と取引してる者もいる。かなりの名門で、影響力も大きい」
「魔王と? へえ、俄然面白くなってきた。で、その一族に何を求めてるわけ?」
「それは秘密だ。だが約束しよう。お前が戻ってきてそのエルフを渡す頃には、お前の興味を引くことになるだろう」
「あたしの秘密は全部知りたがるくせに、自分のことは絶対話さないじゃん」
「仕方ないだろう? 情報は力だからな、お嬢さん」
「で、そのお坊ちゃんはどこにいるわけ?」
彼が指で適当に合図した。 あたしは図書館に連れていかれた。そこは古臭い匂いがプンプンしてて、息を吸っただけで埃が舞い上がった。気づいたらもうくしゃみが止まらなくて。アレルギー持ちってマジ最悪。
ルカンは梯子を登り始め、見向きもせずに本を投げまくった。一つ、あたしの頭に直撃した。おでこをさすってると、やっと投げるのをやめてニヤリと笑った。どうやら目的の本を見つけたらしい。
ルカンが梯子を降りてきて、本にフッと息を吹きかけた。埃がブワッと舞い上がり、あまりの量にあたしは咳き込んだ。
「マジで汚えな! 掃除係でも雇えって!」 咳き込みながら文句を言った。
ルカンはあたしを無視して、本の最後のページを開いた。そこには地図があった。
「これはリバーベンドという小さな街の地図だ。ここから北にある。エラリオン家の屋敷の一つだ。カレン・エラリオンはそこにいるはずだ。まだ到着していなければの話だが。彼を捕らえ、生きたまま連れてこい」 ルカンは集中した口調で言った。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」 あたしは口をはさんだ。
「何だ?」
「あいつ、一発くらい殴ってもいい?」
「ダメだ。貴族というのは、少々繊細すぎる。お前の一撃には耐えられまい」
「えー、マジかよ……」 あたしは不満げに息を吐いた。
「忘れる前に、これを渡しておこう」
ルカンがあたしに渡してきたのは、変なブレスレットだった。でも、超お洒落。銀一色で、前に赤い石がついてて、ルビーみたい。これ、もしまだ日本にいたら、絶対みんなに羨ましがられるやつだし。ルカン、意外とセンスいいじゃん。
「こいつはかなり丈夫なブレスレットだ。魔法にも激しい戦闘にも耐えられる。ただ、機能は単純でな。一つの変身を記憶してる。皆の目には、お前は別人に見える」
「別人?どういうことよ?」
彼があたしの手首にそのアクセサリーをはめて、赤い石を押す。皮膚にピリッとした軽い痺れを感じて、ちょっとくすぐったかったけど、すぐに治まった。ルカンが鏡を渡してきて、覗いたら、あたしの見た目が変わってた。
やっと顔の傷が消えてて、超嬉しかった。肌もツルツルになって、思わずニヤけそうになった……尖った耳が見えるまでは。エルフの耳じゃん。
ルカンを殺したい衝動に駆られて、ギロリと睨みつけた。
「この世にいる全ての生き物の中で、なんでよりによってあたしをエルフなんかに変身させたのよ!?」 怒りで声が震えた。
「お前を苛立たせるためさ」 ルカンはニヤニヤ笑う。
あたしが拳を振り上げた瞬間、彼は慌てて訂正した。
「冗談だ。このアイテムはかなり希少で、奇跡は起こせない。基本的な特徴を変えるだけだ。人間とエルフは、見た目だけなら似てる」
「エルフなんかと一緒にしないでよ……死にたいわけ?」
「忠告しておくが、お嬢ちゃん。実行できる脅しだけしろ。でないと、みっともないだけだ。それに、盲目でもない限り、その類似性は誰だってわかる。良い方に考えろ。この変装があれば、逃げた奴隷を誰も追わないだろう? エルフとして、お前には権利がある。存分に利用しろ」
あたしは深呼吸をして……少しずつ落ち着いていった。
「あんたの言うことに一理あるから、殴らないだけだからね!」 あたしは拳を上げたまま言い返した。
彼がコインの袋を投げてよこした。
「金だ。必要なもんに使え。それと、もう一つ。何があろうと、お前は二日であそこに着くんだ。そして、二日目の夜にだけ攻撃しろ。わかったな?」 ルカンは真剣な顔で言う。
「具体的ね。その日に何があんの?」 あたしはコインの袋をしまいながら訊いた。
「カレンを連れてきたら、また会おう」
あいつ、あっさり背を向けやがった。 あたしを置き去りにして、質問にも答えねえ。 マジでタチの悪い腹黒ヘビ野郎だ。だから、油断できるわけねえ。
でも、しょうがねえ。 この厄介な仕事、あたしがやるしかねえ。
地図を手に取って、キッチンでサッと軽食を用意する。大したもんじゃねえけど、料理は得意じゃねえし。
それから、物置小屋へ行って、ナイフをブーツに忍ばせた。旅の足しに剣も一本な。
玄関から外に出て、歩き出す。
ルカンがこっち見て手ぇ振ってんのが見えた。バイバイかよ……。
で、北に向かって歩き出した。




