第19章:ガラスと血の残像
外はまた晴れてるってのに、あたしはこんな辺境で枯れ葉を睨みつけてる始末。朝飯も食ってないし、腹の虫が鳴りっぱなしだ。
最悪。
背後に気配を感じて振り向くと、ルカンだった。
「ふーん、集中してるね」ルカンがニヤつく。
「必死なんだよ。用件は?」あたしは視線を逸らしたまま。
「手伝いに来た」
「手伝い?じゃあさっさとこのクソ葉っぱを潰すコツを教えろよ。こんなことで一日潰す気か」苛立ち丸出しで言い返す。
「全くもってその通りだ。だからお前のために訓練場を用意した。来い」
返事も待たずに森の中を歩き出すルカン。あたしは舌打ちして後を追った……
辿り着いたのは、古びた木造の小屋。ホラー映画そのままって感じで、窓一つなく、扉は今にも崩れ落ちそうな有様……思わず一歩下がった。ルカンはそれを見逃さなかった。
「どうした?怖いのか?」ニヤリと笑う。
「あんたの挑発に乗るようなガキに見える?ここ、ヤバすぎんだろ。死んでもあんたなんかと一緒に入るもんか」
「それは残念だ。じゃあ一日中その葉っぱとにらめっこしてろ。何もできずに終わるのがオチだな」
瞬間、深く息を吸い込んで、心の中でありとあらゆる悪態をついた。それでも、一歩を踏み出した。
中に入った途端、立ち尽くした。金縛りにあったように動けず、冷や汗がだらだらと流れる。息が詰まる。──幽霊でも見たのかと思った。そこに映っていたのは、あたしの姿だった。
小屋の中は鏡だらけだった。四方八方、壁という壁、全部が鏡。
とっさに振り返って出ようとした。だが、ルカンが背後でドアを閉めた。
「なんなの、これっ?!」あたしは憎悪を込めて詰め寄った。今にも飛びかかりそうな勢いで。
「どうした? 怖いのか?」ルカンが、いつもと違う真剣な口調で尋ねる。
「あたしは何も怖くなんかない」
「嘘をつくもんじゃない。誰だって、何かを恐れてるさ」
すると、あのクソ野郎がゆっくりと変身を始めた。あたしは何か武器になるものを探そうとしたが、変身が終わる頃には、また金縛りにあったように動けなくなった。──だって、あいつはあたしに変身したんだ。
今のあたしみたいな化け物とは違って、傷一つない、綺麗なあたし。あたしがなりたかった姿だった……。
苛立ちが限界だった。
彼に詰め寄り、鏡に押し付けた。紙はまたクシャクシャになってた。どうしてかなんて知るか。どうでもいい。ただ、その偽物で完璧な顔を睨みつける。それだけで、あたしの怒りはさらに煽られる。
「ふざけんな、ルカン……あんたにあたしのことなんか何もわかんないくせに、知ったかぶりすんなよ」
「お前は本当に読みやすい。開いた本みたいなもんだ」ルカンは皮肉っぽくそう言うと、じりじりと近づいてきた。「ただ喚いて罵ってるだけだろ。本当は自分が何になったのか怖くて、自分に起きたことを受け入れられない臆病者だ」
「受け入れられるわけないだろ!!!何言ってんの? あたしにとって簡単なわけないじゃん! 何もなかったみたいに前に進めるわけないだろ!?」
その瞬間、ルカンはまた姿を変えた。今度は**魔王**だった。
「だが、起こったことだ。**わし**がお前の愛する者どもを**皆殺しにした**。お前が下等な種族だからだ」ルカンは**魔王**の声を完璧に真似た。
その声を聞いた瞬間、あたしの中がバラバラになった……。彼じゃないってわかってた。でも、あの仮面、あの赤い目の輝き、また目の前に現れたあの忌まわしい姿が、あたしを完全に硬直させた。
「こんな安っぽい茶番で何がしたいわけ? あたしを馬鹿にして楽しい? あのクソ紙持たせて『自分で何とかしろ』って言わせるのが目的? それとも——”
無意識に首のネックレスを握りしめてた。
「あたしの人生が、ただのクソだってことを思い知らせたいわけ!?」
「俺がお前に望むのは、受け入れることだ。自分に起きたことを受け入れろ。お前がしたことを受け入れろ。お前が何者かを受け入れろ」ルカンは、それが世界で一番簡単なことのように言った。
「受け入れろって!? マジで!?」
鏡を殴りつけた。
「受け入れなきゃならない。それとも『奴隷になった可哀想な女の子』でいたいのか? 哀れだな」
「黙れ、ルカン!」
「言っただろ。お前は開いた本だ。読みやすい」
その瞬間、あたしはブチ切れた。 怒りが全身を支配する。 マナが血管を駆け巡る。熱い炎のようなものが体内を暴れ回る。 筋肉がギシギシと軋み、体が勝手に動く。 偽魔王の顔面に、思いっきり一発ぶちかました。 奴は小屋の壁をぶち破り、外へ吹っ飛んでいった。 元の姿に戻ったそいつは――
「……見事なパンチだ。マナの使い方も悪くない。そう、それでいい」 ルカンは頬を揉みながら、苦笑した。 「個人的な恨みはない。ただ、役に入り込みすぎただけだ。だが、言ったことに偽りはない。さて、もう一度マナは使えるか?」
あたしは息を荒げ、立ち止まる。 落ち着こうと必死に。 マナを使おうと集中する……だが、また駄目だ。
「よし、手伝ってやろう。目を閉じろ」
しぶしぶ、あたしは従った。
「**あたし**の声だけ聞け。お前の両親を思い出せ。共に過ごした楽しい瞬間を。そして、悲しい瞬間も。お前自身を。かつてのお前が、何者だったのかを……思い出せ」
目を閉じているのに、涙が滲む。
「その感情を、深く考えろ。その感情と共に、失ったものを。お前の美しさを、両親を、そして、お前の人生全てを……」
あたしの手が震え始める。だが、拳を固く握りしめた。 目を開けようとする。
「もし開けたら、お前は負け犬のままだぞ」 ルカンは真剣な口調で言った。
その瞬間、あたしは目を閉じたままだった。
「今、お前の周りにあるものを感じろ。その感情全てを、苛立ち全てを、掴み取って使え。奴を思い出せ……奴がお前から奪ったものを……さあ、目を開けろ」
ゆっくりと目を開ける。 割れた鏡に、あたしの姿が映っていた。 ルカンが歩み寄り、一枚の紙を差し出す。
「マナを使え」
どうなれたはずだったか。 どうなりたかったか。 欲しかったのに、手に入らなかったもの……そんなことを、頭の中で巡らせる。 ただ、今のあたしを、あたしがなった自分を受け入れる。 あたしが苦しんだことも、全て。 情けなくて、弱い。 弱みを見せるのは嫌だと言ってるのに、結局晒してる……本当に、奴の言う通りだ。 過去は変えられない。 あたしがなった自分も、変えられない……
あたしは紗綾香 水野。 元グラディエーター、戦士。 望むと望まざるとにかかわらず、それが、あたしだ。
その瞬間、マナが溢れ出す。 あたしの手の中で、紙がくしゃりと潰れた。
やっとマナの使い方がわかった。 あたしが何者なのか、理解したんだ……




