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第17章:怪物の影


あたし、全然動けない。足が地面に縫い付けられたみたいで、頭の中は過去に逆戻り。


両親のこと。綺麗でいい匂いのした家。幸せだった日々。子供じみた癇癪。鏡の前で髪を梳かしたり、メイクしたり、自分の美しさにうっとりしてたあの頃……


気づいたら、指から力が抜けてた。ナイフがポトリと落ちる。催眠術にかかったみたいに、あたしはポータルの方へ歩き出す。まるで、それが過去へ連れて行ってくれるみたいに。この十年間を、消し去れるみたいに……


でも、指がポータルに触れる寸前で、あたしは立ち止まった。手が微かに震える。


両親が殺された日のこと思い出す。二人の生気のない顔。魔王があたしの愛する人たちを皆殺しにしたこと。アリーナでの地獄。そこで唯一、あたしに優しくしてくれた薫様のこと。全部の痛み。失ったもの、全部。


だから、あたしはポータルから離れた。


下を向く。


「ポータルを閉じて」振り返らずに命じた。


「なぜだ?故郷へ戻らないのか?これが最後の機会かもしれんぞ」ルカンが静かに問う。


「あたしにはもう家なんてない。自分の世界に戻ったらどうなるか、何度も考えたけど……そんな簡単じゃない」


「どういうことだ?」


「十年も行方不明だったんだよ?みんな、あたしが死んだと思ってるはず。家族はいつもあたしとパパとママだけだったし、他の親戚は二人の関係を認めてなくて、とっくに縁を切ってた」


「だが、今はお前一人だろう?」


「でも、あたしがここに残る理由は他にもある」


「それは?」


「両親は魔王に殺された……もし自分の世界に戻っても、異世界で奴隷だったなんて誰も信じない。両親が殺されたなんて話、なおさらだ。せいぜい、精神病院行きの片道切符が手に入るだけ」


その瞬間、ルカンが少し興味を示して近づいてきた。


「何それ?あんたの家族、魔王に殺されたの?本人が直接乗り込んできてぶっ殺したとか?」ニヤニヤしながら聞いてくる。


「うっせ、もういいでしょ」あたしは舌打ちした。「これ以上話したくないから」


「はいはい」ルカンは肩をすくめた。「で、これからどうするつもり?」


「正義が欲しいのよ」あたしは吐き捨てた。「魔王をぶっ殺したら、たぶん元の世界に戻って、なんとかやってくわ…でもあのクソ野郎を野放しにはできない」


「死ぬのが怖くないわけ?」


「死なんてもう何度も見てきたから」あたしは鼻で笑った。「今じゃ友達みたいなもんよ」


「なるほどね」ルカンがじろじろ見て、顔をしかめた。「でも今、あんたヤバい臭いするわ。風呂入ってきな。傷があるから濡れタオルで拭いただけだし、それだけじゃ足りないでしょ。一階にあるから」


自分でも嗅いでみたら、確かに腐ったような臭いがした。


階段を上がって風呂場に入る。そこには真っ白なタオルが置いてあって、花のような良い匂いがした。こんなタオル、初めて見た。目が輝いて、まともな場所で綺麗になれるなんて、本当に幸せ。


汚い服を脱ぎ捨てて、浴槽に入る。


熱い湯が体を包み込んで、過去に引きずり込まれそうになる。もう全部忘れかけてた。こんなに体が軽くなるの、何年ぶりだろう。夢みたい。


でも、風呂から上がると…


鏡が目に入った。


何年も自分の顔を見てなかった…見るのが怖かった。でも、ゆっくりと近づいていく。


顔に大きな傷。口を開けたら、前歯がなくなっている。舌で触ってたからわかってたけど、実際に見ると…本当に恥ずかしい。自分が自分じゃないみたい。何かが死んだ感じ。


もう雑誌の表紙なんて無理ね。


涙が溜まってきたけど、ここで泣き崩れるわけにはいかない。壁を殴りつける。


「過去は過去」あたしは歯を食いしばった。「薫様がこんなあたしを見たら、がっかりするに決まってる」


正義…魔王を殺せば、やっと平穏が手に入る。


風呂から出て、ルカンが用意してくれた服を着る。降りていくと、ルカンが上から下まで品定めしてきた。


「だいぶマシになったけど、髪ぐちゃぐちゃじゃん。櫛いる?」


「そんな暇ないし」あたしは吐き捨てた。「で、どこで寝ればいいの?」


「前の部屋」


何も言わずに部屋に戻って、ベッドにダイブ。天井を見つめる。


ルカンはクソ野郎っぽいし、信用はできない。でも、この世界のことを詳しく知ってるし、何か強くなれるヒントをくれるかも。


自分の手を見て、あの逃げる時に使った力…これが鍵なんだ。


深い眠りに落ちて、夢も見なかった。


次の日、朝食の匂いに釣られて台所へ。ルカンが料理をしていた。


「座って座って、お姫様。すぐ用意するから。目玉焼きは好き?」ルカンが話しかけてくる。


「好きだけど」あたしは椅子に座った。「それより、頼みたいことがあるの」


「頼み?」ルカンが首をかしげる。


「この魔法、制御する方法を教えてよ。力をコントロールしたいの」

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