第14章:取り残された部分
あたし、呆然としてた……一歩間違えば、これから起こることに比べりゃ、最悪なんて可愛いもんだ。
「武器を下ろせ」 リサンディルが、いつもの偽物権威を振りかざす。
剣の柄を握りしめる。額から汗がツーッと伝う……薫様を見る。この状況、どうにかならないか。絶対、抜け道があるはずだ!
衛兵が薫様の首に剣を突きつけた……
「二度は言わん」
「剣を下ろすな、お嬢。お前の未来はそこにある。さっさと逃げろ。馬鹿な真似すんじゃねぇぞ!」 薫様が叫ぶ。
あたしが何かしたら、薫様は殺される。マジで馬鹿だった。油断しすぎた。くそっ……もう、他に道はねぇ。
剣を手放す。
カラン、と刃が地面に落ちる金属音が、あたしの胸に途方もない苛立ちを叩きつけた。あんなに近かったのに……
両手を上げる。
あたしが殺そうとしてた衛兵が、顔面に一発食らわせてきた。そのまま地面に倒れ込む。
リサンディルがゲラゲラ笑い出す。勝利に酔うあいつの顔が、あたしの怒りに油を注ぐ……
手首を縛られる。あいつは近づいてきて、あたしと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「認めよう、お前は本当に危険だ。見事な反乱だった。奴隷どももよく抵抗している……だが、全員殺して新しいのを買えば済む話だ。お前は別格だ。本当に金になるからな。だが、お前の人生はもっと過酷になる。そして、アリーナで壮絶な死を遂げることになる。それは保証してやる」 リサンディルが勝ち誇ったように言い放つ。
「あたしはここから出ていく……お前がどこに閉じ込めようと関係ねぇ。だから、今のうちにせいぜい楽しんでおけ」 あたしは、怒りを込めて言い返した。
「その勇気、その眼の炎……それこそがお前をチャンピオンたらしめるものだ。だが、私には厄介な頭痛の種でもある。お前は自分の立場をわきまえることを学ぶ必要がある」
ゆっくりと立ち上がったそいつは、楽しげに口元を歪めた。 そして、あたしの腹を思いきり蹴り上げた。 息が詰まる。
視界に映るのは、薫様だけ。 薫様は泣いていた。希望が消え失せたかのように、悲しげに。 あたしは、それでも悲しくなんかなかった。 少なくとも、薫様は助かった。それだけでよかった。
リサンディルは髪を撫でつける。まるでドラマの二枚目気取りだ。 「二度と逃げ出さぬよう……己の行いの重さを、思い知るがいい。これから起こることは、すべてお前の選択の結果だ」
リサンディルが手で合図を送る。 その瞬間、薫様を押さえつけていた衛兵が剣を抜いた。
「やめて……! 薫様は、あたしにとってたった一人の人なの……! やめて……お願いだから……!」
薫様は笑った。 「自分を責めるな、嬢ちゃん。俺も逃げると決めたんだ」
あたしの目に映ったのは、衛兵が薫様に放ったたった一太刀、ただの一撃……。 薫様は、そのまま命を落とし、倒れた。 けれど、薫様は何も後悔していないかのように、笑っていた。
それが現実だなんて……信じられなかった。
あたしは泣きやんだ。 思考が止まる。 耳が塞がる。
あたしにできたのは、ただの傍観者のように見ていることだけ。 また、何もできなかった……。 薫様の動かない体を、ただ見つめていた。
もう、大切な人たちが死んでいくのを見てられない。家族も……薫様も……クソエルフども……!
こんなクソ世界……あんたら全員、ぶっ壊してやる!!!
衛兵どもがぞろぞろ来やがった。十人以上いたっけ? でもどうでもいい。何もかも、どうでもいいんだ……!
どうでもいいんだよ、全部!!!
叫び出したら、体中の神経に電流が走るみたいな感じ。衛兵どもがビビってんのがわかる。リサンディルまでビビってんじゃん。体中からオーラが溢れ出してきて……
力が増してく……憎しみも増してく……
叫び声が、獣の咆哮みたいに大きくなってった。衛兵どもは構えに入ったけど……手首を縛ってた縄なんか、紙みたいにブチッと切れた。
そしたら、リサンディルも衛兵どもも、みんな黙っちまった。
「魔法か?! 人間が魔法を使ってるだと……!?」
リサンディルが、目ん玉飛び出さんばかりに驚いてた。
矢が飛んできやがった。全部背中に突き刺さったけど、どうでもよかった。何も感じなかった。あたしを動かしてるのは、たった一つ……
憎しみだけだ!!!
リサンディルめがけて走った。あのクソエルフ、逃げ出しやがった。衛兵の一人が土魔法であたしを岩の球体に閉じ込めた。
ムカつくエルフめ!!!
連続パンチを叩き込んだら、球体なんかあっさり壊れた。
衛兵に向かってダッシュして、一発殴ったら、そいつは布人形みたいに地面をバウンドしながら吹っ飛んで、門に激突して門ごとぶっ壊れた。門は開いてた。出ていけばよかっただけなのに。目の前の自由を見つめて……でも、一歩も動かなかった。ゆっくり衛兵どもの方を振り返ったら、みんなパニクってあたしを見てる……あいつら、やったことの報いを受けさせてやる。
そしたら、別の衛兵が震えながら叫んだ。
「体術魔法だ……! この人間、魔法使ってやがる……!」
背中に刺さってた矢を三本引っこ抜いて、衛兵どもに投げつけた。一人は避けて、もう一人は土魔法で防いだ。三人目は致命傷を負って、そのまま動かなくなった。
複数の衛兵があたしの前に立ちはだかって、火のブレスを吐きやがった……
でっけえ炎の壁。耐えられねえ熱さ。真っ直ぐこっちに来やがる!!!
でも、知るかよ!!!!!
炎に向かって走って、そのブレスを飛び越えた。着地と同時に衛兵の一人を思いっきり蹴り飛ばしたら、そいつは気絶した。
ゆっくり近づいて、剣を拾った……
その後の戦いは、もうフラッシュバックみたいにしか覚えてない……
あたし、獣みたいに戦ってた。エルフどもの絶望の叫びが、だんだん小さくなって、最後にはただの音……そよ風みたいになった。
我に返った時、あたしは息を切らして、血まみれだった。静寂を破ったのは、小枝が折れる音。
勢いよく振り返ったら、リサンディルが逃げようとしてやがった。
もう、あたしとあいつだけだ。




