第17話 【雪と妖精と猫の関係性】 その18
午後の鐘と共に、騎士達の為に解放された訓練場に少しずつ人影が見え始めた。
休憩中から数人で話し込んでいる青年達に、城内の近衛騎士であるケイルが声をかけた。
彼らは一斉に姿勢を正し、仰々しく彼の前に並び挨拶を交わした。
ケイルは崩した態度で軽く手を振った。
「いや・・・個人的にこちらに寄っただけだ、業務連絡ではないのだ」
「はっ、では、どちらにご用が? どなたかお探しですか?」
真面目に対応しようとする青年に、隣の同僚が肘でそっと突いた。
「リトラス君なら先ほど・・・」
「うん、ちゃんと来たのだな? どこにいる」
「え~と・・・来たには来たのですが・・・急用ができたとか・・・で」
「は? リトラスが剣技の自主訓練に来たのでは・・・」
「あ・・・その・・・先ほど顔を出した西側の兵士に付いて行ってしまって・・・」
青年達は緩い笑顔で顔を見合わせていた。
「何故だ?」
「・・・・・・・その、西側に“逆さ雪”が現れたらしいので、早朝訓練に参加していた者の話を聞いたのが原因かと・・・・リトラス君は、その話にかなり興味があったようで」
「城内に“逆さ雪”が発現しただと!? おい、聞いてないぞ!」
「いや、ただの噂でして・・・今月のはじめに見かけた現象でしたが、不確定な話だったので報告までには及ばないと上官が判断したようです」
「いや・・・待て待て? リトラスが西側の兵士に付いて行ったという事は、剣の稽古をサボったと・・・」
青年騎士達は、何とも言えない微妙な表情で頷いた。
足早にケイルは西側の訓練建屋から、東側へと駆けて行った。
「ジャン、リトラスを見なかったか?」
隊長のダフネに業務報告をしていた最中に、名誉騎士であるケイルが現れた。
周囲に居た誰もが目をむいた。
「ケ・・・ケイル様・・・・ジャンにご用ならばこちらから向かわせましたのに!」
椅子に座っていたダフネが素早く立ち上がった。
ジャンはダフネ隊長とは対照的に、一息置いて提出書類を隊長の机に揃えて置いてから、ゆっくりとケイルの方へと向き直り、一礼をした。
「本日はリトラス様のお姿を拝見しておりません」
「そうか・・・ああ、それとダフネ“逆さ雪”について報告書がまとまったら私の所へ写しを届けてくれ」
「は? いや・・・あの・・・」
落ち着きのないダフネが、チラチラとジャンと眼を合わせていた。
「どうした?」
態度を崩さず、ジャンがダフネの代わりに咳払いをひとつして答えた。
「調査課のコルシック様に、『そんなもん気のせいだから必要ない』と、言われたのでたった今、調査は打ち切りました」
「なんだと?」
「報告書は作成しておりません・・・特になんの現象も起こっていませんので」
弱々しく困り顔を作って見せたが、ケイルはそれが気に食わず片眉を器用に上げて彼の前に歩み寄った。
「そうか? では、確認しに行くからちょっと来い!」
ケイルは乱暴にジャンの腕を掴んで引いた。
兵士にしては細いジャンの腕を引き、前にジャンがネレを抱えたまま立たされた雑木林に連れて来られた。
そこには自分たち以外の人の気配はなかった。
澄んだ空気が冷たい水のように頬を刺激し、はっとするような新鮮な空気が肺に入った。
いつもは乾いたホコリ臭かったはずの、寂しげな雑木林に艶やかな緑が増えているように見えた。
そこで、ケイルはようやくジャンの腕を放した。
「瘴気が消えている・・・のか? もっと奥に行こう」
もっと奥に・・・と言われ、歩を進めた先は孤児院の裏庭へと続く方向だった。
二人の足元には、時折、白い石が落ちている。
「白い石を使う埋葬は、瘴気に封をするだけのまじない的なものだ・・・ソールはそれを時たま子供達に教える・・・自衛の策だ。大人ならまだしも、子供は弱いからな・・・瘴気は時間をかけて大地によって薄められていく。浄化の才を持つ者は城内にもいるが・・・只ではやらん、魔力は無駄遣いしたくないものだからな」
「なるほど、業務的に手続きと料金がかかるのですね」
愛想笑いを浮かべながら頷いていたが本心は納得していなかった。
これが西側で起きたならばさぞかし早急に的確な対応がされていた事だろう。
「・・・・・・マナシは瘴気に当たると簡単に死ぬらしいな?」
ジャンはその言葉に慌てて首を左右に振って見せた。
「いやいや、まさか・・・ネレは熱を出して寝込みましたがちゃんと回復しましたよ?」
「体内で瘴気を中和するには、魔力持ちでもかなり時間がかかるはずだ。今月の初めにあの子供が瘴気に当てられて倒れた。おまえはその現場にいたな?」
「はい、そうですけど・・・」
「時系列としてここで何があったか述べてみろ」
「あ・・・はい、ネレが土を掘り返して」
「ちがう! 埋めた所からだ」
「・・・・・毒性を持つ小動物などをセレポレが殺して埋めました」
「それから?」
「食堂で手伝いをしていたそのセレポレが誘拐されたので、あの子の行動を調査をし、特に何もないという判断で発生したわずかな瘴気は放置され、いたずらに掘り返したネレが瘴気に当たって倒れた・・・何故かリトラス様が直後に掘り返していました。その数日後の夜明け前に不思議な光が宙に上って行くのを見たという証言がありましたが、それを半世紀前に起こった奇跡の逆さ雪だとこじつけるのにはお粗末です」
「付け加えて置こう・・・不審者が呪いの言葉を吐いて、ここで一人死んでいる」
「そんな事は聞いてませんよ!?」
「下っ端の兵士に知らせるような内容ではなかったからな? 死体は片付けたが、呪詛は浄化する必要はないと思って放置しておいたらしい」
「・・・・・・・・・諸悪の根源はどこのどちら様で?」
なめらかな口調とは裏腹に、ジャンの声は苛立たしさを潜ませていた。
「私の判断ではない・・・とだけ言っておこう、それ以上は守秘義務がある。“逆さ雪”の目撃証言の日と近しい・・・つまり、ここ一帯を何者かが浄化したという事だ。瘴気の件と浄化作用を起こす“逆さ雪”の件は、一組の出来事だと考えられないか?」
「関連性はないと・・・上が判断したまでですので」
「場所の詳細を知らないのか? 光はどこから?」
「間近ではっきりと見た者はいませんので、場所は不明です。恐らくは建物内で発生したと考えられます。かなりの高さに突き抜けた事で、西側の早朝訓練時に見えたのでしょう・・・ここが浄化されているという事は・・・逆さ雪が発生した中心部を軸として広範囲で浄化作用があったという事に・・・・・・・って、済みません! 後半は俺の憶測なので忘れて下さい」
「うん? なかなか良い推測だ・・・あの子供が倒れた時、おまえが居たのは“偶然”ではなく、“必然”だったのか?」
「・・・・・・質問の意図が分かりかねます」
小さく息を吐いて、ジャンはふいっと彼の追及するような視線から顔を背けた。
「実は・・・私は魔力の防御力があり過ぎて、瘴気には鈍感な方なのだ。確かに少し意地悪をしたが、そんな状態だとは知らなかった・・・すまん」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
「それよりも不思議なのだが・・・ジャンは本当に劣等生なのか? 兵士としての評価は低いそうだが・・・それなりの学はあるようだと思うが?」
「判定では・・・魔力があまりなくてマナシに近い方なので・・・結論から言って、差別はされます」
「ああ・・・なるほど・・・魔力値だけの優劣か、それなりの“才”はあるのだろう?」
ケイルは目尻に微かな優しい皺を刻みながら、ジャンの前髪を指で梳いた。
「な・・・ん・・・・・・・」
ジャンは薄く唇を開け言葉を紡ごうとしたが、その疑問に明確な言葉が見つからなかった。
「おまえはリトラスと逆だからな・・・・・・」
「逆って・・・・・・?」
慣れ親しんだはずのいつもの場所の空気が、鳥肌が立つようなぞわりとした圧力を伝え、二人はその気配がする方向の空を見上げた。
『――――あっ!!』
驚きのあまりただ吐くだけの声が、小さくその場に重なった。
晴れ渡った青空の中に、見覚えのある姿が跳ねるように下から上へと垂直に浮き上がり、瞬時に落ちるのが見えた。
状況が飲み込めず、ぼんやりと採取の森の方向を見上げてたケイルは、
「そうか! “逆さ雪”が間近で確認できず、離れた西側でしか目視できなかったのは・・・このような高さでなければ遮蔽物があったからか!?」
と、ひとりで納得をしていた。




