第17話 【雪と妖精と猫の関係性】 その17
誰がこの森で餌付けを始めたか知らないが、ネレにとってはいい迷惑だった。
可愛らしい姿に騙されて餌付けをすれば、出会うたびに要求は増えてくる。
茶色い小ぶりのリスが一匹、枝から飛び降りてネレの肩に着地する。
二匹目のリスが何食わぬ顔でもう片方の肩に乗った。
カゴを胸の前に抱え、身体をよじってリス二匹を振り払い走り出そうとしたが、上下左右にいつの間にリスの群に囲まれていた。
「・・・・・・今は実りの季節だから、ボクを狙わなくてもいいんじゃないかな?」
太々しいリス達は、苦労せずとも人間が持っている食料を狙えば腹いっぱいになる事を覚えてしまっていた。
この森では飛び道具も罠も禁止されている・・・攻撃手段は小さなナイフか素手だけだ。
仕方がなく、ネレは一匹ずつ引きはがしながら森の出口を目指して駆け出した。
次から次へと飛びついてくるリスを避けながら進んだが、途中で避け切れずに足がもつれた。
「うわっ・・・たっ!!!」
地面に転がると同時にカゴの中身を見事にぶちまけ、自分の頭上から赤い実が降って来た。
これ幸いと、小さなリス達はネレを遠慮なく足蹴にして赤い実に飛びつく。
ついでと言わんばかりに、ネレの服や髪も齧り始めた。
――――ああ、しまった・・・
ネレには齧られる心当たりがあった。
今日は整髪料にココナッツオイルを付けてしまっていたのだ。
自ら彼らの好物の調味料を塗っているような状態だ。
――――まずい、早く起き上がって逃げなければ!
やっとの事、身体を起こして立ち上がろうと膝に力を入れた瞬間、周囲の空気が揺らぎ、ネレの身体をこするように風が吹いた。
身体にまとわりついていた落ち葉や小枝とともに小さなリス達がころころと地面を転がっていった。
更なる突風が起こり、ネレの身体は宙に浮き上がった。
細かい枝や葉にところどころ引っかかりながらパチパチと枝が折れていく、背の高い木々達よりも上空にネレの身体は投げ出された。
気が付けば視界いっぱいに真っ青な空が映りこみ、自分の身体を支えていた地面は遥か下にあった。
垂直型絶叫マシーンの体感が頭に浮かんだが、安全装置や命綱などは一切ない。
大空に投げ出された自分の身体がひとつだけ。
――――あ~・・・天気いい~・・・お空がキレイ~
いつの間にかネレの腹の上には、先ほどまでの茶色いリスではなく、白く紅い眼をした獣がしがみついていた。
「・・・おまえ、こないだ夢で見た時より縮んでない?」
つい最近、三日三晩ほど高熱にうなされて見た夢は、花畑と見覚えのある少女と、どこまでも真っすぐに続く三途の川のようだった。
だが、川は砂金が流れているような煌めきを放ち、目の前にいる白い獣は中型犬サイズだった。
よく分からない笑いが腹の中から込み上げてきた。
視界に広がるどこまでも青い空、夢の中で見かけた白く紅い眼をした獣・・・というよりも小動物に、あの時なかったはずの緑色の模様が首回りに浮かんでいた。
思い当たるのは、あの花畑で編んだシロツメクサの花冠だった。
――――そうだ、あそこに行ったのは・・・一度や二度じゃなかったはずだ・・・
「もしかしてボクが連れて来ちゃった・・・・・・の?」
落ちていく身体に無重力を感じ、一瞬ゾワリと寒気を覚えた。
――――今度は転落死だろうか?
「・・・・・・魔力の加減を間違えた」
面映ゆげな少年の声が耳にかすり、真っ青な空の中に、あやしげに揺れる銀の糸がちらりと見えた。
落下速度は緩くなり、ネレの身体に覆いかぶさった人物が鋭い枝先などの障害物から護り、着地の衝撃は殆ど感じなかった。
処理しきれない数秒間の出来事に、ネレは瞬きを数回するのが精一杯だった。
氷を砕いたような銀髪の少年の瞳が間近にあった。
「こんな見事なお迎えが来たのは初めてだぁ・・・・・・・」
つるりとした白い陶器のような肌、均一の取れた目鼻立ち。
「いやいやいや・・・お迎えって・・・きみは妖精なのだろう?」
「はあ・・・、天使様に妖精って言われるなんて・・・やっぱこれは夢か・・・」
「いやいやいや・・・私は天使ではないし、夢でもないぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、王子さま・・・?」
ネレはそのまま、すうっと目を閉じた。
「こら! 意識を手放すな!」
森の中でネレを膝の上で抱えたまま、銀髪の少年はその身体を揺らした。
「はわぁあぁあぁっ、やめて、ゆすらないで、吐く!」
ピタリとその腕の動きを止めた。
天使のような造形の少年の腕の中に、自分がすっぽり収まっている事をようやく認識した。
「ウサギの次はリスに襲われているし、一体何なのだ?」
「あの、おっしゃってる意味が理解できないのですが・・・超絶な“高い高い”された状態で胃液が・・・ちょっと・・・」
考え込む少年から視線を外すと、ぽとり、ぽとり、と、茶色いリスが落ちてきたのが目の端に映った。
「リスが・・・」
「ああっ・・・気にするな、リス達は単に気絶して落ちているだけだ。引き剥がす為に風魔法を使って吹っ飛ばした・・・余波もあるかな?」
「吹っ飛ばした・・・? 魔法?」
「前回は手作業でウサギを剥がしたが、効率が悪いから魔法を習得した・・・やはり動くものは定めるのが難しいな」
「前回とかウサギとか、何の事ですか?」
「ひどいな、約束しただろう“友達”になると・・・妖精?」
そうしている間にも、気絶した茶色いリス達は小枝の間から次から次へと地面へと落ちている。
「あ・・・あの・・・ボクは・・・城内で厨房手伝いをしている、孤児のネレと申します・・・“妖精”などといった怪しい者ではございません」
「孤児・・・か、そういう事にしているのだな?」
「え?」
「そうか・・・ここに住む為に人間のふりをしているのだな?」
「・・・ちょっ・・・!?」
「そうかそうか・・・人間に近しい妖精とはそういうものらしいからな」
「・・・・・・・・・・・・・はい?」
――――あれ? 話が通じないよ?
いつの間にか、白い獣が襟巻のようにネレの首で身体を丸めていた。
「前は、ウサギを追いかけてきみに会ったらウサギに襲われていたではないか・・・今度はその不思議な模様の白いリスを追いかけたら、リスに襲われていた。覚えてないのか・・・?」
「いや・・・あの???」
「私の名前はリトラスだ」
「リトラス・・・様?」
そもそも、なぜ先ほどから少年の腕の中に自分が居るのかさえ理解できずにいた。
「それはそうと、肉は好きか?」
「は?」
「・・・・・・・あ、聞き方が違うか・・・肉は食べるのか?」
「食べます・・・けど?」
――――話の脈絡がつかめないよ!?
「そうか! きみは肉食か?」
「いえ、雑食です・・・野菜も好きです」
そう答えると、彼はひとつ頷いて、腕の中に居たネレをそっと解放した。
草花の上でへたり込むネレと視線を合わせながら、少年は微笑んだ。
「カゴは近くに転がっているはずだ・・・とりあえず、食材は落ちてるからこれでいいな?」
視線はネレを捕らえているが、気絶しているリスを右手に掴み、機械的な動作で左手でその首を素早く弾いた。
ぺちん
ぺちん
ぺちん
一匹、二匹、三匹・・・リスの死骸はきれいに積まれていった。
「リ・・・リトラス様・・・何を?」
「食料だが?」
「ああ・・・リス・・・確かに食べられますよ・・・ね?」
ネレの首に巻きついていた白い獣はカタカタと震え、身体を委縮させながらネレの首を絞めていた。
――――なんでオマエ、この人チョイスした!?




