第17話 【雪と妖精と猫の関係性】 その16
濃い色で染められた衣服は、高級品とされる。
まずは染料の材料のコストが色が濃い程に高くつくからだ。
中でも、濃い紫・真紅の赤・輝くような黄色・深い青などが貴族では人気であったが、青と黄色の染料をバランスよく配合する緑色もまた高級品に良く使用されていた。
では、黒色は高級品なのか? と、問われれば、素材によって安物の黒と、高級品の黒の二つに分かれてしまう。
結局のところは、原材料が自然界に存在する黒い毛並みの動物や植物を使用した糸を元に布が織られるからだった。
ネレの纏う灰色の外套は、自然界の微妙な白色、つまり、純白から黄色の幅広い糸を使用して織った布を、どんぐりなどで染めた後に汚れ除けを施した灰色だ。
一方、リルは一般的な薄茶色の上着を着ていた。可もなく、不可もなく、ほどほどに良い風合いの外套を羽織っていた。
ただし・・・ネレの外套はジャンお手製の猫耳フードだった。
時折リルは、羨まし気にネレの頭に立っている二つのピンクとグレーの猫耳をチラチラと見ていた。
「リルさん・・・やっぱりマナシって、城外での就職難しいんですかね・・・」
「街に出たら秒で死ぬんじゃない?」
お互いに尻を向けながら、枯れた木の根っこの辺りを懸命に探っていた。
「それ程ダメダメなんですか・・・“才”の要らない職業ってないんですかね・・・」
「ネレ、口調がまたかたくなってるね・・・」
黒く薄っぺらい物体を、二人は崩れかけた樹木から小さなナイフを器用に使いながら、丁寧に剥がし始めた。
「なんかこっちの方が楽になってきたんで」
「いや、あんたちょっと落ち込んでるときとか、人を責めるときとかそうなるんじゃない? 次はどうしようかとか、丁寧に話すとき無意識に時間稼ぎしてない?」
――――確かにケイコの時、イラつく相手へのメールはしつこい位に丁寧になってたかも・・・
「でも、ボクがなあなあで話すと、何かわざとらしくなるような気がするんですよ」
「そだね、あんた話し方が大人っぽいからねえ」
「逆に軽い口調の方がニュアンスが難しいというか・・・きちんと発音しようとすると口調がかたくなっちゃうんですよね」
「あ、そーゆー事か・・・やっぱり子供だから言葉の細かい使い分けが出来ないせいもあるのかな?」
「そっかな・・・勉強します・・・」
周囲に貴族やら平民やら孤児やら更に様々な職業の人間が入り交じり、情報過多になり過ぎているせいなのか、ネレは階級ごとの言葉の使い分けに戸惑っている。
本の記述の言い回しだけが統一化されているように思えていた。
「っつーか、この黒いヒラヒラって本当に食べ物?」
「それ・・・黒きくらげです。干すと日持ちする便利なキノコです」
本日は採取の森でキノコを中心に集めていた。
さすがに植物の分類もバラバラだと、何の料理を作るのか主婦でも困るので、できるだけ同種を選んで採取している。
料理長でなくとも、調理師する人間からは文句は出るだろう。
「あ・・・ヒラタケ見っけ!」
「ネレ実はね・・・・・・・・“才”の条件のない職業はあるんだよ」
リルは黒きくらげをペシペシとはたいて、軽く汚れを飛ばしてからネレのカゴに放り込んだ。
「え! 本当!? どんな職業?」
「王様」
「えっ・・・・・・無理でしょ!?」
「・・・と、商会の一番偉い人と、盗人」
ネレはリルの言葉の意味を飲み下し、頭の中で考えがまとまるまで少し時間を要した。
「・・・・・・・・つまり個人経営か、業務規程を作る側の経営者・・・・雇用の決定権を持つ人物ですね?」
「ちょっと何言ってんのか、わかんないんだけど?」
「うん、確かに“王様”だ! 自分一人で企業を立ち上げちゃえばいいのか」
「きぎょうをたちあげる?」
「自分で商会を作るの・・・面白そうですねぇ・・・」
「はあ? この国でお金を稼ぐのには“才”が必要なんだよ? もしくは金持ちの所に養子に入って軍資金でももらうの?」
「なるほど! その手もありますね!?」
――――レバレッジ効果狙いかもアリか・・・
けれど、マナシは誰も養子には欲しがらないので、ネレは軍資金調達に力を注ぐ事にしたのだった。
「そんなこと・・・できる訳・・・ないじゃん・・・」
リルは自分の荒れた指先を見つめながら、小さく言った。
体力と魔力に恵まれた男子ならまだしも、女性の社会進出は余程の才能に恵まれない限りこちらの世界も難しいようだ。
いきなり会話を突飛なところまで持って行ってしまったネレは、慌てて話題を切り替えた。
「あ・・・・・・・そう言えば、そろそろザクロが食べごろなんですよ」
「うそ! ザクロもあんの!? どこよ!」
二人はザクロの甘酸っぱさを思い出して、口の中を唾液で濡らした。
「奥側の境界線の近くに」
奥側の境界線付近は城内でも本館や西側と同じく、一般の労働者が歩いていると警備兵に咎められる場合があった。
何故ならその先は、貴族が頻繁に出入りする整えられた庭園だ。
「あ、無理・・・その辺歩いてると警備兵から職務質問されるから怖くて行けないや」
まるで経験したかのような口ぶりに、ネレは首を傾げた。
「でもね・・・ザクロの木が切られちゃうかもしれないんです・・・こないだ泉が湧き出たのでその周囲を整備するって・・・」
「困ったな」
悩むようにリルが俯きがちに低い声で呟いた。
「困るんですか?」
「う~ん、ちょっと今片付けなきゃいけない案件があってね、業者がこの森に来るんじゃ前倒しに進めなきゃ・・・」
「掃除の仕事ですか?」
「うんまあね・・・そっかあ・・・泉かあ、都会じゃ珍しいよねぇ・・・温泉とか泉とか湧き出るって事は、この国に聖女様でも誕生したのかなあ・・・」
「え? なにそれ? 聖女様って国に認められた女性じゃないの?」
「なんちゅうか、アタシが言ってるのは、伝説の聖女様のコトなんだけど?」
「それ、なんの本読めば解りますか?」
「・・・・・・・ネレは変わってるよね、何でも本に書いてあるわけないっしょ? たまに世間知らずな貴族のボンボンみたいな事言うよね」
「済みません、つい、癖で・・・」
城内に時刻を知らせる鐘が響き、リルはすっと腰を上げた。
はじめて気が付いたかのように、彼女は膨らんだ両ポケットから赤い実をどっさりと出し、ネレのカゴに投げ込んだ。
ずしりと重くなったカゴに、ネレは目を見張った。
「これ・・・姫林檎!? どこにあったんですか?」
最後の一粒だけを彼女は口にくわえて見せた。
「ここじゃないよ、“庭園”の方」
常に庭師が手入れをしていて、警備の厳しい場所だ。
「勝手に採っちゃいけないとこじゃ・・・」
「気にしない、気にしない、木の実に名前が書いてあるわけじゃないし、わかりゃしないってば」
酸っぱいりんごを口の中で転がしながら、ケタケタと笑いながら駆け足でその場を去ってしまった。
森の緑の中にあっという間に姿を消してしまったリルを、ポカンとしたまま視線だけで見送った。
「サクランボサイズの姫林檎と、キノコの組み合わせかあ・・・・・・」
まじまじとカゴの中身を覗き込んでいたネレの頭上で枝がしなる音が聞こえた。
高い位置にあった木の葉が下がって来ている。
ネレのすぐ後ろで、危なっかしく揺れる空気があった。
嫌な予感がして、通常の目線より上の世界を見渡した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うそ」
モソモソと動く茶色い毛玉が次々とネレの視界に入ってくる。
リルと入れ替わるように、小さな動物たちがその赤い実目当てにネレに近づいて来たのだ。




