第17話 【雪と妖精と猫の関係性】 その12
カプシーヌは、キュルキュルとカートを引くネレの後ろを重い足取りで歩いていた。
緑豊かな森を抜け、そろそろ兵舎食堂へと続く渡り廊下に辿り着くところだった。
「ア・・・アタシ・・・今日ほど眼鏡を装備していて良かったと思う日はありません・・・」
「うん・・・眼鏡は意外と役に立ちますよね?」
カートに括り付けたカゴの上には、薄汚れた布がかぶせてあり、周囲からは何が入っているのか分からない。
一見するとネレは身ぎれいだったが、カプシーヌは枯葉などが髪や衣服にくっついていた。
藍色の太い三つ編みには、茶色い棘のようなものが刺さっていた。
「ええ・・・そうですね・・・あれはネレ一人では大変だったと思います。・・・あははは・・・あの凶暴な害獣はやっかいですね、駆除を依頼しないと・・・」
「ん~・・・昔みたいに兎にしてやられる事はなくなったけど、アレも手強いんですよねぇ」
パタパタと足音が二人の元に近づいて来たので、先にある渡り廊下の方へと視線を移した。
「よぉ! ネレ! 熱出して寝込んでたって?」
金茶の髪を揺らしながらビーヴが勢いよく手を振る。
それを見たカプシーヌが「ぎゃっ・・・」と、小さなネレの後ろにしゃがんだ。
「え・・・なに? ビーヴおまえ何かしたの?」
興味ありげに半歩後ろでジャンが鳶色の瞳を細めた。
「知らん・・・つーか、カプシーヌさんは男に大抵こんなんだ」
「・・・・・・・え? だって、俺ん時は別にふつーだぞ?」
「だから、何故かジャンに対してはだなぁ・・・」
「あの・・・アタシ、こっから孤児院に戻りますね」
「うん、カプシーヌさんありがとう! すごく助かりました!」
カプシーヌは軽く視線と会釈でジャンとビーヴに挨拶だけをして、小走りに孤児院の方へと去って行った。
三人はカプシーヌの後姿をポカンとして見送った。
「・・・・・・・・・で? なに? カプシーヌさんは俺にだけ普通なの?」
「ああ、違いますよ・・・・カプシーヌさんは・・・・男臭い男性が苦手なだけなんです」
『・・・・・・・・・・・・・』
二人は、お互いの姿を確かめ合いながら無言になった。
「しょうがないだろう・・・俺は鍛えても筋肉が付きにくい体質なんだから・・・仕事も事務系が多いし・・・」
「――――っぶ! そうじゃないだろう? おまえの場合は!!」
「言うなやあぁっ!」
ネレもその事には薄々気が付いてはいたが、そこは黙って二人のじゃれ合いがひと段落するまで、生温い眼で見守っていた。
どうやら女性の少ない男臭い兵士の職場中では、ジャンは潤い的存在らしい。
この国は“才”によって殆どの職業が決められてしまう習慣があった。
ジャンのように努力の学びによって成長した場合でも、魔力値で“劣”の場合は希望の職業にありつけない事がざらであった。
けれど、兵職の装備品価格に詳しいジャンが書類作成を行うと素早く事が運ぶので、警備隊長のダフネには重宝されている。
最初の頃は事務担当の文官は面白くなかったそうだが、ジャンの人当たりの良さと、上品な物腰に現在はかなり心を許しているらしい。
少し考え事をしていたネレに、ジャンが屈んで視線を合わせた。
「ホントにもう大丈夫なの? ネレはすぐに無理するから」
ネレの前髪を指先で梳きながら、ジャンは顔を覗き込んでいた。
つられてビーヴも隣にしゃがみ込む。
「もう大丈夫ですよ、前より身体が軽く感じるぐらいで――――」
「あっ!?」
ジャンの両手がムニャリとネレの顔を覆うように挟んだ。
「にゅっ?」
「どした!?」
驚いたビーヴはジャンの顔に自分の顔を並べてネレの顔を凝視した。
「――――んあっ!! ネレ、ヤバイ!」
「ビーヴ! 声小さめに・・・」
歯を食いしばるようにジャンが声を潜めた。
「ん・・・にゃに・・・????」
ネレの顔からゆっくり手を離しながら、目を見張った二人は「言って良いものか・・・」と、互いに目を合わせた。
「ネレ・・・何したの・・・」
「ほえ? 何か変ですか? 目の血管でも切れてました?」
ジャンとビーヴが互いに再び目配せをした。
「あのな、ネレの眼から薄い緑色が無くなっちゃってる」
光の加減によって見えていた薄い翡翠色が、ネレの瞳から消えていた。
孤児院では、鏡で姿を確認する習慣がなかったので、身支度は歪んだ窓ガラスに映る寝ぐせをパパっと直す程度だ。
わずかに変化した瞳の色など周囲は意外と気がつかない。
ジャンはスッと立ち上がり、渡り廊下から少し外れたベンチに座り三人で話すことにした。
左に優男タイプのジャン、右に脳筋タイプのビーヴに挟まれ、ネレは足の届かないベンチに焦りながらも行儀よく座る。
実は・・・“色”を無くすというのは自分の肉体の一部を失った事になると説明をされた。
魔法契約が実行されると起こりうる現象だという。
もしくは“色”は契約相手によって“染められる”という意味も含んでいる。
「第一、膨大な魔力を使用する“禁呪”の類をネレが行えるなんて思わないから大丈夫だよ!」
不吉なワードばかりが先ほどから頭上をかすめていた。
「・・・・・・いや、ほら、生まれたての子猫は眼が青いし、大人になるにつれて目の色が変化するから、きっとネレもそんな感じだろう」
“うん”と、二人は示し合わせたかのように頷いた。
なんだか良く分からない納得の仕方だと思え、
「ボク・・・・・生まれたての子猫と、おんなじ扱いなの?」
とりあえず真っ当な質問をしてみた。
「見え方は変わってないんだろ? 視力が下がったとか?」
「全然ないよ?」
「うん、じゃあやっぱり瘴気のせいだ」
ネレにはかなり難解な会話に思えた。
「そうだな、まさか瘴気で毒された肉体を回復する為に、瞳の色を奪ったとか在り得ないし」
「ンな事できるのは魔導士とか聖獣とかぐらいじゃね? ネレ、そんな知り合いいる?」
ただ、懸命に横に首を振った。
そう言いながら楽し気に笑っている二人の会話を聞きながら、現実主義で偏っているネレの思考は追い付けずに混乱していた。
「あの・・・」
「ん?」
「それってどんな本を読めば解りますか?」
ネレの真剣な質問に、二人は広範囲に響く笑い声を上げた。




