第17話 【雪と妖精と猫の関係性】 その11
「ネレ、これから採取の森へ行って、そこで今日手に入れた食材をこのカゴいっぱいに入れて、ここまで運んで来い」
食堂に出勤した途端、モーヴ料理長はそう言いながら自分の頭より一回り大きなカゴをネレの顔の前に寄こした。
ネレは半歩ほどしか食堂内に足を入れていなかった。
「・・・・・・・・・・・・はい」
持ち手のない長方形のカゴと、モーブ料理長の坊主頭の大きさを何となく比較しながら、言われた指示を頭の中で反芻した。
食堂内で休憩中だったナトンとルイードが黙ってそのやり取りをうかがっている。
渡されたカゴを手にして、ネレはゆるりとした足取りで来た道を戻って行った。
孤児院内の忙しなく動いているシスター達の集まる事務室に姿を現したネレは、カゴを抱え真っすぐとカプシーヌの所へ近づいて行った。
「あれ? ネレ・・・さっき出勤したところでは? 忘れ物ですか?」
ネレは黙ってカプシーヌのスカートの裾を引っ張った。
「・・・・・・・必要な道具があるのですね?」
少しだけ急かすようにグイグイとカプシーヌのスカートを引っ張り、そのまま事務室を後にした。
孤児院の子供達は知恵がついた途端、お気に入りのシスターについて回るのものなので、静かなネレの事を誰も気にはしなかった。
薄暗い倉庫兼作業室に入り、カプシーヌは後ろ手で扉を閉めた。
「で? 何が必要ですか?」
一見ガラクタだらけのような部屋を見渡しながら、
「いつも、カプシーヌさんが図書館から本を運ぶ時に使ってるヤツ貸して」
と、ネレは答えた。
「ハハカート30号ですね!」
嬉しそうにカプシーヌは手を叩いて見せた。
カプシーヌ曰く、「未使用時には折り畳んで場所を取らず、総重量10キロまでオッケー
女性も片手で楽々運べる、簡単荷車、ハハカート30号!!」なのだそうだ。
「――――ん、やっぱりボクのサイズに合わせて作ってもらった32号って今すぐ使える?」
「ああ! 軽量化した小型版の方ですね!? え~と・・・」
カプシーヌは部屋の隅の方にある棚に視線を送った。
「まさか埋めてないよね? あっちの棚、こないだ片付けばっかりじゃん・・・」
眼を泳がせながら棚の方に横歩きをして、ネレと少し距離を置いた。
「だ、大丈夫です! これでもどこに何があるかちゃんと把握してますから!」
多くの仕事を抱えたトレフルと同じく、大量の資料を有する者のいつもの言い訳に過ぎなかった。
「・・・・・・・・・・・あれ、新品のはずだよね?」
「あっ、あぁ~そうでした! 銀色に輝くきれいな・・・」
忘れかけていた品物についてヒントを貰い、カプシーヌはガラクタの前にしゃがみ込み、犬のごとくホコリをかぶる物の中から目的の品を掘り出して掲げて見せた。
「やあ、ホントにこれ軽いですよねぇ! アタシ天才!」
「うん・・・ありがとう・・・ついでにこのカゴを括り付ける紐も貸してね」
「え~? 何するんですかあ? アタシも一緒に行きますぅ~!」
彼女はネレが色々やらかしているのを知っている上に、そのやらかしの協力者でもある。
ハハカート32号を受け取り、カゴを括り付け、傍にあった薄汚れた布もついでにカプシーヌから譲り受けた。
「・・・・・・うん、今回は“一人で”とは言われなかったから、いっかな?」
採取の森は今日も緑が深い――――。
「何故“林”と呼ばず“森”なのか?」と、何度も城内で討論を延々としていた場所であったが・・・結局、同じ種類の樹木がそろっている訳でもなく、特に人の手入れがされている場所でもなく、城が立つ前からそこは“採取の森”だったのだ。
ちなみに、採取の森で勝手に畑などを作るのはご法度であった。
ネレがトレフルに詳しく聞いたところによると、孤児院の庭で、孤児院内で消費する作物を育てた場合は無税、それを販売して利益を得た場合は税金対象なのだそうだ。
城内東側地区で所有者不明の畑が存在するとややこしい事になり、トレフルの仕事が増えるらしい。
「あら? 採取の森って・・・こんな感じでしたっけ?」
カゴを括り付けたカートを引きながら、カプシーヌは木漏れ日に目を細めながら言った。
「前からこんな感じだったと思うけど? いつもルノンと来てるし」
「う~ん? それも不思議なんですよねえ、ルノンさんは我関せずな人だったのですが・・・それこそ森に入ってキノコ採ってくるような人じゃなかったんですよぉ?」
「食事当番を受け持つようになったからじゃないのかな」
「最初は嫌々って感じでしたね。この森は今は紅葉が始まってますけど・・・こんなに見事じゃなかったですし」
「いや、紅葉って温度差で葉っぱがきれいに色付くのではないの?」
顔の前で掌をパタパタさせながら、否定した。
「いえいえいえいえ、そっちの理論ではなく・・・もっとこう! 森は乾いた感じでした!今はすごく瑞々しいんですよ」
そう言われてネレは周りを改めて見回したが、違いは全く判らなかった。
「そう言えば、こないだ泉が湧いてたよ?」
「何ですって!? 申請して整備して貰わないといけないじゃないですか!」
「え? そーなの?」
「第一発見者の名前が付けられる場合があるんですよ!」
「へ~・・・じゃあ、またトレフル様の仕事が増えるね・・・」
ネレがこないだルノンと見つけた時に、面倒臭がってスルーしていた小さな泉があった。
何故かルノンはそういう目立つ行為を避けたがる。
孤児院の料理の栄養バランスの功績の件も、ネレの存在を隠すのは無論だが、ルノンはウェメレスとソールの指導という事にしていた。
実際、ルノンの功績にしたとしても特別手当が支給される訳でもなかったのだが・・・。
本来は文官職に推薦されてもおかしくない才女のはずだった。
こないだ見つけた手紙の件も、ルノンであったから解読できたようなものだ。
それとなくロティスやトレフルに隠語について聞いてみたが、ロティスは聞いたことがないと言い、トレフルは眉をひそめるだけだった。
どうやら、文献などに残されない独特の解読や調べものなどは天才級らしい。
それ故、語れない過去もあるようだった。
発明家気質のカプシーヌ。
嫁ぎ先は腐る程ありそうな万能女子のプラタ。
家庭教師でも翻訳家でも生活していけそうなルノンは、料理の腕も上がっている。
その上、ソールは上層部の貴族と対等に会話もできるスーパーキャリアウーマンだ。
他にもシスター達は秀でた“才”を持っている者が多い。
採取の森の奥にに久しぶりに来たカプシーヌが興味ありげに草花について細かく質問してきた。
「おかしい、本当におかしいです・・・いつからこんな・・・」
ネレにとってはいつもの森なので、ぶつぶつと考え込んでいるカプシーヌが理解できなかった。
そんな二人の様子を、木の上から茶色い小動物たちが枝を伝いながら様子をうかがっていた。
かなり整理整頓の進んだ個人用の執務室で、トレフルは書棚の前で立ったまま同じページを見つめていた。
肩を沈ませた後姿を視界の端に入れていたが、鬱々とした室内の空気に嫌気が差し、空気を入れ替えようと窓を開けた。
「ネレが心配なら、直接お見舞いにでも行けばいいんじゃないですか?」
「それは目立つから駄目だ・・・・・・・ソール先生に叱られた」
「そこですか!? って、なんで現在は地位的に上のあなたが彼女に頭が上がらないんですか?」
「あ・・・頭が上がらないと言うか・・・ソール先生の言葉はザクザクとこう・・・胸に刺さるのだ」
「要するに口で負かされたんですか?」
「・・・・・・・いや、ネレの才能について話したんだが」
あなたは大馬鹿ですか!? あんな小さい子供に重要な仕事を投げるなど、どうかしています! あなたはあなたの地位と財力と人間性を使って、もっと人を誑し込みなさい!
そこはネレより劣っています!!
「うっわぁ・・・強烈ですね・・・でも、気にしなくてもいいですよ」
「・・・・・・そうか?」
「タラシに関しては、ネレの天然成分には敵いませんから」
「天然成分?」
「え? 分かりません? あの自然派というか、読めない魔力というか」
「自然派? 魔力はネレにはないぞ?」
「だ・か・ら! 厄介なんです」
「いやいや分からん、説明してくれ」
「・・・・・・そもそも、普通の大人はあんなに小さい子供の言う事は本気にしませんよね?」
「いや・・・まあ、そうなんだが・・・ネレの言葉には何故かすごく説得力があるというか・・・」
「そこです! あの子の声のトーンと話し方、話す速さ! 何故か耳に入りやすいんです! すっと胸に入りません?」
「入るな、あの真似をすればいいのか?」
「駄目です! トレフル様がやったら気持ち悪いです! ネレは子供特有の高い声を使って、大人の興味を惹きつつも、学者顔負けの巧妙な説明をする・・・天然悪魔なんです!」
「うん? ネレは“妖精”から“悪魔”に進化したのか?」
「僕の姉上をはじめ、カプシーヌさんにルノンさん・・・ニジェルさんに、用心深いシャドンまで、とうとうソール様まであの子の頭脳に陥落しました。ウェメレス様なんか甘えん坊攻撃であっと言う間だと言うじゃないですか!」
「頭脳と、甘えん坊と・・・泣き虫・・・」
トレフルは眺めていた資料を書棚に戻し、ロティスのいる窓際に足を進めた。
「妖精なんて生易しいもんじゃありませんよ、天然ツンデレ成分配合済みの悪魔です!」
窓際で騒ぐロティスを静めるため、はねた前髪が頬に触れる距離まで顔を近づけ、
「じゃあロティスは、人工アマノジャク成分配合済みの天使だな」
ヘーゼルの瞳を細めてそっと囁いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
口元をへにゃりと緩めたロティスの空色の瞳にはトレフルの顔が映りこんでいたが、トレフルの関心は、いつの間にかロティスの肩に乗っていた小さな生き物に釘付けとなっていた。
「ちなみに・・・その白いリスみたいのは何だ?」




