第14話 【雪の剣(ゆきのつるぎ)】 その6
「え~・・・今日からセレポレの代わりに、臨時で厨房の手伝いに入ったネレだ」
厨房でモーヴに紹介されたネレは、無表情のまま頭を下げた。
「ネレです・・・よろしくお願いします」
ネレにとって、クロエとは初対面であった。
料理長のモーヴと顔を合わせたのは2度目である。
ニジェル、ナトン、ルイードはにやける口元を必死で堪えていた。
「急きょ決定したことなので、まだ教育係は決めていないが・・・」
「はい、オレ!」
迷いなくニジェルが手を上げた。
「ニジェル・・・お前はクロエと今は組んでいるだろう?」
「両方と上手くやります」
「はい、ちょっといいですか?」
ルイードが珍しく意思表示をした。
「うん? なんだルイード」
モーヴはスイーツのレシピ提供者がネレとは一切知らない。
あくまで、シャドンが仲介役として務めていたからだ。
「メインは俺につけて下さい、ニジェル副長は今、かなり無理をしています。ネレはこの通り小さく非力なんで、野菜の洗浄や、仕込みを少しずつやって貰いたいのですがどうでしょう?」
「なるほど・・・そうだな、直接的な調理の担当のニジェルにつけるよりもいいかも知れんな」
モーヴは少し首を傾け、顎を撫でながら言った。
「調理の工程ごとに、細かい単純作業をネレに任せたいので、俺がつきっきりではなく、各担当者にサポート的に手伝わせたいと思います。小さいからと言って副長が甘やかして作業効率が上がらないと料理長も困るでしょう?」
「うん、その通りだな! そうしよう・・・では、私は早番なので上がるから、後はよろしく頼む」
「分かりました。今日の遅番は俺と副長なので、さらっとネレに流れを説明しておきます。お疲れ様です」
モーヴは軽く右手を上げ、更衣室のある奥に姿を消した。
白髪を一纏めにした、クロエが腕を組みながらため息をこぼした。
「なんだい、アレ?」
「・・・んまあ、ここではモーヴ料理長が一番の権力者だからッスね」
ナトンはクロエに答えた。
「・・・で? 俺の対応はあんなんで良かった? オッサン」
「ああ、お前にしちゃあ上出来だ。シャドンがしゃべってんのかと思ったぞ! ちなみに、甘やかすってなんだ?」
「あ、ちがった! ネレに教育されんのはオッサンの方だった!」
「お・・・おまえ俺の事を何だと思って・・・」
「妻役のシャドンに逃げられたオッサン?」
「はあああ? ルイード、調子に乗るなよぉ?」
思わず傍にあったお玉を手にしたニジェルの手を、ぺちっ! と小さな手が叩いた。
ニジェルは気まずそうにネレと視線を合わせ、ネレは無言のまま首を左右に振った。
「・・・東側はこんなに小さな子をこき使うのかい? 西側じゃ考えられないね!」
その言葉に、調理師三人は何か言いたげだったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「クロエさん、ボクじゃ幼くて頼りないかもしれないけど、よろしくお願いしますね!」
その時、ネレはしっかりとクロエと目を合わせて、厨房内で本日初めての笑顔を見せた。
厨房の外に設置してある、試作段階の井戸ポンプで、ネレ・ルイード・クロエは野菜を洗っていた。
この井戸ポンプは既にトレフルとブロンシュの共同名義で特許申請中だ。
クロエの洗っている野菜がパチンコ玉のように移動しているように見え、ネレは目を丸くしていた。
「ほら、坊や、手を止めちゃだめだよ」
「は、はい」
へちまのスポンジで、野菜の土をきれいに落としていく、厨房内の水も、汲み置きを中心に使用しているので、無駄な水は使えない。
「ふ~ん? 坊や・・・野菜の洗い方うまいねぇ」
「ありがとうございます。孤児院の手伝いで慣れたんだと思います」
「・・・孤児院でも働いてんのかい?」
「ええ、お手伝いしないと、シスター達が忙しくって大変なんです」
「ああ、孤児院の院長は確か今・・・」
「無実の罪です」
「え・・・だって捕まってんだろう?」
「無実です」
「なんで分かるんだい?」
「ウメさんの事は、誘拐事件の前からず~と、ボクが観察をし続けていましたから」
「ウメさん? 観察?」
「だから無実です」
「いい院長さんなんだね・・・」
「あ、いい人かどうかは分かりません・・・たま~に、目的の為なら何でもありの人ですから」
ウェメレスの姿は一見柔らかく見えるので、人を侮らせてしまう。
故に、その頭脳と根性のギャップに驚かされるのだ。
それはあくまで、前世での事業部長のイメージも含まれているが。
「は? なんだいその評価は?」
黙って横で聞いていたルイードが豪快に噴き出した。
「ぶはっ!! ウメさんすげー評価されてんな!」
さて、厨房での野菜切りの作業が始まったのだが、ネレは渡された小さな果物ナイフと、自分の手をじっと眺めていた。
ニジェルが不思議そうに、踏み台に乗り作業台に向かっているネレを、後ろから覗いた。
「どうした? ネレ」
「いやあ・・・あの、このナイフがどうも手に馴染まなくって・・・」
「んん? そうか? セレポレにはそれを使わせてたんだけどな」
「かと言って、ここで使っている包丁ではボクの手には大きすぎるみたいだし」
「そっか・・・、孤児院じゃ女性向けの小さい包丁が主流だったか」
「じゃあ、これを使いな」
クロエが自分の道具箱から、小さな包丁をネレに一つ差し出した。
厨房内が一瞬ざわついた。
プライドの高い熟練の調理師が、自分の大事な道具を他人に貸すと言う行為はそうそうないからだ。
しかもこんな子供に。
「あの・・・こんな立派な包丁いいんですか?」
白銀の細身の包丁は、美しい彫刻が施されていた。
「どうしたい、使うのかい? 使わないのかい?」
「は・・・はい! ぜひ使わせて下さい」
ネレは恐る恐るその包丁を手にした。
キンッ――――!
その金物の音に、びくりとしたが、ネレの手はしっかりとその柄を握っていた。
「今・・・何か、鳴りました?」
クロエがニヤリと口の端を上げた。
「鳴ったねえ・・・」
ゆっくりとクロエが包丁の刃先を手放すと、包丁の冷たさがネレの手に伝わって来た。
「なんか・・・ひんやりしません? これ・・・」
「そうか、ヒンヤリするか。いい事だ、切る食品が傷みにくい、坊やとそのコは相性がいいみたいだ」
傍にいたニジェルが、青ざめながら質問した。
「おいおい・・・クロエさん、それ、まさか・・・魔道具とか言わないよな?」
「まあ・・・そんなとこかな?」
『ええええっーーーー!?』
「ああ、そんな驚くことじゃないよ、ただの鉱物との相性さ。料理にもあるだろう? スープになりたいジャガイモとか、肉と一緒になりたいニンジンとか? どう調理したらより美味しくなるとかと一緒で」
「そ・・・そんなの聞いた事ねーよ!」
――――ある。ずっと昔・・・あれ? なんだったっけ?
「そうかい? じゃあ、あたし特有の“才”なのかもね。副長さんも持ってるだろ? 特別な調理に関連した“才”ってヤツをさ」
「ま、まあな・・・」
「だからこそ、料理人として成功したんだろう? あたしゃ、たまたま包丁に向いてる鉱物を見つけて包丁にしただけさ、いつでも何処でも見つけられるワケじゃないさ」
「そ・・・その“才”って、素材の声が聞こえるとかですか?」
「おやま、坊やは・・・とても賢いね?」
「それって、薬師にもなれるんじゃないですか?」
「まあ、あたしのこの“才”は“料理の才”と相性が合っているからね。それにこの才にはどうやらまだ名前が付けられてないそうだよ」
「ええと・・・なんだっけ・・・あ~それそれ・・・“相乗の才”!」
「そうじょうの・・・さい?」
「あの・・・素材の声が聞こえるってのは、一種のイメージとして頭に浮かんでくるの! そんで、これとこれを足すと良い物ができるって、いきなり出来上がった薬のイメージが出来ちゃう場合と、捜している素材の方からこっちだよって声が・・・って、ボクなに言ってんだろう?」
「坊や・・・この才の事、なんで知ってるんだい? あたしだって今まで同じ才を持ったヤツの噂さえ聞いたことがないんだ」
「か・・・鍛冶師とかは?」
そうか、と、ニジェルがポンっと手を打つ。
「ああ・・・なるほど、鉱物の素材の声か、知らないうちに発動してるってヤツ? 鍛冶師が“才”についての研究なんて発表するワケないしな」
「ん? さっき薬師にもいるって言ったかい?」
「薬師で“調合の才”持ってて、今の“相乗の才”ってのを持ってたら最強じゃないか?」
「え? それって、どこの誰っスか?」
一斉にネレに熱い視線が集まった。
「あ、いや・・・その・・・白月亭によく合う、ドワーフ族の人からき、聞いた話で・・・」
――――あ~、実は前々前世は薬師です・・・なんて・・・言えません・・・
ボクは“白き魔女ブロンシュ”と言う、我ながらふざけた名をとっさに付けたもんだと思った。
でも、それは記憶の片隅にしまっていたものだったらしい。
一番ボクの古い‟人生の記憶”だ。
ブロンシュはただ、素材の声を聞いて、夢中で薬の研究に没頭していた人間だった。
効能の高い薬を作る事で、「魔女だ」とも「聖女だ」とも呼ばれていた。
はっきりとした記憶はないが、どこでどう間違えたか・・・ボクはお偉いさんに森のお屋敷に閉じ込められてしまった・・・みたいだった。
そして、ジ・エンド――――。
たぶん、そこでボクは何かやらかしたらしい。
実際に役に立つ記憶があると言う事は・・・それらは本物の前世の記憶という証明になってしまった。
ブロンシュ→戦時の女性→ケイコ→ボク・・・、全ての記憶がはっきりしている訳ではなく、今回は何故かケイコの記憶が色濃く残っている。
そんなもんなのかな? 古い記憶は忘れていくもんなのかな?
しかも、今回の場合は赤ん坊の時からお役立ち情報が頭に入っている。
まあ、ケイコの時も、前世の戦時の女性の記憶が小学校に上がってからチラホラ出てきたせいで、先生に「幸せに感じるのはどんな事ですか?」と聞かれた時に、元気に「三食白いごはんが食べられる事です!」と、言ったらクラス全員がドン引きしたよ。
なんで? すごい幸せじゃん?
ケイコの時は普通にガス炊きもしたし、炊飯器だけはこだわっていたからね!
炊飯器を考えた人は日本食の救世主だよ。
シングルマザー&ファザーの子供会でカレーを作る時に、区民会館で借りた炊飯器が三合炊きしかなくって、ケイコは普通に鍋で米炊いたらみんなにびっくりされた。
なんだい? 平成の後半はみんな米の炊き方も知らんのかい?
飯盒炊飯? キャンプなんか行った事なんてないよ、ケイコの子供時代に親に行きたいって言ったら「手間も金もかかる」って怒られたもんだ。
などと、ネレが物思いにふけっていると、クロエに借りた包丁はスルスルと大根の皮を剥いた。
――――なんて見事な業物だ・・・
先ほどの果物ナイフはネレの手の大きさにちょうど良かったが、軽すぎていた。
どうやらネレは、年齢にそぐわず、握力と腕力がそこら辺の子供より備わっていたようである。
これも毎日ペンを握り、大量の文字を認めたからであろう。
「そう言えばネレちゃん、本当は女の子だよね?」
隣で、野菜を剥いていたクロエがネレに話しかけた。
「ああ・・・はい・・・」
「女の子は髪を長くするもんだと思ってたからね。その包丁が・・・ああゴメン、そのコは女性じゃないと懐かないらしいんだ」
「え? コレって・・・そういう相性があるんですか!」
――――包丁にまさかの自由意思!
「クロエさん、うちの料理長は差別意識が古くてさ、貴族がどうの、平民でも親は勤めがどうの、男女差別や年齢差別もあるらしくってアタマが固いんだ。もう少しネレの事を男だと勘違いさせといてくれるとありがたいんだけど?」
ニジェルが改まって、クロエにそう言った。
「ふうん? まあ、料理長って器には見えないけどね・・・あんた達はあんなのが長で大丈夫なのかい?」
黒髪尻尾のルイードと、くるりん茶髪のナトンが目を合わせながら力なく笑った。
「ははは・・・俺とナトンは元々あの人の奴隷だったから別に慣れてるよ。でも、解放されてだいぶマシになったんだ。気持ち的にね」
「はあ? なんだって奴隷時代と同じ職場にいるんだい? 普通は別のところに勤めたいもんなんじゃないのかい?」
「ここで学びたい事が沢山あるんだ。奴隷として名前を奪われていると、思考が半分ぐらいどっか行っちゃうんだよ、その間は自由意思で学べる事が少なくってさ、俺は成人してからだけど・・・ナトンは・・・なあ?」
「うん、俺・・・小さい頃から奴隷だったから、ろくに勉強してなくってさ! 今、東側兵舎では、俺達にみたいな奴隷上がりの為に勉強会があるんだ。色んな事学んでくると・・・ここより条件のいい職場がないって事、初めて知ったんっスよ」
「それに、ある人への恩返しも済んでないから、もう少しここで頑張りたいんだ」
ナトンとルイードが照れ笑いを浮かべながら、ネレの事を見た。
みんな~! 風邪は大丈夫ですかあ!?
もりしたは、この週末寝込んでました! もう汗だくで、替えのパジャマがなくって根性で洗濯はしました。現在、ゲホゲホ言ってます。
それでは、また来週('ω')ノ




