第14話 【雪の剣(ゆきのつるぎ)】 その7
ジャンがぽてぽてと歩くネレと手を繋ぎながら、雑貨屋が並ぶ商店街を歩いていた。
「悩む・・・」
ネレは武器屋と鍛冶屋と調理器具専門店を梯子しながら、街中を兵士のジャンとビーヴに付き添って貰っている。
調理器具専門店の包丁売り場で、眉間に眉を寄せ、難しい顔をしている幼児の姿を二度見していく客もいた。
「・・・・・・ネレ、ニジェルさんに相談して買い物すればいいんじゃないか?」
「今、ちょっと厨房が人手不足でそれどころじゃなくって、甘えられないんですよ・・・それに、ニジェルさんが大人しく貸本屋にも付き合ってくれると思いますぅ?」
スーパー器用貧乏のシャドンが抜けた穴はかなり大きかった。
「無理だな、調理器具屋で三時間は動かないな」
店の包丁売り場で既に飽き始めていたビーヴが答えた。
「じゃあ、俺達には甘えるのか?」
「うん」
その答えを聞いたジャンは、繋いでいた手をぱっと放し、ネレの前にかがんだ。
「よ~し、よ~し!」
ふざけながら、ネレの頭をグシャグシャと撫でる。
「ふわわっ! ちょっと犬じゃないんだから!」
仕返しにネレはジャンの腕をバシバシと叩く。
「ネレ・・・腹空かないか? おっちゃんのとこの女将さんが戻ってきたから、おまえに会いたいって言ってるらしいぜ?」
「え・・・と、行ってみようかな・・・」
購入する包丁を決められず店を出て、ネレは再びジャンに手を引かれぽてぽてと歩き始めた。
「ネレは調理師になるのか?」
「“料理の才”がないから、調理師の資格は貰えないんだって・・・こないだ料理長に厭味ったらしく言われました」
料理長のモーヴは未だ、ネレが自分を儲けさせたレシピの発案者だとは全く気が付いていないらしい。
無論、ネレもモーヴとクロエが厨房にいる時は自分の知識がバレるような言動は一切控えている。
その辺は、トレフルに小姑の如く言い聞かされている・・・今回の‟現物支給”を獲得する為だ。
「そうか・・・世の中“才”が基準だからな」
「じゃあ、ネレが“料理の才”のあるヤツと結婚すれば、グエンさんみたいに店が出せるんじゃないか?」
ビーヴがほぼ思い付きでそう言った。
「その手があったか!」
ジャンが単純に同意した。
「それは嫌です。離婚したら、店を手放す事になります」
『既に離婚の心配を!?』
――――そうだ! 調理師を雇って経営者になればいいんだ!
ネレは巾着型のリュックを揺らしながら、左手の拳を固く握りしめた。
背中に背負っている巾着型のリュックはありきたりの物だと判断して特許は取らなかった。
簡易だがしっかりした作りや、可愛らしい形に、すれ違う人々はチラチラと見ている。
実は外側のボタン留めのポケットがチャームポイントである。
茶目っ気を出して、赤い星型のアップリケを付けているのだ・・・本人曰く「赤星っていいよね! 麒麟の刺繍は無理っ!」と、発想が既にオッサン化していた。
「かわいい!」
「あら、便利な形ね?」
「うちの子にも持たせたいわ!」
たまたますれ違ったオバちゃんが、熱心に聞いてくる始末で、その他の興味をひかれた通行人も自然と集まり始め、気が付けば人だかりができていた。
「あの・・・これ、巾着袋の下にこうやって紐を通すミミを付けるだけですから! 誰でも簡単に作れますよ~!」
大半はその説明で納得し、解散しかけたが・・・。
「キミ! その布地どうやって作ったんだ!?」
ある男性の声に、周囲がザワリとして、散らばり始めた足を止めた。
――――あれ? もしかしてキルティング生地って・・・なかった?
「お・お・お・おばあちゃんが作ったので知りません!」
咄嗟に嘘をついてしまったネレが、ジャンとビーヴに目配せをした。
「すみません! 先を急ぐので失礼しまーすっ!!」
ビーヴがネレを素早く持ち上げ、肩車をしつつ、ジャンと共に走り去った。
――――うん、もうすぐ冬だから、出産のお祝いはキルティング生地の“おくるみ”がいいかもしれない・・・手軽に洗える感じで!
ネレは後日このキルティング生地の製法を孤児院を経由し、ごく普通の生地工房に売った。
彼女にとっては、格安で品質の良い生地の種類が増えるのは大歓迎なのである。
この世界では、特殊な柔らかい布や、温かい種類の布などは全て“才”を持つ一部の人間が魔力を使い織っていた為、珍しい生地はかなり高価で手に入りにくかった。
しかしながら、魔力を使用する“才”を使う必要がないキルティング生地は、この国の平民の生活文化を格段に引き上げたのである。
本人の全く自覚のないところでの経済効果であった。
細かく刻んだ色鮮やかな野菜と、たっぷりの温かいトマトベースのスープの中に、細くツルツルとした細いストレート麺が沈んでいた。
真ん中には赤い湖に浮かぶ島の様に、ででん! と、ぷりぷりとした鶏肉が肉汁を浮かべながら存在感を醸し出していた。
白い深めの容器の中に、スプーンを沈め、その湯気立つスープを口元に運び静かに啜った。
「はあああ~、これは確かに行列ができるのも分かります・・・この鶏肉はきちんと別に調理してあるのですねえぇ!」
ネレはニコニコしながら、子供用のどんぶりで無音を守りつつ麺を啜りはじめた。
「ネレ・・・すごい器用に食べるよな?」
「ああ、俺も前から思ってたんだけど、食べる時は姿勢が真っ直ぐになるよな・・・」
感心している二人をよそに、ネレは頭の中でこのトマトスープの製法をイメージしていた。
――――やっぱりこれは‟鶏だし”だな! うん、孤児院ではショートパスタで今度作ってみようっと! ああ・・・もうちょっと予算が許されるならば、冬に向けてベーコンのかたまりをキープしておきたいし・・・労働報酬は現物支給! トレフル様に高級ベーコンの現物支給をお願いしなきゃ!
「そう言えば言葉遣いもなんだか年寄り臭いよな・・・」
「いや、これは孤児院のシスター達が上品なので真似してこうなっただけです」
――――たぶん?
「そーかぁ?」
ビーヴは微妙な表情をしながら、うどんを啜っている。
あまり納得していないようだ。
――――うどんをフォークで食べている方が馴染みがなくて、ボクには不思議でしょうがないんだけど・・・
眼の前のビーヴとジャンは、肉うどんを器用にフォークで食べていた。
「やあ、坊ちゃん! 昼時だから慌ただしくってごめんな? 一度店を閉めるけど、ゆっくり食べててくれ」
グエンが、三人に冷たいレモネードをサービスでそっと出した。
「こちらこそお忙しいところ済みません。このトマトのスープパスタすっごく美味しいです!」
笑顔でスープパスタを食べるネレの顔を見て、グエンが嬉し気に涙ぐんだ。
「え? ど、どうしました・・・」
「いやね・・・坊ちゃんが居なかったら・・・今頃、店がなかったかと思うと・・・なんか込み上げて来た・・・」
「お・・・大げさな・・・」
『いや、マジで!!』
男三人が、真剣な眼差しでネレをしっかりと見つめた。
――――この店、そんなヤバっかったんか~い!
こんばんは、もりしたです。
風邪が・・・でも、会社休みません!
私が休むと、おこちゃま抱えたママさん達が残業になっちゃうんで。
はあ~風邪が長引く長引く・・・という、今回の遅筆の上、短かった言い訳です。
それでは多分、また来週?




