第13話 【肌肉玉雪(きにくぎょくせつ)のような?】 その8
その日の夜遅く、グエンのスープパスタ店“白月亭”は開店する支度をしていた。
「アベジさん、おつかれ! おかげで開店準備までこぎつけたわ」
「ああ・・・良かったな・・・帰っていいか?」
「なんか手伝って貰っちゃって悪いな、助かったよ、ウドン食べて行きな」
「ああ・・・頂いて行くよ・・・でも、外の席は勘弁してくれ・・・」
乾いた唇を小さく動かしながら、アベジはそう呟いた。
アベジの高そうな服は、所々カラスの足跡が付けられ、元々寂しい前髪は追い打ちをかけるように毟られていた。
「もう真っ暗だから、外にカラスはいないぞ?」
「アベジさん・・・ゴミ漁ってるカラスに石なんて投げるから、攻撃されるんだよ」
率直な意見をビーヴは遠慮なく語る。
「カラスと言えば・・・あの烏もいたな・・・」
店の準備が一段落着いたグエンが、水を入れた大鍋を火にかけた途端、二人の黒装束の男が店内に飛び込んで来た。
・・・と、言うよりも、投げ込まれて来た。
「なんだ!? こいつら・・・」
そう驚くアベジの前に、ビーヴは庇うように剣を構える。
だが、どう見ても戦闘意欲を失っている侵入者に、すぐに構えを解いた。
グエンは慣れているせいか、落ち着きを払っていた。
「父さん・・・ちょっと店の前に開店待ちらしきお客が居たから、連れて来たよ」
筋肉質の大柄な男が、穏やかな声を出して店に入って来た。
「おいおいユーゴ・・・今のは連れて来たんじゃなくて、“投げ込んだ”って言うんだ」
グエンの息子、そしてビーヴの義理の兄、ユーゴである。
顔は優し気だが、首から下は格闘家そのものの肉付きであった。
「ユーゴさん、これ“客”ちがう・・・」
「“客”だろう?」
「刺客の間違いでは?」
表情は穏やかさを装っているが、眼光の鋭さは床に転がる黒装束の二人に突き刺さった。
既に腹を見せている二人は、白旗を上げるしかなく、“うんうん”と頷いて見せた。
呆れ顔のグエンが、仕方なく顎で店の奥の席を示した。
「ったく・・・そこの貴族さんは鳥のカラスに襲われてるし、ウチの息子はちがう“烏”を連れて来るし、今日は千客万来だな」
「・・・よりにもよって、あの“烏”かよ! 粋がって地面で黒装束着てんじゃねーよ、それ、夜間の屋根の上と、不法侵入専用だろ!」
「いや、先ほど昼の部と交代したのでこれは夜用でして・・・」
黒装束の一人が尻餅をつきながら、言い訳を始めた。
「夜用って・・・寝間着かよ!」
「ははははっ! ビーヴは相変わらず面白いヤツだな」
ユーゴが豪快に笑い飛ばした。
「え? ビーヴって・・・」
言いかけた黒装束の一人の頬を、ビーヴが投げたフォークが掠った。
「ひいいいいいっ! まさかセンパ――――」
小さい鍋が厨房から飛び出し、言いかけた男の顔面にヒットした。
「どどどど、どういう状況なんだ? 隠密部隊の“烏”がなんでここにいるんだ」
アベジが思わず口に出した。
ビーヴが頭をガシガシ掻きながら、バツが悪そうな顔をした。
「あ~、その、アベジさんはニセ餌に使われたって事だよ」
「は?」
「なんか俺も難しい事は分かんねーけど、どっかの貴族さん達の足の引っ張り合いのカモフラージュの為に利用されたんだよ」
「は? 貴族の私をか!?」
「まあ、そっちの烏さん達も結局そうだろうな? 情報操作のかく乱戦に利用されたんだろう」
厨房で豚肉を薄くスライスしながら、グエンが語った。
「あ~・・・そだね? ネレはトレフル様に可愛がられているから、単なる嫌がらせもあるだろうな」
「・・・あの子はワケありなのか?」
グエンの質問に、ビーヴ首を横に振った。
「ネレの情報なんか集めて、収獲あるとも思えねーんだけど? ・・・で、その辺はどうよ?」
アベジも加わって、3人揃って首を横に振った。
「ぜんぜん! 幼児の情報集めたって過去歴なんてあるわけないし!」
「まあ、6歳未満は正式労働者じゃないから、履歴もクソもないな・・・せいぜい接触してくる人間をリストアップしたかったんだろう」
グエンはそう言いながら、「いや、気にはなるんだがな・・・」と、青ネギを厨房で刻みはじめた。
そのナイスフォローに、ビーヴの口の端が僅かに上がった。
これもビーヴにとっては、ネレの護衛の一部だった。
「さすがはジャン様々だなあ・・・」と、ビーヴは呟く・・・。
戦闘要員はビーヴが受け持ち、ジャンがネレと姿を眩ます。
偶然が重なったが、グエンもユーゴもとても心強い助っ人になっていた。
「よく分からないけど、父さんなに作ってんの?」
「実はなあ、ビーヴが昼間に面白い坊ちゃんを連れて来てな――――」
開店休業状態だったスープパスタの店“白月亭”は、料理長でもある女将が産休中である。
息子のユーゴの嫁も妊娠中の為、体力バカの男二人しか店に残らなかった。
以前の自慢のスープパスタとは程遠い味になってしまい、常連客はほとんど寄り付かなくなっているこの現状を打破する為、ビーヴの協力によりネレから‟手抜きうどん”のレシピを授かった。
レシピを譲渡する条件は3つ。
1つ目は・・・価格は小さめのどんぶり一杯で大銅貨3枚。
これは、深夜の為、客は既に酒を飲み、何かしらを食べているという前提の量だ。
足りなければもう一杯追加をしてもらい、ウドンの麺だけが足りなければ、替え玉が大銅貨2枚で足せる。
2つ目は・・・このメニューは、女将が戻って来るまでの期間限定である事を看板にて掲示をする。
つまり、食べられるのは“今”だけ!と言う事をうたうのだ。
そして、客から「なぜ期間限定なのか?」と、聞かれたらきちんと説明をし、その話題から客とのコミュニケーションを図る事。
3つ目は・・・女将が戻って来るまで、このメニューだけにする事。
どう考えても、この超人手不足に、他のメニューも欲張って出す事は不可能だと判断した。
「ならば!」と、安いメニューで客の回転率を極限までに高める作戦である。
一杯の量が少なめなので、大銅貨1枚(百円)で大盛に変更でき、銅貨5枚(五十円)でゆで卵を追加できる。
酒の販売は、今日のところは止めておいた。
まだ、必要かどうかも不明であったし・・・ネレが「お客様とのコミュニケーションの中で、リクエストを募るが一番です!」の、一言でまとまった。
店が、頑なに何かを護って行くのも大切だが、客の期待に添って進化していくことも商売の必須条件である・・・「なんかの本で読んだ」と、ネレはやんわりとそれを伝えた。
また、深夜営業には満場一致の大賛成で、離れてしまった昼間の常連ではない別の客層狙いならば、期間限定での対応は可能である。
女将が戻ってくれば「期間限定だった」という理由で開店時間を変更できるという作戦だ。
ここがミソだ。客との会話の中で、将来の可能性の情報を植え付ける・・・かなりハイレベルの手法だが、店員が2人という狭い範囲であれば可能な情報提供なのだ。
これが4人になると意見が食い違って来るのだから、会話とは不思議なものだ。
「とりあえず、アベジ様はご帰宅して頂いて・・・今日は初日でバタバタしてるから、給仕の助っ人はありがたいよなぁ~?」
出されたウドンを、客として食べていたはずの隠密部隊の二人は麺を咥えたまま、ビーヴの笑顔に静止した。
「手伝いに来てくれたんだろう? 後輩・・・」
「はい・・・お手伝いさせて頂きます・・・」
「もちろん客寄せも頼むなぁ~?」
「隠密の自分らが・・・客寄せですか・・・」
「なに言ってんだよぉ、何事も経験だぞぉ?」
ビーヴは城の隠密調査部隊の二人の肩を、力強く掴んでいた。
後ろでは、グエンとユーゴの戦士親子が睨みを利かせている。
やり方は微妙だが、ネレの追跡者の足止めは大成功である。
この界隈で深夜営業の店は珍しく、グエンの狙いは大当たりした。
引っ切り無しに、珍しい太い麺に興味を抱き、絶えず客がやって来る。
どれも、接客業などが終わって一服したい商売人ばかりで、新しい客層の開拓ができた。
熱のしっかり通った、柔らかい“ゆで卵”が好評であった。
ネレから教わった茹で方だが、同じ飲食店のお客達がどうやるのかと絶えず質問してくる。
これもきちんと説明をした為に、「企業秘密では?」と、驚いた客が話題を盛り上げてしまった。
だが、次のお客が待っている旨を伝え、「詳しくはまた今度」と言う対応に切り替えた。
さすがは同業者、話の理解が早くてありがたい。
今後の課題は深夜営業のお客の声の大きさである。
「酒を出さなくて本当に良かった・・・」と、グエンは初日の対応に緊張しながら胸を撫で下ろした。
試しに作っておいた百人前は完売した・・・まあ、一杯の量が少ないのだから、あまり負担はなかった。
しかし、少なく見積もり過ぎたのか、明日の分のストックも全て使い切ってしまった。
本当の深夜までとは行かず、開店2時間足らずで材料がなくなり閉店となったのだ。
「出だしはまずまずだな・・・後はまた明日考えようか・・・」
「そだね、おっちゃん! 人手が足んないんだから何とかしようぜ?」
4人で外にあるテーブルや椅子を黙々と片付け始めた。
隠密部隊所属だという年若い男が、不思議そうな顔をしてビーヴに尋ねた。
「あの、センパイは何で給料の良いトコから、只の兵士に異動したんですか?」
ビーヴはケタケタと軽く笑う。
「は? 俺が失敗したとでも思った?」
「いや・・・やっぱり不思議で・・・それなりの試験に合格して、この仕事は通常の兵士より格上扱いじゃないですか」
店の備品を全てしまった後、戸を閉めながらビーヴは答えた。
「俺の欲しい物は金じゃ買えないんだよ・・・」
いつも明るい対応のビーヴが、沈んだ声でぼそりと言った。
「え・・・すみません。自分、つい興味本位で聞いてしまいました」
「それって聞いちゃまずいヤツですよね?」
ビーヴはふいっと、二人に背中を向ける。
「・・・できないんだよ」
「は? 何がですか?」
「確かに隠密部隊は給与はいいかも知れないが」
『知れないが?』
二人は固唾を飲み、その言葉の続きを静かに待った。
そして、ビーヴは悲しそうに遠くを見ながらため息をこぼす。
「壊滅的に、彼女ができない――――」
国家隠密部隊、通称“烏”――――。
武芸に秀でた兵士を、更なるふるいにかけたエリート軍団・・・出生は問わず、能力重視の部隊であった。
推薦枠であっさり試験に受かり入隊したビーヴ。
様々な功績を上げたが、やはりあっさり通常勤務の兵士に出戻った履歴があった。
後輩の面倒見も良く、的を得た指示もでき、求心力もあったと・・・所属部隊長は今も異動届けを受理した事を悔やんでいるらしい。
闇夜に隠れ、気配を完全に消し、必要な情報を掴み、どんな危険な任務にも挑む・・・というストイックなイメージとはかけ離れた、憧れであったはずの本人があくびを噛みしめて目の前に居る。
「あれ? おかしいな・・・」
「え? なんで? え? 彼女って?」
水仕事をしながら、経験者のグエンが口火を切った。
「ま、そーゆー事だ・・・俺も今の嫁さんに出会わなけりゃあ・・・なあ?」
今からグエンの長い長い嫁自慢が始まる――――。




