来訪者
「でし~! でし、どこ~?」
来客だと言うのでエントランスホールに降りて来ると、背中から可愛らしい声が追いかけて来た。
「こっちですよ~、リンちゃん」
声を掛けると、2階の手すりから背伸びしながらリンちゃんが顔を出した。
なんか危ないな。
ハラハラする。
「きゃは、いくよ~」
「ちょ――っ!?」
案の定というか、お転婆ここに極まれり。
リンちゃんは、うんしょ! と掛け声をかけて手すりを乗り越えたかと思うと、そのまま躊躇なく2階から俺に向かってジャンプした!
勇気に溢れ過ぎだろう!?
三千世界の勇者様か!
「~~ええい、どんとこいっ!」
両手を広げてリンちゃんを受け止める体勢を整える。
今の俺には力が無い。
いくらリンちゃんが軽かろうが、腕だけで受け止めるのは無理。
身体ごと、受け止める!
「ど~~んっ!」
「っ!」
威勢の良い掛け声と共に、リンちゃんが俺の胸に飛び込んできた。
俺が受け止めてくれるのは当たり前という信頼感は嬉しい限りだが、如何せん体力勝負はできない身体でねえ!?
「わ、わわ……っ!?」
衝撃を受け止めきれず、背面ダッシュしてしまう。
やばいやばい止まらない止まれない!!
「きゃはは! かけっこ!」
「全然違うけどね!?」
腕の中に抱えたリンちゃんはご満悦だが、こっちは必死だ。
振り落とす訳にはいかない!
これは壁に激突もあるか、と覚悟を決めたその時。
「――危ないだろう、リン」
ぶっきらぼうな声が背後から聞こえたかと思うと、背中から抱え込むように受け止められた。
「きゃは、おにいちゃん、いらっしゃい~」
「……」
リンちゃんを抱きしめる俺を、その背中から抱きしめる黒ずくめ、という図。
背中を預ける黒ずくめの胸板は意外と鍛えられており、その腕もしなやかで力強いものだ。
なかなか良い鍛え方をしている。
……俺にも、そんな時期がありました。
「勝手に入って悪かったな、騒がしい声が聞こえた……余計な世話だったか?」
「……いえ、まあ、ありがとうございます……一応」
「……ああ」
俺もな、黒ずくめ?
かつて友達や仲間と肩を組んだ事はあったよ?
円陣なんかの為にね。
それどころか、健闘を称え合ったライバルたちと軽く抱きしめ合った事もあっただろう。
だけどね、これは違うと思うんだ?
この前からお前、お姫様――いや、思い出すのは止めよう。
精神衛生上。
「でし、あったかい、いいにおい、でしとくっつくの大好き! ね、おにいちゃん?」
「……」
むっつり黙り込む黒ずくめに、満面の笑みで主張するリンちゃんである。
……俺は、この純粋さとどう向き合えば良いのか。
腕の中のリンちゃんがぎゅぅっと俺にしがみついてくる。
なんというか、動きようがないのが現状である。
一方、黒ずくめは微動だにしない。
動く気配すらない。
お前が動かないと、正直どうしようもないだろう?
ハヤク、ハナレテ、クレマセンカネ?
「いらっしゃいませ、ソルト様」
そこへ、第三者の声が掛る。
三者三様の思惑から身動きが取れなかった俺たちの金縛りが解けた。
「あ、ああ。邪魔をする」
ホールに現れたイリアの声に、黒ずくめが離れた。
ほ……
イリアは俺の思考を読んでるんじゃないかと思うほど有能。
『ぐっじょぶ、イリア』
『どういたしまして、お嬢様』
というアイコンタクトが成立した、ような気がする。
それにしても黒ずくめ、様々な感情が渦巻く――が!
とりあえず感情を押し殺した俺は、最初にしなければいけない事を思い出した。
「リンちゃん、危ないでしょ! めっ! ですよ!?」
額をリンちゃんの額にこつんと当てて、怒ってるんだぞ、という事を伝える。
「あぶなかった……?」
「危ないです! 危機管理はちゃんとできるようにならないとダメです!」
自分から飛び込んでどうする!?
「ききかんり?」
「……周りに心配をかけるような危ない事はしちゃダメです、分かりますか?」
「う~ん……」
「皆、リンちゃんが大好きだから心配するんです。好きな人に傷ついて欲しくありませんよね?」
「でしがけがするの、いや!」
「私だって、リンちゃんが怪我をするのは嫌です。つまりそういうことです」
額を突き合わせて真剣に議論する。
素直で頭の良いリンちゃんはそれをふざけた様子も無く聞いて、理解してくれた。
「……ごめんなさい」
……素直!
しょんぼり顔で謝ってくれるリンちゃん。
口先だけとか表面上だけとか、そんな小賢しさとは無縁なのがこのリンちゃんです。
「ちゃんと気を付けるんですよ?」
「……うんっ」
分かったとばかりにキリリと表情を改めたリンちゃんが可愛すぎた。
というか……
くぁわいい!!
「も~~!」
「きゃはっ」
頬を擦り合わせてやると、リンちゃんが大喜びしてくれた。
ふにふにで子供特有の体温の高いほっぺが愛らしい。
きゃっきゃとリンちゃんも俺にくっついてくる。
はぁ、和むね~。
「ふふ、さすがお嬢様。ご自分の危機管理能力は棚にあげておりますわ」
「まったくだ」
「気が気ではありませんよね?」
「……まあ、あいつには借りもあるからな」
「可愛らし過ぎだとは思いませんか?」
「……」
「心中お察ししますわ、ソルト様」
「……何の話だ」
「さあ、何のお話でしょう?」
「……面倒な奴だ」
後ろでイリアと黒ずくめが何か会話していたけど、俺はリンちゃんとの一時を満喫した。
『申し訳ありません、メイド長! 賊です! 侵入を許しました!』
イリアにそんな通信が入ったのは、仕方ないので黒ずくめももてなしてやろうかと移動しようとしたその時だ。
「――数は?」
『一人です! 結界も素通りで……! 私たちも誰も歯が立たず……』
「怪我をしたの!?」
『お、お嬢様、おいででしたか……! いえ、相手からは攻撃は受けておりません』
「そう……良かった」
しかし、賊?
我が家の警備を担当するメイドさんは、正直かなり高い練度を誇る。
それこそクランが滞在するのに問題ないと許可が出るくらいには。
それを、たった一人で越えてくる……?
「レイミア? ……リブラだったら最悪」
とにかく、門を抜かれたという事は間もなく屋敷に到達するだろう。
屋敷は大事にしたいので、庭で迎え撃ちたい。
「出ますよ、イリア!」
「イエス、マイ、レディ」
「ぞく、やっつける~!」
……おおう。
どうしよう?
腕に抱えた天使が……
「――とりあえず、あんたは見てな」
軽快な声と共に、2階から飛び降りて来たのは我が姉だった。
「お姉ちゃん!」
シオンさんとイリアか。
この二人なら、そうそう遅れは取らないか。
「……手伝おう」
一応、黒ずくめもいるしね。
「よし、じゃあ行きましょう」
くいくいと、リンちゃんに袖を引っ張られた。
ん?
「ね、でし? シオン、とんだよ?」
リンちゃんがふっしぎそうな顔をして、2階の廊下とホールを交互に指差した。
……
「…………ヒーローは跳ぶものです、リンちゃん」
「シオン、ひーろー! かっこいい!」
幼女に屁理屈をこねる自分がいやだいやだー……
そんなこんなで庭に出ると、間もなく『賊』がやって来た。
手入れされた芝生が広がる障害物の無い開けた場所だ。
逃げも隠れもできまい。
「わぁっ!」
「?」
フードを目深にかぶった、いつかのレイミアみたいな賊は俺たちを見て好奇心丸出しな声をあげた。
その声、明らかにレイミアでもないし、リブラでもない。
「……招待しましたかね? どちら様?」
「わぁ! わぁ!!」
なんだこいつ?
まじまじとこちらを観察するばっかりで。
「でし、だれ?」
「さあ、誰でしょうね」
相変わらず腕に抱いたリンちゃんがいるので、俺は戦えない。
屋敷に置いて行こうかと思ったけど、逆に俺の目の届かない所にやるのも不安だったので仕方ない。
「はは、こそばゆいなぁ」
俺とリンちゃんを眺めて、フードを被った賊がくすぐったそうな声を出す。
女?
男?
声だけ聴けば女だが、声変わり前の男の子という感じもする。
「目的は何でしょうか? 好奇心からの侵入ということでしたら、どうぞお引き取り下さい。我が主は心が広いので、そのような事に目くじらは立てません――今ならば」
暗にこれ以上不審な事をするならば自分が容赦しないという空気を出すイリア。
「イリアさんに、シオンさん……ソルトさんかぁ! う~ん、勝つのは厳しいね!」
イリアの忠告を理解していないはずはないだろうに、この賊……あっけらかんと。
それにしても何で全員の名前知ってるんだ?
色々あったから皆それなりに名前を売ってるのは間違いないんだろうけど……
「随分なお転婆みたいだけど、何がしたいんだい?」
お転婆?
シオンさんはこの賊が女……の子? だと見ているのか。
「そうだね~。挨拶? 観察? 興味? 色々!」
「やれやれ、人様の家に無断で入るのは感心しないよ?」
「う~ん、そうなるかな? うん、ごめん、シオンさん!」
……変に素直だな?
調子狂う。
「ふふ、いいさ、素直に反省できるなら」
シオンさんが視線でいいよね? と訴えてくるので頷いた。
「もちろん、何だったらお茶でもご馳走しますけど」
「はは、それには及ばないよ! …………アリスさんっ」
……俺だけ名前が出てこなかったみたいな間は何ですか?
ちぇ、別にいいですけどー。
「それより――ボクと手合せをお願いするよ!」
もう堪えきれないというような嬉々とした声を上げて、賊が構えた。
袖の長いフードだから何を隠し持っているのか分からないけど、見た限りでは素手?
「……変な子だね」
シオンさんが肩を竦めながら前に出た。
俺たちはひとまずそれを見守る様に待機している。
『――マスター、撃とうか?』
俺の魔石に通信が入った。
屋敷のリビングの方に目を向けると、エイムが矢を構えていた。
その隣ではエクレアが腰に手を当てて様子を見ている。
クランに至っては椅子に座って読書中である。
胆力、すげえ。
「……撃たなくていいです、任せてください」
『らじゃ』
エイムが弓を下ろした。
「――ありがと、アリスさん!」
「どういたしまし、て?」
賊にお礼を言われてしまった。
なんか調子狂うな、この賊。
「いけー、シオン!」
リンちゃんの声援に、シオンさんが小さく微笑む。
「ああ、行くよ!」
「よぉし、来い!」
戦闘開始。
縮地の如く間を詰めたシオンさんが、手に持った『鞘』を挨拶代りに振り抜いた。
それを賊は身軽にステップを踏んで躱す。
……大した見切りだ。
「シオンさん、それで戦うのっ?」
「今武器が無いからね、別に舐めてる訳じゃないよ」
「うんうん、知ってるよ! そういう人じゃないって!」
真剣勝負なのだろうけど、まるで稽古でもしているみたいな雰囲気だなぁ。
「がんばれー!」
とかリンちゃんも観戦を楽しんでるし……
「お姉様の動きについていっていますね」
「うん。何者だろ? やるよねぇ」
シオンさんの斬撃をことごとく躱す。
受けずに躱すその技量は凄まじい。
……見切りが半端じゃないのか?
レオニール並み?
まさかね。
「……なるほどね、あんた――魔法使いだね?」
しばらく切り結んでいたシオンさんが一旦距離を取って、確信したように問いかけた。
魔法使い?
「はぁ~~、シオンさん、はっやぁ~~~!! はは、凄いや!」
ひたすら躱していた賊が質問には答えずに、ただただシオンさんの動きに感嘆する。
「よく言うよ、一発も当たらなかったじゃないか」
「だってその武器じゃねぇ? 持ちにくそうだし、刀みたいに刀身細くないし。ちょっと鈍いかな?」
こいつの実力って……
「……シオン、間に合わせになるが、使うか?」
黒ずくめが自身のダガーを見せて問いかける。
それにシオンさんが笑って首を横に振った。
「止めとくよ。そういう勝負じゃないみたいだし」
確かに。
切り捨てるには、ちょっと邪気が無さ過ぎる相手だ。
「ふぅ、さて――」
「――!」
シオンさんの視線から、甘さが消えた。
まとう空気が変わる。
空気が張りつめた。
リンちゃんがごくりと喉を鳴らした。
この空気の違いを肌で感じているんだ。
「……本気じゃなかったんだ? ずるいなぁ、シオンさん」
賊も声に緊張を滲ませて、後ずさった。
……本気のシオンさんか。
今まで手を抜いていたとかそういう事じゃなくて、スイッチのオンオフとでも言えばいいのか。
心の鞘を抜き放ったような感じ。
逆に言えば、そこまで引き出させた相手ってことだ。
「……」
「……」
間合いを測り、タイミングを計り――
動く!
「――キャスト解放! ライトニングフィールド!」
叫んだ賊が、雷の魔法を展開する!
この装備は……!?
それでも迷わず突っ込んだシオンさんが横なぎに最速の一撃を振り抜いた。
されど――
「――ほっ!」
その魔法の特性を、俺は良く知っている。
恐らく軌道を予め読んだ賊が、紙一重でシオンさんの本気を避けた。
通常では有り得ないほど、大きく宙に跳び上がる。
「……あっぶなぁ、フィールドでこれだけギリギリとか! どんだけだよ、シオンさん! もうっ」
賊は嬉しそうにそんな声を出して――そのまま俺たちに向かって跳び込んできた。
「通しません!」
「……」
イリアと黒ずくめが俺の前に出るが――
「キャスト解放! ブリザー!」
賊は空中に氷の足場を作って、素早く方向転換。
俺たちの頭を越えて、背後に着地した。
姿だけは見失わずに追いかけていた俺と、目が合った。
迷わず賊が俺に飛び込んでくる。
……こっちはリンちゃんを抱えている。
ならば――
問答無用で、近づく危険は吹き飛ばす!
左手でリンちゃんを抱っこして、右手を賊に向けた。
「お願い、何もしないよ! ボクを信じて! ――!!」
「えっ!?」
その言葉に呆気に取られた俺は、向かって来る賊の誠実そうな瞳を見て思わず頷いた。
――懐に入られた。
さすがに息を呑む。
そして――
「ぎゅうううっ!」
「……は?」
思いっきり抱き着かれた。
「はわぁ」
「きゃはっ」
「…………は?」
極楽極楽と言わんばかりのため息をもらす賊に、ますます呆気に取られる。
リンちゃんはなぜかご満悦だ。
「離れろ!」
「おおっと! ……ソルトさん! あっぶないなぁ、もう!」
賊が黒ずくめの『真剣』での一撃に素早く離れた。
……え?
おま、殺すつもりだったの!?
相手は誰ひとり傷つけてないのに、短気な……
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「え、あ、うん? まるで何もされませんでしたし……」
一体、何がしたいのこの賊?
「痴漢とかストーカーの類でしょうか?」
「あはは、もう、容赦ないなぁイリアさん」
イリアの冷たい視線に、賊が苦笑いする。
「感極まっちゃって……ごめんなさいっ」
そして深々と頭を下げる賊に、不思議と嫌悪感とかそういう負の気持ちが湧いてこない。
「いえ……怒ってませんけど」
「はは、アリスさんありがとっ! 東方に行くんでしょう?」
東方?
確かに、シオンさんの刀を作るために行くつもりだ。
「そのつもりです」
「うんっ……変えてみせる、ボクが変える」
「?」
賊が何かに誓うように、静かに呟いた。
「……じゃあね、皆! またねっ! ――キャスト解放! ファイア!」
今度はファイアを身に纏い、空に浮かび上がる。
そして一度だけ屋敷の周りを旋回してから、賊は飛び去って行った。
「……何者?」
相当な手練れだってことは分かったけど……
「でし~! リンもおそら、とびたい!」
「そ、そうですね」
俺も飛べないから我慢してね、リンちゃん?
エクレアに抱っこして飛んでもらうしか方法が無いよ。
「面白い子だったね」
「お姉ちゃん、そうですね。嫌な感じは全然しませんでした」
敵とか、そういうことは無いと思う。
思いたいけど……
う~ん。
俺たちがのんびりしている間にも、やっぱり世の中は動いているんだなぁとしみじみと実感した。
「刀、作りに行きましょう」
何となく、早めに動いた方が良い気がしてきた。
「あたしとしては、嬉しいけどね」
東方か。
何か、危ない事ってあるのかな?
「道中、しっかり守ってくださいね、お姉ちゃん?」
「ふふ、了解だ、妹様」
こつんとシオンさんに額を合わせてもらえると、俺は凄く安心します。
さて、そろそろ動きますか。
正体不明の来訪者の登場と共に、俺は決意を新たにした。




