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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
四章 日常編

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感謝祭

 この日が特別だという事は、通りを行き交う人々を見ればすぐに分かった。

 朝も早い時間から街は活気づいており、広場には露店も多く見られる。

 家族へのプレゼントなどで消費が動く為、商人にとっては真剣そのものだろう。

 ただ売る方も買う方も、いつもと違った雰囲気を楽しんでいるのは違いない。

 出店には飲食系の屋台もあり、香ばしい匂いとそこかしこから上がる浮かれた歓声はまさにお祭りそのものだ。

 家庭では家族に、友人に、隣人に感謝し、この年の収穫を祝って食事を振る舞う。

 それが、アルセイド王国の感謝祭。


 「お祭りかぁ、好きだったなぁ!」


 出店の型抜きとか夢中になったよ。

 ちくちくちくちく画鋲で板菓子をくり抜いていくあの緊張感と言ったら!

 ……最初の一刺しで粉々にしたことも数えきれないが。

 ともかく、朝からイリアと出かけた俺は、街の熱気に心を躍らせていた。


 「お嬢様、エクレア様には声を掛けなかったのですか?」


 振られたのですか?

 と、首を傾げるのを止めなさい、イリア。


 「……こほん、掛けました。でもお店が忙しいらしくって。夜には家に泊まりに来てくれるって言ってましたし」

 「なるほど、では皆様今日はお泊りにいらっしゃるのですね」

 「うん」


 エイムとリンちゃんもね。


 「お姉ちゃんも朝から教会の手伝いに行っちゃったし」


 サイラは家でメイドさんの手伝いをしているし。

 こういうのって準備している方が楽しいのかも。

 俺もぶらぶらしてないで、何かする方に回れば良かったのかも。

 でもまぁ一人で寂しくお祭りに来ている訳じゃなくて、ほら、イリアがいるから。


 「ふふ、楽しそうですね、お嬢様?」

 「そう? そうかも、イリアのおかげだね」

 「勿体ないお言葉です」


 相変わらず一歩下がって付いてくるのもの、この子。

 あくまで俺を立てようとするんだね。


 「イリアは頑固だね」

 「立場というものを有耶無耶にすべきではありません、お嬢様」


 という平行線をどれだけ辿ってきた事か。


 「こうやって二人で街を歩いていたら、私たちってどんな風に見られているのかな?」

 「主と従者ですわ、お嬢様」

 「却下します」


 それは俺の欲する言葉ではないぞ、従者よ。


 「では、上官と部下?」

 「上と下から離れなさい」

 「女と女?」

 「……」

 「……」


 女と女?


 「みょ、妙に生々しくなりましたね」

 「いえ、単なる事実を言ってみただけですが、問題が?」


 こっちの意図するところを外してくるのが得意だよ、イリアは……

 それも、あえてね。

 仲の良い友達とか、家族とか、そういうので良いのに。

 ま~いいや。


 「今日は二人でお祭りを回ろうね、イリア?」

 「はい、お嬢様。そういえば二人きりというのも珍しくなりましたね」

 「そうかな?」

 「そうです。旅に出た時は、お嬢様とわたくしの二人でいつも行動していたものです」

 「そうだね……」


 ティルはすぐ居なくなるしね……

 リンナルを出てからは、ずっとこの子に守ってもらっていた。


 「ありがとう、イリア」

 「お礼など……わたくしは――」


 あの言葉を言いそうになったので、イリアの口に指を当てて止めさせた。


 「言わないでイリア、いつでも解放してあげるから」

 「申し訳ございません、お嬢様の心を傷付けるような事を……」


 イリアは口を止めていた俺の手を取って、謝罪の言葉を述べた。

 確かに正当な対価を払った取引だったかもしれないが、倫理的には重たいよな。

 この取引は、後にも先にもイリアだけにしよう。


 「ですが、わたくしはお嬢様との繋がりを手放したい訳ではありません」

 「……実は、私も。だからいつまでもイリアを解放しないの」

 「気に病む事ではありません、お嬢様。それは主としては普通の事ですし、わたくしにとっては嬉しい事です」


 魔力の事が無かったら、どこでだって生きていける子なのにね……


 「お嬢様の心はとても綺麗です。とても穏やかで、平和な気持ちになります」


 単純にそういう時代に育ったからかもしれないけど。


 「ですがお嬢様、契約書はよくお読みになりましたか?」

 「イリアを貰った時の?」

 「はい、わたくしが解放される為にはお嬢様の一存だけではダメなのです」

 「え! そうなの!?」

 「商会の立会いの元、お嬢様の了承を得て、わたくしがお嬢様に買い受けた金額を払い戻す必要があるのです」


 なるほど、解放に立会いが必要なのは、主が騙されたり寝首をかかれたりしない為か。

 世の中にはチャームなんて魔法もあるからな。

 その節は、もの凄くクランに怒られました……

 まぁイリアはそんなことはしないが、一般的な話だな。

 つまり……


 「金貨40枚?」

 「はい、普通に考えてとても無理ですわ、お嬢様」

 「で、でも今の私は結構稼いでいるような……」


 イリアにもお給金は出していますよ?


 「それはお嬢様の威光、お嬢様の力であって、わたくしのものではありません。個人で金貨40枚など、とても」


 つまりイリアは俺から貰ったお金を使うつもりはないという事か。

 そういえば最近の俺は白金貨貰ったり、屋敷貰ったり、メイドさん貰ったり、更にそれが稼ぎを産んだりと凄い事になっていて麻痺していたが、金貨って結構な額だからな。

 ……それこそ、エイムが心を砕きながら稼いでいた額だ。


 「そう、じゃあ、イリアは下手をすると死ぬまで私の傍に居る事になるのね?」

 「はい。ですがこの身果てるまでお仕えするのを、嬉しくすら思います」

 「イリア……」


 思わずイリアの頬に手を添えて、顔を近付ける。

 キス……したいと思う程に、近づいて見るイリアの表情は艶やかで綺麗だ。

 ……でもここは天下の公道だ。

 通りを往く人が視線を向けて来るのがはっきりと分かった。


 「……知ってた?」

 「はい、でもまぁ、いいかな、と」


 イリア、色んな意味で凄い子……

 まだまだ一般常識に囚われている俺は、さっさとその場を後にした。






 そして俺は今――賭博をしていた。

 お祭りの一角、青空賭博である。

 屋台の賭博場なんで凄いなぁと。

 ちょっとしたテーブルを挟んで、対面には胡散臭そうなおっさんが据わった目をして座っている。


 「ふひ、ねーちゃん、俺が勝ったらねーちゃんの身体を好きにさせろや」


 またかよ!


 「生憎、この身体を好きにしていいのはエクレアとクランとお姉ちゃんと私くらいです、今の所」

 「お、おう……結構多いな」


 ん?


 「お嬢様、ビッチだと思われますのでそこは正直に答えなくても良いのです」

 「そ、そう?」


 横からイリアにそっと耳打ちされた。

 ちなみにシオンさんを受け入れる準備はできているが、手を出された事も手を出したことも無い。


 「まあいい、ひひっ、どっちにしろ大勝だ、続きをやろうぜ」


 気味の悪い笑みを浮かべるおっさんディーラーに頷く。


 「すまない、この馬鹿共の為に」


 声を掛けてきたのはメガネ君。

 俺の隣のプレーヤー席に座っている。

 更に隣には大層な借金を背負わされた二人の連れの男共。

 このメガネ君はいつぞやの、ええと……女の子同士が大好物だと言い切ったオトコである。


 「気にしないで下さい、誰かが勝てば良いだけです」


 これも何かの縁だ。

 祭りの賭博だし、勝つも負けるも自己責任だけど乗りかかった船というものもある。

 そもそもイカサマ臭いし、こんなお祭りの日に顔見知りが死にそうな顔をしているのを見ると何とかしてやりたくなるのが人情だ。


 「本当にこっちの誰かが勝てばチャラにしてくれるんですか?」

 「もちろん、嘘はつかねえ。その代りこっちが勝ったら、倍貰うがな? ふひひ」

 「って、言ってますけど、良いんですか?」


 一応、メガネ君に聞いてみる。

 メガネ君は顔色一つ変えずに頷いた。


 「ああ、どうせ今のままでも首が回らん。勝つしかない」


 後ろの男たちが涙目で頷いてくる。


 「あ、そうですか……」


 程々にしろよ、お前ら……


 「じゃあ、そういうことで」

 「ふひひ、了解だ」


 そんな訳で、勝負はブラックジャック。

 割と異世界も似たようなものだと思っていたから、このゲームがある事には特に驚きは無い。

 プレーヤーは俺、イリア、メガネ、連れの男2人の5人。

 このうちの誰かが親である胡散臭いディーラーに勝てば良いだけだ。


 「配るぜぇ、げへへ」


 もう勝った気かよ、ガマガエルみたいに気持ち悪い奴だな。

 どうせイカサマする気だろうが、注意深く観察すれば早々できるものか。


 「待って下さい、一発勝負です。公平性を保つ為にも、こちらにも一度カードを切らせて下さい」

 「ふひょ、いいぜ~ねーちゃん」


 きっもち悪いやつだなぁ、こっちの世界に来て会った中で一番気持ち悪い奴だぞ。

 俺はガマガエルのおっさんからカードをふんだくって、さっさと切った。

 ……手が小さくなってるからか、意外とカード切るのに苦労した。

 念のため隣のイリアにも切ってもらってから、カードを返す。

 おっさんはそれをカードシューにセットした。


 「じゃ、このままいくぜ~」

 「……どうぞ」


 ガマガエルの方でもう一回カードを切るかと思ったけど、そうでもない。

 意外と公平にやるつもりか?

 いや、まさか……楽観はできないな。

 ルールは元世界と同じで一般的なタイプだ。

 21を超えないように、手持ちのトランプのカードの数字を合計で21に近づける事。

 そしてその点数がディーラーを上回る事だ。

 カードの点数は、カード2~10ではその数字通りの値。

 絵札は全て10と数える。

 Aエースは、手持ちのカードの合計が21を超えない範囲で11と数え、超える場合は1として数える。

 よってエースはかなり強い札だ。


 「ひひ」


 うん、こいつ生理的に無理。

 気色の悪い笑い声をあげながら、ガマガエルがカードを自分も含めて2枚ずつ配っていく。

 今回は親もプレーヤーも平等に1枚は表に、1枚は伏せて配る。

 そしてこの伏せた1枚は勝負の時まで伏せたままという特別ルール。

 これは今回の一発勝負の為の対等なルールだ。

 かなり緊張感がある。


 「ふむ……」


 最初に配られた俺の表のカードは、3か……

 微妙だなぁ。

 ヒットせざるを得ないな。

 ヒットとは、追加のカードを配ってもらう事。

 逆にもう十分でこのまま勝負するという時は、スタンドと言う。


 「ヒットです」

 「ヒット」

 「ヒット!」

 「ヒットだ!」

 「ふひひ、ヒット」


 ディーラーも今回の特別ルールにより、プレーヤー同じように判断し、同じように札を引いていくスタイルだ。

 一巡目は全員がヒット――


 「スタンド」

 「え!?」


 隣の席から涼やかに馴染みのある声音で、堂々とスタンドの宣告が為された。

 最初からスタンド!?

 もう勝負するの、イリア!?

 イリアの手元にある1枚だけ表にされたカードは、絵札だ。

 6組のカードをシューにセットしている為、絵札は一番出やすいカードだ。

 伏せられたカードも絵札という確率は確かに高い。

 イリアはすでに20だと読んでいるのか?

 まあ、いいや。

 一方、ヒットして配られた俺の手札は……5だ。

 これは……どうする?

 まだ勝負するには数字が低い、か?

 3、5、そして伏せられた1枚。

 この1枚が果たして何か、という事だが……


 「……ヒットです」


 まだ行く。

 決断した。


 「ヒット」

 「う……ぐぅ、スタンド」

 「ヒ、ヒットだ!」

 「ふひひ、スタンド」


 ディーラーが止めやがったか。

 ディーラーの手は8、7、そして伏せられた札。

 ……これは、嫌な予感がするな。

 合計数字が21を超えるとバストと言って自動的に負けになるが、恐らくそんな事にはなるまい。

 そうして今回俺に配られた数字は……2だ。

 く……これは、難しすぎる。

 カードカウンティングと言っても、一発勝負で6組のトランプを収めているカードシューから予想するのはほぼ不可能だ。

 運否天賦かよ……

 エイム連れて来たら良かった!

 今の俺のカードは、3、5、2、そして伏せられた1枚。


 「……まだ、ヒットです!」

 「スタンド」

 「す、スタンドだ!」


 俺以外は全員スタンド。

 そして俺に配られたカードは、4!


 「――」


 ふ、ふふふ!

 ああ、そうかい。

 ここまで来たらやってやるよ!

 ブラックジャックは確かに21を出せばOKというゲームだが、出し方というものがある。

 それによって同じ21でも価値が違ってくる。

 ならばこそ、行くしかあるまい。


 「――ヒット、させてもらいます」


 俺は不敵な笑みで宣言した。

 俺の札を確認した周り、いつの間にか集まっていたギャラリーから歓声が上がる。


 「ふひっ、ねーちゃん、エース・トゥ・シックスかい? 狙うねぇ」

 「ふふん、勝負師ですから」


 そうして配られたカード。


 ――6だ。


 きたあああああっ!!

 一際大きな歓声が場を支配した。

 ふふ、この俺を相手にしたことが運の尽きだったようだな、ガマガエル。


 「スタンドです」


 これにて、全ての行動が終了した。


 「ふひひ、じゃあ、こっちから開示するぜぇ」


 ガマガエルは躊躇なく自分の伏せられていたカードを開く。

 それは、6、7、8の――21だ。

 辺りから悲鳴やら、喚声やらが上がる。

 ふん、やっぱりな。

 想定内なんだよ。


 「19だ……」


 メガネ君がそっと札を開けて、無念そうに呟いた。

 残りの男二人はバストという、どうしようもない情けない結果。

 おいお前ら、一応自分たちの事なのに簡単に負けるなよ……

 だが任せろ!

 仇は、俺が討ってやる!

 そうして観衆の注目は俺の手札一点に注がれた。

 衆人環視の中、俺は伏せられたカードにそっと手を添えた。

 見よ、これが勝負師の奇跡だっ!!


 ――絵札。


 「ん?」


 あれ?

 絵札、だった。

 おや?

 おかしいな、絵札?

 絵札って何点だっけ?

 10?

 ということは、俺の合計値は……30になった。

 つまり――バスト。

 祭りとは思えない程の静寂が、場を支配した。






 「――えへ、無理でした」






 という俺の照れ隠しの呟きで、劇団員かと思う程のノリの良さでギャラリーがずっこけた。

 所々から『可愛いから許す!』とか、『結婚してくれ!』とかいう声が上がったが、男ノーサンキュー。


 「ふひひ、まあねーちゃんは特別に参加料だけでいいぜ、有名人だしな。そっちの旦那共はきっちり負け分払ってもらいやすぜ」


 う~ん、所詮賭博なんて時の運だしなぁ。

 可哀想だけど、俺にもこれ以上はどうしてあげる事もできないよ……


 「――ブラックジャック」


 と、そこに澄んだ声が響き渡った。

 隣の席から宣言するその声に、再度ギャラリーからの注目が集まる。


 「え!?」


 そして、その言葉の意味を理解して、周囲から一斉に歓声が上がった。

 開かれたイリアの手元のカードは、エース!

 つまり、イリアは……ナチュラルブラックジャック!

 と、いう事は……!


 「ば、ばかなっ!」


 ガマガエルが驚きに顔を青ざめているが、つまりはそういうこと!


 「イリアの勝ちだ!!」


 これにて祭りの一角を賑わした賭博大会は終了した。






 二人で回ったお祭りは本当に楽しかった。

 賭博も勝利を収め、メガネ君たちに感謝されたし。

 ……まぁ、俺は何もしてないけど。

 露店には服とか小物とかアクセサリーとか、武器なんかも色々置いてあったし、異国風情ある品物は見るだけでも意外と楽しめた。

 ……まぁ、本格的な女の子の買い物に付き合うとなると厳しいと思うが。

 幸いイリアはそんなことはしないので。

 そうすると、専ら食い物系を巡るのに忙しくなった。

 ……まぁ、如何せん、この身体には限度があるが。

 そんなこんなだったが、お祭りを楽しめたのは確かだ。

 今は空いている広場のベンチに座って、ホットドッグにかぶりついているところだ。


 「くす、お嬢様は綺麗で上品なのに、そういうところは男の子みたいですわ」


 そういうところ?

 ホットドッグに大口開けてかぶりつくところか?

 油断してたが、うむ、確かにな……


 「むぐっ、んん……幻滅する?」

 「いいえ、とてもお嬢様らしい愛嬌だと思います」


 言いながら、イリアはハンカチで口元を拭ってくれた。


 「……子供みたいにしないで下さい」

 「ふふ、申し訳ございません」


 恥ずかしくなったので、殊更大袈裟に大口を開けて残りを食べてしまう。

 そんな俺の様子を見て、イリアは相変わらず微笑んでいた。


 「ねえイリア? さっきのブラックジャック凄かったね!」

 「ああ、あれはイカサマです」


 ぶはっ!

 思わず咽こんだ俺の背中を、イリアが撫でてくれる。

 持参していた革袋の水筒で、少し喉を潤した。


 「……え、イカサマ!? いつ!? 最初にトランプを切った時!?」

 「そうとも言えますし、違うとも言えます」

 「?」


 俺が分からない、という顔をしているとイリアが解説するように指を立てた。


 「ふふ、お嬢様がたどたどしい手付きでカードを切っている最中に、エースが見えましてね。まずは、それをわたくしがカードを切る時に上手く袖に隠したのです」

 「全然分からなかった……」


 しかもギャラリーどころか、ディーラーのガマガエルの目まで騙したというのか。


 「で、でもそれはカードを忍ばせただけでしょ?」

 「はい、どうせその時点でカードに小細工しても、あのディーラーに戻った時点で無効にされるのは分かり切っていましたから。切り札はこちらで隠していました」

 「なるほど……」

 「次はどのタイミングでそれを使うかでしたが、さすがにディーラーの目も厳しくて中々上手く交換できませんでした」


 それはそうだろうね。


 「それに、正直に言うと必ず勝たねばならない勝負でも無かったので、楽しめればそれで良いかとも思っていました」

 「だよね」


 メガネ君たちには悪いが、あれは自業自得なので。


 「ですがお嬢様が皆様の目を惹きつけてくれましたので、つい魔が刺してしまいましたわ」


 つ、つい魔が差した?


 「さすがお嬢様、華がありますわ」

 「へ、へぇ?」


 イリア、恐ろしい子……

 しかしまぁ……

 

 「……イリア、最初に会った頃と変わったね」


 ふと、初めて会った頃を思い出す。

 あの頃は何だかんだと、少し硬い印象だった。

 それが今は、魔が刺しましたので、というお茶目さんだもんなぁ。


 「そうかもしれません。明日を夢見る事ができるということが、こんなに毎日を彩ってくれるものとは……嬉しい事です」

 「早く私を利用しちゃいなよ」

 「ふふふっ! もうちょっとだけ、お待ちください。もう少し、お嬢様が強くなるまで」


 古龍か……

 いつかティルが言ってたな。

 多分、イリアの力は氷竜や白竜を越えるのではないか?

 それを支えるだけの魔力。

 ……二次職じゃ無理かもしれないんだね。

 既に現時点で俺の魔力は人外なのになー。

 ん?

 そういえば……


 「ねえイリア! イリアもしかして、変身できるの!?」


 肝心な事を聞いておこう。

 だってそれ、かっけーじゃないか!


 「変身? ふふっ、さあ、どうでしょう?」

 「えー、イリアはケチだなぁ」

 「お嬢様は可愛らしすぎです」


 ちぇ。

 まぁイリアの秘密主義は今に始まったことじゃないや。

 人の過去や秘密を根掘り葉掘り聞くのもどうかと思うし。

 でもイリアみたいな貴重そうな人間がどうして放逐されたんだろう?

 エルフの里みたいに、竜の里もあるのかな?

 そこに何かがあった?

 それとも単純に古龍という力が大きすぎて、誰にも扱えないから?

 どんな理由にせよ、多分、悲しい事があったんだろうな……

 そんな気がする……


 「……イリア! 悲しい事があったら、私が受け止めてあげるからね!」


 この胸に飛び込んできなさい!


 「飛び込むには少し薄すぎるかと……」

 「そんなに薄くないよ!?」


 夢が詰まってますよ!?

 しかし薄いかどうかはともかく、全体的な体格が華奢すぎるのは確かだな。

 女の子をどっしり受け止められる体格ではない。

 逆に、お姫様抱っこを軽々とされちゃうしな……

 俺にも女の子をお姫様抱っこしてあげたいという夢がありました。


 「……筋トレしようかな」

 「そもそもお嬢様に筋肉がつくとは思えないのですが……」


 つ、つかないの?

 でもこの身体で腹割ったりするのは禁忌を冒してる気がするし。

 難しいものだな……


 「さあ、そろそろ帰りましょうお嬢様。外は冷えます」


 ベンチから立ち上がったイリアに促される。

 朝晩には吐く息が白くなる事もある季節だ。

 昼の気温はそれほど寒くないとはいえ、外出が長いと俺の身体に障ると思ったのだろう。


 「そうだね」


 エスコートするように差し出された手を見て悪戯心が湧いた。

 その手を取って立ち上がると、そのまま腕ごと包み込んで寄り添った。

 少しイリアが驚いた顔をする。

 珍しい。

 ふふん、男は時に強引に行くものですよ、イリア?


 「あったかい、イリア」

 「……ええ、本当に」


 握った手を強く握り返される。


 「いたいよ、イリア」

 「お嬢様が悪いのです」

 「えー」


 日も陰りかけていたが、祭りの熱気とイリアの温かさに包まれて寒さは感じなかった。

 今日は誰も彼もが家族や恋人と寄り添っているので、俺たちが特別変に見える事も無いだろう。

 それに屋敷は閑静な住宅街を抜けて、更に丘の上に建っているから帰り道は人目につき難いしね。


 「お嬢様」

 「ん?」


 少し真剣で、少し昏い声をイリアが出した。


 「エルフが里の外に出てこない理由の一つに、他の種族との生きる時間の違いがあると聞きます」


 そう、なのかな?

 ティルは今287歳だっけ?

 もう既に世を捨てている空気を醸し出しているけど。


 「100年、200年先に、お姉様も、クランセスカ様も居られないでしょう」


 それは考えないようにしていた事だが、指摘されて胸が痛んだ。

 人と関わって、だからこそ別れが辛いということか。

 でも来年の事を言えば鬼が笑うとも言う。

 先の事をあれこれ言っても仕方がない。


 「そんなことを考えると、少し心配になるのです」

 「ふふっ」


 陰鬱な顔で何を言い出すかと思ったら。

 俺の笑い声を聞いて、イリアが怪訝な顔をする。


 「そこまで長生きしている頃には、この私はもう伝説の大魔法使いになっていることでしょう」


 史上最高だね。

 ティルを越えちゃってるよ、間違いない。


 「時空旅行の魔法すら編み出しているかもしれません」

 「お嬢様……」

 「寂しくなったら、過去に戻ってお姉ちゃんに会いに行きますし」


 今の俺と、その200年後の俺は見た目が変わっているだろうか?

 ティルを見る限り、そんなことも無い気がする。

 なら今の時代の俺と入れ替わって、お姉ちゃんに全力で甘えてから帰ります。

 それにエクレアは俺と似たような時を生きるんじゃないのか?

 魔族で、あの魔力。

 普通の寿命とは思えない。

 俺はそんなに未来を悲観していない。


 「もっと自分の心配をする子だったと思うけどなぁ、イリアは」

 「わたくしは……わたくしだって、日々変わります」


 少し視線を彷徨わせて、そのままイリアは恥ずかしげに眼を逸らした。

 それを見て心まで温かくなった。


 「ありがと」


 だから日頃の感謝と、これからの感謝と、何か色々ひっくるめて。


 「これからもよろしくね、イリア!」


 自然に満面の笑顔を伴って、想いを伝える。


 「――はい……はい」


 イリアは小さく呟いて――


 「は、ん――っ!?」


 急に、それはもう強引に――唇を合わせてきた。

 さすがにイリアにこんなことをされるとは思ってもいなかったので、思考が追いつかない。

 無防備で隙だらけと言っても、今回だけは許して欲しい。

 だって、イリアだよ!?

 驚きに見開いたままの俺の視界に映る超至近のイリアの顔は、気のせいか軽く目じりに光る物を残して、その頬を上気させていた。


 「んんっ!?」


 ちょ、長い!

 しかも……深い!!

 これは所謂フレンチな感じです!

 驚きから復帰して、状況を確認しても解放されず、抵抗する気も起きなくて為されるがままにされて、しかも長すぎて溶けてしまいそうになって、今度は頭が沸騰しそうになった所で、ようやく解放された。

 ――深すぎて、少し離れ際に光る線を引いてしまった。


 「ぅ、あぇ……?」

 「くすっ」


 呆ける俺をイリアが小悪魔な顔で覗き込んで、ぺろりと舌を這わせた。


 「可愛らしすぎですわ、お嬢様」


 ……この日、俺はイリアと契約して初めての、そして最大の大反逆を受けてしまった。

 普段は従順で、完璧な振る舞いの従者からの、まさかの一撃。


 「こ、このお仕置きは……高くつきます、から」


 俺はご主人様の面目で負けじとそう言い返すのが精いっぱいで。


 「イエス、マイ、レディ」


 と、結局ご満悦でお澄まし顔のイリアの表情を崩すことはできなかった。

 そんな一緒の休日のサプライズ。

 ドキドキが収まらない……

 ああ、もうっ!!

 ほんと、びっくりした……






 ――でも、本当に楽しかったから、許してあげましょう。


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