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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
四章 日常編

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望まぬ形、望みの想い

 「なるほど、お話を聞く限りリンさんには何も問題がなさそうです」


 日も登り切ろうかという頃合い、眼鏡を掛けた少し厳しそうな先生が頷いた。

 黒ずくめにも了解を取った俺は、来年からリンちゃんが通う学校の就学前面談に来ていた。

 今は学校の応接室で、先生から一通りの質問に答え終えたところだ。

 テーブルを挟んで先生と、そして俺と黒ずくめが並んで座っている。

 黒ずくめは仮にも保護者なので無理やり連れてきた。


 「良かった、じゃあ入学できるんですね?」


 色よい返事に胸を撫で下ろす。

 黒ずくめも隣で心なし満足そうにむっつりしていた、たぶん。


 「はい、入学金も多く頂いておりますし」


 えへへ、色つけちゃった。

 許して、リンちゃんが可愛いの。

 見返りとしては、満足の行く教育を期待するだけです。

 備品とか役に立つ事に使って欲しいな。

 間違ってもポケットマネーにしないでね?


 「大事なリンちゃんを預ける訳ですから、気にしないでください」


 それにしても応接室を見るだけでもこの学校はお金持ってそうだね。

 何せ腰を下ろしているソファは黒革だし、テーブルは高級そうな天然木の一枚板テーブルだし。

 ここは貴族の子弟のみが通うような特別な学校ではない。

 しかし教育機関が必ずしも義務でないこの国においては、通う者にもそれなりの要求が為される訳だ。


 「誠心誠意、努めます」


 先生が真摯に応えてくれる。

 現金とか言う訳じゃなくて、教育者として真剣な人なんだろうという好感の持てる人だ。

 朝も早い時間から面接待ちをした甲斐があったというものだね。


 「ですが……」


 女教師は眼鏡をキラリと光らせて俺――たちを見た。

 胸を撫で下ろした矢先に不安を煽るのは辞めてほしい……


 「失礼ですが、ご家庭の状況がよろしくないのではと出過ぎた心配をしてしまいます」


 教育者の鑑のような優等生発言に思わず黒ずくめと顔を見合わせる。

 女教師は俺たちが必要以上に離れて座っている様子を見て関係を想像したのだろう。

 ……だって肩に当たるくらい近付いて座ったら気持ち悪いじゃん!


 「気にしないでください、この人は他人ですから」

 「……」


 爽やかに返答する俺に、むっつり黙る黒ずくめ。


 「……確かに、奥様は若すぎる。きっと、色んな事情がおありなのだと思います」


 その結論から導き出される答えは、この黒ずくめが変態ということだね?


 「……あの、先生は何か勘違いしてるような」

 「分かっています! いえ、言わずともお察しします!」


 お前絶対分かってないだろ?


 「おい、リンは――」

 「大丈夫です! ご主人、このような綺麗な奥様がいたら野獣のようになるのも致し方ありません! 毎晩、そう、毎晩奥様が泣くまで……ああ!!」

 「あなた本当に教育者!?」


 さっきの俺の安心感返せ!

 そして想像させんな、鳥肌が立つわ!

 眼鏡を光らせて興奮するのはやめろ!


 「ええとね――」

 「分かってます! 誰にも言いません!」

 「おい――」

 「大丈夫です! ここだけの秘密ですよね!」


 ダメだこいつ!


 「ああ、あの銀の雷精が実は無理やり――!」


 先生は旅に出なさった。

 誰も侵すことの出来ぬ、夢幻の旅に。

 もはや誤解を解く事も冷静に話し合うこともできなくなった俺たちは、嘆息しながらその場を後にした。

 先生が妄想の国から帰ってくるのは、しばしの時間を要したらしい。

 それは後続の面接者が待ちぼうけを食らった事からも明らかだった。

 やれやれ……






 面談の帰りに、教会に預けておいたリンちゃんを迎えに寄った。

 黒ずくめは俺知らね、という風情でこちらの呼びかけを無視し、顔も合わせようとせず、さっさと帰って行った。

 何という無責任。

 制裁を加えてやろうか?

 …………まさか、照れてるとか無いよな?


 「でし~!」


 気まずい思考を打ち消すように、俺を認めたリンちゃんが元気よく駆けてくる。


 「わっと」


 いつもの突進を受け止めて、リンちゃんを抱きしめる。

 日に日に力を増す突進に俺が耐えられるのはいつまでだろう、切実に。


 「今日ね、エイムがいっぱいのおかしくれた! とってもおいしかった! でもいちばんたくさん食べたのエイム!!」

 「そうなんだ? ふふ」


 一足気の早い感謝祭だね。

 エイムサンタという訳だ。


 「それから、今日はお絵かきした! でしとお兄ちゃんをかいたよ!」


 そう言うと、先ほどからリンちゃんが手に持っていた画用紙を俺に見せてくれた。

 そこに描かれていたのは真ん中に居るリンちゃんの両手を俺と黒ずくめが両側から繋いでいるというものだ。

 子供らしい情緒溢れる絵だが、真っ黒な男と銀っぽい髪をした女と子供が仲睦まじそうに笑いあっている。


 「上手ですね! とてもよく描けていますよ、リンちゃん」

 「えへへっ、それでしにあげるね!」

 「ふふ、ありがと。大事に、大切にします」

 「うんっ」


 甘えるように腰に抱き付いてくるリンちゃんの頭を撫でる。

 ふぅ……助かったぜ。

 これだと人様に勘違いされるんだよね。

 これは俺が大事に保管しておこう。

 厳重に秘匿しておこう。

 ……嬉しいのは、間違いないんだけどね?


 「マスター」

 「ああ、エイム。ご苦労様です」

 「ん、子供たちと居るのは苦じゃないから」


 リンちゃんと教会前で戯れていると、エイムが中から出てきた。

 短めのアシンメトリーな青髪が風に揺れて、毛先が自身の頬を軽く擽っている。

 俺は逆に長いからあんまりそんなことないんだよね。


 「あいたたっ」


 ……時々いたずらっ子に引っ張られるけど。

 リンちゃんに『めっ!』と叱って形だけの拳骨を落とす。

 それを巧みに躱したリンちゃんを見て、エイムが相好を崩す。


 「ん、リンはきっとマスターに似て、強くなる」

 「え? リンちゃん戦いの才能あるの?」


 あまり危ないことはして欲しくないのに。


 「勘……と言いたい所だけど、少し思い出したことがある」

 「思い出したこと?」


 早く帰ろうよとリンちゃんに手を引っ張られているのを待て待てと耐え忍ぶ。

 ごめんねぇお話しちゃって。


 「ん、黒髪黒目の特徴はサクラメントの東の教国、その更に東にある小国の特徴」

 「へえ?」


 東かぁ。

 何だか祖国を思い出すね。


 「その国の王族は何か特別な力を持っている、と……聞いたことがあったような、無いような」

 「どっちですか……」

 「ん、細かいことは忘れた」


 まあいいけど。

 黒ずくめが何にも言わないからあまり詮索しなかったけど、リブラを倒すよりも故郷の様子を見に行ってみる方が先決なんじゃないか?

 ……何か良くないことがあったらしいから、この子は連れていけないけどさ。

 それにしても、王族?

 思わず俺は『は~や~く~』と体重をかけて引っ張ってくるリンちゃんを見つめた。

 王族かぁ。

 う~ん。

 可愛い……


 「まぁ、その話はちょっと考えてみたいと思います」

 「そうしてあげて。会えるなら、会えた方が良いから」

 「エイム……うん、ありがとう」


 エイムはこんなに優しいのに、不器用なとこあるよね。

 いつもと変わらぬ眠たげな表情ながら、視線を背ける様に顔が綻ぶ。


 「ところでマスター、明日はお祭りを回るの?」

 「うん、そのつもり。エイムも一緒に行く?」

 「実は教会でちょっとした出し物をするから、無理」

 「そうなんだ? じゃあ当日は見に来ようかな」

 「金貨一枚」

 「たっか!」


 お祭り価格か!


 「あ、そう言えば聞きたいんですけど……あ~、えっと……女の人って、男に強引に迫られたり、そういうのに興味あったりするんですか?」


 リンちゃんは待ちくたびれた様子で後ろの公園に走って行った。

 なので大人の質問しちゃおう。

 見える範囲だから大丈夫だろう。


 「? それはどういう質問?」


 お前はどうなのか、とエイムの表情が物語っている。

 うむ。

 俺は除外してくれないか?


 「まぁ、そういうのが好きな子も多いかな?」

 「そうなんだ」


 あの先生は乙女病か?

 とりあえずあの先生の中で俺と黒ずくめがどんな事になっているか想像するだけで悪寒が走るんだが。

 そのうち誤解をやんわり解かないといけないな。


 「ん、ちなみにマスター」

 「はい?」


 今後について真剣に考えていると、エイムが一歩近づいてきて俺の腕を掴んだ。


 「いたっ」


 馬鹿力!


 「男とか女とか、あんまり気にしないから」

 「え、そこはしようよ?」


 というか、何が言いたいの?

 これどういう状況?

 動けない動けない。

 力差がありすぎる。

 片手で強引に引き寄せられるように捕まえられた俺は、その場から一歩も動けなくなった。

 尻餅をつかないように突っ立っているので精一杯だ。


 「マスターはこういうの、どう?」

 「どうって――っ」


 不意に、エイムが動けない俺との距離を詰めてきた。

 それも吐息が触れ合うくらいに近く。

 小柄なエイムに、まるで逆らえずされるがまま。

 エイムのいつもはぼんやりした、しかしこの瞬間は見違える程に鋭さを増した視線に射抜かれる。

 その浅緑の瞳に、吸い込まれそうになる。

 状況に付いていけず頭の中が真っ白になって、一瞬後、顔が沸騰した。


 「――あ、な、ななっ!」


 言葉にならない言葉が口から洩れる。

 口を動かすだけで、エイムの瑞々しい唇に触れてしまいそうな距離なのだ。


 「ん、全部、奪いつくしてあげようか?」

 「――」


 頭に霧がかかったように思考が纏まらなくなる。

 何というか、気の迷いというか、もう奪いつくされても良いかもしれない……

 そんな思考に支配されかかり――


 「でし~~」

 「ひゃあ!!」


 すぐ後ろから声が掛かった時には、あっという間に拘束は解かれていた。

 比喩抜きで飛び上がって驚いた俺は、こんな場所で自分の世界に入りかけたことに愕然とする。


 「ん、またね、マスター、リン」

 「うん! ばいばい、エイム!」

 「あ……」


 あっさりと引き下がるこの光景には既視感を感じるな……

 茫然と見送る俺に、背を向けていたエイムが一度顔だけ向けた。


 「――マスターも、そういう気持ちあるんじゃない?」


 爆弾発言を残して、エイムは教会に帰って行った。


 「でし~、か~えろ」

 「は、はい」


 心臓は未だに早鐘を打っている。

 ……でもね、エイム。

 俺は……男に蹂躙されたい訳じゃない。

 エイムだったからだ。

 これは絶対――――絶対にだ!!

 自分の中で強く決意を固めながら、リンちゃんと共に帰途についた。






 その夜、俺はとぼとぼとある人物を訪ねる為に街を歩いていた。

 歩道を幽鬼のような足取りで進む。

 昼の衝撃が頭から抜けない。

 何なの、俺。

 そういう願望、あるの?


 「……ないですし、ありえないですし」


 心ここにあらず。

 

 ――それが拙かった。


 王都特有の馬車専用道、一般道よりも一段低くなっているそこに向かって、俺は足を踏み外していた。

 ちょうど手すりの無い部分だ。

 あ。

 と思ったがもう遅い、落ちるだけである。

 でもまぁいいか。

 この程度で怪我をするほど俺の魔法は弱くないぜ!

 叩き付けられる瞬間に落下の反動を緩めれば良いだけである。

 しかし、不運は重なる。


 ――ついてない。


 間の悪い事に正面から馬車がやって来ていた。

 交通事故の瞬間である。

 ふぅむ。

 馬車を撥ね退けるくらいの雷を使うのは迷惑極まりないな。

 馬や御者、それに乗客に迷惑だ。

 着地するんじゃなくて、どこかに引力を作って自分の身体を引っ張り上げるか?

 と、思案していた瞬間――


 「あ――」


 横合いから飛び込んできた誰かに抱きかかえられて、身体が浮き上がる。

 その影は俺を抱きかかえたまま、屋根付き馬車の天井を足場にして一気に反対側の一般道まで跳躍した。

 少しの衝撃と共に、影は俺を抱きかかえて歩道に着地した。


 「大丈夫か?」


 俺は成り行きに任せて状況を静観し、落ち着いたところで抱きかかえられている相手を見た。


 「ソルトさん……」


 夜の闇に紛れて消えてしまいそうな、相変わらずの黒髪黒目、全身黒ずくめである。

 お前は一体何をしている、と気のせいか怒ったような鋭い目つきで睨まれている。

 ……ような気がする。

 いや、いつも目つき悪いから分かんないけど……


 「あの……ありがとうございます」


 台詞と共に、俺は全力で――ぐ~パンを黒ずくめの頬にお見舞いした。

 子犬をも倒せぬ俺の右フックがさく裂した。


 「……なぜ殴る?」


 まったく効いていないか、ちぃ!


 「いえ、別に……」


 ちょっと気まずいので顔を反らす。


 「……」

 「……」


 とりあえず、黒ずくめ。

 お前はおっさんにお姫様抱っこされて来い?

 話はそれからだ。


 「下ろしてください」

 「ああ」


 素直に腕の中から解放された。

 俺は数歩黒ずくめから距離を取って振り向くと――素早くファイティングポーズをとった。


 「……お前は一体、何をしている」


 意味が分からない、と黒ずくめが渋面を作っている。


 「いえ、心の整理のためには拳で語り合った方が早いかな、と」


 どうした、こないならこっちから行くぜ!?

 意気込む俺を見て黒ずくめがため息を吐いた。

 俺が吐きたいんだよ!


 「相変わらずよく分からん奴だ……だが」


 本当に珍しく、黒ずくめがはっきりと分かる笑みを浮かべた。


 「お前といると、退屈しない」


 それだけ言って、黒ずくめは俺に背を向けて去って行った。

 後には拳を構えた俺が取り残されるのみである。

 いやね?

 それよりも……俺のこのやるせない気持ちを、どこにぶつければいいの?






 そうして俺はメイドカフェの店内でメニュー表を開くと、おもむろにメイドさんに注文した。


 「みっくすじゅーちゅ、エクレアより愛をこめて」

 「あんたは定期的にエクレアを貶めに来てる訳!?」


 今日も今日とて真紅のメイドさんは可愛らしい八重歯を覗かせて騒いでいましたとさ。


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