贈り物
小夜嵐に目が覚める。
窓が揺れて室内に風声が響いている。
変な時間に目が覚めちゃったな。
時間って言っても何時か分かんないけど。
時計が無い生活にも慣れてきたけど、懐かしくもあるな。
「……お手洗いに、行こうかな」
寒いし、朝はまだ遠い。
ここで変に耐えて不慮の事故が起こるのは避けたい。
……避けたい。
ベッドから出ると夜寒が身に染みる。
ネグリジェだけでうろうろするのも厳しい季節なので、カーディガンを羽織る。
廊下に出ると魔鉱石の光で淡く照らされている。
夜中でも警備のメイドさんが勤めてるんだよね。
夜勤、ご苦労様です。
折角なので頑張ってる皆に声でも掛けてから寝ようかな。
見回っているメイドさんに邪魔しない程度に声を掛けて回っていると、一階の図書室から光が漏れているのに気付いた。
中を覗いてみると、ある程度予想通りの人物が本と睨めっこしていた。
「サイラ」
「あ、アリスさん」
声を掛けて近付くと、のめり込んでいた本から顔を上げて振り向いた。
「こんな夜中まで勉強?」
「はいですにゃ、もう少しでお姉さんの剣のイメージが固まりそうなんです」
「そうなんだ、ありがとうね」
ごめんなのかありがとうなのかで言ったら、ありがとうだよね。
「私も楽しんでますからっ、でもやっぱり実物を見たいですにゃ……」
唸りながら、サイラが本を見つめる。
それをサイラの背後に回って覗き込む。
刀の絵が載った本だ。
鍛冶錬成は知識とイメージが大事なのかな?
「実物かぁ、お姉ちゃんの剣は折れちゃったから」
となると、王都の武器屋を捜し歩いてみるしかないかな?
「サイラ、武器屋を探してみる?」
「実は王都の武器屋はほとんど探し終えたんです……」
健気で勤勉なサイラだもんねぇ。
じゃあどうしよっかな?
王都にないなら、ウィルミントン?
いや、それよりも恐らく刀という武器ならサクラメントじゃないのか?
レオニールの持ってたライキリだってそうだ。
ウィルミントンならともかく、サクラメントに行くのは難しそうだな。
う~ん。
でも遠出する前に、王都の武器屋以外の伝手を当たってみるのも悪くないよね。
「サイラ、明日一緒に出掛けない? もしかしたら空振りするかもしれないけど」
「もちろん大丈夫です! 良いものを作る為に、労を惜しんでいられないですにゃ!」
こんな夜中に目を輝かせちゃって。
「じゃあ程々にして寝てくださいね?」
「大丈夫です!」
その返事はおかしいと思うんだけどなぁ。
苦笑して、俺以上に小柄で華奢なサイラの身体を後ろから抱きしめる。
「無理は禁物ですよ」
「あ、アリスさんっ」
緊張からなのか、サイラの耳が直立する。
この耳、和むんだよねぇ。
あれ、そう言えばサイラって可愛いケモミミがあるんだから……尻尾は?
一緒に温泉に入ったこともあるけど、そこまで見てないし。
……いや、見ないよ、見てないよ。
「あ、あの……アリスさん?」
俺に抱きしめられたまま困惑しているサイラが見上げてくる。
「……サイラ、あなた、私に隠している事があるんじゃないですか?」
「え、ええ!?」
慌てふためくサイラは可愛い。
俺は息を飲んで、決心した。
「……おしり、とか」
「おしりっ!?」
サイラは顔を蒼白にして、慌てておしりを手で隠すように抑えた。
……何を言ってるんだろう、俺は?
「っ……あ、うにゃ……」
サイラは青くなったり赤くなったり忙しそうだ。
……これって、セクハラじゃない?
「忘れて下さい……」
反省してサイラから離れた。
「あ、あの! 私、嫌じゃないですから……」
謝ろうかと思ったこちらの機先を制して、サイラが声を上げる。
うつむき加減に、伺うように視線を向けてくるサイラ。
ちょっと頬を染めているその姿に、胸が高鳴ってしまう。
「そ、そう? あの、うん……身体には気を付けてね?」
「は、はいですにゃ」
というのが精一杯で、俺はその場を後にした。
図書室を出て、足早に部屋に帰る。
あ~、びっくりした。
サイラったら、やっぱり女の子……
仕草なんか可愛くって。
部屋に入ってドアを閉めて、ため息を吐く。
「……あ?」
お手洗いに、行ってないですよね?
「……」
大丈夫だよ。
うん、大丈夫って信じてる。
今更面倒になった俺は強く頷いて、ベッドに潜り込んだ。
翌日、俺はサイラを伴って奴隷商会を訪れていた。
道中は近日中に開かれる感謝祭に向けて着々と準備を進めている街の様子が目に入った。
どこか浮足立つ街とは対照的に、静かに佇む商会。
その応接室で座って待たされていると紅茶が出てきた。
3度目だ。
今更毒もないだろう。
と思ってカップを手に取りかけたら、隣に座るサイラにそっと止められた。
俺が首を傾げていると、サイラがカップの中身を凝視した。
「……大丈夫ですにゃ」
「すごい……」
目利きのスキルか?
こんなことまで分かるの?
サイラからのお墨付きを貰って、改めて紅茶を頂くことにする。
恐らく高級品なのだろう、いつかクランに貰ったものと香りと味が違うものの安っぽさは感じない。
二人でそれを楽しむことしばし、お馴染みの眼帯をした壮年の男が出てきた。
「これはお嬢様、相変わらずお美しい。また会えて光栄ですな」
「ベルトラン様、お久しぶりです。相変わらずよく回る舌をお持ちのようです」
相変わらずな男だよね。
お互い笑いながら挨拶を済ませて眼帯が正面のソファに腰を下ろした。
「何やら最近は周辺の国も騒がしく、情勢が落ち着かぬようです。お嬢様も気を付けた方が良いでしょうな」
「お心遣い痛み入ります。十分に気を配るように致します」
あっちこっちで戦いに巻き込まれているというか、首を突っ込んでいるけどね。
「ですがそういう時勢こそが商機なのではないですか? ベルトラン様」
「ふふ」
否定も肯定もせずに、眼帯は自分の前に置かれた紅茶を手に取って口を付けた。
「して、此度はどのようなご用向きで?」
眼帯が隣に座るサイラに目を向けてから、俺に問いかける。
こいつ今、買値を見積もったな?
「残念ですが、ベルトラン様が考えているようなことではないかと」
「おや、残念です。とても良いお取引ができるかと思いましたが」
サイラの価値は見た目だけじゃないぞ。
手放してたまるか。
「ベルトラン様は、手広く商売を手掛けているのではないかと思っているのですが」
「ほう? 奴隷売買以外のお話ですかな? 確かに少しは手を広げておりますな」
「このご時世、武器の流れにもお詳しいのではないかと」
「ふむ、武具は大事です。戦闘奴隷に持たすもの、自衛用のもの。独自のルートで仕入れることはありますな」
やっぱり中々頼れそうなオジサマだな。
「では、このような武器をお持ちではありませんか?」
サイラを促して、テーブルに持参していた本を開く。
眼帯はその本の絵を見て頷いた。
「刀ですな」
やっぱり刀って言うんだな。
「今日の用件はこれです。王都で探しても見つからないのですが、ベルトラン様ならもしやと思いまして」
「ふむ、刀はサクラメントの一部地域でしか生産されていない貴重なもの。お嬢様は相変わらずお目が高い」
道楽者みたいに思われないか心配だな。
でも結局鍛冶錬成で生み出される訳だし、どうしてサクラメントだけなんだろう?
「刀を生成するには専用のスキルが必要ですからな」
俺の疑問を読み取った眼帯がご丁寧にも説明してくれる。
サイラを見ると項垂れた様子で頷いた。
どうやらサイラもその事は最近まで知らなかったらしい。
今まで練習に何回か鍛冶錬成してみたようだが、いずれも失敗したと言っていた。
その理由がそれか。
「失礼ですがお嬢様、もしやお連れの方は鍛冶師なのでは?」
「その通りです」
一瞬考えたが、別に隠す必要は無い。
「さすがお嬢様、専属のスミスを迎え入れておいでとは」
しかもこの子は歴史に名を残しますよ。
「遅れましたが、サイラと申します。私のスミスをしてもらっています」
「よ、よろしくお願いします……です!」
居住まいを正して挨拶をするサイラに、眼帯が相好を崩した。
「こちらこそ、ふふ、お嬢様の周りは本当に華やかで羨ましいですな」
営業スマイルを浮かべてまぁ、食えない男だよ。
あんたも商売柄、たくさん可愛い子を囲ってそうだけどね。
しかし刀を作るのに専用のスキルが必要で、刀がサクラメント一部地域の特産ということは……
「ベルトラン様、刀を作るスキルはサクラメントでしか取得できないのですか?」
「その通りでございます、お嬢様。この場で刀の実物を見て即座に作れるほど簡単ではないのです」
なるほどねぇ。
「しかし、そのような情報を簡単に教えてくださっても良いのですか?」
「ふ、お嬢様とは知らぬ間柄でもないのでね?」
勘違いしたサイラが顔を真っ赤にして俺と眼帯を見比べた。
待て待てサイラ、俺がこんな年上のオジサマ好きに見えるのか?
そもそも大前提からして却下だ。
「お戯れの好きな方です、拗ねてみせても良いのでしょうか?」
「私のような歳になると、ついお嬢様のような可憐な女性を見ると悪戯をしてみたくなるのです。お許しください」
「情報料ということにしておきます、ベルトラン様」
「おや、高くついてしまったようだ。これは参りましたな」
悪びれることもなく、眼帯は大げさに頭を振って見せる。
まぁ、何となくこのオジサマとの会話は楽しかったりするので許してやろう。
抱かれることはないがな。
当たり前だ。
「お詫びにありきたりな刀を一本差し上げましょう」
「まぁ、随分と豪胆なのですね?」
「ふ、お嬢様に嫌われたくはありませんからな」
例え今すぐに作れなくとも、参考用に実物を持っておくのは悪いことじゃない。
「ですがタダで有意義な情報を頂いて、その上に刀まで頂いては少しすわりが悪いですね」
仕方がないので水を向けてやる。
予定調和の流れに満足して眼帯が頷いた。
「では、お嬢様のスミスが刀を作れるようになったら、ぜひ私どもにも融通してもらいたい」
ふむ。
これは、悪い話じゃないぞ。
「勿論、お礼も兼ねて一本は差し上げるつもりでしたが、そういうことではありませんよね?」
「しかり。お嬢様は聡明で助かります。その通り、ビジネスの話です。そちらのスミスの作った刀を卸して欲しいという事です」
サイラの作るものの品質は申し分ない。
ただし、販路を確保するのは大変だ。
それをこの眼帯が請け負ってくれるなら煩雑な手間もなく、こちらとしては願ったり叶ったり。
「承りましょう。詳細は、後日で」
詰めの部分ではイリアに相談したいしね。
「ありがとうございます」
その後は恒例の談笑の時間とし、しばらくして商会を後にした。
刀を貰って帰宅すると、サイラは研究室も兼ねている自室に籠ってしまった。
そして俺は前祝にと、もう一品頂いてしまった品物を手に姉の部屋を訪れていた。
カチカチとなる秒針の音が懐かしい。
立派な金細工をあしらった懐中時計だ。
以前、クランが時間は教会が管理している、と言っていた。
つまり時計だってあるところにはある訳だ。
もちろん、貴重なものだろうけど。
「お姉ちゃん、ちょっと良いですか?」
ドアをノックすると返事があったので、中にお邪魔する。
シオンさんは机に座って何か書類仕事をしていた。
多分、ギルドの報告書だろう。
「どうしたんだ、アリス?」
「べ、別にお姉ちゃんの為じゃないんだから、えっと……? か、勘違いしないで欲しいんですけど!」
「似てないから、やめろ」
「はい……」
呆れたように、姉にため息を吐かれました。
真似るだけじゃダメな、何かがあるのか?
ところでお姉ちゃんはどうやったらデレるの?
「それで、どうしたのさ?」
「実は珍しいものが手に入りまして」
シオンさんに近づいて、その懐中時計を見せる。
「これは?」
「時計、というものです。一日の正確な時間を教えてくれるものです」
ただ、この世界で絶対にこれが必要かというと分からない。
便利だけど、日が昇って活動して日が沈んでお家に帰る、というスローライフも捨てたものじゃないからだ。
「へえ? 時間、か」
概念はあるんだよね。
「えと、良かったらこれをお姉ちゃんに貰って欲しいんです」
俺はもう一方の手に持った銀の懐中時計を見せる。
「お、お揃いです」
誰に渡そうか迷ったんだけど、やっぱりシオンさんかな、と頭に浮かんじゃったんだもの!
「あたしに……?」
「は、はい」
シオンさんが俺の手から金の懐中時計を受け取ってくれた。
改まってシオンさんに好意を示すのは正直恥ずかしい。
いつも程々にしか示してないしね!
……程々だよね?
「――しい」
シオンさんはそれを大事そうにお胸に抱え込んでくれた。
なんか照れる。
「貰っておくよ、アリス。ありがとうな」
「わわっ」
わしゃわしゃと姉に頭を撫でられて、顔が緩む。
これだけで満足するから、姉と妹なんだよねぇ。
よし!
「お姉ちゃん……今日一緒に寝ましょう!」
「いいよ」
「いいの!?」
「だから、何で驚くのさ?」
いやいや、これいつものパターンですし!
「寝ないの?」
「でも寝ます」
力強く頷いた。
例え本当の意味でただ一緒に寝るだけだろうと、俺は寝る。
道は遠いが、千里の道も一歩から。
シオンさんにくっついているとそれだけでふにゃ、となるから仕方ないよ……
心が満足しちゃうんだ。
「まったく、お姉ちゃんは罪な女です」
「あんたに言われたくはないんだけどな……」
そうしてその夜は姉妹水入らず、ベッドの中で雑談に花を咲かせてしまいました。




