表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
四章 日常編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/170

割とのんきなアリスの一日

 「ん~、いい湯だね~」


 朝風呂に入りながら一人唸る。

 屋敷のお風呂は広く、一人で独占するのは贅沢に過ぎるがこれがもはや日常である。

 慣れたと言えば慣れてきた。

 お金はある。

 住処もある。

 人手もある。

 しかもイリアの指揮の元その人手――つまりメイドさんたちはギルドのお仕事やその他諸々、お金まで稼いでくれる。

 今や我が家は一つの会社のようなものだ。

 そして俺こそが社長なのです。

 ……いや、会長かな?

 別に何もしないし。

 お飾りだし。

 社長はイリアかな?

 とにかくメイドさんたちには助けられている。

 でも彼女たちが仕事した分を俺が全部むしり取っているのか、というとそうではない。

 社員として彼女たちは働いているようなもので、ちゃんとお給金は出るようになっている。

 まあ、俺が一番儲けるようになっているのは事実だけど。

 それでも衣食住は完備だ。

 メイド服と私服一着は支給だし、屋敷の人間の食費は俺(会社)から出るし。

 うん、きっとこれは横暴なんかじゃない。

 そうに違いない。


 「うんうん」


 自分を納得させる作業は大事である。

 しかし働かなくとも生きて行けるという誘惑の恐怖。


 「怠惰という大罪、なんて恐ろしい……」


 湯船に浸かりながら浮いてみる。

 お行儀が悪いのは自覚しているが、ここは我が家であり、しかも俺しかいない。

 ついやってみたくなるのが人情だ。

 ああ、気持ちいい。

 溶けるー。

 怠惰は罪だけど、現状はティルみたいに引きこもりたいとは思っていない。

 まぁ、お姉ちゃんにも怒られるし。

 当面の目標は冒険者ランクアップかな?

 ちゃんとメイドさんたちの居場所を作ってあげないといけない。

 飾りはしっかり飾られておかないと皆も困るからね。

 ちゃんと威光は示さないと、メイドさんたちの後ろ盾になってあげられない。


 「こっちにとってもありがたいけど、あっちにとってもありがたい」


 ウィンウィンの関係ですね。

 実はメイドさんたちは身寄りのない子供たちばかりだ。

 それを国で保護し、鍛え上げ、我が家のメイドとして迎え入れた。

 ずっと国で面倒を見る訳にはいかず、何処かで独立させないといけない。

 でも後ろ盾も住処もない、しかも種族もバラバラな彼女たちを独立させるのは簡単なことではない。

 下手をすれば娼館行きだ。

 じゃあ、どうするか?


 「で、私ですか。クランは合理主義者だなぁ」


 その選択肢の一つが俺だったという事。

 さすがに全員ではないだろうけど。

 こちらとしてはそれで優秀な人材を確保できたのだから、有難い事この上ない。

 そんな訳で、メイドさんにとってもここが家なのだ。

 屋敷の敷地は広く、本宅は俺たちが暮らしている。

 それとは別に、離れが使われずに放置されていた。

 そこがメイドさんたちの宿舎……というか、家ということになる。


 「責任重大、ぶくぶく」


 潜ろう。

 気分転換。

 いや、これはむしろ潜ってどれだけ息を止めていられるか、という鍛錬なのだ。

 よしっ!

 大きく息を吸い込んで、湯船の中に潜る。

 水中独特の心地よさ。

 何故か潜りたくなるんだよねぇ、湯船。

 昨日は30秒くらい数えられたから、今日は60秒を目指そうかな?

 まだ余裕あったし、まだまだいけるでしょ。

 本気を出せば60秒も越えて行けるんじゃないかと思う。


 「……む、く」


 無だ。

 無になるんだ。

 余計な事を考えるとその思考で無駄な酸素を消費する。

 明鏡止水の心得を、俺はここでマスターする!


 「……」


 数えて30秒経過。

 ……意外と、苦しいな。


 「ごぼ」


 肺の中の空気を少しずつ抜いていく。

 いけるいける。

 まだいける。


 「…………っ」


 この耳が鳴るような静寂。

 俺は今、極限まで集中している。

 何かスキルを獲得してもおかしくない。


 「ごぼごぼごぼっ」


 いよいよ苦しくなってきたっ。

 苦し紛れに空気を吐き出してしまう。

 これを吐き出し切ったら、もはや耐える事はできない。

 時間は数えで70まできた。

 凄い、俺凄い。

 90だ。

 90まで行ける!

 何かご褒美を思い浮かべろ。

 90まで息止めできたら……イリアのおっぱい揉みしだく!!


 「ごばっ!」


 ……馬鹿な事を考えた瞬間、浮上してしまった。

 時間は、79だ。

 割と頑張った。

 結構頑張った。


 「……明鏡止水の心得、まこと難しい」


 苦しい時ほど余計な事を考えてしまう。

 何でだろう、これ何でだろう?

 あ~あ、ご褒美は無しか~。

 ちょうどそこにあるイリアのおっぱいを視界に収めながら、未練がましく手を動かしてみる。

 ……ん?


 「何だかいやらしい手つきですわね、お嬢様?」

 「本物っ!?」


 イリアだった!

 タオルを巻いただけの肌色成分一杯のイリアがバスルームに入って来ていた!

 なぜ!?


 「失礼しました、お嬢様。誰も入っていないかと思いまして」

 「え、ええ……私、潜ってたもの。それは、仕方ない、かも?」


 仕方ない、か?

 イリアが?

 脱衣所に置いてある俺の服に気付かずに?

 そんなうっかりするようなキャラ?

 そもそも人一倍立場を気にするイリアが朝風呂なんてする?


 「……嘘、ですよね?」

 「ふふ、どうでしょう?」


 いやまぁ……いいんですけどね、俺はね?

 眼福ですよ、そりゃ。

 うん、目のやり場に困る……

 凝視したくなる視線を大いなる理性で逸らした。


 「前から不思議だったのですが」

 「うん?」


 内なる自分と戦っていたら、イリアに窘められるのではなく、首を傾げられた。


 「お嬢様はとてもエルフらしい方だと思いますが」

 「はあ」


 エルフらしい?


 「そもそもご自身の事には興味は湧かないものなのですか?」

 「……自分?」


 いや、何が言いたいのかは分かる。

 女湯を覗いたり、クランやエクレアとその……にゃんにゃんしたり?

 なのにお前は自分の事はスルーなのか、と。

 そういうことか?


 「イリア」

 「はい、お嬢様」

 「私が鏡の前でいつまでも動かなかったり、街のショーウィンドなんかに映る自分をひたすらチェックしていたら、あなたどう思います?」

 「うわぁ、と」


 うわぁ……?


 「そう、私はナルシストではありません。自分は自分、あくまで自分なのです」


 未だに様々な面で戸惑うのは確かだが……

 そんな俺の回答に、イリアは納得したように頷いた。


 「安心しました」

 「安心しなさい」


 しかしバスルームで一体何をやってるんだろうね、俺たちは。


 「それにしてもお嬢様、いつもお風呂で潜ったりしているのですか?」


 う、そういえば恥ずかしい所を見られたな……

 しかも変な事考えてたし……


 「……いつだったか、水中に引きずり込まれたことがあったでしょう? いつ、何があっても対応できるよう、日常の中で鍛錬しているのです」


 えへん。


 「左様でございますか」


 ……左様でございます。

 そ、そこはさすがお嬢様です、でも良いんですよ、イリア?


 「ですがお嬢様、お戯れも程ほどになさって下さい。お風呂場で間違って倒れられたりされては困ります」

 「あ、はい……」


 ちょっとした童心なのに……


 「わたくしと一緒に入っている時は、構いませんわ」

 「あ、はい」


 ……はい?

 イリアと、そんなに一緒にお風呂入るの?

 それはそれで問題が。


 「ま、間違った事が起きたらどうするんです?」

 「間違ったこと?」


 満面の笑顔で、それは一体どんな事なのですか、と暗に問うてくる。

 イリアめぇ、分かってるくせに!

 ……ご主人様の恐ろしさを味あわせてあげましょうか?


 「イリア、身体洗ってあげますよ、隅々まで」

 「よろしくお願いします、お嬢様」

 「……」

 「……」

 「ごめんなさい」

 「くす、お構いなく」


 優しげな笑みを浮かべて、イリアは座って身体を洗い始めた。

 イリアったら凄く大人なんだもの。

 いつも余裕なんだもの。

 はぁ。

 それにしても、髪綺麗だな……

 肌も白いし。

 あんなに鉄壁の守りを誇るのに、触ったら柔らかそう。


 「お嬢様?」

 「はいっ」


 いかんいかん!

 熱い視線を向けすぎた。

 視線って、感じるからな。

 正気に戻れ俺!

 いや、ある意味正気だけども……

 視線を切って、再度バスタブの中に深く浸かり直す。

 それからふと思い出す。


 「……イリア、まだ、大丈夫?」

 「はい、心配し過ぎですわ、お嬢様」


 う~、じれったい。

 たまには押し倒さんばかりの強引さが必要なのだろうか?


 「イリアの心の中を、覗いてみたい」

 「わたくしも、お嬢様の心の中を覗いてみたいですわ」


 驚くからよせ。

 天地がひっくり返るぞ。


 「うん、やっぱり覗きはいけないと思います」

 「温泉では気のせいか、覗き犯が居たような気がします」

 「……」

 「……」

 「イリア」

 「はい、お嬢様」

 「男はロマンを求める生き物です」

 「そうなのですか」

 「……」

 「……」


 で?

 ていう空気、止めてもらえませんかね……

 そんなとりとめも無い、日常の一コマだった。






 イリアとの戯れを終えた俺は着替えて外出した。

 少しばかり寒さが堪える気温になってきたので、外套を羽織ってのお出かけだ。

 相変わらず目的も特にない訳だが、この異世界の街並みを見ながら散歩するのは飽きない。

 そんな本日は城郭外まで足を伸ばそうかと思う。

 馬車に乗って揺られる事しばし、門の近くに到着したので運転手さんにお礼を言って降りる。

 そうして門を抜けて城郭外の街にやってきた。

 王都というよりもリンナルやルフィンを思い起こさせる牧歌的な街並みで、田舎育ちの俺には何となく安心感がある。

 そんな街並みを散策していると、鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきた。


 「ん、何か美味しそうな匂い」


 屋台か?

 少し先の通りに、それは店を構えていた。

 そして俺はまさに思惑通り、匂いに誘われて屋台に近づいた。

 いい匂いの正体は……


 「トウモロコシ?」


 焼きトウモロコシか!

 美味しそう!


 「何だねーちゃん、いんのか?」


 釣り目のお子ちゃまが睨むように俺を見据えてくる。

 へ~、この子が店主?

 なかなか気合いの入ったお子ちゃま店主のようだ。


 「じゃあ一つ貰おうかな」


 注文を受けてから焼き上げる、この時間が店主とお客の憩いの時間。


 「ちょっと待ってな」


 坊主が手際よく、トウモロコシを鉄板の上に乗せてたれを垂らして焼き始める。

 更にいい香りに食欲を刺激される。


 「手馴れてますね、下準備で家で茹でてるんですか?」

 「……ねーちゃん、詳しいのかよ?」

 「そこまでではないですけど」


 その場で一から焼き始めると、火を通すのに時間が掛かり過ぎる。

 基本的に家で茹でたものを暖め焼きする程度の作業にしておかないと間に合わないだろう。


 「このトウモロコシ、もしかして自家製?」

 「当り前だ、仕入れるほど裕福じゃねーよ。家が農業やってるからな、鮮度は保障するから心配すんな」

 「ふふ、それは楽しみです」


 元気のいい子だなぁ。

 見た目年齢的には、ティルと同じくらいかな?

 見た目年齢的には。

 しばらく俺の質問を坊主がつっけんどんに返すという時間が過ぎて、いい感じに焼きトウモロコシができあがった。

 豪快に一本のトウモロコシを串に刺して、手渡される。

 それを受け取ると、坊主が意地悪そうに笑って手を出してくる。


 「はいよ、銀貨一枚」


 ……焼きトウモロコシ一本で銀貨一枚、ねえ?


 「なるほど、お客を見て値段を決めるなんて逞しいじゃないですか」

 「は? 何言ってんだよ、いつもこの値段だっつーの」


 王都とはいえ、城郭外の屋台でねえ。

 皆よっぽど裕福なんですねえ。


 「お姉さんは、カモに見えますか?」

 「はん、年上振るんじゃねーよ、そんな子供みたいな身体つきして」


 子供……


 「わっかんないかなぁ、坊やにはまだ分かんないかなぁ」


 この俺の素晴らしいスタイルの需要が。

 確かにお姉ちゃんもイリアも、抜群のプロポーションでしょう。

 だが俺はこの自分のスタイルに後悔などしていない!

 大は小を兼ねない!


 「坊やも、もう少し大きくなると分かります」

 「坊やじゃねーし! 子供扱いすんなし!」

 「そうだね、ごめんなさい」


 改まってあっさり謝った俺に、坊主が目を白黒させる。

 実際、この歳で仕事してるんだ。

 子ども扱いも失礼か。


 「ちっ、銅貨――」

 「はい」


 銀貨一枚を坊主に渡す。


 「お、おい……」

 「君が言ったんだよ?」

 「……ねーちゃん、内の人間だろ? さすがに余裕あんだな」

 「捻くれて嫌味を言う元気があるなら、その銀貨をいつか私に叩き返しに来るくらい成功してみせてね」

 「……ふん、こんなの投資にもなんねーぜ」

 「ふふ、それが君の発奮材料になれば良いよ」

 「待ってろ、すぐに突き返しに行ってやる。それまでこれは使わずに取っとくからな!」


 銀貨を握りしめて、坊主が俺を睨む。

 その瞳の輝きは夢に溢れていて、いかにも少年らしい。


 「そ、じゃあお姉さん、楽しみに待ってます」

 「待てよ!」

 「ん、まだ言い足りない?」


 手を振って屋台から離れかけた所で、待ったがかかる。


 「名前、教えろよ。おいらは、テオ」


 照れたようにそっぽを向きながら名乗る自己紹介に思わず笑顔がこぼれる。

 悪戯心が沸き起こって、人差し指で少年の鼻の頭をつついてやりながら答えた。


 「アリスです。おませさん」

 「――ばっ!」

 「じゃあね」


 今度は坊主、テオが言いかけた言葉を聞かずに背を向ける。

 夢のある人間は眩しいねぇ。

 歩きながら手に持った焼きトウモロコシを頬張った。


 「あっつ、はふ」


 でも、美味し。

 その日はなんだか気分が良くて、足取りも軽く散歩を終えた俺は屋敷に帰って行った。






 ――そういえば、もうすぐ感謝祭があるとか言ってた気がする。

 特別な日の、お祭り。

 誰か誘って回ると楽しそうだな。

 誰か誘おうかなぁ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ