幕間 紅の誓い
夜も更けた。
少し気温が落ち込んできたこの季節、ベッドの中こそが安息の地だ。
真っ暗闇は苦手。
代わり映えしない自分の部屋を、魔鉱石が薄く照らしている。
でもいつもと違う事もある。
「……ごめんなさい、エクレア……むにゃ」
「夢の中でまで謝らなくていいわよ、もう」
隣に眠る銀の少女は寝入ってからも時々こんな調子で謝ってくる。
血相変えて会いに来るものだから、こっちが驚いたものだ。
しかし頭に来るのはあの女。
アリスの陶磁器のように滑らかで白い肌にくっきりと目に付く印。
首筋のその痕を軽く指でなぞってみる。
「ん……」
アリスが擽ったそうに身じろぎするが、良く眠っていて起きる気配はない。
「……これ見よがしに痕を付けて。挑発のつもり、よね?」
絶対に許さない、あの女ぁ!
そんな事を考えていると、全く寝付けない。
全く全く寝付けないんだからっ!
「大体あんただって、油断し過ぎなんだからね?」
一旦収まっていた怒りが再び沸いてきた。
分かってるの、この、ばかアリス!
「……ヒール」
首筋に魔法を当てて、綺麗に痕を消してやる。
「身だしなみくらい、整えて来なさいよ……ばか」
額を軽く突いてやる。
相変わらず見惚れるような容姿をしている割に、隙だらけ。
このアンバランスさは何なのか?
苦笑して、幸せそうに眠るアリスから天井に視線を向ける。
一人じゃないって、いつ以来だろう、と――――
私は生来からの魔眼持ちだ。
母は私を産んで、すぐに亡くなった。
元々身体の弱い人だったと聞いているが、多分、この魔眼が影響していたのだろうと想像できる。
だから私は――親殺し。
サクラメント公国、第一公女。
親殺しの魔眼持ち。
それが私の肩書。
でも、そんなことが世に公表されたことは一度も無い。
「紅の忌み子様だ」
「おぉ、怖い怖い」
城で騎士や文官とすれ違うと、うんざりする頻度で嘲笑が聞こえて来た。
仮にも公女に対する態度ではないが、『忌み子』と呼ばれ蔑まれるには理由がある。
昔、この国で同じ魔眼持ちだった人間が公家を裏切り、一族を窮地に追いやったという歴史があるからだ。
以来、この国では魔眼は忌み嫌われている。
タブーなのだ。
下手をすればその事実が分かっただけで処刑されるかもしれない程に。
その点で言えば、私はまだ立場に守られていた。
……そもそも、魔眼持ちなんてこの国でなくとも歓迎されるようなものでもないが。
とにかく碌な幼少期を過ごさなかったのは確かだ。
そんなことだから、人を嫌いになるのにそう時間は掛らなかった。
その頃の私は、周囲全てが敵に見えた。
目に映る全てを焼き払ってしまえば、どんなに世の中は簡単になるかと。
浅はかな、子供の軽挙妄動。
絶対に取るなと父様から言われているネックレスを取って、軽口を叩いて通り過ぎたそいつらを『視た』。
――瞬間、世界が紅に染まった。
本来、子供の意趣返しなど大した出来事ではない。
だけど私にとってそれは――――大したことだった。
気が付くと、ネックレスを首からかけて城の中庭にへたり込んでいた。
一面火勢をあげる、庭園に。
茫然とした。
未だ夢現の心持ちで、目の前にある事実を叩き付けられる。
衰える事のない火勢の中で…………炭化したナニかが二つコロガッテイタ。
「あ――あ、ああ―――」
その後の事はよく覚えていない。
――罰として、私は10に満たぬ歳で戦場に送られることになった。
当時の公国は東域で戦争をしていた。
サクラメントは魔族の起こした国。
主要貴族は全て魔族。
もちろん割合で見ればヒューマンが多いが、そういう基盤ができているのだ。
ただこの国ではそれが普通だが、『魔族』という種を忌み嫌う者も多い。
この国の体制を快く思わなかったのか、それともそれは単なる口実で本当は政治的な理由だったのか、聖戦という嘘くさい謳い文句を上げて東の教国が攻め込んできた。
砂塵舞い上がる荒野の戦場。
そんな戦場で、私は見てくれだけは立派な紅い衣装を身に纏い、最前線に送られた。
敵から見れば首級に他ならず、的でしかなかっただろう。
公国もそういうつもりだったのだ。
立場上処刑する訳にもいかず、体の良い厄介払いができたという訳だ。
怖くない――などと虚勢を張れるはずもない。
戦場の空気に飲み込まれ、私は歩く事さえままならなかった。
「武者震いですかな、エクレア姫」
馬上より声をかけて来たのは、白髪が大部分を占める赤髪をした老人だった。
あろうことか、総指揮官のクリフ・ステアードが最前線の私の隣まで馬を進めてきていた。
ステアード伯爵家。
その当主でもあるクリフは変わり者。
そんな風評が出回っている人物。
未だ前線指揮をするほどに血気盛んな人物だが、顔に刻まれた皺は深い。
確かもう数百年を生きているはずだ。
「わ、私は、怖くない!」
「ほっほ、ですから、そう申しています」
声をかけてくれた安堵感に、思わず虚勢を張った。
クリフは老人らしい朗らかさでそんな私に笑顔を向けた。
そんな見栄がまだ張れる事に驚きながら。
「初陣ならば、この空気を感じるだけで良いのですぞ?」
優しげに微笑んでくれたクリフに首を振る。
「ち、違う……違う……」
それは国から求められていることではなかった。
私は――今から死ぬのだ。
そう望まれているのだ。
望まれなかったのだ、生まれてくることを。
「ふぅむ……戦場は、子供の出てくる場所ではありませんなぁ。それをさせる大人、国が愚かですぞい」
立場のある人間のお国批判だが、不思議と周りで成り行きを見守っていた兵たちは驚きもしていなかった。
ああ、またか。
そんな印象で私たちの事を見ていたと思う。
クリフはそんな事を露とも気にせず、馬から降りて私の頭に手を置いた。
「エクレア姫……いんや、エクレア。御身はこの戦場で儚く散った、そういう事で如何ですかのぉ?」
「……え?」
まるで悪戯を仕掛けた少年のように、クリフはやんちゃな顔を向けてきた。
「ほっほ、そして今日から御身は、ただのエクレアですぞ」
「……ただの、エクレア?」
「そうです、それが嫌なら……エクレア・ステアードなんて、どうですかのう?」
それが、私とクリフの出会いだった。
ステアード伯爵家は公国の東の辺境の一部、ほんの小さな領地を任されている貴族だ。
変わり者として知られているらしいが、人間的に特別変わっている風には見えなかった。
ただ、保身を考える事の多い貴族として少し変わっているのは確かだ。
例えば初めて出会った日。
厄介者である私を戦場で囲って、公国に堂々とウソの報告をした事。
最前線で私を抱えての活躍ぶりは賞賛を通り越して呆れたものだった。
例えば領地での一幕。
領民と一緒に、汗だくになって畑を耕して談笑している所。
こんなに農作業が似合う貴族を見たことが無かった。
またある時は、猟師と山に狩りに出ると言っては先頭に立って獲物を追いかけ回していた。
そんな親しみやすさと血気盛んな部分を持っている癖に、花が好き。
この人は多分、自分が大人だという事を忘れている。
でも私は直ぐにこの変わったクリフの事が好きになった。
「クリフ! できたわ!」
戦場で死んだことになっている私は、その頃ステアード家に身を寄せていた。
そんなある日、屋敷の庭で私は手を土まみれにしてある作業をしていた。
クリフは良く庭で花の手入れをしているが、もう少し大きな花壇が欲しいとぼやいていた。
だから煉瓦で囲いを作って、土を耕して、急造の花壇を自作した。
庭師にやらせれば良い事だが、どうしても自分の手で作りたかった。
「おお、素晴らしいですぞ! この爺を嬉し殺すつもりですかな!?」
案の定、クリフは大袈裟に喜んでいた。
子供のように興奮して顔を真っ赤にするものだから、見ていてこっちが楽しいくらいだ。
「ふふん、私にかかればこのくらい、どうってこと無いんだから!」
クリフが喜んでくれるのが何よりも嬉しくて、思わず得意げになってしまった。
そんな私を見ては、クリフは目を細めてくれたものだ。
「しかし泥まみれですのぉ、この爺がお風呂で背中を流して差し上げるぞい」
「嫌よ! クリフの馬鹿! えっち!!」
「む、むぅ……爺はそのようなつもりでは」
「ふん」
「そうか、もうそんなお歳になりましたか……そうかぁ」
「?」
どこか寂しげに、感慨深そうに、クリフは私を眺めていた。
私ではない誰かを重ねて見ているかのように。
「……でもま、頭を撫でるくらいなら許してあげるわ? 可哀想だから、仕方なくよ!」
「ほっほ、これは光栄ですぞ」
笑いながら、しわがれた手で頭を撫でてくれる。
孫娘と好々爺。
私たちの関係はそういうものだった。
それは、私の記憶の中にある一二を争う幸福な時間。
ずっとこの生活が続くのだと思っていた。
ずっとこの幸せが続くのだと――――
「――え?」
それは、イタズラ心で忍び込んだクリフの部屋で見つけた手紙。
好奇心に負けて開いたデスクの引き出しに、沢山同じような手紙が入っていた。
紋章は星と狼……サクラメントのもの。
恐る恐る、机の上に出しっ放しだった一枚を手に取った。
そこに書かれていたのは、目を疑う様な内容だった。
「なに……これ……?」
手紙には、東の教国が攻め込んで来たこと。
その先陣を切るように、との公国からの厳命。
援軍が到着するまで、ステアードのみで持ちこたえよ、と。
「……何で、今日はこんなに静か、なの?」
そこで初めて、気付いた。
いつも屋敷の外を賑やかす領民の生活の音が静かすぎる。
屋敷の侍従たちの数も少なすぎる。
そして、クリフは数日前から用事で外出すると言って居なくなっていた……
「――っ」
心臓を鷲掴みにされたような焦燥感に、部屋を飛び出した。
ここ最近、演習をすると言って兵を集めていた。
いざという時の訓練は大事ね、なんて暢気な事を言っていた自分の愚かさを呪いたかった。
――今こそが、いざという時なのだ!
そのまま転がる様に屋敷から出た。
領地を駆けずり回って、明らかに領民の数が少ないことに改めて気付く。
避難できる者は避難しているのだ。
立場上、あまり屋敷から出ないようにしていたから気付けなかった。
汗だくになって走り回って、顔なじみの神父様を思い出して教会に飛び込んだ。
教会の中で、ようやく大勢の領民の姿を見た。
その多くは女子供と老人たちだ。
「神父様、皆!」
神父様はクリフと似たような皺の深い顔を驚かせて、小走りに寄ってきた。
「エクレア様、屋敷から出てはなりませんぞ!」
「どうして戦うなんて、皆が怖い思いをするのに! 神父様だって、クリフを止めないと!」
「仕方がないのです、公国からの要請に応えるのは義務。それを無視し続ければ重い制裁を科せられ、我らはどの道生きてゆけぬのですから……」
教会では、夫を、恋人を、息子を戦場に送り出した皆が一心に祈っていた。
街や教会までは手出ししてこないだろうが、ここまで攻め込まれた時点でこの人たちが祈りを捧げている相手は……
「っ私が、止めてくる!」
神父様の制止の声を振り切って、教会から飛び出した。
戦いが始まる前に、私がクリフを説得する。
それから、公国も説得する。
逃げ隠れするのはもう止める。
屋敷に戻った私は侍従たちの制止を振り切って、馬を駆って街を出た。
何とか侍従たちから聞き出した戦場はそう遠くない。
そして丘陵が連続した地域――遂に戦場の端へと到達した。
――結論から言って、私は間に合わなかった。
もはやそこは地獄絵図。
最初に目に付いたのは、よく取れたての美味しいお野菜をくれたおじさんの死体だった。
他にも裁縫屋の気の良いおじさん。
偏屈な鍛冶屋のおじさん……
圧倒的にステアード家の兵や領民たちの死体が目立つ。
当たり前だ……こんな辺境の領地の兵だけで、教国の軍と戦えるものか……!
「……いけねぇ、エクレア様……早く、逃げなせえ」
「おじさん!」
死体ばかりと思っていたら、倒れたまま今にも目を瞑りそうな花屋のおじさんが声をかけてきた。
屋敷にもよく出入りしていた花屋さんだから良く知っていた。
急いで馬から降りて駆け寄った。
「あ、ああ……しっかり、しっかりしなさいよ!」
教会に、花屋の奥さんが居た……
何と言って報告すればいいのか……
私は呪われているのか。
やはり、『忌み子』なのか。
不幸を運んでしまうのか……
「……わしぁ、街も、国も、ちゃんと守れたのかなぁ?」
「守れた。守れたに、決まってるでしょ!」
「そっかぁ、かかに、あいてぇなぁ……」
「――」
それだけ言って、ヒールをかける間も無く花屋のおじさんは息を引き取った。
……目を閉じてあげてから、喚声のあがる戦場の中心へと目を向けた。
乱暴に目を擦って、立ち上がる。
いつかと同じように、足は竦んでいた。
それでも、守りたいという心が勝った。
怖さをねじ伏せて、戦場へと走った。
この辺境で暮らす人たちのほとんどは魔族だ。
元来魔力が強く、身体的にもその魔力の結晶である角や牙など、人によって特徴ある容姿をしている。
私の場合は、『魔眼』だ……
そして当然クリフも魔族。
教国が容赦してくれるとは、とても思えない。
――そうしてようやく、私は戦場の中心部『だった』場所へと到達した。
そこに既に、戦いは無かった。
あるのは逃げ惑うステアードの兵を追い回す追撃戦。
虐殺だ。
武器を捨て、背中を向け、あるいは許しを請う兵を、教国の兵は淡々と。
淡々と淡々と淡々と、切り殺していく。
ステアードは、あっと言う間に壊滅したのだ。
あまりの光景に、怒りが身体から突き抜けた。
「――燃え、付きろおおおぉっ!!」
目に付く敵兵を、手当たり次第に焼き払う。
目立ち過ぎたか、そんな私に幽鬼のような敵兵が殺到してくる。
……それも、どうでも良いような気がした。
一人でも多く道連れにしてやる。
花屋のおじさんの顔を思い浮かべて、そう決心した。
殺到してくる敵兵。
物量に押し潰されそうになった私を、横合いからの炎の一撃が助けた。
振り向くと、一番会いたかった人がそこに居た。
「クリフ!!」
「こんな所まで、困った孫娘じゃわい」
傷だらけの顔で尚、クリフは好々爺のような笑みを向けてくる。
「クリフ! もう引きましょう!? もう、戦えないじゃないっ! もう……?」
近づいて、クリフの身体を揺すって……そして自分の手に付いた大量の血を見つめた。
――え?
私?
私、怪我してた?
視線を彷徨わせる。
悪い予感に表情が凍りついた。
相変わらず笑みを浮かべるクリフの顔から、ゆっくりと視線を下げていく。
鎧は切り裂かれ、背中には身体から生えているのかと見紛う程、矢が刺さっていた。
その零れ落ちる血の量は――
「あ、え――?」
理解が、追いつかなかった。
茫然としている私の後ろから切り掛かってきた敵兵を、クリフが魔法で更に屠る。
「引けませんのぉ、彼奴等はそのまま街を焼き払いにくる。なに、本国からの増援が来るまで、もうひと踏ん張りしてやりますぞい」
ちょっと散歩に行ってくる。
そんな軽い口調でクリフは笑う。
四方八方から、矢が飛んできた。
それを、私を抱きかかえこんで、クリフが背中で全部受け止めた。
あれ……?
おかしいな、人間って、こんなに刺されても、大丈夫だったっけ?
こんなに血が出ても……?
「わし、は……エクレア……ロザリー……」
クリフの口から零れた血が顔にかかって、それを見て。
――ネックレスを、引き千切った。
もう消え去りたいと思ったのか。
それとも魔眼に縋れば、どうにかなると思ったのか。
その時の気持ちは思い出せない。
あっという間に、紅い世界に飲み込まれた。
意識が消えてなくなりそうになって、声を聞いた。
――こっち、こっちを見なさい。
微かに残る意識の端で、そんな言葉を認識した。
声に導かれるまま、そちらを視た。
『こんにちは、可愛らしいお嬢さん』
それは、銀の髪と銀の瞳を持った綺麗なエルフだった。
『しっかり、あなたのお名前は?』
「名前――エク、レア?」
『エクレア?』
「……エクレア」
確認する声に、そうだったかと思いながら頷いた。
『そ、じゃあ絶対に忘れない事。自分はエクレアだって、強く想いなさい』
銀のエルフが、言い聞かせるように声をかけてくる。
今も自分を見失いかけている私に、エクレア、エクレアと声をかけてくれながら。
「私は――エクレア?」
『そうよ、エクレア。過去視なんかに囚われないで。自分は自分。混濁してはダメ、見失ってはダメ。エクレアはエクレアよ』
名前の確認、それは自分を確かめる儀式。
不思議と、溶けて消えそうだった自分をおぼろげにでも掴んだ気がした。
「エクレアは、エクレア……貴方は?」
『私? 私は……そう、人は私の事を畏敬の念を込めて、魔炎って呼んだわ! これでも大魔法使い……だったんだから』
「魔炎……」
そう言って魔炎は、私――エクレアの頭を撫でた。
それから、色々意識の中で話したと思う。
でもいくら過去視と言っても、こんな事ができるのはこの人だからこそだ。
まどろみに誘われるまま目を閉じて、祈るように魔炎に願った。
彼女はそんなエクレアに、悲しそうな笑みで応えてくれた。
『任されたわ』
そう優しげな声で。
次に目が覚めた時、サクラメントの大軍に囲まれていた。
いつの間にか千切れたはずの魔眼封じのネックレスを首にかけていた。
「エクレア、か」
「……レオニール?」
いつも済ました顔のいけ好かない兄だ。
見知った顔が見上げる空を遮って、見下ろすように立っていた。
どうやら未だに寝ころんだままらしい。
「……戻ってくるんだ、エクレア。その力、公国の為に使うべきだろう」
「恐ろしい魔力だね、レオニールでも死ぬかも」
すぐ傍に、銀の髪と赤い目をした小柄な少女が立っていた。
「……なに、どうなった、の?」
「教国の兵なら撤退した。自分たちが到着したのを察知したんだろう、逃げ足の速いことだ」
「こっちが来る前に、相当な損害を出してたみたいだけど」
小さな少女が興味深そうにエクレアを見ていた。
「……? クリフ、クリフ?」
そういえば、寝転んでクリフに抱きしめられたままだった。
「クリフ?」
声をかけても、揺すっても反応しない。
「……寡兵にて教国の脅威から国を守った英雄に、敬礼!」
レオニールの言葉に、周りを囲んだ公国の兵が敬礼をした。
「――」
理解、した。
「な、にが……英雄、よ」
涙が、溢れた。
「っあんたが、さっさと来ないからああああああああ!!!!」
その慟哭は虚しく、本当に虚しく戦場跡に木霊した――
「――っ、ぅ」
いつの間にか、眠っていたらしい。
動悸が激しい、身体が強張る。
――涙が、止まらない。
そんなエクレアを、包み込んでくれる温かさがあった。
「アリス……」
「はい」
「アリスっ」
「はぁい」
何も聞かずに、アリスはただエクレアの事を抱きしめて、髪を撫でてくれていた。
延々と泣き続けるエクレアに、アリスはずっと付き合ってくれた。
――ああ、アリスはきっと誰かを守れるくらいに強いんだ。
それは戦うのが強いということではなくて。
それが少し悔しく感じる。
それを悔しく感じる事に、安心する。
だってそれは、まだ心が負けを認めていない証拠だから。
どうしようもない過去だけど、あなたに守ってもらったこの命、無駄にしない。
……クリフ、きっと強くなるわ。
もっと強くなって、誰かを守れるような、あなたの誇れる孫娘になって見せるんだから。
「アリス……」
「何です?」
「……負けないんだからねっ!」
「ええ!?」
急に対抗心を燃やされて、目を白黒させているアリスがおかしくて。
――本当に、愛おしかった。
「きょ、今日だけは、あんたに甘えてあげるわ、アリス。でも勘違いしないでよね!」
「か~わい、エクレア」
「ば、ばかっ!」
「んふふっ」
本当に悩ましいライバルだ――――




