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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
四章 日常編

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一枚上手

 エクレアたちを捕虜とした俺たちは現在優勝に一番近い。

 どうしようかと、そのエクレアたちを捕虜として迎えた自陣にて考える。

 しばらくはこのまま守りに徹しても良いのではと思う。

 それをティルに提案してみると、呆気なくダメ出しされた。


 「それではいずれ一騎打ちになるではないか。三つ巴の今こそが完全勝利のチャンスというもの。守りに入った人間に、勝利は掴めんよ」


 と、ティルがちんまい身体で胸を反らして語るので、それもそうかと納得する。

 それに一騎打ちでクランか、もしくはイリアの相手というのは俺には厳しいように思う。


 「……分かりました、ではポーン一人を残して、後は全員攻めに出ます」


 これはもろ刃の剣だ。

 下手をすればすぐに負ける。


 「ん、大丈夫マスター。敵が来たら蹴散らしておくから」


 捕虜となったエイムがサムズアップする。

 頼もしいけど、それ、反則負けになるからね?

 やらないでね?


 「この遊びはあの竜の小娘の提案か?」

 「お姉ちゃんとイリアが話し合ってたみたいですね」

 「くふ、いかにもあの小娘らしい気の配りようよ。よほど主が可愛いと見える」


 可愛い……?

 ま、まぁいい。

 確かにイリアは年上だ。

 わずか一つだけど……


 「で、やっぱりイリアから攻めた方が良いんですかね?」

 「お主がそう思うのなら、それでよかろうよ」


 もう、相変わらずティルは厳しいなぁ。

 俺の言うことに簡単に答えを与えてくれない。


 「狙うのは竜の小娘として、個々が勝手に動いては話にならんぞ? そこの魔族の小娘のチームのようにな」


 ティルが視線でエクレアにダメ出しをする。

 一方エクレアはそんなことは聞こえていないかのように、心ここにあらず。


 「……部屋、掃除してたっけ?」


 エクレア、部屋が散らかっているかどうかは今はどうでもいいよ。

 しかも俺はどっちでもいいよ。

 エクレアさえいれば、それでいいんだよ。


 「でも思ったんですけど、追いかけっこならイリアが圧倒的に不利なはずなんですよね」


 戦う訳じゃなくて、あくまでタッチするのが目的だし。


 「あのきょ……剣士がおるであろう」


 きょ……?

 ティルが息苦しそうに唸ってから、俺を見て言い直した。


 「単純なゲームじゃが、これは集団としての動きの必要性を自覚できぬものの負けよ」


 やっぱりメイドさんたちの動かせ方が重要だよね。

 恐らくイリアがキングだろう。

 そしてクイーンはお姉ちゃん。

 無策でイリアにポーンのメイドさんたちを向かわせたら、片っ端からお姉ちゃんにタッチされそうだ。

 そしてポーンが居なくなると、もはやキングを止める者が居なくなる。


 「それにクランが手を出してこないとも限らないんですよね……」


 イリアとの決着が着くまでクランが静観するとはとても思えない。

 逆にクランとの決着を先に着けるなら、イリアは待ってくれそうな気がする。

 ……という考えは、甘えだなぁ。

 イリアに甘えているんだよなぁ。


 「よし、やっぱり先に狙うのはイリア! 決めました!」

 「ではチームをどう動かす?」


 ティルの試すような問いに一つ頷く。


 「一人だけメイドさんを残して、残り全員でイリアの陣へ向かいます」

 「守りは実質一人か、それでは陣地を奇襲された時は終わりよの」


 確認するようなティルの問いかけを受けて、俺はメイドさんを見る。


 「奇襲を受けたら、即私に連絡。10秒持ち応えて下さい」

 「10秒……」


 メイドさんの目が白黒している。

 ティルはそれを聞いて愉快そうに笑った。


 「それはルールに反するのではないか?」

 「……魔法で攻撃するとは言ってない。跳んでくるだけです」

 「くふ、ルールの隙間を縫って行くのは常道よな、良いのではないか?」


 と、ティルに褒められた。

 褒められた?

 ティルに褒められると、顔が緩むな……


 「……可愛げのあるやつ」


 そんな俺の表情を見てどう思ったのか、ティルが出来の悪い生徒を見るように苦笑した。


 「さあ、ゆくぞ」

 「はいっ」






 そんな訳で、俺たちはイリアとお姉ちゃんを狙う事にした。

 ここでイリアたちを倒せば、もう攻める必要すらなくなる。

 陣地に帰って終わりの合図があるまで守りを固めれば、それで俺たちの勝ちなのだ。

 敢えてクランとは戦う必要も無い。

 斥候に出していたメイドさん達から、おおよその位置は割り出せている。

 これで勝負を決めるべく、俺たちは慎重に周辺に気を配りながら、敵陣地に近づいていく。


 「む……?」


 急にティルが立ち止ってその尖った耳をぴこぴこ動かした。

 ……何か聞こえるのかな?

 聴力もヒューマンより優れているのかな?

 この愛くるしさは犬みたいだな。

 可愛い……


 「ふむ」


 何やらティルが地面を注視している。

 特に変わったものもないようだけど?

 周囲は草原部を抜けて、森林部に入ったところ。

 相手が隠れるには絶好の場所だから、確かに油断はできないけど……?

 俺の不思議そうな視線に構わず、周辺の木々にも目を走らせるティルは一人納得したように頷いた。


 「……どうかしました?」

 「いや? もうそろそろ竜の小娘の勢力圏だと思っての」


 む~。

 何か怪しいなぁ。


 「……まぁいいです。皆、ティルの言った通りイリアたちの陣地は近いです。ここからはいっそう気を引き締めていきますよ!」


 俺の言葉に気合い十分という返事で応えるメイドさん。

 これならば互角以上の戦いができるに違いない。

 俺は満足感を覚えて頷くと、そのまま敵陣に向かって足を進めた。


 進め――


 「ひゃああああああっ!?」


 なかった……

 数歩進んだ矢先、突然足元の地面が盛り上がったかと思うと空中に網縄でぶら下げられた。


 「こ、これは……! なんて古典的な罠!」


 しかし自分がやられて思うが、侮れない!

 決して侮れない!!


 「お主たち、覚えておくが良い。これが油断じゃ」

 「知ってたんなら教えてくださいよ!?」


 反面教師役とかなりたくないのに!

 さっきの変な挙動はこれですか!?


 「――あら、かかれば良いなと思っていたのですが、お嬢様が自らかかってくれたのですね? 感激ですわ」

 「イリア!」


 そして森の奥から遂に犯人が姿を現した。

 輝く金色の髪は目に眩しく、上品そうに微笑むその様は彼女こそが令嬢のよう。

 もはや俺の右腕というよりも、半身と言って良いほどの少女。


 「――こういうの好きだからなぁ、アリス」


 お姉ちゃんも手を頭の後ろで組んで、こちらを眺めながらイリアの後ろから出てきた。

 というか……


 「好きなはずないですよ! 言いがかりです!」


 人の事をお笑い芸人みたいに言うのは止めて下さいよ!

 というか、空中でぶらぶらと吊り下げられるのは意外と体勢を立て直すのに難しく、簡単に罠から脱出できない。

 バンジージャンプで跳んだ後のぶら下がっているどうしようもない時間、みたいな感じ。


 「まずは陣地周辺の防御を固めたか」


 ティルの俺を見る視線は冷たいが、イリアには一定の評価を下した模様である。

 ……切ない。


 「はい、お師様。攻めてくることは分かっていましたから、地形と侵入経路を予想して先に仕掛けさせてもらいました」

 「いかにもお主らしい」


 動かざること山の如し……まさにイリア!!

 メイドさんたちを上手く動かした、ということか。


 「こ、こんな……卑怯です!」

 「しかしお嬢様、罠をしかけては駄目だというルールはありませんでしたので」


 こっちもルールの隙間を縫って来てるし。


 「う、うううぅっ!」

 「そんな恨めしそうに見られても……可愛らしすぎですわ、お嬢様」


 ダメだ、魔法無しじゃこの状態から俺が独力で脱出するのは不可能だ。

 考えろ、考えるんだアリス!

 まだ負けてない!

 俺はまだ、戦える!

 イリア、今のこの状況こそが獲物を前に……という状況ですよ!

 その恐ろしさを教えてあげます!

 ここから乾坤一擲の一撃を!

 必死に頭を巡らせて、俺はある可能性にかけてみる事にした。

 キング専用の通信用魔石を取り出して、決意する。


 「来てぇ、クランっ!!」


 山中に、俺の声が木霊した。

 イリアもお姉ちゃんも皆も、何言ってんのこいつ、という顔をしていた。


 ――だが、奇跡は起こった。


 「――ふふふ、登場のしどころを間違えては大根役者というもの。アリス、求めに応じて参上しますわ」

 「クラン!」


 桃色の髪をした、不敵に笑うお姫様。

 この場に現れた第三の勢力。

 その一団は俺たちとイリアたちとは別の方向から森を抜けて顔を出した。

 その中には網縄にぶら下がった俺を見て慌てた顔をしたサイラの姿もある。

 ……ふ、情けない所を見られてしまったようだな。

 許せよ、皆の衆。

 これが貴方たちのご主人様です。


 「やはりおったか、貴族の小娘よ。漁夫の利を狙おうとしておったか?」

 「これは氷雪殿、戦わずに収められるならそれが最善手。少なくとも、戦場で競う事に、余は価値を見出せませんの」

 「くふ、面白い。あの聖騎士が期待するだけのことはあるか」


 ところで俺のお師匠様はさっきから様子見と会話以外一切何もする気が無いんですけどねぇ。

 気のせいですかねぇ。

 暴れる俺を生温かい目で見上げたティルが、ため息を吐いた。


 「で? ここから三つ巴の戦いでもするか?」

 「わたくしは構いません、勝機はあります」

 「そうですわね、ならば景品はアリスという事で如何?」


 なぜ俺!?


 「異議あり!」

 「却下ですわ」


 景品の異議は認められないらしい。

 ていうか、景品って何だ?

 理不尽!

 ……身動きの取れない俺はまな板の上の鯉でしかないのだけど。

 そんな俺の不安そうな顔が目に付いたのか、クランが俺を見て――嗜虐的な笑みを浮かべた。

 いや……

 今その笑顔は可笑しいと思うの。

 可笑しいよね?


 「そうですわね、例えばアリスを着せ替えて愛でるとか――限界までくすぐり倒すとか?」


 まてまて!


 「言われてみれば、人を限界までくすぐるとどうなるんだろうね?」

 「お姉ちゃん!?」

 「冗談だって」


 変な好奇心を持つのは止めて!?


 「……お嬢様を縄で縛って、ベッドの上で限界までくすぐるなんて」


 イリア……?

 縄で縛る、が追加されてますが、それは?

 なんでちょっと興味をそそられました、みたいな顔をしているの……

 人間限界を超えてそんな事をされたら、美しい事にはならないなんて想像できるでしょ!?

 いやだいやだいやだぁ!!


 「タッチ、だのう」

 「――え?」


 俺がそんな想像に顔を青ざめている所で、ティルが自然に、本当にごく当たり前のようにイリアのメイドさんたちにタッチをして回っていた。

 その気配の無さと何の不自然さも無い動きに、誰もが気付けないでいた。

 いくら他事に気を取られていたとはいえ、異常だ。

 あまりに不自然さがなくて、逆に不自然に思うくらい。

 呆気に取られると同時に、背筋に怖気が走る。

 ……この人は、どんな高みに居るんだ?


 「……まさか、貴方程のお方が本気になるのですか? 氷雪殿」


 さすがのクランも戦慄を覚えたのか、表情を失った。


 「遊びは本気でやるから楽しいのであって、そうでないなら単なる時間の浪費よ。ま、妾にとっては浪費など些細な事。いくらでも付き合ってやらんことも無いがのう」

 「時間の浪費と言えば、ティルの右に出る者はいませんもんね!」

 「アリスよ、妾が勝ってもくすぐり倒してやるゆえ、楽しみにしておるが良い」

 「……はい」


 違うんだ、何というか、俺にとってティルは気安いんだよ。

 だからついつい言わなくていい事を言っちゃうんだよ。

 何というか……本当に、お母さんみたいに思ってる、かも……


 「この場のポーンは全滅ですか、これではお嬢様を倒す事も、クランセスカ様を止める事も出来ませんね……」

 「……とんでもないな、エルフのおチビちゃん」


 さすがのイリアとお姉ちゃんも驚きを隠せない様子だ。

 ……今が、チャンスか!

 今度はティルに気を取られているようだが、俺は俺でずっと脱出のタイミングを計っていた。

 体勢をやっとのことで立て直し、頭上に空いている網縄の隙間からジャンプして外に逃げる機を伺っていた。

 それが今。

 実際、俺は捕獲されているだけでまだ負けていない。

 勝負は終わるその時まで分からない。

 情けない事になったが昔から言うだろう?

 強いから勝つんじゃない、勝った者が強いんです!

 イリアたちの脅威が半減した今、呼びかけに応えてわざわざ姿を見せてくれたクランを裏切って俺は狙いを定めた。

 目標は――未だ落ち着き無く耳を垂らしている、サイラ。

 クイーンを取られれば、万事休すでしょう?


 「はっ!」


 俺は一瞬の隙をついて網縄を飛び出して、手近な木の幹を足場に、一直線にサイラ目掛けて飛び込んだ。


 「アリス!?」


 クランが声を上げるが――もう遅い!


 「わわっ!?」


 慌てふためくサイラを気の毒に思いながら、俺は迷いなくサイラにタッチした。

 ふ、悪く思うなよ?

 これも勝負。


 「――言い忘れていましたが」


 クランが目を細めて、俺に語りかける。


 「サイラは、ポーンですの」

 「………………は?」

 「えと、タッチですにゃ、アリスさん」


 サイラにぎゅっと袖を掴むようにタッチされて、確認するようにその腕を見た。

 ……クイーンの証たる銀のリボンは付いていなかった。

 辺りを見渡すと、クランのチームのメイドさんの一人が申し訳なさそうな顔で銀のリボンが巻かれた腕を見せてくれる。

 ……つまり?


 「アリスの負けですわね?」

 「そんな、卑怯なあああ!!?」


 クランもルールの隙間をついてきたあああ!!

 余分な事をした俺に、ティルは盛大なため息を吐いて応えてくれた。






 結局クランの優勢は覆しようも無く、そのままイリアたちも押し切られた。

 世の中には一枚上手は存在するものである。

 謙虚に、油断せず、そして時には大胆に。

 そんな人間に、俺はなりたい……


 「もう無理、無理だからぁ! ……あっ、ひゃっ! やめっ!!」


 そしてその夜、俺はクランの寝室で嘆き喚いていた。


 「くす、貴重な休日を使った甲斐がありましたわ。アリス……もっと可愛い声で鳴いて下さいませ」

 「やあああぁっ」


 罰ゲームなど本来無かったはずなのに、クランの邸宅で延々と……その、色々されていた。

 そしてその割を食う形で…………エクレアがね?

 ものっっっ凄く不機嫌になってたのね?

 そうだよね……

 約束を守れない大人にはならない。

 そんな人間に、俺は……なりた――


 「――んんっ! クラン、もうダメ……ゆるして……」

 「……ぞくぞくしますわ、アリス。その泣き顔、余以外に簡単に見せてはなりませんよ?」


 疲れ切って、恐らく呆けた顔で頷いた。

 満足そうな顔と申し訳なさそうな顔、複雑な表情を浮かべてクランがしなだれかかってくる。


 「度が過ぎました。許して下さい、アリス……愛していますわ」

 「……うん」






 そして相変わらず、クランは情熱的でした。

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