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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
三章 冒険者編

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好敵手、雷神と紅蓮と

 「エクレア」


 男に名前を呼ばれ、エクレアが虚ろな目で眼下を見下ろした。

 そして、手を掲げる。

 それは明確な戦闘体勢。


 「……マルチキャスト――スターフレア、セット」

 「っ!?」


 ――スターフレアで、マルチキャスト!?


 馬鹿げている!!

 闇に浮かび上がる、その数三十にも届こうかという紅蓮の炎。

 その一つ一つが、闘技大会で戦った時よりも強力な魔力を帯びている。

 あまりの光景に、サクラメントの兵たちも騒ぎ出す。


 「まさか……ここでそれを撃つつもりですか!? ここに居るのは、ほとんどがサクラメントの兵なんですよ!!」


 本気で撃てば、スターフレア単体でも広域に被害が出る。

 それが火魔法。

 それが、威力特化の魔法なのだ。

 それを……あの数で撃てば……!

 周りを見渡すと自らの運命を薄らと理解し始めたのか、サクラメントの兵たちが茫然自失の体で突っ立ってその光景を見上げていた。

 想像力と理解の早い兵は、崩れ落ちてすすり泣いている。

 当然だ……!

 何千という兵を消し炭にするつもりか、エクレア!


 「……エクレア!! それをやったら、もう冗談じゃすみませんよ!」


 俺の叫びにまるで反応しない。

 エクレアはまさに心ここにあらずという風情で空から地上を見下ろしている。

 代わりに、指示を出した傲慢そうな男が俺を見て小さく嗤った。


 「――やれ」


 絶対的な強者が弱者を踏みつぶすとき、人はあんな歪な笑みを浮かべるのかもしれない。

 戦術的には、極めて正しい判断だ。

 余分を挟まず、反撃の機会を与えず、初手で全てを終わらせる。

 人間的には……冷酷極まりないが。


 「はい……おじい様――――――ショット」


 ――終わった。


 少しだけ戸惑いの表情を浮かべたものの、エクレアは素直に頷いて、その指示を執行した。

 紅蓮の火球が空から襲い来る様は、隕石が降ってくるかのような絶望的な迫力。

 着弾すれば、辺り一面荒野と化すだろう。

 否、地形すら変わるかもしれない。

 戦う前から、終わってしまった。

 この圧倒的な魔力の差。

 防ぎようがない。

 どうしようもない!

 左手のイシュタル・エッジで、数個は消せるだろう。

 アイシクル・ガーデンで、一つは防げるだろう。

 で?

 残りは?

 俺は、一人でなら逃げられる。

 しかし当然そんなことに意味は無い。

 ……くそっ、俺にもマルチキャストがあれば良かったのか?

 そうすれば、対抗出来たのか!?


 「――あ? やばっ!? 起きるの遅かった!!? すとっぷすとっぷ! うぅ、無理か! いつまでもは止められない~~!」


 急に上空のエクレアが慌てふためいていた。

 悪夢のごとき炎弾が大きく速度を緩め、一時的に止まった。

 そう、あくまで本人の言う通り、一時的だろう。

 ゆっくりとではあるが、未だに地上に向かって堕ちているのが証拠だ。

 皆の蒸発する時間が幾分か伸びただけ。

 ただ、これならシオンさんとエイムを抱えて逃げるくらいの時間はある。


 ――でも、それも却下だ。


 敵兵とはいえ、こんな無残な虐殺を見過ごせるか!

 まして味方から切り捨てられるという悪夢なのだ。

 それを許せるか?

 断じて否!

 そして何より――ここで大量虐殺を許せば、もうどうやってもエクレアを救う事が出来ない!

 その心を、救ってやることが出来なくなる!


 良いだろう――――男は度胸!


 「良い顔するじゃないか、アリス。さすが、あたしの妹だ」


 俺が両手にありったけの魔力を込めていると、レオニールの魔剣を持ったシオンさんが隣に歩いて来た。


 「魔剣拝借したし、少しは抗ってみせるよ」


 魔剣ライキリ。

 シオンさんはそれを持って、まるで今日の夕食何かな、くらいの気楽さで笑みを浮かべていた。


 「さすが、私のお姉ちゃんです」

 「生意気」


 思わず笑い合う。


 「ん、マスター。あの馬鹿、射殺す?」


 必死で魔法を止めようとしている、先ほどとは打って変わった様子のエクレアを指差して、いつの間にか傍にやって来ていたエイムが提案してくる。


 「ふふっ、後で鉄拳制裁するくらいなら、許可します」

 「らじゃ、きっと泣いて喜ぶね」


 いや~、多分マジ泣きすると思うな、エイムの鉄拳……

 それにしても……

 本当に、良い仲間を持ってしまった。

 どういう状況か分かった上で、二人とも逃げるそぶりも見せない。

 一人でも抗ってみせるつもりだったけど、勇気が湧いてくる。


 「無理無理、もう無理! にげて~~~~!!?」


 エクレアらしからぬ声音で、上空からギブアップの声が降ってきた。

 滅びの炎弾がゆっくりと速度を上げながら、降下を再開する。

 ――やってやる!

 シオンさんが剣を構え、エイムが弓を構えた。

 そして――




 「――深淵なる九階層に流れる凍河よ、其は反逆すら許さぬ永久牢獄なり」




 あらん限りの抵抗をしてやろう――と思った瞬間、小柄な師匠が俺の前に飛び出してきた。


 「ティル!?」

 「ティル!!!」


 俺が叫ぶのとほぼ同時に、気のせいか上空から同じように呼ぶ声が聞こえた。




 「――其は全てを封ずる、混沌の吐息なり」




 長い詠唱を唱え、炎弾が目前に迫って――ティルはその蒼い魔力で輝く両手を胸の前で合わせた。




 「――我、ここに現の夢を超越す」




 合した両手を少し離したそこから、いっそう輝きを増した魔力の珠が出来上がる。

 それを両手で包むように持ち、更に魔力を注ぎ込む。




 「――顕現せよ! 幻想魔法!! コキュートス!!」




 蒼い河が流れる様に、夜空に輝きが満ちる。

 それは夢。

 魔法自体が元世界から考えれば夢の産物だとすれば、これはそれすら上回る。

 だからこそ幻想。

 魔法を越えた魔法。

 ゆえに、その輝きは美しく。

 その力が、ただの魔法に及ばぬ道理は無い。

 地上に迫る隕石爆弾のごときスターフレアの嵐を受け止めて、覆い尽くし、氷漬けにする。

 紅蓮の炎は見る間に全て飲み込まれ、消滅していく。

 何者も侵す事の敵わぬ、無敵の盾。

 氷魔法の極致。


 「……これが、私の、目指す場所」


 呆気に取られるとはこの事。

 この場にいる全ての人間が夢の劇場を見ているように、ただその光景を眺めていた。


 「やるぅっ! さっすが私の――」


 ――ただ一人、紅と銀のオッドアイの当事者を除いて。


 「……久しいな。だが、いつまでも自分が最強だと思ってもらっては困る。我こそは当代最強の称号を継ぎし者、昔のように後れを取ったりはせんよ」

 「えー、会うなり言ってくれるなぁ」


 エクレア――『エクレア』さんがティルの言い分に頬を膨らませる。


 「泣き虫ティルのくせに~」

 「昔の事を、いつまでも」


 などと言い合っている割に、二人の間に流れる空気は優しい……

 少しの間、二人は懐かしそうに見つめ合って、同時に苦笑した。


 「もう良いか?」

 「うん、丁度いい具合に魔力を消耗したし。これなら、あの子でも意識の混濁無しに制御できると思う」

 「そうか、では、ここからは――」

 「――お互いの、自慢の弟子の対決という訳だね!」


 そう言って、『エクレア』さんは目を閉じた。

 そしてティルは俺の方に振り向いた。


 「ダブルキャストが、マルチキャストに劣っていると思うたか? 未熟者が」

 「今のが……ダブルキャストの、本当の使い方……?」


 いや、本当も何も、ダブルキャストを持つ全ての人ができる芸当ではないだろう。

 ティルだからこその、極致。

 でも……俺の目指す極致!


 「くふ、後は任せる。同じ土俵で負ける事は、許さぬぞ?」


 いつか聞いたようなセリフをもう一度言われて、笑顔で強く頷く。


 「もちろん! 今度も私が、勝ちますし!」

 「――聞き捨てならないわね! アリス!!」


 空から、懐かしさを覚える声音が降ってくる。

 見上げるそこには、腰に手を当てて地上を見下ろす勝気な少女。

 紅の瞳と、空色の瞳のオッドアイ。


 「……何を言ってるんです。私はエクレアに負けたことは、ただの一度もありませんし」

 「腕相撲とか、あんたの反則負けでしょ!」

 「負け犬の遠吠えって、見苦しいと思います」

 「腹立つわねぇっ! いいわ、決着を付けてあげる!」


 言い合いながらも何処かバツの悪そうなエクレアが、その八重歯を覗かせて愛らしく吠える。

 良いですよ。

 あなたのバツの悪さを、私が清算してあげます!


 「勝負です、エクレア!」

 「望むところよ、アリス!」






 いつの間にか、あの隣に居た男が居ない。

 まあ、いい。

 それは後だ。

 全力で地を蹴って空に跳ぶ、エクレアに雷のパンチをお見舞いしてやる。

 何はともあれ、一発ぶちかます!

 でないと、気が収まらない。


 「その速さは、もう『知って』いるから、無駄よアリス」

 「――っ!」


 こちらの先制の一撃を、予知でもしていたかのようにエクレアは身を翻して躱した。

 俺が転職してからの最速の動きは、エクレアにはまだ見せたことは無かった。

 それなのにまるで『分かっていた』ように、あっさりと攻撃を躱した。

 速さの関係で言えば、先手を取った俺の攻撃を彼女の敏捷で簡単に躱せるものではない。


 「……魔眼ですか」


 相対すると、相変わらず熱に焼かれそうになる。

 凄まじい魔力。

 スターフレアで消耗しているとは、とても思えない。

 空に留まれないので、一旦地上に着地する。


 「というか、何浮いちゃってるんですかエクレア! 卑怯者! 降りて来なさい!」


 レイミアと同じような要領で、エクレアも夜空に浮かんだまま留まっている。


 「なんでエクレアがあんたに合わせてあげないといけないのよ? ふん、無様に地べたを這い蹲っているが良いわ、アリス」


 何てこと!

 人類の夢、生身で空を飛ぶ!

 それを実現させるなんて!


 「う、羨ましい……!」

 「ふふん、火魔法こそが、至高なの」

 「……魔眼も制御できない未熟者のくせに」

 「あ、あんたに言われたくないわよ!」


 エクレアの顔が真っ赤だ。

 挑発に弱いなぁ。


 「……ん、シオン。これは殺し合ってるの? それとも、ただの喧嘩?」

 「ふふ、じゃれてるのさ」


 エイムとシオンさんが、後ろでそんな感想を言い合っている。


 「ちんたらするのは、性に合わないの。決着といきましょう、アリス」

 「賛成です」


 エクレアから、再び紅蓮の火球が二十個程浮かび上がる。


 「マルチキャスト、フレイム、セット」


 なるほど、それが今のエクレアの実力だということですか。

 中級魔法の乱れ撃ち。

 先ほどと同じとは言わないが、中々絶望感が味わえる光景だ。


 「忠告してあげる。エクレアが単にこの魔法を振り回すだけだなんて、思わないで。エクレアには、あんたの動きが正確に『視えて』いるんだから」


 紅の瞳を細めて、エクレアがそう宣告してくる。

 レイミアのように工夫して狙ってくるのではなく、俺がどこにどう動いて向かって来るか分かっていると、そういうことか?


 「当たれば、あんたの魔法防御なんて一発でお終いなんだからねっ! 怪我しない内に降参しなさいよ!」


 生きていたらヒールくらいかけてあげるけど、とエクレアが嘯いている。


 「自分が勝った後の心配ですか? それを捕らぬ狸の皮算用と言うんです。私こそはティルベル・エインシャウラの弟子。最強の後継者。心配など無用! 目に物見せてあげます!」


 ――きっとできる。

 右手から、ライトニング・フィールド。

 左手から、ライトニング・フィールド。

 それを融合させるイメージで、自分の胸の前で手を合わせる。


 「くっ!! 暴れないで、大人しく――化けなさい!!」


 反発する魔力が暴れ狂うのを、無理やり抑え込む。

 無理やり、昇華させる。


 「ほう? 未熟な……だが面白い」


 そんな師匠の言葉を背中に受けて、夜空を見据える。

 大きく目を見開いているエクレアと目が合った。


 「……行きますよ!」

 「……来なさい!」


 名前はまだない。

 これこそは、俺のオリジナルの夢。

 全てを覆す、俺の幻想。

 全てを支配する、無敵の空間。




 「――顕現せよ! 雷神結界!!」




 幻想の結界が展開される。


 「――フレイム、ショット!」


 エクレアが、その紅の瞳を輝かせてマルチキャストを解き放つ。

 右に避けて、跳ぶ!


 ――否。


 それは、既に読まれている。

 違うか、『分析』されていると言うべきか。

 こちらの一挙手一投足を全てインプットされている。

 だからこそ、アウトプットは万全。

 問題など見る前に、すでに解答が分かっている。

 全て視たことがある、それが『反則』の答え。

 そしてそれを再現できてしまう。




 ゆえに紅蓮の魔眼、それは――――『過去視』に他ならない。




 ならば、その『分析』すら覆せ!!

 過去を越え、現在を越え、未来すら把握しろ!

 思考、直感、試行、破棄、再試行。

 繰り返せ繰り返せ繰り返せ!!

 繰り返せ繰り返せ繰り返せ繰り返せ繰り返せ繰り返せ繰り返せ繰り返せ!!!




 ――そして、唯一つの光の道を見つけた。




 別に死にもの狂いで雷を身体に通してスピードアップした訳じゃない。

 ただ、その光の道を導かれる様に辿っただけ。


 「――アリス、あんた……」


 無我夢中で、気が付いたら全ての炎を抜けて、エクレアの目の前に辿り着いていた。

 茫然とするエクレアの、その胸に手で拳銃の形を作って突きつけてやる。




 「――ばん! ほら? 私の勝ちです」




 おどけた俺の勝利宣言に、エクレアは破顔した。


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