緋色の若獅子
途中で引き返す訳にもいかず、レイミアを連れたまま国境まで戻って来た。
駐屯基地では小競り合いを繰り返し、疲れた兵が休息を取っている光景が見て取れた。
その中をティルとレイミアと連れだって宿舎まで移動する。
恐らく皆そこに居るだろう。
と、その前にくぎを刺しておこうか。
「今度余分な事をしたら、命はありませんよレイミア?」
取って食うぞと言わんばかりに凄んでみる。
そんな俺に対し、レイミアはあろうことか鼻で笑い返す。
「余分な事をさせる間抜けが悪い」
……ほっほ~う?
それが殊勝な態度なんですかねぇっ!?
「……レイミア、あなたには立場を分からせる必要がありそうです」
そう、あなたは捕虜なんですよ、捕虜!
当然元世界と同じような国際条約はあるだろうが、国内法と違って守られる保障はありませんよ?
「拷問でもするつもり? 男も知らなそうな貴方に言われても、怖くない」
「なっ!? 男!?」
馬鹿な、誰よりも知っていますし!
というか、今の俺より幼い見た目で何を言い出すんだこの子は!
「……こほん、勘違いしているようですがレイミア。私は誰よりも男性については詳しいです」
対抗してみると、レイミアに驚いた顔をさせることに成功した。
「……驚いた、銀の雷精。貴方そんな可愛い顔をして――ビッチだったのね」
「……」
……びっち?
「そ、そういう事じゃなくてね?」
「顔真っ赤だね? 無理しない方が良い、良く分かったから」
何故か負けた気がするのは気のせいか?
とりあえず、隣を歩く師匠に目を向けた。
「……ティルって、男の人知ってます?」
「黙れ、馬鹿弟子が!」
齢287か。
それはそれで……
あれ?
でもティルを好きって何かとてもいけない事の様な?
そう、むしろ……
「犯罪?」
「良く分かったアリスよ――お主、妾に遊んで欲しいのであろう? くふ、早く言えば良いものを」
「ひっ!?」
その時刻、国境沿いに絶対零度の極点が発生したのはどうでも良い話である。
マリアさんの計らいで宿舎を丸ごと借りられたので、やはり皆はそこに滞在していた。
駐屯基地と言っても国境沿いにあるそれはプレハブ小屋の様なものではなくて、拠点地として要塞化されている。
借りている宿舎も立派な家の様なものだ。
……このビップ待遇が怖いのだけど。
今はいいか……
「今の所、サクラメントは本気でこの要塞を攻略しにかかっている訳でもありません。ですが、相手は指揮官が最前線で戦っています。士気が高く、手を焼いているのも確かです」
「レオニールが?」
テーブルに座り、イリアから状況を確認する。
「はい、エイム様が確認した所、体力と敏捷に秀でているという事です」
攻撃を躱し続け、しかも長期戦に耐えられるか……
得物は闘技大会の時にクランに教えて貰った通りだとすると……俺には不利。
「……エクレアは?」
イリアが首を横に振る。
「未だ、前線には」
「そう……」
でも、あの人は約束してくれたから……
それでも、こっちはこっちで手を打つべきだね。
「分かりました、レオニールを捕えます。その身柄とエクレアを交換する、という方法で行きましょう」
これは俺の独断だ。
レオニールは価値ある捕虜だろう。
それをエクレアと簡単に交換してしまうのは、ウィルミントンとしては面白くないかもしれない。
だから、マリアさんにも相談するつもりはない。
「お嬢様が、そう仰るのなら」
なるべく無駄な犠牲は出したくない。
ではどうするか?
相手は強敵。
俺とは相性が悪い……つまり。
申し訳ない顔をもろに出してシオンさんを見ると、晴れやかな笑顔が返ってきた。
「アリスはさ、意外と損得勘定を冷静にする人間だよね?」
「えっと、今度肩揉みますから!」
お胸が大きい人は大変だと聞きますし!
「え~、死ぬかもしれないのに、それだけ?」
「し、死にませんよ! お姉ちゃんはあんなのに負けたりしません!」
「銀の雷精、聞き捨てならない」
部屋の隅っこで縄を巻かれているレイミアが鼻息を荒くした。
「はぁ!? レイミア、あなた知らないんですか!?」
「……何を?」
「私のお姉ちゃんは、世界一なんですから!」
「具体的に……何が?」
「全部!」
「……このシスコン、どうにかした方が良いと思う」
分かってませんね、本当に!
「……それはともかく、お願いしても良いですか?」
心配は心配なんだ、当然。
誰が大好きな人を好き好んで矢面に立たせたいのか。
「いいさ。ここであたしが断ったら、また誰かが夜中にこっそり抜け出しそうだ」
「し、しませんよそんなこと!」
過去に学び、日々成長しているのです!
「――それに、エクレアを助けてあげないといけないからね」
「……お姉ちゃん」
だから、大好き!
思わず姉に全力で抱き着いてしまった。
夜襲があったのは、その夜の事。
サクラメントの動きは慌ただしい。
せっかちな事だ。
「――居たよ、マスター」
物見台から戦局を眺めていると、エイムが目的の人物を探し出した。
「ん、強いね……遠距離攻撃では埒が明かないみたい」
エイムが観察しながら、横目でシオンさんを見た。
「腕が鳴るね」
「お姉ちゃん……」
「心配するな、言っただろ?」
傍に寄ると、頭をこつんと当てられる。
――あたしがあんたの剣になる。
「もちろん……信じてます!」
「よしっ」
シオンさんの笑顔に、心を決める。
「では打ち合わせ通りに、お姉ちゃん、エイム、私で突っ込みます」
それぞれが頷く。
「イリアは道を切り開いた後、そのままここで待機。レイミアを監視していてください」
「脱走など、暴れられた場合は?」
「――殺しなさい」
「イエス、マイ、レディ」
お願いだから、何もしないでレイミア。
俺も冗談で言っている訳じゃない。
感情を込めずに、縛られたレイミアを見据える。
やると言ったら俺はやるし、やれと言ったらイリアはやる。
「では――行きます!」
物見台から戦場に向けて、イリアが槍を構える。
「狙いは――少し右、そう、そこで奥を狙う感じ」
エイムがイリアの横で戦場を確認しながら、位置を測る。
狙いを定めて――
「射手座の槍よ――貫いて!!」
やり投げの要領で、イリアが手にした槍を投げ放つ。
その名はサジタリウス・ランス。
弓の星座の名を冠する、必殺の『攻城兵器』。
一度放てば大気の魔力を吸収しながら、衰えることなく速度を加速させるマジックウェポン。
したがって、距離があればあるほど威力が増す伝説級の武器と成る。
ただし、持ち主の視覚で認識できる範囲に限られるが。
「――行きます!」
シオンさんとエイムと抱き合うようにして、その槍の後ろに続いて跳ぶ。
大気を切り裂いて突き進む槍は、隠れ蓑。
対空砲火とばかりに地上から撃ち出される魔法や矢の嵐を、射手座の槍が薙ぎ払いながら突進する。
着弾まで……3、2、1――
「キャスト解放! ブリザー!!」
目測違わず。
凄まじい爆風をあげて、無人の山間部に着弾した射手座の槍が荒れ狂う。
周辺に居たサクラメントの兵を吹き飛ばす、それはもはや天変地異。
その嵐を空中に氷の足場を作ってやり過ごす。
「サイラ……」
敵からしたら……反則でしょう。
……サイラはより良い武器を作っただけ。
人が死んだとして、それをやったのはイリア。
それをやらしたのは――俺。
狙いは一応、無人の地点。
人がいない場所を選んだが、今の爆風だけでどうにかなった兵も居るかもしれないのだから。
でも、このまま小競り合いを続けても人は死ぬなら、ここで一気に決着をつける!
「……エイム、レオニールは!?」
「健在、味方を鼓舞している」
エイムが指差した方向を見ると、確かに彼が大声を張り上げて味方を叱咤していた。
ここは敵陣ど真ん中。
少し、入り込みすぎているのは理解している。
「指揮官を討って、早々に決着をつけます! エイムはここで援護!」
「らじゃ」
エイムのいつも通りの返事に頷いて、氷の足場からシオンさんと共に跳び下りる。
爆風で混乱している為、レオニールまでの道が空いている。
それでも散発的に突進してくる敵兵を、エイムが上空から狙撃して行く。
その隙にシオンさんと一直線に敵陣を走り抜け、直ぐにレオニールを正面に迎えた。
「ここまで来る! それが自惚れであると、自分が証明して差し上げる!」
言葉と共に、レオニールが地を飛んでいるかのような速度で突っ込んできた。
隠れるのではなく、先陣を切るタイプか!
それに、シオンさんが無言で前に出て相対した。
「――サクラメントが第二子、レオニール・サクラメント……参る!」
「シオン。ただのシオンだ! 来い! 受けて立つ!」
突進し、そのまま横なぎに振り抜いてくる剣をシオンさんはジャンプして、頭を飛び越して躱した。
背合わせの状態から互いに素早く反転し、そこで初めて剣を合わせる。
「良い腕ですっ!」
「あんたもねっ!」
鍔迫り合いから離れて、一閃、二閃。
糸を引くような鮮やかな剣閃がお互いに行き来する。
それを紙一重で躱し、受け、逸らす。
「凄い……」
これが、接近戦のエキスパート。
俺が割って入る隙はまるで無い。
あまりの戦いに、サクラメントの兵も手出しできずに遠巻きに眺めるだけだ。
……それにしても、レオニール・サクラメント。
シオンさんと互角以上か?
うちのお姉ちゃんと互角以上にやり合うという事は、敏捷が秀でているということ。
イリアのように、受けている訳じゃない。
アジリティでシオンさんと互角にやり合っている。
「……」
離れて見ていると光る剣閃だけが見える。
お互いに剣速が早すぎるのだ。
刃がはっきり見えない。
偶に合わせた鍔迫り合いの力比べではシオンさんが有利に見える。
だけど、切り結んでいると段々レオニールの方が押してくる。
これは――体力か!
互角の戦いだからこそ、ここに明確な違いが出る。
シオンさんは当然だが、恐らくレオニールも守りが弱いと見た。
ゆえに、お互いの鋭い剣閃が当たれば一撃で勝負は決する。
その緊張感は尋常ではないだろう。
すり減らす神経も体力も、想像以上のはず。
恐らく決着まで、そう時間はかからない。
そして……有利不利は見て取れる。
「お姉ちゃん……」
信じている。
でも……お姉ちゃんが切られるくらいなら、私は卑怯者の誹りも受けますから。
一騎打ちに割り込むことに思う所はあるが……
いつでも魔法で援護できる様に、気を張っておく。
――Side:シオン――
「――っ」
強いな……!
レオニールの剣術は流麗だ。
そこにはちゃんと『型』があって、一連の動きには無駄が無い。
あたしにもこの剣をくれた師匠が居たけど、基礎を教わった後は我流だからね。
自分なりに鍛えたつもりだけど、相手の業を見るとまだまだ精進が足りないと気づかされる。
「――っぜ! っぜ!」
喉が焼け付くように痛い。
腕が痺れてきた。
目測を誤る事が多くなり、髪が一房切られ、脇を浅く切られ、紙一重の状況が続く。
このままいけば――死ぬのは、あたしか。
同じような剣を持っているが、武器も相手の方が秀でている。
剣を合わせる時、上手く力を逃がしてやらないと折られそうだ。
――魔剣ライキリ。
魔法を切り裂く、脅威の魔剣。
付いた名前が『魔術師殺し』。
……可愛い妹に任せる訳にはいかないでしょ。
それに、あの子には『この次』があるのだから。
「せっ!」
何度目かの鍔迫り合いで、上手く距離を取る事に成功した。
少しでも息を整えながら――覚悟を決める。
このままでは緩やかに死に向かうだけ。
ならば、勝負をかけるのは今しかない。
剣を、鞘に収める。
「なるほど、居合ですか。あなたは我が国の業をよく修めているようだ」
「師匠が流れ者だったせいかな」
「では、こちらも相応しい業で迎えさせて頂く」
そう言って、レオニールは剣を正眼に構えた。
……守るつもりか?
いや――突きか!
頬から汗が落ちる。
空気がひりつく。
緊張感で心臓が暴れる。
突きは相当難しい。
でも……相対するレオニールの力量はそれを可能にするだろう。
「――」
少し、後ろを伺ってみた。
――険しい顔で、妹が見守っている。
ああ、あれは今にも割り込むぞ、という顔だ。
相変わらず分かりやすい子だねぇ。
でもそれはダメだ。
魔剣との相性以上に、アリスの名前に傷がつく。
自分ではピンと来ていないのだろうが、サクラメントの兵からさえ畏敬の念を向けられている。
そういう存在に、なりつつある。
「……行くよ!」
腹は決まった。
「いざ!」
互いに勝負を決めるべく、駆けた。
速く――ただ、速く!!
振り抜けっ!!
「はああっ!」
かつてない最速の剣。
それを――――レオニールに受け止められて。
――甲高い音を立てて、剣が、折れた。
「自分の勝ちだ!!」
正眼は、やはり守り。
そして、そこからの突き。
狙いは顔や首なんて小さな所ではなく、胸の中心。
避けるに難しい、必殺の一撃。
――――最小限の動きで避けて。
頭に響くのは、あの言葉。
刃が胸に突き刺さる。
そんな刹那。
速く――――剣よりも、尚速く!!
「――――――動けええええええ!!」
弧を描くように突きをやり過ごし、折れた剣の柄で、全力でレオニールの鳩尾を打ち貫いた。
一瞬、シオンさんが貫かれたかと思って心臓が止まりかけた。
手を出すタイミングを計りかねている内に、取り返しのつかない事になったかと思った。
「お姉ちゃん……!」
凄い凄い、やっぱりお姉ちゃんは凄いです!
残像さえ残るほどの速度で突きを躱し、懐に潜り込んだシオンさんの一撃でレオニールは昏倒した。
「ああ、どうしようカッコいい!」
俺がはしゃぐのとは対照的に、サクラメントの兵には動揺が広がって行った。
当然だ。
生け捕り。
これ以上ない程の戦果を挙げたのだから!
「――――なんという情けなさ。レオニールよ、ここで礎となるが良い」
その時、上空から威厳のある声が降ってきたかと思うと、暗闇が明々と照らされた。
――紅蓮の色で。
「――来たのね、エクレア」
見上げる夜空に、年配の男と真紅の姫が浮かんでいた。




