キメラ
サクラメントが攻めてきたという情報を聞かされたのは、翌日すぐの事だった。
ただ、今はまだ国境沿いで小競り合いを続けているだけで、総攻撃という訳ではない。
まずは小手調べ、という所か。
「あらあら、指揮官はレオニール・サクラメントですか。御老体も思い切った事をしてきますねぇ、困りました」
全く困ってない柔らかい顔で、マリアさんはうそぶいた。
戦争になるかもしれないという事態を考えればこの件は大事なので、心から余裕を見せている訳でもないだろう。
それでも指揮官が頼りないと、皆が不安になるからね。
振る舞いは大事だ。
……まぁ、マリアさんを頼りないと思っている人間が居るかどうかは知らないが。
「未だに宣戦布告は無し。あくまで小競り合いで片を付けて、狙いは別にあるのかもしれませんね」
執務室のデスクに座っているマリアさんが、自身の頬に手を添える。
狙いか……
エクレアの事は棚から牡丹餅だったのだろう。
でも俺にとっては、そっちの方が大事だ。
大切だ。
マリアさんは国を預かるものとして、しっかり裏を見極めないといけない。
俺は単純にエクレアを助けたい。
「マリアさん、私、戦場に戻ります」
皆もまだそこに居るはずだし。
「護衛の者は、必要ありませんね? うふふ、御高名はかねがね、氷雪の魔女殿」
珍しく戦場まで付いて来てくれるというティルが、途中で寄った執務室のソファーでふんぞり返っていた。
マリアさんの言葉に、ティルはぞんざいに手を振って応えた。
「弟子の面倒を見てやるくらいの事はするが、それ以上を期待するなよ、聖騎士」
お?
ティルが、小娘とか巨乳とか、口の悪い事を言わなかった!
と、いう事は……マリアさんは最近ティルが会った人物の中で、未熟ではないという評価なんだね?
「それこそが、我が国の国益となりますので。お気遣いなく」
「ふん、お主もあの貴族の小娘の面倒を、よく見てやることじゃ」
「うふふ、そう思って今は旅に出して見守っております」
可愛い子には旅をさせろという事ですか……
クランも大変そうだね。
「まあ良い。行くぞアリスよ」
ティルがさっさと部屋を出て行く。
確かに、今は急いでいる。
「……行ってきます! マリアさん!」
「少しお待ちを、アリス殿。どうぞこちらにお召し替え下さい」
飛び出そうとした俺に待ったをかけて、マリアさんがデスクの引き出しから綺麗にたたまれたローブを取り出した。
「それは……?」
「アリス殿のご注文の品です。王都から、届けさせました」
俺の、新しいローブか!
「えっと、とっても助かるんですけど……何故そんなに私の動きを知っているのかという事は……」
「うふふ、聞かない方が良いと思います」
ですよね……
クランが良い感じに成長したら、きっとこうなる。
戦慄と共に、確信した。
バティさんの渾身の作品を身に纏い、ティルの氷の魔法で戦場に戻るべく空を駆ける。
それにしても、身が軽い。
このローブの素材、確実に魔力を帯びている。
ワンピース型のドレス風のローブで、さすがデザイナーを自負しているだけあって意匠も華やかだ。
色はアリスブルーを基調として、白でアクセントが施されている。
上は長袖で、下は短めのスカートの上からもう一枚被せる様にロングスカート状のコートを足元まで伸ばしている。
……でも横と後ろはカバーしているものの、前から見るとそのロングスカートはカバーしていなくて、足が丸見えである。
だからという訳でもないが、白のニーソックスで足を隠してブーツを履いて、出来上がり。
――リジェネレイト・ローブ。
それが俺の新しい装備。
ちなみに品質は……完璧!
パーフェクト・クオリティです。
バティさん、凄い……
「――ほう? 命知らずに、妾の前に出て来るか」
まだ国境沿いの戦場までは距離があるという大きな川が流れる上空で、ティルが立ち止った。
ティルの呟きに前を見据えると、黒炎を纏った見知った顔が立ち塞がった。
「レイミア……」
レイミアはティルを一瞥して、それから俺に視線を向けた。
「銀の雷精。これ以上は進ませない。貴方が来ると、またプリンセスが苦しむよ?」
その言葉に、はいそうですか、と頷けないから俺たちは戦うしかない。
「ティル、手を出さないで下さい」
でも足場はちゃんと作って下さいね?
という俺の隠れたニュアンスが伝わったのか、盛大にため息を吐きながら、ティルは一歩後ろに下がった。
――空中戦か。
正直怖いんですよ……
高い所って、それだけで気後れする。
それが戦いともなるとね。
でも――
「レイミア、通してもらいますよ」
それが前に進む障害にはなり得ない。
「……どうして、貴方はそんなに真っ直ぐ?」
レイミアが、身体を震わせた。
「許せない……貴方は、許せない!」
数多の黒炎がレイミアの周囲に浮かび上がる。
マルチキャスト!
グローブに雷をエンチャントする。
「ショット!」
出来れば雷の結界を展開したかったが、先手を取られた。
動体視力と感覚で捌き切るしかない。
前回の戦いの焼き直しだ。
四方八方から襲い来る炎弾を、エンチャントした雷で弾き、躱せるものは躱す。
空中で細かく動く俺に合わせて、ティルは正確に足場を作ってくれる。
この中で誰が一番凄い事をやっているかは、言うまでもないかもしれない。
「――分かってる。銀の雷精、貴方に魔法戦を挑んでも埒が明かない」
すぐ目の前から、レイミアの声。
接近戦か!
雷の結界が無い分、炎弾の後ろに隠れる様に近づいていたレイミアに気づくのが遅れた。
躱すのは――無理!
咄嗟に、腕を上げた。
レイミアはそんな俺のガードの上からお構いなしに、拳を振り切った。
「――つっ!?」
まともに受けて、空の中を吹っ飛ばされる。
腕の感覚がない。
当然だろう、受けるということが既に俺のスタイルじゃない。
ガードしてもダメージは免れない。
それに、レイミアの力も尋常じゃない。
この感覚、1や、2の素質ではない……
知力が5だとして、残りを力に極端に振っているのか……?
いずれにせよ、しばらく腕が使いものにならないのは確かだ。
「仕切り直しはさせない」
追い打ちをかけて、黒炎の弾丸が襲い来る。
回復する暇はない。
レイミア、なんて魔力!
楽じゃないはずだ、こんな量の魔法。
見ると、レイミアはイリアの様に口から血を流していた。
明らかに、オーバーワーク。
「そこまでして!」
体勢だけでもを立て直し、ティルに作ってもらった足場を蹴って黒炎の嵐を回避する。
腕は上がらないので、直撃されると本当にまずい。
「此方はレオニールの為なら、命だってかけられる! ……どうせ、安い命!」
「自分で貶めることは無いでしょう!」
やはり腕で弾くことが出来ない分、全てを避けることは不可能だ。
何度か炎弾が身体を掠め、直撃とまでは行かないまでもダメージが蓄積しくる。
「もらう!」
炎の弾丸に気を取られている内に、またレイミアの接近を許してしまった。
もう一度、拳を握りしめたレイミアの一撃がくる。
無防備な、俺の身体へと――
「――なんて、誘いです」
レイミアの力任せの一撃、その腕を絡め捕る様に身体を動かして掴んだ。
本当に接近戦を得意とする人間相手には無理な芸当だろうが、ただ力任せに殴りつけてくるだけなら、その拳を躱して腕を抱え込むくらい、やってみせる。
「!? どうして、貴方がさっきの攻撃を無傷で受けられるはずがない!」
驚いた顔を浮かべるレイミアに、俺も同意だと頷いた。
「もちろん、本当に腕は上がりませんでした――途中まで」
俺の言い分に、腕を見ていたレイミアが気づいたようだ。
ローブが淡く輝いている事に。
「その、ローブ!」
「ご明察です。自動で、癒してくれるんです。びっくりしました?」
リジェネレイト・ローブ。
本当に頼りになる。
だから、こうやってレイミアの黒炎の中に突っ込んでも、ダメージは無い。
「っ離れて!!」
ここまで密着すれば、もう有効な打撃を与えられる距離じゃない。
暴れるレイミアに振りほどかれる前に――!
「雷を、食らいなさい!」
思いっきり、レイミアの腕から雷を流し込む。
「あああああああっ!!?」
悲鳴をあげるレイミアが、それでも炎弾をコントロールして自分もろとも俺を攻撃しようとした。
「そこまでっ!?」
さすがに、付き合って我慢比べは出来ない。
身体を離して、仕切り直す。
レイミアも、自分に殺到していた炎弾をコントロールして停止させた。
「……レオニールの、障害は……此方が、取り除く」
気持ちが――強い。
息を切らせ、肩を上下させながらもその眼は手負いの獣のような鋭さを秘めている。
本当に強い、レイミア!
「……好きなんですか、レオニールが?」
俺の質問に、レイミアは首を横に振った。
「そんな、単純なものじゃない。レオニールは、此方の恩人だから」
そう言って、レイミアは自分の着ている服を剥ぎ取った。
「――――」
その身体を見て、息を呑んだ。
「どう? 銀の雷精。驚いた? 貴方は綺麗で真っ白な肌をしているんでしょうね?」
自虐するように語るレイミアの肌は……竜の鱗で、覆われていた。
その身体全てを竜の鱗が覆っている訳ではないが、その割合が少ない訳でもない。
竜族だから、こうなるというはずがない。
イリアは違うのだから。
「醜いでしょう? 此方は、人間じゃないから」
「人間じゃ、ない……?」
種族が違うとか、そういう話とは違う。
レイミアはオウム返しに答えた俺の言葉に頷いた。
「――キメラだから」
――キメラ。
シオンさんと一緒に森に討伐しに行った、あの魔物を思い出した。
普通の魔物とは根本的に違う、魔石を核として動いていた、あの生き物。
「まさか……」
良く見ると、レイミアの胸の中央辺りに、黒い魔石が埋め込まれていた。
「此方はヒューマンをベースに作り上げられたから、心臓くらいはあるよ」
淡々と、まるで興味がないようにレイミアは自分の事に言及する。
「元々魔力なんて無かったから、それに耐えられる頑丈な身体が必要という理由で、まずは竜と合成させられた」
――合成。
生き物の、合成!
想像すると、気分が悪くなってくる。
「此方だけじゃない。何人も何人もそれで犠牲になった。偶々、此方だけがそれに耐えられた」
過去を思い出したのか、レイミアの銀の瞳に昏い色が宿る。
「それからが本番」
レイミアが、俺たちを眺めていたティルを見据えた。
「此方は、『ある』エルフの一部と合成させられた」
エルフ……?
ティルを見ると、無表情にレイミアの言葉を聞いていた。
「竜との合成なんて比じゃないくらい、苦しみ、のたうち回った。そもそも魔力の無い者に魔力を……それもとびっきりの魔力を植え付けようという発想がもうイカれている」
誰か、捉えられたエルフが居た?
ティルは静かに聞き入っているだけだ。
「竜の強い身体を合成させられていた此方は、奇跡的にそれにも耐えきった。後は戦闘訓練と人殺しの毎日。特に面白い話じゃない。どこにでも転がっている、ありふれた話」
レイミアが再び黒炎を――今までで最大の数を展開させた。
それを見て、俺も――左手をあげて魔法の発動を念じた。
「……レオニールは、そんな毎日からレイミアを助けてくれた?」
俺の問いかけに、はっきりとレイミアは頷いた。
「それが偶然だろうと、打算だろうと構わない。此方は……嬉しかったからっ!」
一つ、息を吐いた。
「そんな苦しみを知っているなら、他の人に同じような苦しみを与える様なことはしないで欲しいな、レイミア」
真紅の友人を想う。
「知ったような事を言わないで、ぬるい生き方をしてきた貴方が!」
「そうだよ? でも、ぬるい生き方をしてきたから、人に優しくするのはいけない事? 苦しい生き方をしてきた人は、その苦しさを他人に与えないといけないの?」
レイミアの険しい視線を、正面から受け止める。
「私は、もっと優しい想いに溢れた世界になって欲しいなって思います」
レイミアが、俺に最大数の炎弾を解き放った。
「――古き女神よ、その力を持って我が前に天の裁きを下せ! イシュタル・エッジ!!」
ライトニングとは比べようも無い程に凄まじい、神の雷。
俺の、雷の上級魔法。
左手の五芒星で解き放ったそれは、レイミアの炎弾を飲み込んで彼女もろとも空の彼方に消し去った。
「――はず、ありませんよね? ティル?」
横で突っ立っているティルに声をかけると、面倒くさそうな声が返ってくる。
「馬鹿者、殺す気が無いのなら、手加減くらいせぬか」
「そんな余裕はありませんでした」
「未熟者が」
そんな事を言いながら、ティルは俺の心を酌んでくれる。
氷の壁で守られたレイミアが、銀の閃光の中からゆっくりと姿を現した。
さすがにダメージは入っているようで、元気という訳ではないけども。
とりあえず――無事だ。
「……どういう、つもり? 殺して」
ティルが解除した氷の壁からレイミアを抱き留めた瞬間、そんな言葉を吐いてくる。
こっちの世界の人はどいつもこいつも、潔良い事ですね。
「――レイミア、歯を、食いしばりなさい!」
思いっきり、なけなしの力でレイミアの頬を張ってやる。
色んな思いを込めた一撃だ。
当然、怒りもあれば、そうじゃない思いもある。
「敗者の分際で、勝者のやりように口出ししないで下さい」
「……言えている」
「ふふ、これに懲りたら殊勝な態度を心掛けることです。後で……一杯お話しましょう?」
「……気が向いたらね」
レイミアの破れた服の上から、持ってきていた外套をかけてやる。
どうしていいのか分からないという顔のレイミアに笑顔を零して、それから国境に視線を向ける。
――エクレア、待ってて。
もうすぐ行くから!




