二次転職
宮殿にて、それぞれ個室を宛がわれて眠りについてしばらく。
俺とリンちゃんは同じ部屋で、同じベッドで眠りについていた。
ぐっすりと眠るリンちゃんの頭を撫でながら、特に何も考えずにぼんやり起きている。
「可愛い」
そう云えば、黒ずくめとは温泉街で別れたけど、結局リンちゃんの故郷とかご両親とか、一体どうなっているのだろう?
あまり気軽に人の過去を詮索するものじゃないって身に染みているけど……
黒ずくめは、リブラを憎んでいる。
そこに何か理由があるのだろうとは思う。
リブラか。
――勝てるか?
普通に考えれば、決着はティルがつけるだろう。
でも、そういう状況じゃなくて俺が戦わないといけない場合も考えるべきだろう。
あの転移魔法。
ライトニング・フィールドを張り続けることが出来るなら、不意はうたれない。
魔力消費の激しい結界を、戦闘中ずっと維持するのは不可能に近いけども。
少なくとも、現状では無理だ。
というか、あれを張り続けたまま戦えるなら、俺はほぼ無敵のような……
う~~ん。
どうしても燃費がなぁ。
とりあえず、転職だな。
ウィザード。
最強に、近づかなくっちゃね!
「え? あれ? リンちゃん……?」
くっついて来たので起きたのかと思ったけど、そうでもない。
けど……?
「あ、あの? リンちゃん?」
服をたくし上げられて――!?
「ちゅ――むにゃ」
「んあっ! ちょ、やめっ!!」
寝ぼけてるんだと思うけど!
やっぱり、お母さんが恋しいって事なの!?
「ちゅっちゅ……でし……」
「んん!! ほんと、ダメ!! 出ない、からっ!!?」
どうしていいのか分からぬ責めを受けながら、一夜を過ごした。
「おはようございます、お嬢様、リンさん」
「……おはよう、イリア」
「おはよ~! いりあ!」
宮殿のダイニングルームにて、皆と挨拶する。
ティルが居ないのはご愛嬌だろう。
食事を取るか、睡眠を取るか、それは人それぞれである。
「お嬢様、よく眠れませんでしたか?」
さすがイリア、良く見ている。
「いえ……何というか、母親って凄いって思いました」
「?」
「ならぬものは、ならぬ。理由など無いのです」
ちゃんとダメな事は注意出来る。
そんな大人に、私はなりたい。
「良く分かりませんが、お嬢様は時々深いことを仰いますね」
勉強になります、と生真面目なイリアが深く頷いていた。
受け売りですよ、受け売り。
元世界のね。
「――おはようございます、アリス殿」
「マリアさん、おはようございます」
リンちゃんも元気よく挨拶する。
「本日はどのようにお過ごしでしょう? 宜しければ、街を案内致しますが」
「え!? マリアさん、忙しいんじゃ?」
立場が立場なのに、そんな気軽な。
「あらあら、アリス殿。時間は空くものではありません、作るものです。まして公国の恩人である方を無下にするなど、姫殿下の顔に泥を塗ってしまいます」
なるほど。
朝から一部の隙も無いような振る舞いと、その落ち着いた余裕な佇まい。
唯者じゃありませんよね、やっぱり。
「そうですね……私は今日はクラスアップに行く予定です」
「なるほど、遺跡に祝福を受けに行くのですね? お手伝い致しましょうか?」
二次転職用の遺跡って聞いたり探したりするのも大変だし、案内がてらに同行して貰う方が助かるかな?
「マリアさんが、良いのなら」
「もちろんです。ご案内致します」
柔和に微笑んだマリアさんが、騎士風の礼をする。
「あたしも付いて行って良いかな?」
「お姉ちゃん? もちろん、一緒に行きましょう」
「聖騎士殿の戦いを見られる機会なんて、滅多にないからね。マリアさん、よろしくお願いするよ」
「うふふ、期待に応えられると良いのですけど」
ぽん、と胸の前で手を合わせる仕草からは、まるで緊張感が伝わらないですよ~?
「では、わたくしも」
「リンも~!」
「ありがとう、でもリンちゃんは、ティルの事を守ってあげてね?」
イリアはともかくね。
「でしのししょ~? うん! わかった!」
よし、世界一安全な場所の提供完了。
「そしてまた繰り返すのですか、おいたわしや、お嬢様」
「……」
イリアに既に慰められてしまった。
「はぁ、いいわよ。エクレアが見ててあげる」
「エクレア!」
照れ臭そうに声をかけてくれたエクレアに、嬉しさが顔に出た。
「リンが可愛いから、特別なんだからね」
「はい! ありがとう、エクレア」
良かった!
あんまりにも嬉しそうにしたせいか、エクレアが頬を染めて顔を逸らした。
エクレアってば、照れ屋さん!
――後は。
既にいただきますと、パンをもぐもぐしていたエイムを見る。
頼みますね、エイム。
というアイコンタクトに。
「ん」
というサムズアップが返ってきた。
大丈夫か?
滅多な事は起こらないと思うけど、サイラもちゃんと守ってね?
「……」
視線を向けると、控えめで照れたような笑顔が返ってくる。
サイラ……
うん、大丈夫な笑顔かな。
何となく、そんな気がした。
二次転職の遺跡はどこにでもあるものではないらしい。
大体その国の都にしか存在しないのだそうだ。
マリアさんの案内で、迷うことなくその遺跡へと踏み込んだ。
遺跡内は基本的にリンナルの一次転職の際のものと、あまり変わらない。
敵が強いというくらいか。
平均して、相手のLVは20前後だ。
そんな敵を、イリアが押し返し、シオンさんが切り裂いていく。
俺は何もするなと言われているので、静観中。
マリアさんも、俺の隣でじっとその戦闘の様子を見ていた。
「マリアさん、どうです、二人は?」
「はい、とても素晴らしい素質をお持ちの様ですね」
「はいっ、二人とも私の自慢ですから!」
「あらあら、本当に可愛らしい方です」
マリアさんが微笑ましいものを見る様に視線を向けて来たので、少し照れる。
でも、それだけでは終わらなかった。
「――口出しするのも控えようと思っておりましたが、輝く素質がある分、あまりに勿体ない。少しだけ、ご教示することをお許しください、アリス殿」
癖なのか、いつものように胸の前で、ぽん、と手を合わせながらマリアさんが提案してきた。
「そ、それはもちろん。二人も喜ぶと思います」
「ありがとうございます」
それはつまり、あの飛び抜けて凄い二人に教える事があると?
……まあ、普通に考えたらまだまだ十代半ばを過ぎた所なのだから、当たり前か?
あまりに強いから、その事実を軽く見ていたな。
「では――」
そう云って、マリアさんは腰に提げた騎士剣を抜いた。
何か剣身の腹の部分に文字が描かれている。
とても綺麗な剣だ。
そして――次の瞬間、あっと言う間に戦線に飛び込んだ。
「――え? はや!?」
とんでもない動きだ!
シオンさんタイプか!?
「動き過ぎです、シオン殿。それでは疲れる。長期戦では一番に貴方が死ぬことになりますよ?」
「!? いつの間に!」
リザードナイト:LV22
シオンさんと切り結んでいた敵の前に、マリアさんがスイッチして相対した。
「最小限の動きで避けて――」
相手の斬撃を見切って、確かにシオンさんよりも遥かに少ない動きで躱して。
「切る」
そして、鋭すぎる斬撃。
一撃で、リザードナイトの攻撃後の隙だらけの腹を薙いで倒した。
――攻撃力も、強い!
そして間髪入れず、マリアさんは流れる様に今度はイリアの前に飛び出した。
オークウォリアー:LV21
振りかぶった敵の棍棒の一撃を、マリアさんは上手く横から剣で叩いて重心をずらしてから――なんと片手で、そのガントレットで楽々と受け止めた。
――どういうこと!?
速くって、強くって、しかも固い!
そのいずれもが、平均というレベルじゃない!
「イリア殿、貴方は正直に受け過ぎる。自信があるのは結構ですが、少しは工夫して戦うべきです」
「は、はい……凄いですわ」
話している間にも、マリアさんは抜かりなくオークに止めを刺した。
そして、運悪く再び正面から向かって来る敵の集団に――
「――聖なる祈りよ、白き光となりて罪を照らせ。ホーリークロス!」
――度肝を、抜かれた。
眩いばかりの白い光が、向かって来る集団を十字の形で包み込み……消し去った。
「……魔法、まで?」
驚く俺達を前に、剣を鞘に収めたマリアさんが、相変わらずの柔和な笑顔で。
「さ、次に行きましょう」
手をぽん、と合わせて何でもない様に仰った。
…………これ、本物だ。
「マスターナイト?」
「はい、それが私のジョブです」
ついでに、マリアさんは惜しげもなくステータスを開示してくれた。
力2(+2)
体力2(+2)
守り2(+2)
敏捷2(+2)
知力2(+2)
スキル:天才(素質補正オール+1)
職業:マスターナイト(素質補正オール+1)
「…………」
眩暈がした。
いや。
いやいやいや。
貴方、正真正銘の――化け物でしょ!!?
「何分、これ以上ないくらいの凡人でしたから、戦い方には工夫を重ねました」
という台詞を嫌味じゃなくって、本気で心から言っているようで。
「そ、そうですか」
「へ、へ~」
「さ、さすがですわ」
いや、確かにそうとも言える基礎値ではあるのだけども……
なるほど、天才であり、しかも……努力の人。
それ……チートですよ!?
何それ!?
転生者!?
「皆様は、私より遥かに素質に恵まれています。きっと戦い方次第で素晴らしい達人になれるはずです」
何というか、こんな凄い人に、こんな真摯に言われると重みが違う。
「わたくしも、精進致します、マリア様」
「そうだね、何だか目が覚めるような思いだったよ」
シオンさんもイリアも感動したように頷いていた。
――結局、その後は何の問題もなく遺跡をクリアし、泉の祝福を受けた俺は職業をウィザードに選択してクラスアップした。
職業:ウィザード(素質補正知力+2)
宮殿に帰って、イリアと部屋で寛ぎながら自身のジョブを確認してみる。
素質補正というものが、二次転職からあるのか。
つまり……俺の知力は人外のレベルに突入している訳だな。
なるほどティルに敵わなかった理由はこれで考えると、レベル差だけじゃないな。
いや、もちろんそれも大きいだろうけど。
「お師様にかつて言われた言葉を、今更ながらに思い出しました」
考え込んでいると、イリアもしみじみといった様子で呟いた。
「ティル?」
「はい。一本調子の愚か者と、そう言われました」
そっか、氷竜の時か……
「まだまだ未熟です。もっと強くなって、お嬢様をお守り出来る様になってみせますわ、わたくし」
「うん、期待してます」
上を見ると、まだまだ化け物は一杯いるねぇ。
大変だ。
――でも、全部超えてみせる。
だって、俺はティルベル・エインシャウラの弟子だから!
「どうぞお嬢様、紅茶が入りました。お身体が温まりますわ」
「うん、ありがとう」
部屋のテーブルで、イリアの入れてくれた紅茶を飲む。
注文通り、少し渋めでちょっと温めだ。
猫舌だからね。
それを一口二口飲んでからそっとテーブルに置いて、改めて傍に佇むイリアを見た。
「イリア、私――強くなったよ? 多分、イリアの事受け止められるくらい、強くなれたって思うんだけど……まだ、ダメ?」
「お嬢様……」
イリアが俺の前に、跪いた。
「わたくしは……お嬢様にお仕え出来て、本当に光栄ですわ」
「イリア……」
椅子に座ったまま、イリアの頬に手を添える。
「わたくしも、お嬢様に託したく思います。この命も、この忠誠も」
「どう、すればいいの?」
「――――キス、して下さい」
「…………は、え?」
きす?
「ええ!?」
それはあれですか!?
古来より、何かの契約はキスから始まるという、お約束ですか!?
「キス!」
「やはり……わたくしなどとは、出来ませんか?」
イリアが顔を上げて、切なそうな瞳を向けてくる。
その整った顔を少しばかり上気させて、とても色っぽい雰囲気だ。
「そ、そんなこと! 私、イリアとなら……! いえ、その……私で、いいの?」
「お嬢様以外、考えられませんわ」
その潤んだ瞳に吸い寄せられる。
イリア……
躊躇は、自分でも驚くくらい無かった。
「する、よ……?」
片膝を着いたイリアの前に、両膝を着いて視線を合わせる。
頬に両手を添える。
儚い宝物を包み込むように。
「お嬢様……」
呟いたイリアの唇に――――キスをした。
「ん――」
心が、溶ける様にふわふわして。
何でも出来るくらい、満たされていく感覚。
数秒、そのまま唇を合わせて――名残惜しくも、離れた。
「…………これで、いい?」
「――はい」
一瞬だけ、イリアの目じりに光る物が見えた気がしたけど、輝くような笑顔で隠されてしまった。
「これで、イリアと契約出来たの?」
「――――く、ふふっ」
突然。
突然……堪えきれない、という様子でイリアが口元を押さえて笑い出した。
「……え、なに?」
「ふふっ、申し訳っ」
本当に愉快そうですね、イリアさん?
ひとしきり笑い終わったイリアが、相変わらず満面の笑みで俺を見た。
「――キスで契約だなんて、お嬢様、どこまで乙女なんですか?」
「…………は?」
はあああああああああああああああ!???
「イリア、あなた! うそ!? 嘘を吐いたの!?」
「ふふっ、そのような。わたくしは、キスしてください、としか言った覚えがありませんわ?」
「……」
「……ふふっ」
それを、世の中では……!
「詐欺でしょおおおお!!」
先ほどの行為を誤魔化す様に、絶叫した。
物凄く赤くなっていると思う顔を、イリアに見られたくなかったから。
「ふふっ、ご馳走様でした、お嬢様」
小悪魔の様に、ぺろりとイリアは舌を出した。
この子は、ほんとに!!
ほんとに、まったく!!
相変わらず、悪戯の過ぎる!!
……まぁ、そんな所が本当にイリアらしいんだけども。




