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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
三章 冒険者編

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公都ミレウス

 ウィルミントン公国、公都ミレウス。

 王都に戻る前に、サイラとの約束通りクランの国の都に立ち寄ることにした。

 急がぬ旅だ。

 羽を伸ばせる時は、伸ばせばいい。


 「ティル、教えてください。エルフと魔族は対立しているんですか?」


 その公都への道中、馬車の御者席で、手綱を握るティルの隣で疑問をぶつけることにした。

 ティルはそんな俺の質問に、面倒そうに視線を一度寄越してから前を向いた。


 「そんなことはない。もしそうだとすれば、妾があの魔族の小娘を始末しておるわ」


 とか言っているけど、実際ティルはそんなことはしないだろう。


 「そうだとすると、私とエクレアが敵対する理由は、個人的な事?」


 レイミアの言葉がどうしても頭から離れない。

 呪いの様に。


 「あまり相手の言葉に踊らされるでない。心配事のほとんどは起こらぬものじゃ」

 「確かにそうです。でも、もしもの時、後になって浮足立つのは嫌なんです」


 考えられる可能性を最大限考慮に入れて、もしもの時に備えたい。

 エクレアと戦い……殺し合うなんて、そんな最悪な未来を回避する為に。


 「くふ、可愛げのあるやつ。お主は自分の事には無鉄砲であるが、人が絡むと慎重になるのう」

 「え? 私、いつも慎重に行動してますよね?」

 「……時々、妾は竜の小娘が哀れになるよ」


 確かに、イリアにはいつも迷惑というか大変な思いをさせている気がするけども……


 「……こほん。で、レイミアについては知っていますか?」

 「知らんな」

 「黒い炎……魔炎じゃないんですか?」

 「ふむ、では聞きたいのじゃが、どうしてお主は生きておる、アリス?」

 「え? それはほら、そこはかとなく私が強かったから」


 言わせないで下さい、恥ずかしい。

 という俺の言動に、心底冷え切った目をお師匠様が向けなさった。


 「二次転職すら済ませておらぬお主に、魔炎が後れを取ると思うか? めでたいやつ」


 思ってた!


 「まぁ、何をそんなに心配しておるのか知らぬが、あまり魔炎を怖がる必要はあるまい」

 「ティルが、そう言うのなら」


 つまり、レイミアは魔炎ではないということか。

 十分強かったから、あっちはあっちで警戒はしないといけないけども。

 でも去り際の口ぶりからすると、しばらく静観しそうな雰囲気だったな。

 優先順位としては、どうしてエクレアが俺と決別するのかという謎と。


 ――転職か。


 自分のレベルを確認すると、既に魔法使いLV15(転職可)の状態になっている。

 これも戦闘経験と、毎日続くティルの特訓の成果だろう。

 ついこの間シオンさんが転職した事を考えると、驚きの進化速度である。


 「アリスよ。お主、転職は何にするか決めておるのか?」

 「いえ、まだ考えていませんでした」

 「そうか、強制する気はないが、妾の弟子なら極める事を目指して欲しいと思う」

 「はい、もちろん!」


 それは俺自身、望む所だ。


 「くふ、ではウィザードになるが良い」


 少しだけ嬉しそうにティルの声が弾んでいる、ような気がした。


 「ウィザードですか?」


 なるほど、スペシャリストっぽい。


 「うむ、公都に滞在している内に転職しておけよ」

 「そうですね、そうしておきます」


 現状、『強さ』を求めるのは必須事項である。

 強くなければ……何も守れない。


 「少し、餞別をくれてやるか」


 そう云って、ティルは手綱を片手で持って、一方の手を口元に持って行き――――人差し指を噛んで血をにじませた。


 「ティル! 痛そう! あぁ、ティルの珠のような手に傷が!」

 「ええい、鬱陶しい! 子供扱いをして騒ぐな!」


 すぐにヒールをかけようと、大わらわになる俺を面倒くさそうに叱りつけてくる。

 そして、その血が滴る指を――俺の方に差し出した。


 「――飲むが良い」

 「……え?」


 この、血を?


 「え? 指、咥えるんですか?」

 「……何でも良いから、さっさとせぬか」

 「は、はい……」


 この、ティルの珠のようなおててを、口で?

 そっと、ティルの差し出された手に両手を添える。


 「あの……私、小さい子の趣味はありませんから!」

 「喧しいわ! 氷漬けにされたいのか!」


 怒気と共に、魔力の冷気が漂い始めたのでこれ以上余計な事は言わないことにする。


 「それじゃ――ん」


 小鳥がついばむように、軽くティルの指から血を舐めとる。


 「む……ぅ」


 どことなく、擽ったそうな声を出したティルが、顔を背けた。

 チロチロと舌を動かして、滴る血を舐めとっていく。


 「……もう良い! いつまでも舐めるな!」


 倒錯的な気分になって、夢中で血を吸っていたら怒られました。

 ティルが強引に手を引いて、行為を終了させた。


 「……簡易的ではあるが、これは血の契約。言霊の契約と併せて、これでお主は正式に妾の弟子となる、アリスよ」

 「は、はい……」


 何か、頭がぼぅっとする……


 「妾の全てを教えるし、全てを継承させる心積もりであるという証明でもある」

 「あの、私……」


 表情を改めて、ティルを真っ直ぐに見た。


 「――ロリコンじゃ、ありませんから!」

 「喧しいわ! 聞け、馬鹿弟子が!!」






 「きれ~! すごいね、でし!」

 「ほんとにね」


 リンちゃんが膝の上ではしゃぐ。

 数日かかった旅も終わり、ようやく公都に到着である。

 馬車の室内の窓から望む公都の景色は壮観だ。

 ここミレウスは、水の都と呼ばれているらしい。

 大きな湖の中にそのまま都市が建っているようにすら見えるほどだ。

 湖に反射する太陽の煌びやかな光が眩しい。

 都市の中にはあちこちに水路がしかれており、小船などが馬車代わりに使われることも多いそうだ。

 遠くに見える湖の真ん中に建っているお城は、さながら元世界の有名な修道院のようである。

 陸地化の進んでいないバージョンの。


 「ん? あれは?」


 そのまま窓の外を眺めていると、白馬に乗った騎士風の人がゆっくりこちらの馬車に並走して来た。

 大分こちらの窓際に近づいてきたので、その顔まではっきり分かる。

 ものすごく優しそうな外見の女性だ。

 表情は柔和に微笑んでおり、髪型は……ルーズサイドテールって言うんだろうか?

 一つに纏めた髪を、肩口から前に流している。

 その髪の色は、どこかクランを思わせる桃色。

 クランよりも淡い感じの、薄い桃色だ。

 とにかく、全体的な印象が優しそうな大人の女性そのもの。


 「聖騎士マリアンナ・ヒューストン。クランセスカ様の従姉になりますわ、お嬢様」

 「へえ! クランの!?」


 隣に座るイリアが、如才無く助言してくれる。

 しかし綺麗な人だな~。


 「相変わらず物知りですね、イリア」

 「元々有名な方なのです。今でこそクランセスカ様は万民に知れ渡っておりますが、先にマリアンナ様の方が世に知られていたのですよ」

 「そうなんだ?」

 「はい。ウィルミントンの天才騎士として、各国に知れ渡っておりますわ」


 ふ~ん?

 再び窓の外を見る。

 柔和な表情のマリアンナさんが、優しく手を振ってくれる。

 誘われて、手を振り返す。

 俺のしぐさを真似て、リンちゃんも大きく手を振り返す。

 聖騎士様が、ますます優しげに微笑んだ。


 「あんなに優しそうな人なのに、凄く強いんだ? ヒューマンだよね?」


 クランの従姉というのなら。


 「はい」


 ふ~ん?

 ヒューマン最強クラスなのかな?

 お姉ちゃんとどっちが強いんだろう?


 「ふふ、お姉様?」

 「ま、可愛い妹だよ」


 あ、やば。

 意味ありげに見つめちゃった。

 もちろん、俺の中ではお姉ちゃんですよ!

 シオンさんは何の気負いも無いように応えてくれるけど、変にプレッシャーをかけるのは止めましょう。

 ……それよりも。


 「……エクレア?」

 「ふんっ」


 あ、あれー。

 馬車の対角線上に座ったエクレアさんが、目も合わせてくれません。

 と、遠いなー。

 何か距離が遠いなー、いろいろと。

 確かに旅館で碌な事してないもんな、俺……


 「マスター放っておけばいい、無理に構っても仕方ない。ああいうの、慣れてる」


 エイムさん、それ絶対教会の子供たちと比較してますよね?


 「さいら、でしとえくれあ、けんかしてる?」


 俺の膝の上から正面に座るサイラに尋ねると、その耳を困ったように倒してサイラが俺たちを見比べる。


 「え、ええと……どうですかにゃ?」


 喧嘩じゃないよ~、リンちゃん。

 困らせちゃってごめんね、サイラ。


 「? えくれあ、リンといっしょで、でしのこと好きなのに、へんなの!」

 「ちょっ、あ、アリスのことが好き!? そんな訳ないでしょ! いいアリス! 絶対に、違うんだからね!!」

 「は、はい」


 リンちゃんの無垢な感想に、エクレアが真っ赤になって言い返す。


 しゅん……






 「我らが敬愛する姫殿下を守り抜いた銀の雷精に、敬礼!!」


 マリアンナさんの一言で、左右に一列ずつ整然と並んだ騎士たちが俺に向かって敬礼した。

 圧巻の光景である。

 俺たちがこの公都に寄ることは事前に把握していたようで、到着するやそのままお城に通された。

 そして今、主不在の玉座を開けたまま、赤い絨毯が敷き詰められた立派な宮殿にて騎士達に敬礼を受けている。

 ……何事ですか。


 「改めて、自己紹介します。私はマリアンナ・ヒューストン。姫殿下より将軍の位を授かり、今はこの国を代理で治めております」

 「しょ、将軍様……」


 聖騎士凄い……


 「――なんて。あらあら、少しばかり偉ぶりすぎてしまいましたか。可愛らしい方を前に、無粋でしたね」


 途端に、厳かな空気を霧散させて、柔和な顔を覗かせる。

 馬で並走していた時の雰囲気だ。


 「どうぞ私の事はマリアとお呼び下さいね、アリス殿」

 「あ、あの私も呼び捨てで良いんですが……」

 「まぁまぁ、気にしてはいけませんよ」


 ぽん、と胸の前で手を合わせる仕草が和む。


 「アリス殿は、クランの大切なお方ですからね。それはもう、ね?」

 「と、友達ですからね!」

 「うふふ」

 「あ、あはは」


 この人怖い!

 これ以上ないくらいに柔和な笑顔なんだけど、超怖い!

 確実にクランの血筋だ!


 「どうぞ今日は宮殿にてお休み下さい。皆様の分も部屋を用意させますね」

 「良いんですか?」

 「もちろんです」


 と言うので、お言葉に甘えることにした。

 最近、遠慮しなくなったなー。

 日本人気質が取れてきたのか?


 「あ、それと良かったら――」






 マリアさんにお願いして、公家の墓にサイラと共にやって来た。

 厳かで静謐な霊園である。

 当たり前だが、一般人立ち入り禁止だ。

 クランの事があるから融通してくれたのだろう。

 そしていつぞやの様に、サイラが膝を折って、立派なお墓の前で祈っている。

 俺は後ろでそれをじっと眺めていた。


 ――あなたは悪くない。


 そんな気休めにもならない、無責任な言葉はかけられない。

 本人の心の中で、区切りをつけるしかないのだ。

 ……その苦悩、代わってあげたいくらいだ。

 それこそ無神経で無責任か。


 「アリスさん、ごめんなさいです」

 「え……?」


 いつの間にか、祈りを終えたサイラが立てって俺を見ていた。

 とても申し訳なさそうな困った顔で。


 「私、最近ワガママになっちゃってます。アリスさんに、そんな顔をさせて……」

 「そんなことないよ!」


 サイラが我儘だったら、誰を指して我儘じゃない人になるのだろう。

 ウィルミントンというお国柄、サイラは耳を隠していない。

 その耳が優しく跳ねた。


 「この国は……とっても優しい空気です。穏やかで、賑やかで、力強くって」

 「うん……」

 「きっと、マリアンナ様が上手に治められているのですね」


 言いながら、ギュッとサイラは自身の服の裾を掴んだ。


 「きっと……母君様が、とても、上手く治めていたのですよ、ね?」

 「うん……うん!」


 サイラは、必死に笑顔を作りながら――――泣いていた。


 「アリス、さん……私、ここで眠っちゃ、だめですか?」

 「……絶対に、許してくれないよ。お母さんも、クランも」

 「私は、アリスさんみたいに、強くないです……辛くって辛くって、心が押し潰されそうなんです!」

 「それでも――クランは、剣を振り下ろさなかった。その想いを、受け止めなさい、サイラ」

 「う、うううぅっ!」


 近くに寄って、サイラを抱きしめる。


 「辛いなら、笑顔で隠さずに言いなさい。何にも出来ない私だけど、寄り添ってあげる事は出来るから」

 「っアリス、さん」

 「思いつめ過ぎないで、背負い込みすぎないで。私にも一緒に苦しむ権利を下さい、サイラ」


 サイラが俺の腕の中でむせび泣く。

 ああ、この子はこんなに小さな身体の内に抱え込んで笑っていたんだ。

 皆は、本当に強いなって、そう思った。


 「……ずっと、一緒に居たいですにゃ」

 「うん、もちろん」

 「……そういうとこ、無責任ですにゃ、アリスさん」

 「ええ?」


 腕の中で顔を上げて、その真っ赤に腫らした目を細めて、サイラが微笑んだ。

 ……少しでも元気な姿を見せられたら、きっとお母さんも喜んでくれると思うよ、サイラ。

 空を見上げると、気の早い一番星が明々と輝き始めている所だった。


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