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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
三章 冒険者編

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温泉街シレスタ

 ウィルミントン公国は、王都セントリアから馬車でそれなりに長旅だ。

 まぁ遠いんだけど、国家間の距離で考えると大したことは無い。

 陸続きの国っていうのは、日本出身の俺からすれば新鮮だ。

 途中の街道で国境の関所があったが、王国と公国は友好国なので厳しい入国審査があった訳じゃない。

 ステータス確認と通行料くらいだ。

 ティルなんかは空から行けば通行料も取られないだろうけど、それをするとステータス確認が出来ていない不法入国者となって、真っ当な滞在が出来なくなる。

 宿にも泊まれないし、職にも付けない。

 不正は止めましょう。


 「ん~~、着いた!」


 長旅で疲れた身体を伸ばしながら、馬車を降りる。

 今回の目的地、温泉街シレスタに到着した。

 もちろん、サイラの希望もあるし、公都にも寄る予定だけどね。


 「あんた……今更だけど、何で公家の馬車なんて借りられるのよ? 乗り心地は良かったけど」


 エクレアが訝しげな眼で立派な馬車を振り返る。

 広いは揺れないわ、宿代わりに野宿でも使える様に部屋みたいな作りになっているわ、本当に助かりました。


 「それは――」

 「マスターは、ウィルミントンの姫の愛人だから」

 「ちょっ!?」


 エイムさん、どこ情報!?

 なにそれ、怖い!


 「あ、愛人!? ふ、不潔よ、アリス!! あんた……そんなっ」


 とても穢らわしいものを見る様な目で見ないで!?


 「お、落ち着いて下さいエクレア! エイムもあること無い事言わない!!」

 「らじゃ」


 ある事……無い事……


 「な、何なのよアリス! 何で赤くなってるの! まさか、ほんとに……」

 「お、温泉街特有の硫黄の匂いのせいかなぁ? ちょっと身体が熱くなってきますね、イリア?」

 「あ、はい」


 なんでそんなボキャブラリーの少ない人になるの、イリア!!

 あなたそうじゃないでしょ!

 もっと機転とユーモアに溢れた人でしょ!?


 「まぁまぁ、こんな所で立ち話も何だしさ、早く旅館に入ろうよ」

 「お姉ちゃん……!」


 大好きです!

 思わず抱き着こうかと思ったが、シオンさんは既に眠っているリンちゃんをおんぶしていたので、止めた。


 「ちょっと長旅で、疲れちゃいましたかね」

 「そうだね、ちゃんとしたベッドの上で寝かせてあげないと」


 確かにその通りだろうけど、シオンさんの背中は居心地が良さそうですよ。

 そのリンちゃんの安らかな顔を見る限り。


 「私は温泉がさっそく気になりますにゃぁ」


 くんくんと硫黄の匂いを嗅ぐサイラが、愛らしく耳をモフっている。


 「温泉か……妾も嫌いではないぞ。馬車を回してくる故、さっさと宿を確保するが良い」

 「ティル、ありがとうございます」


 御者席でおざなりに手を振りながら、馬車を預けに走らせるティル。

 馬車預かり所というものがあるので、そこで帰りまで世話してもらう予定だ。

 何気にティルってば一番大変だったよね。

 後でマッサージしてあげよっかな。

 まぁ、とにかく。


 「じゃあ、行きますか――温泉街!」


 皆で頷き合って、慰安旅行を満喫するべく温泉街に繰り出した。






 予め押さえていた温泉旅館に入り、部屋に案内されると、そこは懐かしき和の世界だった。


 「た、畳!! おふとん! ふすま!?」


 素晴らしい!!


 「ああ……まさか和を味わえるなんて」

 「ちょっと、畳に頬ずりしないでよ、アリス……」

 「あ、ごめんなさい、懐かしくてつい」


 エクレアに注意されて、我に返る。

 広い和の一室にそれぞれ荷物を運びこむ一同。

 六人相部屋だけど、これぞ修学旅行の醍醐味というやつかな。

 いや、十分部屋は広いから何も問題ないでしょ。

 ……俺の理性的なもの以外は。


 「あ、エクレア、障子に指で穴開けちゃダメですよ」

 「する訳ないでしょ!! なんでエクレアに一直線で注意するのよ!」


 反応が一番面白いから。

 高いんですよー、あれ張り替えるの。

 さて、エクレアで遊んでいると時間を忘れてしまうから、さっさと自由行動宣言に移ろう。

 既に疲れて眠っているリンちゃんの為にお布団を敷いてやり、そこに寝かしつけてやる。


 「うん、とりあえず自由行動ということで、皆くつろいできて下さい」

 「お嬢様、リンさんはわたくしが見ておりますので、どうぞお嬢様こそお寛ぎ下さい」


 そう言われても悪いし。

 う~~~ん。

 でもまぁ、こういう時のイリアは引き下がらないからな。


 「じゃあ、ちょっとだけお願いしようかな」

 「お任せください」






 という訳で温泉に――入る前に。

 入る前に!

 街に繰り出した。

 温泉街と云えば、そう。

 温泉まんじゅうですよ!

 あれ、大好物なんですよ!


 「はやくはやく、はやく行きましょうお姉ちゃん!!」

 「引っ張るなって、アリス」


 シオンさんの手を引いて、湯気が立ち込める温泉街の露店を練り歩く。

 ああ、どこのおまんじゅうが一番おいしいの?

 この身体じゃそんなに食べられないから、手当たり次第なんて訳にはいかないのだ!


 「へい、らっしゃい! うちの温泉まんじゅうは一味違うよー」

 「あ、じゃあ一つくだ……は?」

 「ふ――惚れんなよ?」

 「……いえ、その心配はまったくしてませんけど」


 おっさん……ですよね?


 「何でこんな所で、売り子してるんですか……?」


 確かにダンディだとは思うけど。

 シオンさんのお父さんだけはあると、思うけど……

 俺の訝しげな視線を受けて、おっさんがその鍛え上げられた腕を組んで、首を捻った。


 「おかしい……シオンよぉ、何故アリスちゃんは感動の再会に涙を流しながら抱き着いて来ないんだ?」

 「正直、どうでも良いと思ってるからじゃないの?」

 「そんなバカなことがあるか!」

 「あ、おまんじゅう一つ貰っていいですか? どうでもいいので」

 「言葉にされた!?」


 冗談ですよ、冗談。

 でもちょっと、びっくりしたなぁ。


 「お久しぶりです、おじさん!」

 「お、おうっ……ますます可愛いくなってら……」


 久しぶりに元気なおっさんを見て、自然と満面の笑みを浮かべた。

 そして、何となくおっさんが抱き着いてきそうな不穏な気配を察して、距離を取ろうかと思ったら、その間に真っ黒な壁が現れた。


 「あ、ソルトさん」


 リンちゃんなら、もう旅館で寝てるよー。


 「ああん? なんだてめえは? うちの可愛い娘たちに、何か用かい?」

 「娘……?」


 シオンさんと俺を見て、黒ずくめが少し考え込んだ。

 それにシオンさんが苦笑する。


 「まぁね、とりあえず変質者の戯言じゃなくて、ホントの事だから。ふふっ、心配なのは分かるんだけどさ」

 「わわっ」


 突然シオンさんに頭を撫でられる。


 「そうか……」

 「おい、あんちゃん……てめぇ、うちの天使過ぎる娘たちと、どういう関係なんだ?」


 おっさんがダンディな顔を凄ませて、黒ずくめに詰め寄る。

 ああ、こういう親ばかっぽいの恥ずかしすぎて関わり合いになりたくないわー。


 「ただの……知り合いだ」

 「あん? ただの知り合いが、親子のスキンシップを邪魔していいと思ってんのか!?」


 そこっすか……


 「お姉ちゃん、いこ……」

 「そうだね」


 何となく不毛な言い合い……言いがかり?

 が延々と続きそうだったので、シオンさんの手を引いてこの場を立ち去った。






 どうやらおっさんとおばさんも、旅行に来ていたということらしい。

 シオンさんが手紙を出したので俺が来ることも知っていたようだ。

 何故売り子のバイトをしていたのかは知らないけど……

 不毛な男たちの戦いから離れて、シオンさんと一緒に街を散策していると、これまた懐かしい顔を発見した。


 「あ! 姐さん!」

 「ああ、えーっと……タケシにケンジ!」


 あれ?

 名前何だっけ?

 これでいいんだよね?


 「久しぶりですね」

 「姐さんこそ、元気そうで良かったぜ」


 鼻の頭をかきながらタケシが照れたように言う。


 「二人も、もしかして旅行?」


 男二人で?


 「こいつの傷心旅行に付き合ってる」


 ケンジが親指でタケシを差す。

 まぁ、それ、どっちもでしょ……


 「えっと、傷心中なんというか、耳寄りな情報があるんだけど……サイラ、居るよ?」

 『!?』


 二人そろって、雷に打たれたように固まってしまう。


 「な、何言って、俺は、そんな……!」


 あーうん、好きな子って、そんな簡単に忘れられないよね。

 一般論として。

 サイラは俺から見ても、とてつもなく嫁にしたい可愛い子だよ、いやほんと。


 「とりあえず、ストーカーにならないでね」

 「ならねえよ!」


 とりあえずの釘を刺して、再び移動する。






 旅館に帰るころには日も暮れてきて、温泉に入るにはちょうどいい時間帯になりつつあった。


 「楽しかったですね、お姉ちゃん!」


 俺の方からシオンさん寄り添いながら、帰途に着く。

 好き過ぎてごめんさない、お姉ちゃん。


 「そうだね、のんびりするのも嫌いじゃないし。この後の温泉も楽しみだね」

 「温泉ですか……好きだけど」


 考えたのだ。

 確かに、俺が皆と一緒に温泉に入る事は何も不自然なことじゃない。

 むしろ当たり前のことだ。

 一人で入るもん、とかそれどこの駄々っ子だよ。

 そんな感じ。


 ――しかし。


 しかし、だ。

 良いのか、それで?

 考えて見ろ、修学旅行、温泉。

 そこに挑む男子学生。

 なぜ彼らはそんな馬鹿な事をするのか?

 考えるまでも無い。

 そこに、桃源郷があるからだ!

 そんなパライソに、何の断りも無く当たり前に侵入して良いのか!?


 「否! あり得ない! あいたっ」

 「耳元で急に大きな声を出すな」


 頭でこつんとシオンさんにお仕置きされる。


 「決めました、お姉ちゃん……私、覗きます!」


 道行く通行人が、ざわ、とした気がした。


 「……参考までに聞きたいんだけど、男湯を?」

 「男湯なんか覗いて、誰が喜ぶんですか」


 今一度、俺の心を再確認する時が来た。

 心に灯をともせ!


 「えーっと、つまり、アリスはあたしたちと一緒にお風呂に入らずに、あたしたちが入っている所を覗きたいと、こういうことか?」

 「その通りです!」


 力強く頷く。


 「ちょっと、あんたが何を言ってるのかさっぱり分からないんだけど、ああ、いつも通りだなって気もするね」

 「理解してくれましたか!」

 「いや、まあ……うん」


 人は何故山を登るのか?

 そこに山があるから。

 答えなど、それで十分。


 「楽しみになってきたぁ!」

 「あたしは、あんたの思考回路が心配になってきたよ……」


 大丈夫です、お姉ちゃん。

 これこそ、俺がまだ自分のアイデンティティを保っているという証拠なのですから!


 「ん? 女が女湯を覗くのって、犯罪になるのかな……」

 「そこは心配するんだ」

 「ま、バレなければそれでいいのです」

 「目の前で宣言されてもねぇ……とりあえず、他の客に迷惑をかけないように覗くんだよ」

 「はい!」


 大丈夫、他のお客さんにご迷惑はかけない様、細心の注意を払いつつ、お姉ちゃんたちだけを覗きますから!


 「ターゲットは、お姉ちゃんに、イリアに、エクレアに、エイム……かな」


 サイラは何というか、申し訳なさ過ぎてそんな気が起きない。

 ティル?

 起きちゃダメでしょ。


 「いいけど、あんた……死なないように気を付けなよ。あたしは別に何もしないけど」

 「え?」


 む?

 この中で、一番危険なのは……誰だ?


 「は、はい……気を付けて覗きに行きます」

 「そうしな」


 困った奴だね、という感じで頭を撫でられる。

 ふふん、戦いはこれからですよ、お姉ちゃん!!


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