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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
二章 王都動乱編

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思惑

 朝、宿の食堂で朝食を食べ終えた俺たちは、一部屋に集まっていた。

 クランセスカに招待された食事会はお昼だから、不案内な街ということも含めてさっさと出発しないといけない。

 そんな俺は今、ティルの髪を梳いていた。


 「……で、ティルは来ないんですか?」

 「行かん。お主の話を聞く限り、そやつは王侯貴族の類であろう? 私腹を肥やして、義務を忘れ、民を疲弊させることが生きがいの、腐りきったヒューマンの代名詞ではないか。虫唾が走るわ」

 「クランセスカ自身は、それとは関係なく高潔な雰囲気でしたけど……」


 髪を梳き終えて、トレードマークのツインテールに髪を纏めていく。

 ところで、俺はティルの弟子なんだっけ?

 メイドなんだっけ?


 「その小娘がどうであろうと、変わらんよ。腐敗は一人でどうにか出来るものではない」

 「でも、今日は別に政治の話をしに行く訳でもありませんし……」


 先日のお礼ということでの親睦会みたいなものだろう。

 大袈裟なので断ろうかとも思ったが、あんな人の誘いを断るのも角が立ちそうだし。


 「能天気な奴よのう……招待された理由を考えてみよ。恐らくその小娘はお主の能力を見て、使える、と判断したのではないか?」

 「う~~ん……ティルの話を聞いていると、人間不信になりそうですし」

 「くふ、違いない」


 自覚はあったんですね……


 「まぁよい。竜の小娘よ、分かっておるな?」

 「はい、お師様。アリス様は、わたくしがお守り致します」


 そんなに心配するようなことかなぁ?

 そういえば、昨日イリアが街で聞いたり、情報屋から買ったりしてここ最近の王都の噂を仕入れたところによると、やはり情勢は緊迫してきているらしい。

 商人のおじさんの言った通りだ。

 共和国との摩擦が生んだ産物なのか、それとも、あの差別こそが緊張の理由か。

 共和国は自由と平等を謳う国だそうなので、表向きはいくらでも原因を見繕うことが出来そうだ。

 やはり、ポイントは獣人族か……

 そのせいで、今までの街では比べられない程この王都では獣人族の肩身が狭いとのことだ。

 本末転倒もいいところだとは思うが、理屈じゃないんだろうなぁ。

 サイラは昨日、用心深く帽子を被っていたので、何も被害を受けることは無かったらしいが。


 「でも、帽子か……いつもそれだと、何となく勘ぐられちゃうよね」


 今日も帽子を被っているサイラに目を向ける。


 「そのことですが、お嬢様。預かっておりましたお金から、サイラさんのヘアバンドを購入させて頂きました。何かと必要かと思いまして」


 そう言って、イリアが机から包装された商品を取り出して、俺に渡してくる。

 同時に、昨日渡していたお金のお釣り分も渡してくる。

 金貨がくだかれて、大量の銀貨と銅貨になっている。

 何にどれだけ使ったのか、という手書きのメモまで書いてある。


 「差し出がましいかとも思いましたが……」

 「イリア……素晴らしいです!」


 やばい、抱きしめたい程の気配りと優しさだ。

 人目があるからやらないけど。


 「サイラ、つけてみる?」

 「は、はいっ。いいのです?」


 イリアの顔色を窺って、おずおずとサイラが近づいて来る。


 「あら? サイラさんにぴったりだと思いますよ? ぜひ付けてみて欲しいです。選んだ身としては」


 イリアが優しく笑いかけた。

 基本的に優しいです、か。

 まぁ、言われるまでも無く、この子が優しいのは知っている。

 意地悪なのも確かだけども!


 「おいで、サイラ? つけてあげる」

 「は、はい……」


 照れながら寄ってきたサイラに、包装を開けて取り出したヘアバンドをつけてやることにする。

 色合いは、ほっこりやさしいブラウンで、刺繍が可愛らしい。

 クロスタイプのヘアバンドだ。

 つけたらターバン風になるのかな?

 幅広で、帽子の代わりにサイラのお耳を隠してくれそうだ。

 ポニーテールのヘアアレンジにも良さそうで、何気に似合いそう。

 これを選ぶイリアの女子力を感じる!


 「ど、どうでしょう?」

 「似合う! 可愛い!」

 「ええ、とてもよくお似合いです」


 帽子を取って、代わりに取り付けたヘアバンドは本当に良く似合う。

 耳を隠す為に用意した野暮ったい帽子と違って、純粋にお洒落をしているように見えて、これなら街の人も違和感はないだろう。

 ま、本当は何もなくとも自然体でいられるのが一番なんだけどさ。

 しかし、これで準備は整った。


 「じゃあ、行きましょうか? ティルはどうするんです?」

 「寝ておる」

 「一日中!?」


 何と言う無駄!

 そしてなんという贅沢!

 さっき髪を纏めたばっかりなのに!


 「……まぁ、良いです。じゃあ、連泊の手続きだけしておきますね」

 「うむ」


 三人で連れだって、大きな欠伸をするティルに背を向ける。


 「――アリスよ、利用されるなよ」

 「え?」


 振り向くと、ティルは既にベッドに潜り込んでいた。






 思っていた通りと言えばそうだが。

 クランセスカに貰った地図を参考に辿り着いた場所には、素晴らしい豪邸が建っていた。

 というより今の所、門しか見えないのだけれど。

 守衛さんにクランセスカからの招待状を渡すと、すぐに取り次いでくれた。

 広い庭を案内されて、白亜の建物に到着する。

 庭の手入れも良くされており、花壇にも色とりどりの花が咲いている。

 何と言うか、場違いな場所へ招待されてしまったな、と。

 イリアはいつもの泰然とした雰囲気のまま変わらない。

 サイラはおっかなびっくり俺の傍を付いてくる。

 うむ、ここはイリアを真似るしかあるまい。

 例え、俺の心がウサギのようであったとしても。


 「――よくおいで下さいました、アリス。それにお連れの方も」


 通された広間に、クランセスカが居た。

 当たり前だが今日は帯剣していない。

 服装も煌びやかなドレス姿で、昨日の戦う少女から、貴人に早変わりしている。

 

 「クランセスカ、今日はお招きありがとう――あ、いえ、クランセスカ様」


 お付の執事っぽい男に睨まれたので、言い直した。

 やたら美形だが、それ故に険しい顔が怖い。

 イケメンか。

 執事はイケメンか。


 「アリス、昨日も言いましたわ? 余の事は呼び捨てで良い、と」

 「う、う~~ん」


 あなたがそれで良くても、それを好ましく思わない人間も多そうですよ?


 「アリス」

 「く、クランセスカ…………様」


 後ろ後ろ!

 クランセスカ、後ろ!

 その執事をどうにかして下さい!

 視線で人を殺せたらって、目をしてますし!


 「むぅ! アリスはおいくつなのかしら?」


 頬を膨らませたクランセスカが問うてくる。


 「十五です」

 「まぁ! 余も十五ですわ!」


 表情を輝かせて近づいてこようとした彼女を、やんわり執事の男が制した。


 「姫様、お食事の用意も整ってございます。どうぞテーブルへ」

 「むぅ……パルがそういうのなら」


 本人以外に、歓迎されてないですね。

 ……疲れる。






 テーブルマナーが要求される食事会。

 雑学に通じる俺にとって、これは造作もないことだ……とは言いませんが!

 知識はともかく、内心どっきどきしながら食事を取った。

 正直味なんて二の次だ。


 「どうです、アリス? 美味しいですか?」

 「え、ええ。とても美味しいです」


 などと感想を求められる度に、冷や汗が出る。

 つかれるー。

 イリアのお澄まし顔に尊敬の念を禁じ得ません。

 マナーも完璧のようですし。

 問題は、サイラだ。

 どうしていいか分からない感が、見ていて居た堪れない。


 「サイラ、と申しましたか? 気にせず、好きなように食べてくださいませ。折角の食事、人それぞれ楽しめば良いのです」


 と、クランセスカがフォローしてくれたから、大いに助かった。

 うん、この子自身はやはり好ましい性格をしていると思う。

 後ろに控えた執事はピクリとも表情を変えなかったが。

 まぁ、余計な嫌味を言われるよりは何倍もマシだ。

 あの執事、俺にとってのイリアみたいなものかな?


 「さて、今日アリスを呼んだのは他でもありません。少し頼みたいことがあるのです」


 全員の食事が一段落し、食後のお茶……アフタヌーンティー? には少し早いか。

 とりあえず紅茶を出された頃に、クランセスカが切り出した。


 「余が見たところ、アリスの腕前は抜きん出るものがありましたわ」


 その言葉に、隣に座るイリアが目を細めて俺を見たのが分かった。

 横顔にちくちく視線が刺さります。


 「何もしていなかったと記憶してますけど……」

 「謙遜ですわ。誰があのような魔法の使い方を出来るのです? 余が知る限り、魔法を意のままに操る事が出来る人間は一握り。それこそ氷雪か、魔炎か、という所ですわ」


 おぉ、こんな所で我が師の名前が……

 自分の好きな人が褒められると嬉しくなるのは何故だろう?

 しかし一つ注釈するならば、そこに並ぶレベルではないかと思います。

 魔炎が誰かは知りませんが……

 う~~ん。

 魔法の応用はやはり、普通じゃなかったのか?

 だとしたら、迂闊過ぎた。

 ティルが何にも言わないから。

 ……いや、イリアも言わなかったってことは、これは俺に一般常識が欠けていて、まさかそんなことが分かってないとは思っていなかった、というパターン、か?


 「……」


 イリアをこっそり見る。

 満面の笑みだった。

 ――お嬢様、わたくし、言いましたよね?

 そんなアイコンタクト。


 「……ま、まぁ。大袈裟に言われるほどの実力はありませんから、あまり持ち上げられても恥ずかしく思います」


 バレたものは仕方ない。

 爪を隠す生き方は、つまらない。

 俺はこの世界でのびのびと生きたいんだ。


 「アリスは好ましいお人柄ですわ。余は一目見た時から、運命を感じておりました」

 「ず、ずいぶん簡単な運命ですね……ひっ」


 余計な事を言うのは止めよう、視線で殺される。

 その執事、凶暴につき。

 クランセスカが苦笑して、後ろを制するように手を上げた。

 執事の表情が戻る。

 ……なんだ、知ってたんだ?

 クランセスカも、意外と食えない……


 「頼みというのは、アリス。あなたに闘技大会に出て貰いたいのです。余の名代として」

 「闘技大会?」


 ここでそれが出てくるとは思わなかった。


 「ええ、本来なら余が出れば良いことなのですが、少々自由の効かない身の上でもあります」


 疲れたように、クランセスカが肩を竦める。

 それは後ろに控える執事への嫌味のようにも見えた。


 「……名代、ということでしたら。昨日今日知り合った私より、お近くに優秀な方が居られるのでは?」

 「正直に申しますと、今は誰を信用出来て、誰が信用ならぬのか判断できておりません。時間をかければそれも可能でしょうが、闘技大会までは一週間とありませぬ」


 ん?

 おかしな話だな。

 闘技大会は、昨日今日降って湧いた話じゃないはずだ。

 それに合わせて準備出来ていなかった……

 つまり、最近急変したような事態か?

 ……キナ臭い。


 「後ろの失礼が過ぎる執事は信頼に足りますが、余から離れられませんの」


 どこか嫌味っぽくクランセスカが付け加える。

 執事は、顔色一つ変えないが。


 「闘技大会には、どちらにしても興味はありましたけど……」


 判断が付かないな。


 「アリス、懸念は分かります。こちらも一方的に、ただ頼んでいるばかりの身。立場が逆なら、余とて素直に頷けぬでしょう」


 厄介なのはここだ。

 クランセスカは、これが可笑しなことだと全部分かった上で頼んでいる。

 恐らく、俺が断ったところで次案があるのではないか?

 それで関係ない誰かが苦労するのも、正直寝覚めが悪い。

 ……食えない。


 「――横から失礼致します」


 迷っていると、今までずっと黙っていたイリアが口を開いた。

 それにクランセスカは怒ることも無く、待っていたとばかりに小さく笑う。


 「イリア、と申しましたか?」

 「はい、アリスお嬢様のお付でございます。口を挟む無礼をお許しください」

 「構いませんわ」


 クランセスカが楽しそうに頷いた。

 どうやら、最初からイリアにも目を付けていたらしい。


 「まず一つ、アリスお嬢様は元々闘技大会には出場される予定でございました。それをクランセスカ様の名代で出るメリットはあるのでしょうか?」

 「最もなお話ですわ。アリスが余の名代として出てくれるのならば、白金貨を一枚用意致します。それは優勝に限らず、出るだけで、ですわ」


 白金貨!?

 何という!


 「なるほど、ますます怪しくなりましたね」


 イリアが凄く良い笑顔を、クランセスカに向けた。

 ……おいおい。

 執事も凄い事になってますよ?


 「リスクに見合った褒賞を用意しているのですわ」

 「では二つ目、その具体的なリスクを教えて下さいませんか?」

 「それは秘密ですわ。その不透明さも込みの褒賞と理解して頂きたいですわね」

 「ふふ、なるほど」


 全くなるほどな顔じゃありませんよ、イリア!?

 ほどほどに、ほどほどにね!?


 「三つ目。そもそもこの依頼の目的くらいは伺っても宜しいでしょうか?」


 その質問に、クランセスカは一拍置いた。

 イリアとの冷や冷やする様なやり取りを、どこか楽しそうに答えていた彼女の表情が真剣なものになる。


 「共和国の『犬』を炙り出す為、ですわ」


 サイラがびくり、と震えた。

 それにクランセスカが温度のない視線を向ける。

 この人……!


 「……なるほど、中々の『目』をお持ちの様で。どうやら、お嬢様が『誰の』弟子であるかもご存じである様子」

 「あの方は、まるで隠す気がございませんでしょう?」


 クランセスカが、悪びれずに答える。

 あ~、確かに。

 確かに……

 耳すら隠さないもの。

 まぁ、そういう意味では俺の目標と同じく、のびのび生きてるよね。

 郭内に入る関所もある。

 自分の容姿が目立つことも理解している。

 そして昨日の事件。

 バレない方が、可笑しいか。


 「アリス。余はあなたに強い興味があります。あの、エインシャウラを継ぐものが現れた。これはそういうことではなくて?」

 「?」


 ティルのファミリーネーム?

 ……いや?

 特別な意味があるのか。


 「……私を餌にしても、ティルは動きませんよ? だってずぼらですし」

 「ふ、ふふふふっ! あの氷雪にっ、そのような……っ」


 何かツボに入ったらしい。

 クランセスカ、ティルを知ってる?


 「失礼しましたわ。ふふっ、ですがアリス。ここまで言った後では信じて貰えぬかもしれませんが、余がアリス自身の事を好ましく思っているのは確かですわ」

 「まだ会ったばかりですけど……」

 「気の置けない人間に出会う事など、そう無い立場ですの。そういうのは時間ではありませんでしょう? 厄介ごとを頼んでおいて申し上げにくいのですが、友達になりたい、それは厚かましいでしょうか?」

 「友達……」


 あれ?

 俺、こっちの世界で友達って……居たっけ?

 お姉ちゃんはお姉ちゃんですし。

 イリアは……何か違う。

 サイラは妹みたいですし……

 おや……?


 「アリスのそういう所が、とても好ましいですわ」


 クランセスカが何故か可笑しそうに笑っている。

 イリアは憮然とした表情だ。


 「まぁ……分かりました。友達として、一度だけ、あなたのワガママを聞いてあげます」


 執事が俺の言い様にキツイ視線を返してくるが、クランセスカは逆に目を輝かせていた。

 イリアが小さくため息をついていた。


 「アリス! とても光栄ですわっ」


 身を乗り出してきて、今にもテーブルの向こうから回ってきそうな勢いだったが、やはり執事に諌められた。


 「一度だけですよ」


 やれやれ……

 鬼が出るか蛇が出るか。

 それは分からないけど、報酬だけは、確かに魅力的ですからね。

 闘技大会、やってやろうじゃありませんか!


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