王国の闇
時間を少し、遡る。
宿を出た俺は、とりあえずギルドを探すついでに街を散歩してみることにした。
落ち着いて歩いてみると良く分かるが、とにかくお店が充実している。
飲食店、雑貨屋、服屋、武器防具のお店に、鍛冶屋に、と列挙するとキリがない。
生活から冒険まで何でもござれ、という感じ。
しかも武器屋一つとっても複数のお店があるから、比べてみるのも面白いかもしれない。
でも、お店の新規参入ってどうやって決めてるんだろう?
商人ギルドみたいなのがあるのかな?
無秩序に参入出来るはずはないだろうし。
「ん?」
散歩が目的なのか、ギルドに用があったのか分からなくなってきた頃、それは起こった。
目の前の街道から、人混みを騒然とさせながら三人の帽子を被った男が走り抜けてきた。
その後ろから、それを追いかける複数の帯剣した一団。
逃げる不審者と、追う騎士団?
こんな真昼間から、大捕物だろうか?
「どけっ」
ナイフを見せつけて、通りの人に道を開けさせる三人組。
モーゼの奇跡の如く道を開けていく人ごみの様子は、変に壮観である。
我関せず感が凄い。
しかしこんな郭内でここまで騒ぎを起こして、一体どこに逃げるつもりなのか……
隅に寄って、一度はそれを見送った。
――が、人ごみに押されて子供が転んだのを見て、思い直した。
「……無駄に怪我人を出させる訳にも、いきませんね」
魔法を撃つのはまずい。
パーティに入っていない通りの人に、もしもがある。
ならば――
魔力を操作して地を蹴った。
元々の敏捷と、雷の魔法を組み合わせた効果は凄い。
一瞬で三人組に追いついた。
道を開けてくれているので障害物もなかったし、容易い。
その勢いのまま、一人に後ろから体当たり。
「ぐわっ!」
全力で走っている最中に、無防備な背中から体当たりをされた結果、見事に転がった不審者。
それを一瞥しながらも、残りの二人はさっさと走り抜けていく。
どうしようかと思ったが、転がった不審者がナイフを持って起き上がりかけたので、放っては置けなかった。
すぐさま背中に掌底を叩き付ける。
――雷付きで。
「ぎっ!?」
思いっきり手加減したが、不審者は失神した。
そうだろうね、まぁ、これってスタンガンみたいなものだよ。
良く分からないし、殺したくはなかったから丁度いい。
サンダー撃ったら手加減しても殺しそうな気がしたし。
そして改めて思ったが、やはり雷魔法は俺の素質に、合っている。
サンダーを体内に循環させてやるイメージで、消費も少ない。
エコだ。
出力調整を上手くすれば、長期戦だって対応できそうだ。
なんだ、思った以上にやれるではないか。
「……やはり、道中は相手が悪すぎたか」
まるで歯が立たなかったが……
アレを基準に考えたら、大抵の事は乗り越えられる気がする。
「――あなたっ! 大丈夫ですの!?」
「あ……」
ぼけっとしていたら、追いかけて来た騎士団っぽい人たちに囲まれてしまった。
雰囲気から、その騎士団を取り仕切っているらしい桃色の髪の女の子と目が合った。
瞳の色は、紫色。
少したれ目で、左の目の下にいわゆる泣きぼくろがある。
妙に似合うなぁ……
何か色っぽい。
「これ……あなたがやったんですの?」
「えっと……偶然、足を出したら引っかかりました」
「……」
「……」
という言い訳は通用しませんか?
しませんよね……
「――この不審者を拘束して、詰所に戻りなさい。余は、この者と一緒に残りを追います」
「え!?」
俺も驚いたが、騎士たちも驚いていた。
姫様!?
などと、誰かが口走っていた様にさえ思う。
「行きますわよっ!」
「ちょっ!」
腕を引っ張られた俺は、否も無く、事態も把握出来ず、大捕物に加わる事になった。
――そして、今に至る。
「このような裏道を迷いなく進むとは……あの賊」
一人を捕まえたイザコザの際に、大分後れを取ってしまった俺たちは二人を追って王都の裏道をひた走る。
大通りと違って通りは狭く、建物に囲まれて薄暗い。
その分人も少ないが、ボロボロの服を着た男が疲れたように壁に寄り添って座っていたり、ガラの悪そうな男たちの集団が路地裏から伺っていたり、となんとも緊張感に溢れた場所だ。
俺の手を引いて前を行く彼女は、相当勇ましい少女のようである。
そんなクランセスカの走る速度は遅くはないが、早くも無い。
恐らく、敏捷2、か?
これでは追いつかない。
そして何度も言うが、俺は長距離走は無理なんだって!
「――っクランセスカ! 捕まってください、一気に行きますよ!」
「え? どういうことですの?」
説明が面倒なので、俺の方からクランセスカに抱きついた。
「きゃっ、ぶ、無礼も――」
言い終える前に、魔力で跳んだ。
急に足場が無くなったことによる不安で、クランセスカも俺に抱きついてきた。
助かる。
俺は力が無さ過ぎて、正直クランセスカを抱きかかえたまま跳ぶのは苦しい。
彼女の名誉の為に付け加えると、彼女自身は細身で決して太っていませんが。
それはともかく、見る間に賊との距離が縮まってくる。
「凄い……ですわ」
その呟きが聞こえた訳でもないだろうが、後ろを振り向いた賊が俺たちを確認して、慌てて横道に逃げた。
というより、90度コーナーか!
目の前に迫る、石造りの大きな壁。
しまった、激突――する訳ないですし!
ティルとの特訓を舐めないで貰いたい。
「――っと!」
足に魔力を調整して壁際で減速、そのまま壁に着地するという忍者のような体験をしてしまった。
そして再調整して、もう一度跳ぶ!
チェックメイトである!
賊を跳び越えた。
「――今! 降りますわ、アリス!」
俺の返事を待たずに、空中でクランセスカが賊の前に飛び降りた。
見事な着地を決めた彼女は、素早く剣――レイピアというやつか?
細剣を引き抜いた。
「ここまでですわ! 大人しく投降するならよし、そうでないなら――」
クランセスカが言い終える前に、覚悟でも決めたのか賊が二人で襲い掛かってくる。
彼女の実力が分からない俺は、少し肝が冷えた、が――
「――痛い目を、見て頂きますわ!」
クランセスカは焦ることもなく、冷静に構えた。
そして先に前に出てきた賊のナイフを持った手を、刺し貫いた!
その刺突の正確さ!
「ぎゃああああ!」
そこで止まらず、クランセスカは流れるように身体を回しながらレイピアを引き抜いた。
間髪入れず襲ってきた、もう一人の賊の攻撃を舞いでも踊る様に躱し、その遠心力のまま堅そうなレイピアの柄で後頭部に一撃を見舞って昏倒させた。
相手のレベルはともかく……あの動き、判断の正確さ。
クランセスカ――間違いなく、強い。
「ふぅ」
レイピアを軽く払い、鞘に納める動作までもが堂に入っている。
騎士の所作なのだろうか?
シオンさんとも、イリアとも違う雰囲気がする。
「喚かないで。武器を持って向かって来るというのは、覚悟がいることですわ。違って?」
手を貫かれて、のたうち回っている賊にクランセスカは冷たく言い放つ。
離れた場所に着地していた俺は、事が終わってからようやく彼女の傍に来て、賊を見た。
頭を打たれて気絶している賊と、暴れて帽子が取れている賊。
その頭には――
「……獣人族」
犬に似た耳。
何か、嫌なものを見てしまった気がした俺は、複雑な気持ちでその『賊』を見下ろしていた。
その日の夜、食事を済ませて部屋に帰った俺は、物憂げに窓の外を眺めていた。
結局、ギルドには行かなかった。
あの後、遅れて駆けつけてきた騎士たちに賊の身柄を引き渡し、大捕物は一先ず終了した。
俺も少々取り調べを受ける所だったが――
「――余が請うて協力した者に無礼であろう。アリス、助かりましたわ」
――との彼女の一言で、俺は騎士団からはノータッチとなった。
何者……?
「アリスさん……? 気分でも悪いですか?」
「……サイラ」
窓際に座って、ぼ~っとしている俺を心配そうに見るサイラ。
――その頭に、可愛らしい猫の耳。
「ねえ、サイラ? 少し、傍に来てくれる?」
「? はいです」
不思議そうに傍にやって来た彼女を――
「――捕まえた」
不意打ちで、抱きしめた。
「わあっ!」
「ふふっ、サイラは可愛いわね」
イリアと違って、隙があるところが可愛いのです。
実際の年齢以上に可愛らしいな。
「あ、アリスさん……恥ずかしいにゃぁ……」
照れるサイラを捕まえたまま、その頭を優しく撫でる。
サイラも気持ちいいのか、そのままこちらにもたれ掛かってくる。
最終的に椅子に座る俺の膝の上に頭を預けて、まるで本物のネコのように懐いてくる。
――種族は関係ない、つまるところは人次第。
昼の騒動を思い出す。
結局あれがどういう騒ぎで、何が原因かは分からない。
種族間の話ではないかもしれない。
しかし事実として、それはある。
……そこまで『彼ら』を追い詰めた理由。
サイラは優しい子だ。
そして、周りの人間にも多分恵まれた。
でも、悪意ばかり受け続けた『彼ら』はどうなる?
誰だって、受けた痛みは返したい。
それが普通だ。
それが人だ。
神様じゃないんだから。
「あの……アリスさん、今日、一緒のベッドで寝たいです」
恐る恐る、サイラが問いかけてくる。
その上目使いに、怖がりな色が見える。
「――甘えん坊なんですね、サイラは。いいですよ」
「本当ですか!? アリスさん、大好きですニャ!」
首元に抱きついてくるサイラに苦笑する。
この子は、人の顔色を見過ぎる。
それが何となく分かった。
少しでも、安心させてやりたい。
……そして、明日はクランセスカに食事に招待されている。
地図と住所を貰った。
あんなことがあって、サイラを連れて行くことに若干の引っかかりはあるが、連れがいるなら全員と言われている。
人数も伝えてある。
事情があるとはいえ、パーティに招待されて、誰かを置いて行くようなことはしたくない。
それにここでサイラを連れて行けないなら、この先ずっとこの子を閉じ込めて暮らすことになる。
……大丈夫だよね。
サイラには、関係のない話だもの。
「さぁ、もう寝ましょうか、サイラ?」
「はいっ、アリスさん!」
「ふふ、元気良すぎて、今から寝るって雰囲気じゃないわね」
「嬉しすぎて……恥ずかしいにゃぁ」
すっかり懐かれたサイラに引っ付かれながら、ベッドまで移動する。
先にベッドに入り、上掛けをたくしあげてやると、サイラが小動物のように潜り込んできた。
ドキドキする、という感じではないなぁ。
「おやすみ、サイラ」
「おやすみなさいです、アリスさん」
……
…………はて?
ふと、さっき自身から自然に出てきた行為と台詞が気になった。
――捕まえた?
――甘えん坊ですね?
「……」
おい、大丈夫か、俺?
これが自然に出るっていうのは、マズイんじゃ……
何かちょっと、色んな意味で不安になった夜だった……




