↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/170

666

 夜桜のように華やかな氷が降り注ぐ。

 気の早いことだが、先手必勝は世の習い。


 (霧化っ)


 鮮やか過ぎる氷の嵐を素通りしてみせる。

 最近、これに頼り過ぎている気もする。

 対策されたらイヤだから、程々にしておこう。

 などと考えながら、氷の嵐を抜けて真正面から突っ走る。


 「効果はございませんか」


 ――幼い。


 まだ少女に届かぬような、愛らしい声がした。

 これはトドメを刺す訳にはいかないな、と思いながら地を駆ける。

 相対する少女との距離が詰まる。

 さあ、次はどうする?

 わずかな緊張と、溢れる好奇心を持って相手に躍りかかる。


 「我が心に応えよ、魔剣」


 少女は腰から手早く細剣を引き抜いた。

 ピンと背を伸ばし、足を交差させるように一歩後ろに引く。

 細剣は胸の前で力みなく天に掲げている。

 飛び込んできた獲物を突き殺さんとする静かな闘志。

 随分と、サマになっている。


 (だけど、それじゃあ同じことだよ。私は捉えられない)


 残念ながら、魔法がダメなら物理でどうだ、というのは霧化対策としては不十分に過ぎる。

 痛い目をみて悟りなさい。

 距離が詰まった――今!

 お互いに、攻撃の意思を持って最後の一歩を踏み込んだ。


 「――ル――――」


 少女の口元から言葉が紡がれた瞬間、空間が歪んだ。

 反射的に、直角に飛びのいた。

 相変わらずの力任せの挙動に、身体が悲鳴をあげる。

 しかしおかげで、旋風が巻くほどのひねりが効いた刺突は空を切った。

 背中に冷や汗をかいている、いい踏み込みだった。

 ――が、今のは何だ?

 何か、からくりがあったはずだ。


 「……なんたる未熟、当たりませんか。出会い頭の勝機を逃してはこれまで」


 流れるような優雅な動作で細剣を鞘に納めた『賊』が、踵を返した。


 「えっ? これで終わりにするの!?」


 何も答えぬまま、外套を深く被りなおした小柄な人影が闇に紛れて消えていった。

 あとには、ホーホーとフクロウのような鳴き声が夜空に木霊すのみ。


 「……鮮やか過ぎる引き際だねぇ」


 自分の髪を撫でてみる。

 直角に飛んで遅れてしまった俺の『霧化された髪』が一房、はらりと地面に落ちた。

 突っ込んでたら、串刺しか。

 聖女のスキルに似ている?


 「あ、今はそのシトラが先か」


 注意深く辺りを見渡してみたが、もう人影も敵意も感じない。

 あの実力、あの年頃の少女が賊だとも思えないが……

 なんにせよ身に降りかかる災難は、有名税、か?

 まったく、頭が痛くなるな……




 ◇■◇■◇


 (相変わらず、寝てる……)


 きりかぶの魔物がスヤスヤ眠っている横を素通りする。

 懐かしい道だ。

 俺の旅の始まりが詰まっている場所である。

 迷いなく進んでいくと、森が開けた場所に出た。


 「いつもより眩しく、遺跡が、光ってる……」


 この闇の中で、これ以上ないほどの目印になっている。

 遠くからでもはっきりと異変が起きているのが分かった。

 ステータスを確認すると、どうやら聖女はこの遺跡の中まで入り込んでいるらしい。


 (ん? イリアがこっちに向かってるのか)


 パーティメンバーの移動は分かり易いな。

 徒歩で移動中なのか、ゆっくりした速度だ。

 まあ、夜道だから気を付けて欲しい。

 というかイリアの移動が分かるんだから、聖女だって俺が近くに居るのは分かってるはずだ。

 位置的には、祭壇の間と呼ばれる転職試練の部屋か。

 魔法陣から中に入ると、すぐにルインベアーが突っかかって来た。

 力任せの横なぎを意味もなくミリ単位で見切ってから、踏み込んで雷掌底。

 2秒くらいで終わった。

 出会い頭の交通事故で天に召されたクマさん以外は、誰も俺にかかってこなかった。

 力の差というものに敏感だよな。

 散歩気分でトコトコ歩き、祭壇の間に到着した。

 室内に入ると、聖女が祭壇の前に跪いて祈っている最中だった。

 そういえば、弱い魔物とはいえ、この中を一人で突破できるくらいには戦えるんだな。

 俺はぼんやりと、その祈りが終わるのを待った。

 別に、途中で声をかけたり止めたりはしない。


 「――お待たせしました、アリスさん」


 祈りを終えて、聖女が振り返った。

 相変わらず両の眼は閉じている。


 「アリスさんのお姉さまの片目を奪ったことを謝罪します」


 改まった第一声がそれか。


 「戦場でのことです。お互いが命懸けでしたから」


 まあ、土壇場でみねうちをしてしまうラブリーな姉だが。


 「それで、どうしてこんなところに? マリアさんが困ってましたけど」

 「この世界の異変の一端を、調べていました」

 「世界の異変?」


 北の空が暗闇に飲まれてるのも、その一端?


 「……この遺跡から、いえ、世界中の遺跡から魔力の波動が吹き上がっています」


 確かに、なんか輝いてるみたいだけど……

 シトラはそういう異変を感じられるスキルがあるのかな?

 予言者みたいな。


 「アリスさんは、666という数字をご存知でしょうか?」

 「――獣の数」


 突然の現実とのリンクを感じて、身震いした。


 「その通りです。獣の数、悪魔の数字。呼ばれ方はどちらでも、意味は同じ。滅びの名です」


 ヨハネの黙示録。

 あちらの世界で無気力に生きていたとき、そんなものはせいぜいゲームの設定だった。

 逸話はあれど、それを信じる人間は敬虔な宗教家くらいだ。


 「獣が出現する時代は、天変地異が起こるって言われてますよね? ……今の状況は」

 「まさに。私たちは、世界の終わりを目撃しているのかもしれません」


 シトラは、しごく淡々と答えた。

 あまりの現実感の無さに、俺も頭が追い付かない。


 「国だの種族だのと、そのようなことを騒ぎ立てている場合ではないのです……なかったのです」


 だからと言って、ifの未来を前提に国は動けまい。

 これはあちらの世界もこちらの世界も同じ事だ。

 滅びる『かもしれない』から、仲の悪い国も手を取り合いましょうとはいかないのが人だ。


 「シトラは、知ってたの?」

 「……この全盲の瞳に、未来が見えたのはあの戦場で気絶していたときです」

 「なるほど……だから、あれほどの決意を持っていた貴女が心変わりを」


 重く、固い決意を持って望んだ戦場で、俺を助けてくれた意味が分からなかったからな。

 まあ、リブラのことに腹を立てていたのは事実だろうけど。

 シトラは静かに頷いた。

 世界に終焉をもたらす、滅びの獣。

 その名は……つまり、ディアドラなのか?

 サクラメントで蘇りかけたという、伝説の黒竜。


 「滅びの正体は、分かりません」


 俺の心を読んでいるように、シトラは語る。


 「黒竜ディアドラは、あくまで逸話で語られるハイエルフの契約竜。おとぎ話の類です」


 ルナリア・エインシャウラの契約竜か。


 「この異変は、獣は、別の何かだと……そう私は感じています」

 「それで、こんな夜更けに祭壇を調べにきたってことですか? 何か関係が?」


 シトラは祭壇を仰ぎ見た。


 「アリスさんは、この遺跡の数をご存知ですか?」

 「まさか――666?」


 こくり、と聖女が頷く。


 「世界に残された同様の遺跡の数は、666となっています」


 世界というのは、この周辺だけじゃなくて、帝国やそのほかの土地も含めた文字通り、この世界全体の話なのだろう。


 「……なんとも壮大な話になってきましたね」


 獣って……やっぱり、ヤマタノオロチよりヤバい存在なんだろうな。


 「この異変を調べるのに、北の……えっと、妖精郷? に行くのが正解なんですかね?」

 「私はあくまで同行を命じられた身でしかありませんが、おそらくは無関係ということはないのかと」


 世界が終わるって言ってるのに無駄足踏んでる場合じゃないもんね。


 「――あ」

 「シトラっ」


 突如、遺跡が揺れた。

 というか、地震か!?

 崩れないだろうな、この遺跡!


 「ここは危ないです、急いで外に出ましょうっ」


 言ってるそばから天井の石がポロポロ落ちてきた。

 シトラの手を引いて、急いで部屋を出る。

 シトラはその見えない目で、祭壇の方をじっと見つめていた――




 ◇■◇■◇


 遺跡からなんとか脱出したのはいいが、この地震、まだ続いている。

 いくらなんでも長すぎる!

 揺れの感覚的には震度3~4というところだろうか?

 建物が崩壊するレベルという訳でもないだろうが、街の方が心配だな。


 「お~~い、アリスちゃん!」

 「おじさん!? どうしてこんなところに……って、イリア」


 イリアが申し訳ございません、という顔でおっさんの護衛っぽく傍に付いてきていた。


 「何って、また夜に飛び出したって聞いて、仕事帰りのついでに探しに来たんじゃねえか」

 「や、心配かけました。でも私ももう立派な冒険者なんですよ? 夜出歩いたからって雑巾がけとかさせないでくださいね」


 との主張に、おっさんは渋い顔をする。


 「とは言ってもアリスちゃんはこんな可愛い女の子だからなぁ、夜出歩くのは良くねえなぁ」


 このおっさん、俺を心配してんのかな? 口説いてんのかな?


 「――アリスさん」

 「ん? どうしたのシトラ?」


 握ったままのシトラの手が震えていた。

 断続的な揺れとは違う、はっきりとした身震いだ。


 「――来ます」


 遺跡から、咆哮が上がった。

 ビリビリと大気を揺るがすほどの、『獣』の叫び声だ。

 『何か』が、遺跡から――遺跡を食い破って出てくる。

 地の底から響くような地震は、そいつの胎動……だったのか?


 「こんな森の中にいたんじゃ戦えない……草原まで走って!」


 皆が緊急事態だと認識し、反論もなく走り出す。

 ああ、くそっ。

 相手がどれほどの脅威かは知らないけど、リンナルの街が目と鼻の先にある。

 逃げるなどという選択肢は最初からない。

 仲間の位置を調べてみると、シオンさんもマリアさんも街の中を駆けまわっているようだ。

 まさか……街に何かあったんじゃないだろうな?


 「――こうなっては、もはやこれまで」


 フードを目深に被った、先ほど手合わせした少女が俺たちと並走してきた。


 「何者っ」


 イリアが槍を構えるが、俺が制した。

 戦う気は……感じられない。


 「……一緒に戦ってくれるの?」


 問いかける俺に、少女はフードの中からでも輝く瞳を向けて、小さく頷いた。


 「及ばずながら、力になりましょう――銀の雷精殿」


 幼さを残した声音の割に、妙に大人びた子だ。

 そうして俺たちが草原にたどり着いたとほぼ同時に、もう一度天を貫くような咆哮が遺跡から上がった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。