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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
終章

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157/170

正体

 闇夜にライトアップされた遺跡から、獣が生まれた。

 地響きに混じって遠く悲鳴が聞こえてくる。

 街からでも十分に視認できる大きさだろう。

 生物として、あまりに基本設計が違い過ぎる。

 大きさというのはそのまま強さであるということは、ヤマタノオロチで十分に実感した。

 今回は……それ以上だ。

 いまだシルエットしか見えない分、余計に本能的な恐怖感に苛まれる。


 「お嬢様、竜化の許可を」


 イリアが傍に歩み寄ってきた。

 思わず、イリアの目を正面から覗き込んだ。

 怖く……ないんだろうか?

 俺の戸惑いを慮ったように、イリアが微笑んだ。


 「一言ご命令下されば、このわたくしはどのような艱難辛苦からもお嬢様を守り切ってみせましょう」


 ……女の子って、すごい、いや、イリアってすごい。

 イリアはこの強がりを、きっと本物にしてみせるのだろう。

 虚勢の張り合いでご主人様が負けるわけにはいくまい。

 イリアに勇気を分けてもらう。


 「――許可します。私の魔力、あなたに預けます」


 イリアとの魔力パスの循環を最大にする。


 「見せてあげなさい、私の竜こそが最強なのだと」


 不敵に笑った俺に、イリアが満面の笑みで返した。


 「イエス、マイ、レディ」


 銀色の魔力に包まれたイリアが、黄金の竜へと顕現する。

 目の前で起こった竜化にみんなも驚いているようだが、特におっさんが腰を抜かしていた。


 「んなあっ!? お、おい! あのお嬢ちゃんはどうしちまったんだ!? なあ、アリスちゃんっ!?」

 「あ~、あれがイリアの第2形態です。ちなみに第4形態まであります」


 嘘だけど。

 しかしおっさんが震え慄いていた。


 「せ、世界ってのは広いもんだな……」


 まあね?


 「アリスさん、戦えますか?」


 シトラがおずおずと寄ってくる。

 この子、土壇場以外は自信無さそうな動きするな?


 「正直私が戦うのは無理そうかな? イリアに全力で力を与えてるから。私の勝負はイリアに預けました」


 これで負けたら俺の一敗ということでも良いよ。


 「そうですか、私も回復は得意ですので、お役立てください。サークリットヒールで皆さんの疲労と傷を癒し続けますから」


 ほう!?

 シトラは、ヒーラーだったのか?

 俺、この世界でまともなヒーラー初めて見たぞ。

 だって俺の力任せのヒールでだいたい傷治るしな?

 というか、希少すぎて見かけなかったんだけど。


 「シトラ、心強いです。あなたは前に出ないで、皆のサポートをお願いします」

 「承知しました」


 そして何となく、皆の視線がもう一人の連れ添いに向いた。

 フードを被った小柄な少女が、身の丈以上もある細剣を構えて周囲を警戒している。


 「ふむ。ではわたくしは溢れ出てきた雑兵の相手をするとしましょう」


 言うや否や、大量のスケルトンが森から湧き出てきた。

 なんだこいつら?

 ボスが居る間無限にリポップする迷惑な雑魚か?


 『お嬢様、わたくしが』


 イリアのブレスが森から出てきたスケルトンの群れを一掃した。

 ちなみにイリアの竜化状態の声は俺の頭に直接響くのみで、皆には聞こえない。

 イヤホンつけてるみたいな感じ。


 「す、すげえ……」


 驚きを目の当たりにした時のおっさんの擦れてない反応が大好きです。

 ふふん、とイリアの代わりに俺が胸を張る。


 「私の自慢のイリアですから」


 まあ今のは小手調べにもほどがある威力だ。

 実際、俺とイリアの本気のブレスは半端ないぞ?


 「流石です。ですがイリア殿にはあちらを抑えて貰わねばなりません」


 再びワラワラと森から湧いてきたスケルトンを尻目に、遺跡の獣を指し示すフードの子。

 確かにな。

 あれはイリアしか相手できまい。

 でかい図体を持て余しているのか、まだ遺跡から動き出さない獣。

 なんなら今のうちに最大最強のブレスをお見舞いしてやろうか。

 うん、そうだな。

 相手の態勢が整うのを待つなど愚の骨頂。


 「イリア、ブレス最大。終わらせなさい」

 「――畏まりました、お嬢様」


 イリアが四肢を踏ん張った。

 黄金の体躯が更に輝き、遺跡に負けぬほど闇夜を照らしだす。

 目標を見定めた顎が大きく開き、そこに輝く魔力が集まり始める。


 「こ、これは……森ごと吹き飛ばすおつもりで!?」


 その威力を想像したらしいフードの子が焦った声を出す。


 「緊急事態です」


 俺だって自然破壊なんてしたくない。

 でも時と場合ってことで許してほしい。


 「この森……後で私が買い取って植林します! ――放て、イリア!!」


 黄金のブレスが放たれた。

 おそらく、手加減なしの全力ブレスは契約して初めてだった。


 「――あ」


 だったので、それがどれほどの威力なのかよく分かっていなかった。

 具体的には、リンナルの遺跡と森が綺麗さっぱり更地になるまでは。

 この事件は後に『雷精の逆鱗』という名で呼ばれ、むやみに人を怒らせてはならぬという逸話として語り継がれたそうな。




 ……俺別に、怒ってたわけじゃないけどな?



 ◇■◇■◇


 翌日、イリア最強疑惑が俺の胸の中で渦巻いていた昼下がり。

 俺はリンナルの街の噴水広場でのんびり日向ぼっこをしていた。

 昨日、遺跡の獣が出てくるちょっと前、まったく偶然の同時タイミングで盗賊団が街を襲ってきていたらしい。

 自警団を組織して防衛にあたったマリアさんと、敵陣に切り込んであり得ないほどの戦果をあげたシオンさんはなんだかんだと事後処理で忙しいのだ。

 イリアとシトラは今後の旅に必要な買い出しに出かけている。

 俺だけのんびり息抜きお嬢様待遇。


 「お、フードの子」


 噴水広場に、昨日の子がやってきた。

 そういえば名前も知らない。

 向こうも俺を見つけると、傍に寄ってきた。


 「銀の雷精殿、噂にたがわぬその実力、感服いたしました」


 妙に可愛いらしい声で、大人びた労いをかけてくれるこの子に興味津々なんだが。


 「ありがとう、私のことはアリスでいいよ? あなたはなんて呼べばいい?」


 フードの子は俺を改めて観察し、少し逡巡。

 しかし何か覚悟を決めたのか、未だ被り続けていたフードを脱いだ。


 「……」


 どこか照れたように頬を染め、わずかに顔を背けて見せるその子は、たまたま近くを通りかかった通行人すら思わず注目してしまうほどの美少女っぷりだった。

 ピンクシルバーのふわふわの髪が特徴的で、目元は可愛らしくも鋭さを持っている。


 「かっわいい! あ、ごめんね突然」

 「いえ……わたくしは……その」


 名前を告げることを戸惑っているのか、薄い唇をもごもごさせている。

 意を決したらしい少女が、服を手でぎゅっと掴みながら口を開いた。


 「あの……わたくしが誰か分かりますか?」


 何かを期待したような上目使いで、俺に逆質問してくる。


 「え? あれ? 私、あなたの知り合いだったかな?」

 「いえ、そういうわけでは……」


 俺の返答に、しゅんとした……

 罪悪感パないな!

 昨日の雰囲気から、もっと理知的で容赦がなくて、そう、クランのように権謀術数に長けた子なのかと勝手に思っていたが……

 今のちょっとあわあわした感じなんて、たまらなく愛おしくなる。


 「え~っと……ちょっと、こっちこっち!」


 思わず手を引っ張って、俺の隣のベンチに座らせる。

 横顔もかわいい……まつ毛長い、お人形さんみたい。


 「ねえ、ちょっと待ってね? 私あなたのことちゃんと思い出すから。もう少し時間を頂戴?」


 懇願する俺に、少女が淡く微笑んだ。


 「あ……はい。ふふ、ではわたくしの名は、その時まで伏せさせてください」


 笑うとまたかわいい……

 ん? そういえば……この子、誰かに似てるような……


 「もしかして、クランの親戚? クランの屋敷ですれ違ってたり?」

 「いえ、違いますわ。ですが、なかなかのご慧眼です」


 もうクイズになってるな、これ。


 「ん~、あ、もうすぐお昼だけど、お腹すいてなぁい?」

 「はい、少し」

 「あなたみたいな年ごろだと、いっぱい食べないと大きくなりませんからね! お昼、行きましょ」

 「あ――」


 思わず手を取った俺を、まじまじと見つめる少女。


 「あの……馴れ馴れしかった?」

 「いえ、そんな……とても暖かい手だな、と」


 しばらくぼ~っと繋いだ手を眺めていた少女と連れ立って、俺は街の食堂――ミルキーウェイへと向かった。




 ◇■◇■◇


 席に通されると、少女は興味深そうにメニュー表をのぞき込んでいた。

 あまり外食なんかに出たことがないんだろうか?


 「あの、このみっくすじゅーちゅというのは飲み物なのでしょうか?」

 「あー、うん、まあ次の機会にしましょうね?」


 従業員さんはプロだけど、無用な試練を与えるものじゃない。

 ちょっとお高めのランチを頼んで、二人で食事を楽しんだ。

 どうもこの子はマナーなんかは完璧で、高級料理店に連れて行っても何の違和感もない感じ。

 俺の方がつまみ出されそうだ。

 それと家が相当厳しかったのか、周りの大人が厳しい人だらけだったのか、今まで聞いてもらったことがないとばかりに俺に向かって学園であったことや、剣術が上達したこと、魔法まで使えることまで……兎に角キラキラした目で自分のことを聞かせてくれる。

 ほぼ一方的に話してくれて、俺は――


 「うんうん、そうなんだ?」


 と合いの手を入れるだけだけど、つまらない訳じゃない。

 微笑まし過ぎて、終始顔が緩んでしまう。

 かわいい。


 「それで妹が――あ、いえ」


 何かを思い止まった少女が、しまったという顔をして口を閉ざした。


 「妹? あなたの妹なら、とってもかわいいんでしょうね」

 「はいっ、それはもう! ル……いえ、なんでも」


 妹の自慢もしたいのに、言いたくて言いたくて仕方ないのに、またもごもごと口を閉ざす少女。

 んん?

 思うに、妹に俺につながる何かが隠されているんだろうか?

 ル……?

 いや、まさか……


 「ところで、あなたの妹さんのお名前は?」


 この時、俺もちょっと胸がどきどきしていた。

 少女はバツが悪そうに、上目遣いで俺の目をみた。

 ……かわいい。


 「言ったら、バレてしまいます……」

 「ふむふむ、しかし私はほぼこの時点で確信を得たんですが……」


 聡いからな、俺は!


 「今から私があなたのお名前を当ててみせます。もし当たったら、嘘をつかないで、正直に白状してね?」


 少女の鼻先に、ぴっと指を立てて念を押す。

 勢いに押される形で、少女がこくりと頷いた。

 よし……

 では――


 「初めまして、ではないかな――――シルヴィちゃん」

 「お母さまっ!!」


 体中で正体を白状した我が愛娘、シルヴィはテーブル向こうからジャンプして飛びついてきた。


 「わあっ!? すごいアグレッシブ!?」


 身軽なシルヴィがテーブルの上のものを倒さないように巧みに飛び込んできた。

 普段虚弱な俺は腹筋に力を込めて、全身全霊で受け止めた。


 「~~~~~っ! もうっ、シルヴィちゃんも結構お転婆ですね?」


 一瞬の間は肺の空気が抜けきったせいなので、仕方なし。


 「わたくしも、驚いています……ですが、お母さまに会えたのが嬉しくて嬉しくて……」


 胸に顔を押し付けてくるので、させるがままにして頭を優しく撫でてやる。

 こうやって未来からの子を慰めるのは、3度目かな?

 マキナに、ルミナちゃんに、そして今度は――


 「シルヴィちゃん、ふふ、かわいい~。こんな風に成長するんだ?」


 モテ過ぎて困ってしまう美少女だなぁ。


 「お母さま、お母さまぁ……」

 「あらら」


 まさかルミナちゃんはともかく、シルヴィまでこの甘えん坊加減とはちょっとびっくり。

 もっとこう、クランっぽい感じなのかなあと。

 いや、これもしかして俺の性格入ってんのか……?

 兎に角、店の注目も浴びまくりだし、家に帰るか。


 「ね、シルヴィちゃん、とりあえずお家帰ろ?」

 「お家……お母さまと一緒に?」

 「そ、私と一緒に、お家帰りましょ」

 「……はい、帰ります、お家帰ります」


 う~~ん。

 なんだこのかわいい生物は。

 胸がぎゅむっと締め付けられるな?

 ひょいっとシルヴィちゃんを抱き上げる。

 おそらく10歳くらいの年ごろなので今の俺からすると重労働だが、わざわざハイエルフ化してみせた。

 なんとなく、抱き上げてあげたかったのだ。


 「お母さま」

 「はぁい」


 などと、とりとめのない会話をしながら、抱き上げたシルヴィちゃんと帰路に就いた。

※イリアが竜化した時の着ているもの及び装備は魔力の粒子によって解体、再構成されます。裸にはなりません。

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