そして、始まりの街から
遠く北の空を望むと、ブラックホールでも産まれたのかというような暗黒が広がっている。
すべてを飲み込んでしまいそうな禍々しさに、息苦しさを覚える。
「わたくしたち竜族は妖精郷の守護者として深緑の森の奥で独自の文化を築いて生きてきました」
リンナルの街への街道を進みながら、イリアが憂いを帯びた顔で吐露する。
揺れる馬車の車内に負けぬほど、懐かしそうで、悔いるような、複雑な色をしたイリアの瞳があった。
この子の身の上話は初めてのことだ。
気を使った皆はそれぞれ馬に乗り換えて離れている。
「全ての生活を魔導器具と呼ばれる道具に頼って発展した文明のレベルは高く、生活はこちらの国々に比べても豊かなものでした」
魔導器具?
という顔を俺がしていたので、イリアが優しく微笑んで解説してくれる。
「こちらでよくみられる道具『魔石』は元々持っているオドを使い切れば終わりの消耗品です。それに対して『魔導器具』と呼ばれるものは使用者のオドを取り込んで使う半永久的なマジックアイテムなのです」
オド?
あ、魔力の事ね?
使用者のオド――つまり魔力はマナから取り込めば回復する訳だから、確かに消耗品に比べてはるかに使い勝手が良い。
魔導器具はバッテリーみたいなものかな?
「ですが、もちろん問題もありますよ。そのような道具を享受している場所で魔力を持たない者など、人権はありませんからね」
「……」
確認するまでもなく、イリアの魔力は0である。
それどころか、こちらの世界で見かける竜の全てが魔力無し。
単純に竜種は魔力を持たないと思っていたけど、どうやら違うようだ。
つまり……そういう事なのだろう。
「魔力無しの竜族の寿命は短いです。体の強さを魔力に補ってもらう部分がありますから、それを生命力で補う為、と言われています。20歳を越えればいい方でしょう」
「……良かった、私その前にイリアに会えたよ」
「はい、わたくしも……故郷を追われ、生きる事を諦めた先で……お嬢様に出会えた。こんなに嬉しい事はありません。あの空のような暗闇に飲まれても、出口はあるのだと」
出口か。
その絶望の途上にある者に、終わりは来るからなんて安易な慰めが出来るだろうか?
分からない。
でも俺はイリアに出会えたし、マキナの一途さも知っている。
もう一度そんな人に出会っても……誠実に向き合う事だけは約束できる。
ただそれだけでいいはずだ。
「? なあに、イリア」
思い悩んでいる俺の顔を、イリアが目を三日月にして微笑ましそうに眺めていた。
「いいえ、失礼しました、お嬢様。わたくし、お嬢様を観察することが趣味ですので」
「えー? いつも見てるのに、目新しい事なんてないでしょ」
「そんな事はありませんよ? お嬢様の百面相を飽く事などありませんから」
いつもの軽口に反応しそうになったが、無理やり表情を取り繕って能面のような顔をした――――つもりだったが、その俺の顔を見てイリアが噴き出した。
「も、もうイリアはっ」
「も、申し訳ございませんお嬢様……ふふっ、可愛らしすぎですわ」
隙があったら俺をおちょくってくるからな、この子は。
だからというか、時々さすごしゅしてくれるとすっごく嬉しい。
……転がされてるんだろうか、俺は。
「ふふ、お嬢様、見えてきましたよ。わたくしたちが出会った街」
馬車の窓から街道の先を覗き込む。
「リンナル――」
俺はもう、十分強くなったかな……?
◇■◇■◇
久しぶりのリンナルの街は、盗賊襲撃の名残を感じさせない立派な復興具合だった。
火に崩れ落ちた家屋や、氷竜……レティのブレスを受けて崩れた建物も多い。
馬車と馬をゆっくりと進めながら、街の大通りを進む。
「さて、アリス殿。我らは宿を取ってきますので――」
「あ、マリアさん待って、お姉ちゃん」
視線で馬上のシオンさんにお伺いを立てると逡巡する素振りも見せずにニッコリ頷いた。
「この先に私たちの実家? がありますから、今日はそこに泊まっていきませんか?」
おっさんとおばさんには、それなりの大所帯で迷惑をかけるが……
まあシオンさんが良いって言ってるんだから良いだろ。
「良いのでしょうか?」
「良いんですよ」
だって、右も左も分からない俺を助けてくれた、自慢の家族だからなっ。
馬車に寄って来たシオンさんも追随する。
「親父が変に鼻の下を伸ばさないかだけ心配だけど。なんせ綺麗どころばかり揃ってるからねぇ」
その通り!
俺、はとりあえず置いておくとして。
イリア、シオンさん、マリアさん、シトラ……はまあ、幼いといえば幼いけど。
人目を惹くよねえ。
さっきから視線をよく感じるし。
「まあ、うふふ。ではお言葉に甘えさせて頂きましょうか、聖女様?」
「はい、私はもちろん構いません」
それに実際、シトラとはちょっと話してみたいと思ってたんだよね。
今まで、なかなか機会も無くて2人で話す事なんてなかったけど。
「しかしお嬢様、久しぶりのリンナルになりますが、どこか様子がおかしくありませんか?」
「え、そう?」
まったく気づかなかったとは言い難いぞ?
あ、そういえば復興で活気づいてるはずにしては、街が静か過ぎるような……?
「アリス殿、先ほど門の所に盗賊注意の立て札が出ておりました。復興途上を狙った蛮行が繰り返されているのかもしれません」
さすがマリアさん。
注意力、洞察力は抜群だ。
「しまったな、ここは騎士団が常駐している街じゃないから、冒険者だよりなんだけど……」
頭を掻くシオンさんは、この街でそういう依頼をこなしてきたのだろう。
シオンさんなら盗賊など余裕だが、冒険者みんながそうという訳にはいかない。
「後でギルドに寄って事情を聞いてみましょうか? さすがに私にとっても故郷ですから、放ってはおけません」
全員が頷いてくれたけど、たぶんこのメンバーで盗賊狩りしたらオーバーキルなんだよなぁ……
ふるふると頭を振って盗賊の未来を頭から追い払った。
そうこうしているうちに、我が家である。
庭の井戸に、懐かしい恰幅の良い後ろ姿。
思った以上に心がはしゃいで、俺は徐行運転の馬車から飛び降りて駆けだした。
「――おばさんっ!」
俺の声に、おばさん――アデルさんが振り向いた。
優しい皺の入った、安心を与えてくれる穏やかな顔がほころんだ。
「あらっ、アリスちゃんじゃないっ おかえりなさい!」
「ただいまっ」
水汲み桶を置いて腕を広げてくれたので、どーんっと言わんばかりに俺はおばさんの胸に飛び込んだ。
正直リンちゃんと大差ない。
「もうもうっこの子ったら全然帰っても来ないで! よく顔を見せて? まあ? ますます綺麗に、可愛くなったわねえ、アリスちゃんっ」
「むぎゅ~~~」
もみくちゃにされた。
が、されるがままにさせてあげる。
俺もこんなに帰って来たことを喜んでもらえたのが嬉しい。
「ただいま、お母さん」
「シオンっ――あんた……いや、よくアリスちゃんを守ったね、偉かったね」
「おっと」
シオンさんもおばさんに抱きしめられる。
二人一緒におばさんの腕の中に納まって、至近で顔を見合わせてお互い破顔した。
おばさんは当然、シオンさんの左目の眼帯に気付いた。
それでも疑問とか心配とか、そういうのを飲み込んで、まずは受け入れてくれる。
本当に安心感のあるお母さんだ。
俺も、シルヴィやルミナちゃんにとって、こういうお母さんになってあげたいな。
十分な抱擁が終わってから、おばさんが皆に向き直った。
「おっと、ごめんよ? アリスちゃんのお連れかい?」
マリアさんが優雅に礼をしてみせた。
「はい、御息女にはいつもお世話になっております、マダム」
「まあまあ、いやだよ騎士さま! こんな田舎のおばさんに、あんたみたいな偉い人が頭を下げちゃいけないよ」
おばさんらしいなぁ。
マリアさんが、まさかウィルミントンの将軍だとは知らないだろうけど、着ている服をみるだけで騎士だっていう事は分かるからな。
「うふふ、本当に良いお人柄で。シオン殿とアリス殿に、とても良い影響をお与えになったのでしょうね」
イリアとシトラも挨拶をして、シオンさんから事情を聞いたおばさんは一も二もなく――
「泊まっていきな!」
と快諾してくれた。
◇■◇■◇
家におっさんは居なかった。
どうやら本当に盗賊団? らしきものが悪さをしているらしく、馴染みの仲間と調査に向かっているそうだ。
駐屯していた騎士みならいも一緒だとか。
最近の街の情勢から、取るに足らないようなよもやま話まで、雑談にも花を咲かせて夜が更けていった。
温かい食事にお風呂も頂いて、さあ寝るかという時にちょっとした部屋割り騒動が起きたりもした。
使えるのがシオンさんの部屋と俺の部屋しかないからだ。
まあ俺がシオンさんと一緒に寝たら良いかなと思ったが――
「お客を一部屋に3人も押し込むつもりか?」
と言われてしまうと、確かにその通り。
皆は十分だと言っていたが、せっかく宿を止めてまで案内したホストの名折れ。
結局、シオンさんがおばさんたちの寝室で一緒に眠る事になり(おっさんもいないからね)、俺とイリア、マリアさんとシトラのセットで落ち着いた。
「……で、なんで私のベッドに潜り込んでくるんですイリア。そこにちゃんとあなたのお布団敷いてるでしょ」
寝静まった夜更けの侵入者に唇を尖らせて抗議する。
ちょっとドキドキするだろ……
「お嬢様の奴隷として、契約竜として、主の柔肌を堪能――ではなくて」
堪能って言ったぞこの子。
「スキンシップによる接触型魔力補給です、お嬢様。お許しを」
「……そうは言っても」
イリアのメリハリの良いスタイル抜群の身体をそう押し付けられると、俺も困ってしまうんだが……
あと目の届かない田舎でこんな事してたら、さすがにクランやエクレアに悪いっていうか。
顔を覗き込むと、イリアのエメラルドの瞳が月に照らされて宝石のように輝いた。
あ、吸い込まれそう……
「きす……まではおっけ」
意味不明の言い訳をしてみた。
そんな俺の心情を余すことなく汲み取ったのか、イリアの顔が近づいてくる。
目を瞑った――ところで、キィとドアの鳴る音が響いた。
「?」
俺たちの部屋じゃない。
さすがに行為はストップ。
まさか、泥棒……盗賊?
イリアとアイコンタクト。
彼女もすっかり真面目モードに戻っている。
おばさんにはシオンさんが、シトラにはマリアさんが付いている。
どの部屋に入っても、死角はないだろう。
「……?」
あれ、これ屋内に入って来た感じじゃない?
出て行ったのか?
誰が?
「イリア、ちょっと私様子見てくる」
「承知しました、念のためわたくしは家の安全を確認しておきましょう」
「うん、お願い」
皆が寝静まってる事もあるもんね。
ネグリジェからローブに着替える。
あ、着替え?
イリアに手伝ってもらいました。
うん、大体いつもです……
恥ずかしさとかなくなりました。
リビングに出ると、マリアさんが座っていた。
珍しく、どこかぼんやりしている。
「マリアさん?」
「アリス殿……どうしても聖女様はひとりになりたかったようで、困りましたわ」
「シトラさんが……」
さっきのはシトラさんが外に出た音か?
この家は夜、家出するのが流行っているのだろうか……?
胸に突き刺さるな。
「良いんですか?」
「良くは……ないのでしょうね」
珍しいな、マリアさんがこうもう煮え切らない態度なのは?
仕方ない。
「ん、じゃあ私行ってきます」
「……アリス殿。ありがとうございます」
「気にしないで下さい、私もちょっと話してみたかったから、ちょうどいいです」
聖女シトラ、あの監獄屋敷からここまで連れてこられたが、本当に反応は薄かった。
何を考えているのかも不明。
この旅路もこちらが強要したことだから無理もないけど。
まあパーティ登録しているから、どちらに逃げているかは一目瞭然。
それでマリアさんもお目こぼししたんだろう。
お?
これは……遺跡か?
うむ……アリスさんのビンタの出番か?
どうも古傷を抉られるな。
「急ぎますか」
靴を履いて、家を飛び出す。
王都と違って、街灯はほとんどない。
薄暗い通りを街の外に向かって走る。
人が居たって、これならなかなか分からないだろうね、夜目の効く人以外は。
俺は問題なくスイスイ進みながら、順調に街から出た。
「――ん?」
目の端に何か動いた。
魔物じゃない。
プチパンサーも強さが分かるらしく、流石にもう俺に近づいてこないからな。
じゃあ何か?
「人影……」
もちろん、シトラのものじゃない。
今度こそ盗賊か?
いや、それにしては無駄のない早い動きだ。
ここまでの練度を誇る盗賊団が居るとも思えないが……
「!?」
魔力感知!
――やる気か!?
「――フィンブル」
極大の氷の嵐が、俺に降り注いだ――




