理を求めて
明け方まで煙る様に振り続いた雨が上がった。
庭の木々に溜まった水滴が光に反射してキラキラと目に眩しい。
雨宿りしていた鳥たちも元気に囀っており、久方ぶりに気持ちの良い朝だ。
「はっ――」
針に糸を通すように、鋭く呼気を吐く。
木の幹を打ち抜くように掌底を放つ。
無音の衝撃が森に響き、木の葉が盛大に泣いた。
頭から水浸し。
「……後でお風呂だなぁ」
日々の鍛錬は欠かせない。
油断していた訳じゃないけど、次元移動が俺だけの裏技とは思わない方がよさそうだ。
自分の手を切り落とされるとか、卒倒しかけたね。
今思い返してもぞっとする。
「……」
左手をぷらぷら。
うん、問題ない。
まあ対策としては、イオナと戦う時は常に全身霧化状態がベター。
攻撃に移る時だけ実体化しないとダメだから、そこはカウンター警戒。
しかし、奴が俺と同じことをしてくる可能性は排除できない。
そうなるともう、我慢比べだ。
最後は気持ちが折れない方が勝つ。
「ふっ」
指先まで神経を尖らせた回し蹴りで落ちる水滴を切り裂く。
余計なモヤモヤは身体を動かして吹き飛ばす。
「せいやっ!」
息をするように身体に雷を通す。
氷雪の魔女直伝、魔力操作戦闘技法……雷バージョン!
憧れが強いから氷魔法ってどんな感じなのか凄く興味はあるけどね。
そうだ、シルヴィちゃんにはぜひ氷魔法を極めてもらおう。
「――いい動きだ。魔術師らしからぬ、ね」
少し前から気付いていたが、ギャラリーがいた。
「お姉ちゃんも、身体動かします? わぷっ」
タオルを頭から被せられた。
一息入れるか。
「今はやめとく。頭の中の動きを、実際の動きで阻害したくないんだ。イメージトレーニングの方が良い」
「そういうものですか?」
わしゃわしゃ頭を拭く。
ちなみにイリアに見つかると怒られる拭き方である。
このワイルドさ、無くしたくない。
「あの感覚、掴めないんだ」
どうもお姉ちゃんは戦場で、剣士の極みに届きかけたらしい。
ピンと来ないが、これはもう本人の感覚だろう。
「……目、痛くないです?」
「ああ、痛みはないよ。ふふ、アリスがしおらしいから役得かな?」
「私を罪悪感ですり潰す気ですか」
そうお胸を張って得意げな顔をされるても困るぞ。
「それはそうと、シトラの事、何か聞いてるか?」
シオンさんが直接情けをかけた訳だから、これで死罪とか言われたら気になるよな。
「いいえ、今のところは。確か数日前から諸侯会議でお偉方が集まってるはずですから、議題に上がってるはずですけど」
クランからは今だノー連絡だからな。
謎。
「そうか、共和国との戦争、上手く終わればいいんだけどな」
「そうですね……」
獣人族の問題なんか特に、切なくなるからな。
「イオナは……今更共和国の協力なんてしないと思いますけど」
「ふーん? ソルトから聞いただけだけど、相当やばいらしいな? その子」
あの男、目を離すと知らないところでシオンさんと雑談してるな。
……凄く心配。
「ん? そういえば、ソルトさんは?」
ここ最近、全然姿みないぞ?
「ソルトは国に帰ってるよ。墓前に、花を手向けたいってね」
「あ――」
そう、か……リブラを討ったんだ。
彼にとっては節目だったろう。
「……言ってくれれば、それくらい私も」
水臭いやつ。
でもリブラを討っても、先行きの不透明感は変わらない。
世界の理を見てくるべきかもしれない。
それはリブラが解き明かそうとしていた真理とやらそのものだろうけど。
俺は何もそれを壊そうだなんて思っちゃいない。
むしろ誰もそれに触れるべきじゃないとさえ思う。
そういうものだろう。
だからこそ、イオナより先に確かめるべきだと思う。
「――お嬢様っ」
今度はイリアが珍しく慌てた様子で駆けてきた。
「イリア、どうかした?」
「ここからでは木々が邪魔で見えません、どうぞこちらに!」
シオンさんと顔を合わせる。
なんだろう?
促されて、俺とシオンさんは花壇が広がる屋敷の広場まで出てきた。
敷地の中で一番解放感のある場所で、リンちゃんとキュウもよく駆け回っている。
屋敷自体が高台にあるから、遠くを見渡すには絶好の場所でもある。
そこから望む北の空に、言葉を失った。
「…………なに、あれ」
北の空が――暗闇に飲まれている。
尋常な事態じゃない。
あっちはリンナルの村がある方角だ。
「お姉ちゃん!」
「落ち着けアリス、あれはリンナルの村よりもっと遠い。たぶん……妖精郷があるとされる深緑の森の向こう側だ」
「その通りです、そしてそこは竜の里の近く。わたくしの故郷の場所でもあります」
もはや何も隠し事などする気はないのか、イリアはあっさり事実を語る。
「何が起きてるのか……分かるの?」
「……予言通りなら、あの暗黒の空は……始祖竜ディアドラ様が復活された証だと」
「――聞いた名ね」
片目を瞑って、やれやれとでも言いたそうに肩を竦めて歩いてきたのはエクレア。
屋敷の皆が、慌しく空を見上げていた。
否、国中が異変を察知して騒がしくなってきているのだろう。
「サクラメントでのアレが蘇ったって事ね? ……大勢の命を吸って」
ギリっと、エクレアが口を閉じた。
「……もしかして、それもリブラがやろうとして事?」
「今までの行いを思い返せば、そうであると結論付けられます」
一体何がしたいんだ?
したかったんだ、リブラ?
始祖竜の復活?
神殺しを託したイオナの誕生?
「……答えは、あの場所にしかないんでしょうね」
「行くか」
ちょっと散歩にでも行ってくる、という気軽さでシオンさんが追認してくる。
「わたくしも、お嬢様の盾として」
イリアがいつも通りに畏まって目を伏せる。
「エクレアは、無理ね。流石にルミナを巻き込んじゃ可哀そうでしょ」
エクレアはおかーさんだからね!
「エクレア、傍にいてあげられなくてすみません。ルミナちゃんの事、それにシルヴィの事、よろしくお願いします」
エクレアはこれで子煩悩みたいで、シルヴィの事も大層可愛がってくれるのだ。
誰の子かはこの際置いておいて。
「任せなさいって、元気いっぱいに産んであげるから。この子の為にも、世界平和よろしくね? 世界一の魔法使い様」
ふふ、と笑ってしまう。
「ですね、最強は平穏を所望してます」
先代からの伝統です。
そうすると、今回の旅は3人かな?
3人で深緑の森を越えて、最悪神様みたいな存在と対面するのか。
しっかりしないとな。
保護者というか、精神的な支えが居ないと暗闇の中の舵取りは怖い。
「――お嬢様、たった今連絡が入りました。今すぐ聖女様の収監されている屋敷に来てほしい、とのことです」
「? シトラさんの?」
イリアがどうやらメイドさんたちから報告を受けている。
「はい、クランセスカ様より、重要なお話があると――」
◇■◇■◇
周りを川に囲まれた、どこかウィルミントンを思い出すような景観の中にその屋敷はあった。
聖女を収監するのに犯罪者のような監獄は使わない。
敵国とはいえ、曲がりなりにも共和国の重要人物だ。
国際法に基づいて捕虜の扱いには細心の注意を払うのは万国共通なのです。
「アリス、よく来てくださいました」
「いらっしゃいませ、うふふ」
執務室に案内されると、クランがデスクに山と積まれた書類と格闘していた。
その傍でマリアさんが優雅に微笑んでいる。
しかしクランはどこに居ても仕事してるな……
「えっと……身体大丈夫ですか?」
「心配など無用です、シルヴィはアリスに預かって頂いていますし。夜も良く眠れていますわ」
今のクランに子育てとかハード過ぎるからな、それは良いんだけど。
シルヴィちゃん可愛いし。
エクレアがお乳あげてるし……
「早速ですが、聖女様の処遇が決まりました」
眉間を揉みながらクランが切り出した。
本当に大丈夫だろうか?
それにしても処遇か……重い響きに固唾をのむ。
「そう緊張しなくても大丈夫です。無罪放免とは行きませんが、悪いものでもないでしょう……アリス次第ではありますが」
相変わらず小悪魔のような微笑みを浮かべるクランである。
邪悪な事を考えているのは間違いないが……くっそう、可愛いな相変わらず!
「意地悪を楽しむのも程々にして、はやく案内してあげてもよろしいかしら、姫殿下?」
そしてマリアさんは綺麗だな~、相変わらず。
「……マリアを見る目がいやらしいですわ、まったく」
「あらあら」
クランの拗ねた顔って珍しいから新鮮だな。
「私はクランの事愛してますから、心配しないで」
との俺の答えに、クランは頭を抱えた。
何か失敗したと思っているらしい。
「我ながら……情緒不安定ですわね。そんな心配などしていません。マリア、案内してさしあげて。余は手が離せませんから」
「畏まりました、姫殿下」
少しばかり赤くなった顔を隠す様に、俯いてクランは書類と格闘を再開した。
子供を産むと女の人も色々大変みたいだし、少しくらいはね?
クランと言えども情緒不安定な日もあるよ。
「また後で、クラン」
「……今夜あたり、屋敷にお邪魔しますわ。シルヴィに顔を忘れられては哀しいですもの」
「ふふ、そうですね。それが良いかも」
エクレアと喧嘩しないでね?
手を軽く振って、部屋を辞した。
「ではこちらです、アリス殿」
「はい、お願いします」
長い廊下をマリアさんに付いてテコテコ歩く。
マリアさんは凄く姿勢が良い、ピンと背筋が自然に伸びている。
後ろ姿だけで出来る人の雰囲気を醸し出している。
「あ、マリアさんも見ていきます? シルヴィちゃん」
「まあ? 是非に。シルヴィス様にお会いできるのは光栄ですわ」
ぽん、とマリアさんが両手を合わせた。
和む。
しかしマリアさんがシルヴィに敬称をつけるのは不思議な感覚だなぁ。
あの子、あれでお姫様だし?
「あ、ところでシルヴィちゃんってやっぱりウィルミントンで暮らした方が良いんですかね?」
「今は良いでしょう。しかし少なくともウィルミントンが故郷と思ってもらえる年頃には居城を移って頂いた方が良いでしょうね、誰にとっても」
そうだよねえ。
ウィルミントンのお姫様が、ウィルミントンを故郷と思えないようでは話にならない。
それは本人にも国民にも不幸だ。
「ん、分かりました。引っ越しの検討はします。あっちにもお屋敷ありますから、問題ないです」
「恐れ入りますわ、アリス殿」
一度立ち止まって、マリアさんが深々と頭を下げる。
「わわっ、そんな」
年上のお姉さまには憧憬を覚える俺だ。
マリアさんに畏まられると調子が狂う。
「うふふ、いつになってもお可愛らしいですわね、アリス殿は」
「むぅ、人はそう簡単に変わったりしません」
頬を膨らませていると、朗らかに笑われた。
「悪い事ではありませんわ」
「だと良いんですけど」
それにしても歩くな?
マリアさんと談笑しながら屋敷の長い廊下を歩いていると、一度外まで出てしまった。
離れの尖塔に繋がる屋根付き廊下を進み、川の中央に伸びる橋まで渡る。
尖塔にはもちろん衛兵が居て、一つしかない扉から階段を上る。
なるほど、監獄という訳でもないがそれに近い場所に幽閉されているようではある。
ここまで何度も通り抜けた扉の前には衛兵が必ず付いており、結界まで張られている様子。
しかも尖塔のらせん階段を上っていると、途中には窓すらない。
侵入も脱獄も不可能だろう。
ようやく階段を上がり切った先に、一部屋だけの扉があった。
部屋の扉の前にだけは衛兵が付いておらず、最低限のプライバシーは守られているようだ。
まあ、下にあれだけ厳重な警備を敷いていれば十分でしょう。
「入ります、聖女殿」
「……どうぞ」
マリアさんがノックをすると、中からしっかりした返事が返ってくる。
扉を開けて部屋に入ると閉塞感を感じた。
なんだろうと見渡してみると、格子の嵌った窓から小さな光が差し込むだけの飾り気のない石の部屋。
匂いすらも無機質だ。
寝るだけのベッドに簡素な机と椅子。
……俺なら3日で嫌になる。
「……銀の雷精さま?」
聖女は目を瞑ったまま、来客が誰なのかを言い当ててみせた。
「シトラ様……調子はいかがですか?」
「見ての通りでございます」
四角四面のどうでもいい質問をしちゃったな。
シトラさんに悪い事をした。
「私の処遇が、決まったのでしょうか?」
シトラさんが何もない部屋の簡素な椅子に座ったまま、マリアさんに顔を向けた。
部屋の無機質さ以上に聖女の虚無感が見て取れる。
彼女はすべてをかけて……負けたのだから。
もはや死しても悔いはないとさえ感じる。
戦場で覚悟を決めた彼女らしい、達観した雰囲気。
そういえば、沙汰に関しては俺もここに来るまで何も聞いてないな?
「聖女シトラ様、貴女にはアリス殿と共に妖精郷へ調査に赴いてもらう事になりました」
「妖精郷……」
「ええっ!?」
なんで俺の名前が!?
というか、なんで妖精郷に行くって決まってるんだろう……
いやまあ、行く気だったんだけどさ?
クランとマリアさん……怖い。
「つきましては、監査役として私も同行致します。お二人とも、どうぞよろしくお願いしますわ」
やっわらかい笑顔で語るマリアさんである。
や、マリアさんが来てくれるなら百人力だけども!?
シトラさんは判断に迷うような困った顔をして、俺とマリアさんを見比べた。
「あの……それは目の届かない所での、死罪ということでしょうか?」
「――そんなことは、私がさせません! 人を騙すような回りくどい方法、私は許さない」
シトラさんの言葉を受けて、思わずマリアさんを睨んでしまった。
俺に睨まれたくらいでは動じないマリアさん。
「あらあら、その曇ってしまった心の泥を拭って差し上げるのも先達の務めですわね――御心配には及びません。このマリアンナ・ヒューストン、聖剣に誓って騙し討ちなど卑劣な行いはいたしません」
凛とした空気。
俺も聖女も気圧された。
格が、違う。
「えっと、疑うような真似をしてすみません……その誓いなんですが」
「はい?」
怒られた訳ではないが、しゅんとしてしまったので上目遣いで窺ってみる。
「シルヴィちゃんにしてもらっても良いですか?」
「――」
一瞬、マリアさんは目が丸く見開いた。
あ、珍しい。
次いで、笑いをこらえる様に口に手を当てた。
いや、堪えられてない、ちょっと肩が震えている。
「うふふっ、畏まりました。シルヴィス様に誓って、私は皆さまの信頼を裏切りません」
綺麗な笑顔で言い切った。
「だそうです、シトラさん。安心してください」
「銀の雷精さま……」
固いなぁ。
「アリスでいいですよ、シトラさん」
「アリスさま……はいっ」
年頃の少女らしい笑顔を浮かべたシトラの手を取った。
よし、妖精郷は未知の場所で、おそらく危険も多いだろう。
仲間の絆は強くしておかないとね!
待ってろ、イオナに始祖竜。
世界最強は誰なのか、分からせてやるからな!!
七章終わり
名前:シルヴィス・ウィルミントン
種族:クォーターエルフ
年齢:0歳
性別:女
職業:――
LV:0
スキル
・ルールブレイカー
・天才
力2(+1)
体力1(+1)
守り2(+1)
敏捷2(+1)
知力3(+1)
アリスとクランの愛娘。
才能鑑定した結果、公国の将来に一点の曇りなしと太鼓判を押されてしまった天才児。
周囲は喜んだが、アリスは過剰な期待が重荷にならないか凄く不安に。
なお、駆落ちする覚悟はある模様。
現在アリスの屋敷に預けられ、スヤスヤと毎日を健やかに過ごしている。
ミルクももちろんあるのだが、普段は乳母がお乳を与えている。
専属の乳母をお付きに屋敷に送られてきたが、実は今お乳を与えているのはちょっとだけフライング気味にお乳が出る様になったエクレアさん。
ルミナちゃんとはまさしく姉妹。
将来、ルミナちゃんにとって高すぎる壁となって君臨するおねーさま!




