新しい命
大きな犠牲を払った戦もようやく終戦に向かいつつある。
共和国の政治に大いに干渉していたリブラが居なくなった事が、かの国の好戦派の気勢を削いだのだ。
国境付近の小競り合いは絶えないながらも、各国は小康状態を保ちつつ数か月の時を過ごしていた。
ここから先は、政治の仕事。
そうして、ようやく俺は王国の屋敷に帰ってきていた。
「アリスさんっ!」
「おっと、ただいまサイラ!」
門をくぐるやいなや、タックルの如き鋭さで出迎えてくれたサイラを受け止める。
目の下にひどいクマが出来ている。
この子は、ずっと前線に武器を供給していたのだから、戦時中片時も休む暇がなかっただろう。
本当に、みんなに苦労をかけたな……
「でし~~~~!」
「キュイ!」
リンちゃんとキュウも飛び込んできた。
「わわっ、ちょ!?」
もちろん華奢な俺には受け止め切れないので、屋敷の芝生に盛大に押し倒されて寝っ転がった。
「も~~、ふふ、いい子にしてましたか~?」
こうしてみんなの無事な顔を見ると、ホッとする。
「うんうん! リン6歳になったよ! すごいでしょ~~」
時間が経つのは早いなぁ。
大人が大人の都合をやってる間に、子供の大切な時間があっという間に過ぎてしまう。
「おめでとう、リンちゃん! お誕生日パーティやらないといけませんね」
「えへへ、祝って祝って~」
甘え盛りかな?
サラサラの髪を撫でてやると、うにゃ~と満面の笑み。
かわい~。
しばらく戯れていると、俺の上でリンちゃんとキュウが日向ぼっこの体勢に入った。
こらこら~。
「動けない~~……イリア」
「はい、お嬢様」
「クランと……ラナさんに訪問の連絡を入れておいてくれますか」
「畏まりました」
イリアにも休みを与えたいところだけどね。
それにしても、屋敷の芝生は気持ちいいな~。
大の字になって日向ぼっこ。
「先行くよ、アリス」
欠伸を噛み殺しながら、シオンさんが馬車から出てきた。
「ととっ……」
シオンさんが何にもない地面で躓いた。
誰にでもあることだけど、そうじゃない。
遠近感が掴めていない。
左目が……見えていないから。
「しおん~~! おかえり~」
「よう、リン。しばらく見ないうちにまた綺麗になったね」
「えへへ~」
シオンさんはそんな事を気にするそぶりも見せないけど。
色々と……胸が締め付けられる。
身体に残る傷、心に刻まれた痛み。
残る命、散る命。
本当に戦場は容赦なかった。
「? でし、どこか痛い?」
子供は、人の表情をよく見てる。
リンちゃんが俺の眼尻を、服の袖でごしごし拭ってくれる。
「……こぉら、袖を汚しちゃいけませんよ。レディなら、そこはハンカチを使うのです」
「はんかち~!」
「キュイ!」
元気いっぱいのリンちゃんに救われる。
この元気な笑顔を守るための大人の都合なら……悪くはなかったと思いたい。
100点満点は無いけど、出来ることはやった。
そうやって、心を納得させるしかないのだろう。
「ふん、辛気臭い顔ね」
少し鼻にかかったような甘い声。
辛辣な言葉を投げてくるのは、逢いたかった人。
「エクレア!」
飛び起きたので、リンちゃんとキュウが転げ落ちてしまった。
盛大なブーイングを浴びた。
ごめんなさい。
「帰ってたんですね! わぁ、エクレアも無事で!」
「まあね、ほら、いつまでも寝そべってないで」
手を貸してくれたので、その小さな手を取る。
温かい。
起き上がりながら、どうしても目に付くのは変化著しいエクレアのお腹。
「わわ……なんか、感動」
ずっと連絡は取っていたけど、こうして間近で見て初めて実感した。
「凄いでしょ? 産まれる命」
「そっか……命、産まれるんだ」
「そうよ、何も世の中、消えたり無くなったりばかりじゃないのよ」
エクレアはまなじりを下げて、らしくないほど優しく微笑んでいた。
なんか……ドキっとする。
「えくれあ?」
「ん、だからね? おかえんなさい、あんたはよくやったわよ」
……なんだよ~。
いつの間に、こんな包み込むような優しさ身に着けたんだよ~。
涙出るぞ……
やっぱり、おかーさんになるからか?
「エクレア~! ただいま~っ」
「まったく、しっかりしなさいよアリス。もうすぐお母さんになるんだから」
俺が子供みたいに胸に飛び込むと、ため息交じりに抱きしめてくれた。
しょーがないわね、と甘やかしてくれる。
頭を撫でてくれる。
ああ、溶ける。
「もう私、エクレアから離れられないです」
「ほんと、口ばっかり上手いんだから」
「違いますよ、本心ですよ」
「はいはい」
「なんです、そのおざなりな返事」
「はいはい」
「むぅ~~」
とか言いながら、エクレアの撫でてくれる手は凄く優しい。
そうだよね……守れたものもあるんだ。
そこだけは誇らないと。
「……こんにちは、ルミナちゃん。もうすぐ逢えますね」
感無量に、エクレアのお腹を撫でてみる。
「この子、もう自分の名前分ってるわよ? 呼ばれたら時々動くからね」
「私、今日初めてルミナちゃんに語り掛けたのに……エクレアだけ一杯話しかけてたのずるい!」
「じゃあ、あんたも一杯話しかけてあげなさいよ、これから」
「もちろんです! 待ち遠しいな~、ルミナちゃん! おとーさん……じゃなくておかーさん待ってますからね?」
あの天使のような笑顔にまた逢えるのだと思うと、心が躍る。
今度は赤ちゃんからだから、忙しくなりそうだ。
「親バカ」
「いいんです! それよりエクレアは身体大丈夫でしたか? 大変だったでしょう?」
「つわりが収まったら、そこまで大変じゃないわよ。まあ寝返りなんかには気を付けてたけどね」
「ふ~ん、エクレア寝相良くありませんもんね」
「っ馬鹿! えっち!!」
すっかり忘れていたが、リンちゃん含めて衆人環視の中庭だった。
気を利かせてくれたメイドさんたちは傍を離れ、リンちゃんはシオンさんが遊んでくれていたが。
「でも良かった……エクレアが無事で、本当に良かった……」
人を殺し、大勢死なせて、俺だけが幸せでいいのか。
後ろ暗さはどうしても消えない。
それでも大切な人たちの笑顔にはいつも救われる。
エクレアのお腹に耳を当てていると、さらりと髪を撫でられた。
「仕方ないわね……しばらく甘やかしてあげるわよ、アリス。覚悟しときなさい」
「エクレアが優しい……雹が降る――あいたっ!」
脳天チョップを喰らった。
いつも通りだった。
「甘やかす期間終わったんですかね?」
「臨機応変に始まったり終わったりするから、気をつけなさい?」
こえー。
「……ん~」
ちゅ。
「――なっにを、いきなり!」
あ、真っ赤になった。
ちょっと唇に啄むようなキスしてみた。
「久しぶりに、スキンシップを」
「……あんたね、いちいち思考回路が飛んでるのよ」
とか言いながら顔を近づけても逃げなかったくせに~。
「そんな事言って、エクレアも満更でもないくせに~」
「はいはい、愛してるわアリス」
「かるっ!」
自然体のエクレアにも救われる。
少しだけ、心が軽くなった。
エイムの事、誰よりも目覚ましい活躍だった事、うんと誇らしく伝えよう。
上を向いて、胸を張って、残った人に伝えるのが、生き残った俺の役目だろうから。
「エクレア……ちょっとだけ」
エクレアの胸を借りる様に縋り付くと、本当にやさしくやさしく頭を撫でてくれた。
「……ええ、よく頑張ったわね」
今だけ、甘えさせてほしい。
しばらく、本当に子どもみたいに、その心地よさに身を任せた。
◇■◇■◇
ラナさんは気丈だった。
エイムの事を告げた時、一瞬だけその大きな瞳が揺れたけど、静かに目を閉じた後は微笑んでさえみせた。
――あの子は、部隊の皆を、救ったんですね。不器用な、あの子らしいです。
大切な想い出を、胸に手を当てて宝物のように扱っている姿が印象的だった。
数刻、エイムの貢献を余すことなく語ってから、孤児院の運営には責任を持つことを伝えて辞した。
帰りの馬車に乗り込もうとしたところで、泣き叫ぶ声が聞こえてきた……
「次は、クランの所に向かってください……」
「お嬢様……」
声がどうしても暗くなる……
イリアにはいつも心配かけてるなぁ。
出発した特注品の馬車の揺れは小さく、ゆりかごのようで、窓の外を眺めていると眠気を誘われる。
あまり話したい気分ではなかったので、そのまままどろみに身を任せた。
うとうとしていると、ブランケットを膝にかけてくれたようで心地が良い。
「わたくしは、いつもお嬢様を守れない……」
苦渋に満ちた声は、何かを決意したようにも聞こえた――
◇■◇■◇
アルセイド王国の王都セントリア、その中心地に建つ王宮は国民のアイコンだ。
今は幼い王太子が暮らしている。
著名な建築家が設計し、長い年月をかけて建てられた煌びやかな建物の周囲には水路と手の入った林道が囲っており、外周は民の散歩やランニングコースにもなって日々賑わっている。
うたた寝していた目も覚めて、そんな平和な光景を眺めて自分を慰めていると目的地が近づいてきた。
政治経済のまつりごとの中心、君臣が集う宮廷である。
クランの職場でもある。
近いうちにここで重要な案件が話し合われる。
捕虜として収監されている聖女シトラの処遇と、共和国との戦の方向性だ。
ウィルミントンからマリアさんも出席する予定だ。
穏便に終わるのに越したことはないが、戦の流れはこちらにある。
こうなってくると共和国憎しの国民感情と、漁夫の利を狙う徹底抗戦派が煩くなってくるのだ。
クランも大変そうである。
いや、クランはいつも大変か。
自分だけ疲れた顔をしている訳にもいくまい。
そう思って逢うのを楽しみにしていたら、到着した宮廷で衝撃の事実を伝えられた。
――クランセスカ・ウィルミントンは療養の為、宮廷に出てきていないと。
寝耳に水で、本当に今初めて聞いた。
君臣はクランに近しい人間だったのか、外には伏せられていた事実を苦渋の顔で話してくれた。
とにかく居ても立っても居られない俺は挨拶もそこそこに、クランの邸宅に向かった。
突然の訪問ではあったがイリアが連絡を入れてくれており、邸宅に着くと直々に初老の執事に案内され、クランの居る部屋へと通された。
緊張で心臓が煩い。
病気、なのだろうか?
気をしっかり持たなくては、と顔を軽く張りながらながら私室に入ると――
「あら、アリス。無事でなによりですわ。この度の活躍、大儀でした」
などと、別にどこも悪くありませんとばかりに朗らかな笑顔で迎えてくれた。
ただし、ベッドに横になりながら。
「クラン! 私、宮廷で聞いてびっくりして……大丈夫なんですか!?」
「ええ、安心してくださいなアリス。余は健康です。細心の注意を払っておりました」
そうは言うが、少しやつれているし、疲れが目元にも見て取れる。
相当に消耗しているのではないか?
部屋にはつきっきりで侍女が控えているし、赤子の眠るゆりかごにも侍女がついている。
今日明日にどうこうなる様子でも無いが……
「……ん?」
ゆりかごに、赤ちゃんが……いる。
「――え? え?」
思わず指さしながら、クランと赤ちゃんの顔を見比べる。
クランはにこにこ笑っている。
赤ちゃんはピンクシルバーの髪が綺麗な、たぶん女の子。
今の時点でも将来が期待できるほどの可愛らしさである。
「ま、まさか――!!」
「ええ、勿論――余とアリスの子ですわ」
叫びそうになって、咄嗟に両手で口を塞いだ。
気持ちよさそうに眠っている赤ちゃんの前だ、危ない。
よろめいた。
「わ、わたしと……?」
「余の、いわゆる愛の結晶ですわね」
気持ちが追い付かない。
えっと、待て待て。
ルミナちゃんは、もうすぐ産まれそう。
で?
そうであるならクランはどうなのだろう、と確かに考えていた。
直接連絡が取れなかったこの半年、気にはしていた。
そして今――
「赤ちゃん……」
よろよろとゆりかごに近づくと侍女さんが満面の笑顔で「おめでとうございます、銀の雷精さま」と祝ってくれた。
振り向いてクランの顔を見る。
あ、エクレアと同じような柔らかい笑み。
「抱いてあげてくださいな、アリス」
こくこくと首だけで返事する。
確か、首が座ってないからしっかり腕で固定して……振っちゃダメなんだよね?
おっかなびっくり赤ちゃんを抱きあげる。
「ふえ――」
赤ちゃんが寝言とも泣き声ともつかぬ声をあげる。
しかし泣き出す訳でもなく、俺の腕の中でスヤスヤと寝息を立て始めた。
何とも言えない幸せな重みが、腕の中にある。
「クラン……」
「なんでしょう?」
「……ありがとうございます、私、なんか……ほんとに」
視界が揺れた、赤ちゃんの頬にポタポタ雫が落ちる。
「……しばらく二人に」
クランが侍女さんたちに声をかけ、退室させた。
「アリス、こちらに来なさい」
返事もできずに、クランの傍に行く。
胸に抱いた赤ちゃんには呆然としながらも、細心の注意を払った。
「アリス、余に何か言うことはございませんの?」
頭が追い付かない……
「突然過ぎて……」
でも、腕の中の重みと温かさを感じると、確かに胸が熱くなる。
「そうですわね。思えば出陣前の会議ではつわりを我慢するのに苦労しましたし、国内外に余計な動揺を与えたくありませんでしたから、貴女にすら秘密にした事は謝罪します、アリス」
なる、ほど……
確かに会議の席のクランは妙に静かだった。
そういう理由が、あの時に隠されていたのか……
「ですがこの子は世に憚られるような、隠さねばならぬような存在ではありません。機を見て堂々と発表致します。よろしいですか、アリス?」
俺との子である、という事を発表すると言っているのだろう。
正直、まだまだ頭が混乱している。
しているのだけど……
「うん、いいですよ……この子、そうなんだ……私の」
注意してみると、こんな赤ちゃんなのに魔力を感じる。
クランには魔力は無い。
つまり、この魔力は俺から受け継いだもの。
「ではアリス、難しい話は後に致しましょう。話を戻します。余に、何か言うことはございませんか?」
クランと赤ちゃんを交互に見比べる。
なかなか見たことのないような、得意気な顔をクランが浮かべている。
普段、年齢以上に大人びているクランが、この時ばかりは可愛いとしか言いようのない雰囲気をまとっていた。
「愛してますクラン。ありがとう、ございます」
「うふふ、どういたしまして。子を成すのは貴族の務めではありますが、このように幸せな想いで今この時を迎えられた余は幸せものでしょう」
もっと近くに来いとベッドの端を叩かれたので、そこに腰を下ろした。
クランが俺の肩に寄りかかりながら、赤ちゃんの頬を突いている。
今なんか……実感した。
すごく、幸せかも……
「この子、名前は?」
「考えてはいましたが、アリスを待っていたのです」
えっと、ルミナちゃんのお姉ちゃん?
そういうことになるんだよね?
思い出せ。
ルミナちゃんは何か言ってた?
ねーさま?
違う、確かマキナが何か呟いてた……
そう――
「シルヴィ」
呟くと、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔でクランが驚いていた。
それはそうか……
「驚きました……やはりアリスとは通じ合っているのかしら?」
「え? いや、あはは」
曖昧に笑うしかない。
「シルヴィアという名前にしようかと思ったのですが、もう少し逞しく、凛とした子に育ってほしいと願いを込めて、シルヴィスと名付けようと思っております。どう思いますか、アリス?」
頷いた。
いい名前だ。
この子はシルヴィス・ウィルミントン。
産まれながらのお姫様。
国民のアイドルとも言われる姫殿下クランセスカ・ウィルミントンの後を継ぐ事を嘱望された約束の子。
「うわあ、大変そう。可哀そうなシルヴィちゃん……」
「ちょっとアリス、それはどういう意味です? いきなりシルヴィを哀れまないでくださいませんか」
「大丈夫、クランと回りが厳し過ぎたら、私が全力で甘やかして守ってあげますからね? なんだったら逃亡して駆け落ちしましょう、シルヴィ」
「まったく、いきなり我が子と駆け落ちの計画を立てないでくださいな? 悪いお母さまですね、シルヴィ?」
なんて頭越しに会話していると、今度こそシルヴィが泣き始めた。
「わ、わわっ! 何事です? 抱っこの仕方ですか? それとも、おしっこ?」
全く未知の事なので、焦る。
しかし母というのは、生物的に冷静であるらしい。
クランは全く取り乱していない。
「落ち着きなさいアリス、これはお乳が欲しいのでしょう」
「おちち?」
おちち。
ふむ。
ほう?
「どうぞ」
真面目な顔でクランにシルヴィを差し出すと、クランが呆れたようなジト目を向けてきた。
そして邪悪に微笑んだ。
「余は思います、きっとシルヴィはアリスのお乳が欲しいのです。だから今、アリスに抱かれている時に泣いたのですわ」
「私の、おちち?」
なんだそれは?
そんな幻想が、この世には存在するのか?
「いやだって私お腹を痛めた訳じゃありませんし……出ませんよ?」
出ませんよね?
出たら怖い。
自分の身体が恐ろしい。
「では試してみましょう」
「た、試す?」
試すとは?
混乱している間にもシルヴィは元気に泣いていた。
「まあ? ごはんが欲しいのに悪いお母さまですね、シルヴィ?」
クランとシルヴィは結託している。
いやシルヴィは関係ない。
ただお腹が空いたのだ。
「……分かりました」
いや分かったのか?
おまえ本当に理解したのか?
心の中ではツッコミが入る。
「私も女です、たぶん」
たぶん?
と、クランが首を傾げている。
覚悟を決めた俺は一旦服を脱ぐためにシルヴィをクランに預けた。
上着を脱いで、下着を外す。
レースのタンクトップ姿になる。
よし、準備は整った。
「シルヴィを」
「ええ、アリス。ところでやると決めた時の貴女は不思議と迫力がありますね」
そう褒めるなクラン。
俺はやる時はやる男――いや、女。
シルヴィをもう一度腕に抱く。
「さあシルヴィ、おちちの時間ですよ?」
タンクトップをはだけて、露わになった俺の小ぶりなお胸にシルヴィを近づけて――
「ふぁ――」
シルヴィが早速吸い付いてきた。
赤ちゃんの本能は凄い、おちちを絞り出すためあらゆるテクニックを駆使してくる。
「ふわ……ちょ、んんっ、あ、シル、ヴィ……」
き、気持ちいい……じゃなくて、出ない。
いや、分かってた。
でもシルヴィは吸い付いて離れない。
「ふあああああ……クラン~~」
俺のふやけた顔を見たクランが爆笑を堪えている。
「ふふっ! エルフといえども、やはりお腹を痛めた方がお乳を提供するのですね。なるほど勉強になりますわ」
絶対知ってたよねえ、貴女!?
「ちゅっちゅ」
「ふあああ~~~~」
きもちいい……じゃなくてっ。
「で、でないのシルヴィ! ごめんね、おかーさん、おちち、でないのシルヴィ――っ!」
「ちゅ~」
「はわぁっ」
「くっ、ふふっ」
その日、姫殿下の私室からは力の抜け切っただらしない声と、大爆笑が聞こえてきたという。




