↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
七章 継承者編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

152/170

悪の華

 時間を稼ぐ必要がある。

 リブラに指摘されない程度にノロノロと羞恥を見せて、我慢の限界を慎重に計る。


 「……不本意でしょうけど」

 「なにをっ」


 黒ずくめの身体を掴んで仰向けに引きずり倒す。

 ぽかん、と驚き以外の感情を忘れたのかという顔をしているが、気にしている暇も余裕もない。

 スカートは履いたまま、腹の上に足を開いて跨った。

 覆い被されると俺が動けないので論外だ。


 「おやおや、随分と積極的じゃないかい妹弟子。案外と想い人だったのかい?」

 「減らず口を叩いてなさい、リブラ。何がどうなっても、もう貴女は終わりです」


 ひと睨み入れてやると、相変わらず愉快で仕方ないという不快な笑みを浮かべていた。

 今は……流れに沿うしかない。


 「あ、視線って意外とよく分かるんですよ? ……エロなんですね」


 黒ずくめに顔を向け直すと、どうも俺の顔から下の部分に視線を這わせているようで。

 思えばこの身体になってから視線には敏感になったなぁと。

 そんな視線が首からおへその辺りまで行ったり来たり。

 ムズムズする……


 「仕方ないだろう……」


 と、若干不貞腐れたように無理やり顔を背けていた。

 リブラの鬱陶しい目もあるし、ここで止まる訳にもいかないだろう。

 こちとらシオンさんの生死がかかってるんだ。


 「まあ理解できますけど。男はエロ、真理ですね」

 「その知ったかぶった得意顔はなんなんだ……」


 リブラとは違う意味で、世界の真理を知っているのは俺だけ。

 まあそんなことはどうでもいい。

 一息ついて、ブラジャーも取ってしまう。

 流石に黒ずくめの熱い視線に耐えかねて腕で胸を隠した。

 精神は身体に引きずられる説は信憑性高し。

 俺の精神はあくまで俺である。

 なのに、妙に恥ずかしい。


 「……状況分かってます?」


 流石に恨みがましいジト目をくれてやる。


 「仕方ないだろう」


 オウムかな?

 しかもさっきより若干開き直ってやがる。


 「ムッツリですか」

 「お前だけだ……」


 急に真剣な声を出して、まともに俺の眼を見てきた。

 なんか焦る。

 たまらず身じろぎして……お尻に当たった感触に固まった。

 そして青ざめる。


 「…………ヘンタイ」


 自分でも自然と半眼になったのが分かる。

 いや確かに……そういう事なんだけど、この状況で……まあ、ご健康な事で。


 「……好きな女にこんな格好で迫られたら、仕方ないだろう」

 「……あ、そう……ですか」


 この状況で……いや、だからって事?

 でも死ぬほど答えに窮するから、それだけは止めてほしかった……

 俺には、応えられない。

 それがものすごく申し訳なくて、嫌いじゃない分だけ辛い。


 「ふ、馬鹿な女だな」

 「……告白しておいてすぐ、いい笑顔で罵倒されるとは思いませんでした」


 なんだその悟りの境地みたいな顔は。


 「お前は、度が過ぎるほどのお人好しだからな。分かっているさ、お前はあくまでエルフ。つまり普通に考えればそういうことだろう?」


 一般的なエルフの嗜好? の事を言ってるのか。

 この場合、それは確かに隠れ蓑になりはするが……


 「そういうのは不誠実です……私は……」

 「わざわざ傷ついてまで言う必要はない。まあ、言われたくないのもあるがな」

 「ひっ!?」


 驚きすぎて固まった。

 この黒ずくめ、何やら邪悪な笑みを浮かべたかと思うと、急に俺の腕の間に手を滑り込ませてきた。

 つまり――


 「あ、ちょっ……! 手を動かさないで~~!!」


 お胸をもにゅもにゅされていた。


 「これくらいはな」


 こいつっ!

 突然過ぎてパニクッたが、羞恥から怒りで震えた。

 ハイエルフ化の恩恵でマックスになった力で顔面パンチを繰り出した。


 「っ!」


 紙一重で唸る拳を顔面すれすれ地面に叩きつけた。

 大地がクレーター状に陥没した。

 力って素晴らしい。


 「ん?」

 「分かった、落ち着け。いい笑顔で青筋を立てるな」


 黒ずくめはあっさりバンザイして白旗を上げた。

 ごめんね、エクレア、クラン。

 いやこんな状況だし、覚悟はしてたんだけどさ……


 「――やれやれ、そういうのが観たいわけじゃあないんだがねえ。本当につまらない」

 「……リブラ」


 確かにそうだろうよ。

 時間は……少しは稼げた?

 影を見て太陽の位置を確認する。

 ほぼ正午。

 この世界でも太陽は正午でちょうど真上に来る。

 これ見よがしに銀時計で確認する訳にもいかない。

 仕込みは、もういつ発動してもおかしくはないが……


 「じゃあ、もうこんな茶番はやめて、お姉ちゃんを解放してくれるんですかね?」


 立ち上がって、黒ずくめにも手を貸してやる。

 妙に清々しい顔をした黒ずくめが俺の手を取って立ち上がる。

 自身の上着を肩にかけてくれたので、大きいけど借りておくことにする。

 ……俺のシャツと上着はすぐそこに転がってるんだけどな。

 まあ、黒ずくめの好意を無下にするほど野暮じゃないよ。


 「興が削がれたのは確かだねぇ。一つ良い事を教えておいてやるよ、妹弟子」


 リブラはぞっとするほど昏い顔をした。


 「我はもう生にまったく執着していない。我はおまえには勝てないだろうが、それはどうでもいいということさ。ほぼ目的も達した今となっては逃げる理由もない……この意味が分かるかい?」


 人質を取る意味は、自身の要求を通すため。

 ――それがもう必要ないなら?


 「や……めて……」


 真っ青になる。

 時間……間に合わない。

 直接魔法で……間に合わない。

 何か次善の策……間に合わない。

 ここにきて、思考停止した――――間に合わない!!


 「先に言っておくかねえ、さようなら妹弟子。最高の叫び声を聞かせておくれ? あははっ! そして次は怒りに任せて我を引き裂けば良いさね!」


 リブラが狂ったような笑い声をあげながら、虫を握りつぶすように手を握りしめた。

 シオンさんの細い首が歪んでいく――――そして。


 「――――」


 最悪の事態。

 最悪の映像。

 首が落ちて、大地に血の海ができる。


 「は……え?」


 理解が及ばなかった。

 思考停止して、ただ茫然と目の前の光景を眺めていた。

 シオンさんが、大地に崩れ落ちる。


 「悪ふざけは……いい加減に、してくださいませ」


 そんな一寸先の闇を想像していた光景とは違い――――無事なままで。

 リブラの、魔法操作が切断されたのだ。


 「シ、シトラさん!?」


 最悪の映像ばかり想像していた俺には、まだ思考が追い付かない。


 「これは……どういうことだい?」


 リブラも驚いている。

 おそらく、聖女シトラは死んだ――と思われていた。

 そうでなければ、あれだけ戦の勝ちに拘っていた彼女が結界を解いた理由も、今まで出てこなかった理由もない。

 

 「……我に結界を使ったのかい」


 魔力操作ができないことを確認したリブラが、忌々し気な目で森から出てきた聖女を睨みつけた。


 「私は、国の為に…………貴女に魂を売ってでも成し遂げたい理想ゆめがあった……ですが……っ」


 口から、吐血。

 聖女も深手を負っている。

 あの目立つ錫杖も持っていないし、今吐いた血とは別の古い痕で口元を汚している。

 千本桜なら錫杖は切れるし、その後にシオンさんが止めを刺すくらいは造作もないはず。

 つまり、シオンさんは……


 「みねうち……」


 聖女シトラを、あえて生かした。

 なんて危険で、なんて…………慈悲深い。


 「ああ、お姉ちゃん、やっぱりお姉ちゃんは……!」


 涙が出てきた。

 自慢の、姉過ぎて……!

 ともすれば愚かな選択だっただろう。

 すべてが紙一重で、今のこの幸運は偶然の産物と罵られる事もあるだろう。

 それでも――!

 この結果を生んだのも、打算や駆け引きを超えた想いだ。

 悪意と計算だけで、世の中は動かない――!!


 「楯突くのかい? 聖女さまぁ?」

 「楯突く……? 私はただ、国を、民を、想うだけでございます」


 シトラと目が合った。

 ――申し訳ございません、私にはこれが精一杯です。


 「――十分です!!」


 後は託された。

 俺の声に、微かに微笑んだシトラが気を失ったように倒れた。

 魔力が戻ってきたリブラが何かをしようとして――


 「遅すぎです! ――発動、雷神結界!!」


 時限式に仕込んでいた魔法の発動を確認した。

 これも聖女が、シオンさんが、人の想いが繋いでくれた絆。


 「ちい、聖女さまの次は、妹弟子の仕込み結界かい!」


 これでもう、この結界の中で俺を出し抜く事は出来ない。

 まったく、俺が勿体ぶったから、こんな……!

 だが決着はつける!


 「もう終わりです、リブラ!!」


 リブラが後ろに10メートルほど距離を取る――ならば!

 霧化と空間を支配した応用で、次元を飛ぶ。

 リブラが距離を取ったその真後ろに出た。


 「っ! 短距離次元ジャンプ! 化け物か、妹弟子――!!」


 ――ぶん殴った。

 珍しく本気で驚いていたリブラの頬に一発、エイム並みの膂力を伴ったパンチをお見舞いした。

 手応え――あり!

 盛大に土煙を上げながら、リブラが大地に転がっていく。


 「……いつもなら、このくらいで私の留飲も下がりますけどね」


 とてもじゃないが、これで終わりにできない。

 今回だけは最後までケリをつける。

 その覚悟はある。


 「ふ、あはははっ、効いたよ」


 折れた歯を吐き出しながら、リブラが起き上がった。

 セリフと表情とは違い、ふらついている所を見ると余裕がある訳でもなさそうだ。


 「なるほど、この空間ではどこにいても距離のアドバンテージは無しかい。さすが最強。その謳い文句に偽りは無いねぇ」


 リブラが魔法陣を展開する。

 逃げる?

 いや、これは何かをここに召喚する気配か。


 「とっておきでも?」

 「ああ、まあ我の集大成と言ってもいい。神殺しの誕生さ」


 魔法陣の魔力は高まっているが、いまだ転送される様子はない。

 なんだ?


 「私が、それを見守る暇を与えるとでも?」

 「さあねえ」

 「……」


 こいつの腹の内だけは、本当に分からない。

 だがここで逡巡してしまえば、さっきの過ちの二の舞か。


 「――さようなら、リブラ」


 決断した。

 リブラの眼前に次元跳躍。

 反応すらも与えない。

 胸の中心にそっと手を添えた。


 「――ライトニング・インパクト」


 リブラの生きる機関をすべて焼き切って、かつ、貫いた。

 致命傷、間違いなし。

 命を絶った一撃に、一度身震いした。

 俺が離れるまでもなく、リブラが大の字に崩れ落ちる。


 「……お墓くらいは、作ってあげます」


 歪な笑みを張り付けたまま事切れた姉弟子から、目を離す。


 「――必要ないさ! さあ、御照覧あれ! 我の生涯の成果を、我を贄とすることで完成させる! 喰らえ! 我の貪欲な望みを! 妹弟子の怒りを! 戦場に満ちる絶望を!」


 まだ、生きて――!!

 魔法陣が眩しいくらいに輝いた。

 リブラの身体が黒い粒子となって魔法陣に吸い込まれていく。

 否――戦場中から『何か』が飲み込まれている。


 「これは!? イシュタル・エッジ!!」


 危険と判断し、魔法陣の破壊を試みる。

 しかし魔力自体が吸い込まれる。

 ダメか!

 直接触るのはリスクが大きすぎる。

 殺してもただで死なないとはこのことだ――!


 「リブラ、貴女の執念は……凄まじい」


 その一点に関して、素直に凄いと思ってしまう。


 「あははははっ! ああ、探究者として悪くない最期だ、心地良さすら感じるねえ」


 リブラの身体は粒子状になって、消えかけている。

 文字通り身体ごと贄として捧げている。

 今更、もうどうしようもない。


 「……いいでしょう、見届けてあげます。何が起きるのか」


 戦場から良くない何かを取り込みながら、魔法陣の中の『人物』が実態化し始めた。


 「――実験体NO107。イオナと名付けようかい? さあ、神殺しの始まりさね!! あははははははは――――――――!!!!」


 高笑いを残したまま、満足そうにリブラは逝った。

 この世に痕跡すら残さず、余さずに自分を研究対象につぎ込んで。

 その生き様は潔さすら感じてしまう。


 「……」


 そして、『神殺し』候補が魔法陣から姿を現す。

 黒髪黒目、それ以外は――――俺に瓜二つな姿かたち。

 いや、俺の眼つきはここまで鋭くはない。

 部分的には違いはある。

 ただこの近似は、姉妹というよりクローンといった方がしっくりくる……

 つまりそういうことか……


 「――実験体NO107。コードネーム、イオナ、了解」


 抑揚のない澄んだ声で、裸の少女が呟く。

 ――瞬間、俺の真横に跳躍していた。


 「――え?」

 「奪取する」


 トン、と何の衝撃もなかった。

 気が付くと、俺の左手首が切り落とされていた。


 「うっ――――ああああああああああっ!!!」


 俺の魔力も守りも超えてきた!!


 「なるほど、この腕輪、取れない。予定変更。成分分析――把握。再構成可能」


 それだけ言うと、シルヴ・フェアリアの付いた俺の手首をゴミのように放り捨てた。

 神殺しとリブラに期待された少女は俺たちを睥睨し、視えている様に戦場の方にも顔を向け。


 「銀の雷精、脅威度80%。他にも脅威を把握。勝率不確定。無理は禁物。今日は撤退する」


 無感動に言い放ち、黒の少女は魔法陣から消えた。

 今追うのは……無駄だろう。


 「く……ヒール」


 自分の手首を取ってくっつけるという、ぞっとする体験をしてしまう。

 最初に急所を狙われていれば逆に霧化していたので守れたが、常時全身守るのは無理だ。

 黒く煤けた大地を睨む。

 リブラ、とんでもない置き土産を残して行った。

 あれが人畜無害に世界のどこかで暮らすだけなら何の問題も無いが……


 「……白き魔女は、逝ったか」


 万感を込めた想いで、傍に来た黒ずくめが吐き捨てた。


 「ええ、代わりに黒の神殺しさんが生まれたみたいですけどね……」


 実験体NO107、イオナ……

 やれやれ、頭が痛い。

 さて、それより今は。


「お姉ちゃん……」


 ……ようやく。

 てこてこ歩いてシオンさんの横に腰を下ろす。

 全力でヒールをかけて傷を癒した。

 ひどい傷だ……

 なかなか癒しきれない。

 そして――


 「――ん、よう、アリス」


 なんて、目を開けた途端軽い挨拶をしてくる姉に覆い被さる。


 「お姉ちゃん!!」

 「おわっ、あ~、心配かけたね」


 ぽんぽんと、まさに子供をあやす様に頭を撫でられる。

 すごく安心した……


 「いいえ……なんだかんだ、私は世界で一番お姉ちゃんを信じてますから」


 他の仲間にはちょっと内緒だけど。

 シオンさんは俺を抱きかかえたまま起き上がって、周りを見渡した。


 「お、ソルトに……シトラか」


 軽く手を上げた黒ずくめに、少し離れた所で倒れている聖女。


 「アリス」

 「分かってます。シトラさんとは、よくお話をしないといけませんから。マリアさんも含めて、落としどころを着けましょう」


 誰にとっても望んだ未来が訪れる様に。

 その為なら、いくらでも頑張れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。