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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
七章 継承者編

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リブラ

 リブラは動かない。

 へらへら笑って突っ立っているリブラの周りを慎重に歩く。

 さてどうする?

 魔力や戦闘技術で負けなくとも、真剣勝負ともなると不確定要素はいくらでも湧いてくる。

 ならば取る選択肢は経験。

 切り札その一、共鳴世界が無難。

 ただそれも個人的には却下だ。

 アレをやると、今よりも意識が大人びてしまう。

 ……この激情が、若気の至りとかで片付けられる精神状態になってしまう。

 それが耐えられない。

 俺は、この想いをぶつけたい。

 それが未熟と笑うものであっても。


 「こっちは、ムカついてるんですっ!!!」


 にやけたリブラにサンダーをお見舞いする。

 魔力障壁に弾かれた。


 「なんだい妹弟子? 威勢の割に慎重なんだねえ? そんな小手先で我を倒せるのかい?」

 「上から目線は最後まで立っていたらでお願いしますよ、姉弟子」


 サンダーは通らないか。


 「そうさねぇ、ではこちらも小手調べさ。変換、大地!」


 リブラの体から俺の足元に魔力線が走った。

 悪寒がしたので素早く飛びのいた。

 ――人を串刺しにする土槍が生えた。


 「っアルケミスト!」


 リブラの固有職か。

 俺の知る魔法系統から外れた魔法だ。


 「我が直接戦闘は苦手だと思ったかい? 残念だね、妹弟子」


 手をつきながら着地して、素早く腰を落として構える。

 魔力が走った。

 連続で土槍が俺を串刺しにせんとせり上がって追いかけてくる。

 再び飛びのく。


 (まずいっ)


 基本的に大地に立って勝負する俺には、この展開はキツイ。

 ティルならば、足元を氷で固める方法があるだろう。

 エクレアならば、空に飛べばいい。

 こんな攻撃に当たりはしないが、体力が削られる。


 「――キャスト解放! スターフレア!」


 判断は一瞬。

 紅蓮の上級魔法をただの足場のために開放する。

 膨大な熱を調整し、エクレアと同じように炎の翼を型取って浮力を得た。


 「おやおや、隠し玉を安く使ったねぇ」

 「道具には使いどころというものがあります」


 俺には炎の魔法が使えないのだから、勿体ないとか言ってられない。

 空を軽く旋回しながら、飛ぶ感覚を馴染ませる。


 「見下ろされるのは好きじゃないんだ。変換、大気」


 またリブラから魔力が走ると、空に浮いて俺と同じ目線まで登ってきた。

 錬金で自分の周りの大気をヘリウムにでも変えてるのか?

 凄まじい汎用性だ。

 アルケミスト、リブラか……

 ティルに逃げろと言われる訳だ。


 「それだけの才能を持って、どれだけティルに期待されていたか……」

 「青臭い討論をするつもりかい? あはは、怒っている割に可愛いやつだね」


 諭そうなんていう気はない。

 だけどムカムカしてどうしても悪態をついてしまう。


 「ライトニングっ!!」


 むしゃくしゃをぶつける様に、大砲のような雷を放つ。

 確実に捉えていたが――雷はリブラだけ避ける様に湾曲し、そのまま空の彼方に突き抜けていった。


 「相手は銀の雷精様だ。それなりに対策くらいはするさねぇ」


 避雷針のような要領か?

 受け止める魔力も、躱す速度もない。

 だけど、やり過ごす頭を持っている。


 ――強い。


 こうして対峙してみると、裏の悪巧みなど可愛く思えるほどに実力が備わっている。

 だからこそ、煮えたぎる!!


 「いいねぇ、怒ってるねぇ、その視線だけで我はイキそうだよ、あはは!」


 叫びだしそうになる、目の前が真っ赤になる。

 こうして苦戦することが、ティルを冒涜してるんじゃないかと情けなくて。

 そんな俺を見てリブラは実に楽しそうに手を掲げた。


 「変換、風」

 「っ! 霧化!」


 目に見えないカマイタチが、俺の胴を真っ二つにするように通り過ぎた。

 間一髪で難を逃れ、霧の身体でも背筋を凍らせる。

 輪郭を実体に戻す。


 「凄い凄い、よく躱す! これは本心からそう思うよ妹弟子。まぁ、おばばなら躱す以前の問題だけどねぇ」

 「うるさい!」


 いちいち引き合いに出さなくても分かってる。


 「さて、次は何を見せてくれる? なぜ勿体ぶってるのか分からないねぇ、はやくハイエルフ化してくれないかい?」

 「……」


 どこで披露した訳でもないのに、流石よくご存知で。

 しかし、それは悪手だと漠然と思う。

 勘としか言えないが。

 ただ、このまま戦ってもジリ貧、か?

 どうする。


 「下手な経験は素人にも劣るのさ。馬鹿みたいに突っ走る方が実は理に適うんだよねぇ。なんせおまえの迷う時間は我の選択肢を増やす時間ってことだから。まだまだだねぇ」


 ……どういうつもりだ、こいつ。


 「今更改心して説法ですか? それで私が手心を加えるとでも思ってるんですか?」

 「なあに、我は探究者。おまえの為じゃないのは確かだから、そう気にするんじゃない」

 「そんな心配はしてませんがね」


 やりにくいったら無い。

 必ず行動に裏があるから、相手の術中にはまりたくない。

 だがそれだとリブラの言う通り様子見様子見で全力が出せない悪循環。

 ……考えすぎか。


 「らしくない、か……貴女を全力でぶん殴るって、私は決めてるんですから」


 ハイエルフ化して共鳴世界を使えば、今の俺に敵わぬものなど無い。

 意識の問題だ。

 必要以上に相手を高く評価してしまっているからこそ動けない。


 「あはは、来るか?」

 「望み通りに」


 リブラの動きには注意しながら、意識を集中する。

 大気から魔力を取り込みつつ、身体の奥で魔力を練る。


 ――スキル、潜在能力解放。


 大気がうねる程の魔力放出に、付近に漂っていた雲すら吹き飛ばした。

 天の御使いの如く後光を受けて、一つ息を吐く。

 以前と違って、もっと自分に合う様にカスタマイズできたように思う。

 その証拠に――


 「準備完了です」


 輝くような銀の髪を払う。

 この色が、やはり俺らしい。


 「く、あははははっ! なるほどなるほど、銀の雷精……いや確かに化け物だね、妹弟子」


 抑える気も無い俺の魔力を見て、リブラが無邪気に笑う。


 「余裕を見せるのは結構ですけど、いつまで上から見てられますかね」

 「勘違いするな妹弟子、最初の最初に言ったろう? 一度も見誤っていないさ。もはや我ではおまえに敵わぬ、とな」


 随分と殊勝だが……

 俺の怪訝な顔を見て、リブラが舌なめずりする。


 「だから、面白い趣向を用意した」


 リブラが指を弾くと、付近に乾いた音が反響した。

 身構えたが、俺への直接的な攻撃や幻惑の類ではない。

 なんだ……?


 「――――っ」


 ぐるりと周囲を見渡して、息が止まった。


 「気づいてくれたかい妹弟子? いや、頑張ってるおまえに我からプレゼントをあげようと思ってね?」


 シオンさんが、森の中から出てきた。

 見るからに、糸人形のようにたどたとしい動きで。

 生きているのが不思議なくらいボロボロの身体で、意識すら感じられない。

 左目は、潰れていた。


 「お姉ちゃん……」


 血の気が引いた。


 「ああ、可愛い妹弟子の為に我の方で探しておいてあげたよ。感謝すると良い」

 「貴女って人は、本当に……」


 チャームか?

 意識すらないのに、どうやって操ってる?

 いや、それ以前にあんな状態のシオンさんを、動かすな!!!


 「殺す、殺しますよ……やめなさい、今すぐ! 何かしたら、貴女に泣いて謝っても許さないくらいの拷問をします! 殺してくれって、その口で喚き散らすくらい、地獄の苦しみを味合わせて殺します! 殺しても、足りないくらいにっ!! だから何もするなっ!!!」


 怒りと悪寒と恐怖と焦燥で、頭がおかしくなりそうだ。


 「愉快だねぇ、妹弟子、良い狂気だ! 気に入ってくれて何より!」

 「あああ、ああああああああああっ! リブラあああああああっ!!」


 今、あんな瀕死のシオンさんが敵の手の内にあるという事実に気が狂う。

 憎い!

 憎い憎い憎い!!

 ティルだけじゃなく、シオンさんまで……っ!


 「――おち、つけ」


 激情の中で、森のざわめきにかき消されてしまうような声に、我に返る。


 「ソルトさん……?」


 シオンさんを追って、彼女よりもボロボロの体の黒ずくめが森から顔を出した。


 「おや? まだ生きていたのかい? 存外しぶとい」


 黒ずくめは睨み殺す勢いでリブラを見てから、俺に視線をよこした。

 そうか、黒ずくめ……おまえも。


 「シオンは、まだ大丈夫だ。ありったけの傷薬を与えている」


 かたきを前にして、シオンさんの調子を気にしてくれる。

 それが申し訳ないような、嬉しいような。

 いや、それより黒ずくめ、今にも死にそうなんだが……


 「それで? 何ができるのかな? 我の手の内にあるのは変わりないのだけどねぇ」


 糸人形を操る様にシオンさんを遊び動かすリブラに再び怒りが湧く――自分にも。

 出方を窺うなんて隙を見せずに、最初から全力で、窒息するくらいに押し切れば、この状況は訪れたか?

 敵に勝っても、大切な人を守れなければ、何の意味もない。


 「何が望みです? 私の苦しむ姿が楽しい変態ですか、貴女は」

 「それはなかなか捨てがたい趣味だねえ、ふむ、しかしまあ少し冷静になったか……余計な事を」


 リブラがゴミでも見るような視線で、シオンさんを――否、黒ずくめを見下ろした。

 明確な殺意に危険を感じた。

 対抗して俺の魔力を当てる。

 攻撃した訳ではないが、その魔力量にリブラが目を見開いた。


 「いつでも我を殺せるからって脅しかい、妹弟子? お互い動きにくくなったねぇ」


 確かに、今の俺なら時間もかけずにリブラは倒せると思う。

 でもわずかでも時間を与えると、シオンさんが死ぬ。

 ――動けない。


 「そうさねぇ、ならここで最初に提案した交渉なんかどうだい?」


 乗るしかないだろう。


 「……いいでしょう」


 リブラが下に降りるよう促してきたので、ゆっくり大地に降りる。

 炎の翼を消す訳にはいかないので、畳んでおく。

 次いで、リブラも降りてきた。

 呼び寄せる様に手を招くと、たどたどしい動きでシオンさんがリブラの傍に歩いてきた。


 「……」


 ボロボロだ……

 左目など、潰れてしまって……ヒールで治るのかすら……

 弱気が顔に出そうになって、必死にポーカーフェイスを作る。


 「……すまん」


 黒ずくめが同じように、俺の傍にのろのろと歩いてきた。

 やれやれ……謝るなよ。


 「ヒール」


 黒ずくめにもリブラにも何も言わせないタイミングで、黒ずくめの傷を癒す。


 「おい、余計な魔力を」

 「この程度でどうにかなる魔力じゃありません」


 おそらく、足の腱が切れている。

 肩もか。

 ちぐはぐな歩き方で顔をしかめる黒ずくめを、まずは全快させる。


 「勝手な事をしてくれるねぇ妹弟子。大したクソ度胸じゃないかい」

 「あれ、ソルトさんの回復はするなとか言われてましたっけ?」

 「まあいいさ」

 「それはどーも」


 シオンさんの命を握られている以上、何をするにも綱渡りだが、それでも……


 「もう誰も死なせない……」


 言い聞かせるように、自分に向けて呟いた。

 口の中でささやくような声だったけど、黒ずくめは聞こえていたのか、じっと俺を見つめてくる。

 気恥ずかしかったので、ふいと視線をリブラに向けなおす。


 「伝えておこう、我の目的は妖精郷。そこにある存在の解明……いや、打倒かな?」

 「? 何の目的で」

 「それが世界の真理だからさ。試してみたいのさ――神を殺せるのか」


 神殺し?


 「随分と壮大な夢物語ですね、姉弟子」

 「探究の結果なのさ。我は真理の探究者。この世界の在り方に疑問を呈す者」


 夢を語る割に、最初から感じていた通り疲れきったような顔をしている。


 「それで? その自分の都合の為に、数えきれないほどの人に死を与えて、魂を集めていたとでも? 今更、許されると思ってるんですか」


 ちらりと黒ずくめを見る。

 故郷を滅ぼされて、リンちゃんと2人で必死に生きてきた復讐者。


 「許される? 見解の相違を埋めようとは思わないね。そんな次元の話をしているようじゃ、真理には届かない」

 「貴女の言う真理なんかより、皆と迎える普通の明日が大切です。そのくらいの事、私よりずっと長く生きてて分かんないですか!」

 「言っただろう? 見解の相違を埋めようとは思わないってさあ」


 リブラが指を動かす。

 ねじ切れるように、シオンさんの腕が歪んだ。


 「やめてええええええっ!!!」

 「あははっ! 強気に出たところで、すぐに可愛い声で鳴くだけさね」


 からからと笑いながら、リブラは力を込めるのをやめた。


 「……貴女だけは、絶対に殺す」

 「出来ればいいねぇ。さて、我の願いを伝えておこうか」


 ちらりと視線だけで太陽の位置を確認した。

 ――そろそろか。


 「2つある。1つはそれなりに力をつけたお前だ、妹弟子。妖精郷への鍵はおばばに貰ったその腕輪、『シルヴ・フェアリア』なのさ。もっとも、我の想像以上に力をつけたから厄介なのがね、誤算かな? あはは」

 「それは残念」


 生返事で返す。

 いまだに意識が戻らない姉の様子が気になって仕方ない。


 「2つ目は、人々の負の感情。これはほぼ予定通り溜まっている。後は最後にとびっきりの負の感情をもらおうと思ってね、お前のところに来たのさ、妹弟子」

 「……」


 だろうな、今の俺はリブラに対する負の感情だらけだ。

 だって当たり前だろう。


 「笑って殺し合いが、できるものですか……」

 「だろうねえ、お優しいお姫様にはねえ」


 リブラは疲れたような笑みを浮かべて、考え込んでいる。


 「なあ妹弟子、食べるために女を売った事はあるかい?」

 「……ありません」


 嫌な予感がする。


 「そうかい、別に自分と比べてどうこういうほど我は狭量じゃない。ただ単純に楽しそうだと思ってねえ」


 にたりと笑って俺と黒ずくめを見る。


 「こいつを解放して欲しかったら、この場でその男に抱かれなよ、妹弟子」

 「……」

 「……」


 黒ずくめと目を合わせる。


 「悪趣味……」

 「だから負の感情を集めてるって言ってるじゃないか? はやくはやく」


 シオンさんを見る。

 空を流し見る。

 ……まだ、もうちょっと。

 ……どちらにしても、覚悟はあるか?


 「馬鹿にして」


 命に代えられるか。

 そうやって、人の尊厳を踏みにじってろ、最後まで。

 服のリボンに手をかけた。


 「おい! 言う事を聞く必要はないぞ!」

 「とかいってさあ、お前は妹弟子を抱きたくて仕方ないんだろう? いやらしい男だねぇ、もう勃ってるんじゃないかい? あははっ」


 上着を脱ぎ捨てる。


 「おまえ……」

 「言っておきますけど、私がぴーぴー泣きわめくと思ったら大間違いですから」


 絶対に負けるか。

 見てろ――

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