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興国の悪女 ―内政日記(仮)―  作者: カワカン


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養蚕

一編 初めての繭


「姫様、初回の繭ができあがりましたぞ」


太郎爺が持ってきた籠には、たくさんの繭が入っていた。


「まあ、こんなにできたの?」

「ええ。まずはこれだけございます。すでに処理も済ませておりますので、しばらくは保存できます」


松は籠の中を覗き込んだ。


「これを全部、糸にするの?」

「はい。今日は糸の取り方と、真綿の作り方をお教えしようと思いましてな」

「太郎爺は一緒にやらないの?」

「申し訳ありませんが、私は次の蚕の世話がございます。ですので、姫様と通殿でできるよう、先にお教えしておこうかと」

「そうなのね」

「急いで糸にする必要はございません。姫様の懐具合に合わせて作ればよいと思います。繭は保存しておけますからな」


太郎爺はそう言うと、持ってきた道具を並べ始めた。


「まずはこちらです。これは糸車と申します」

「糸車?」


松は道具を手に取って眺めた。


「これも太郎爺が作ったの?」

「ええ、自作でございます」


(まじか……)


松は改めて太郎爺を見た。

養蚕だけでなく、道具まで自分で作ってしまうらしい。

太郎爺は繭を湯に浸し、糸口を探すところから説明を始めた。


「このように、繭の糸口を見つけます。それから、いくつかの繭の糸を合わせて一本にし、糸車に巻き取っていくのです」


太郎爺が実際にやってみせる。

細い糸がいくつも合わさり、一本の生糸となって糸車に巻き取られていった。


「へえ……。簡単ですね」

「ええ。やり方そのものは難しくありません」


太郎爺は頷いた。


「ただ、この数をすべて糸にするとなると、なかなか骨が折れますがな」


松は籠の中に積まれた繭を見た。


「……なるほど」


どうやら、思っていたよりも大変な仕事らしい。


「それでは、姫様。今度は実際にやってみましょう」

「はい!」


こうして、松と通の糸繰りが始まった。



二編 糸車の日々


太郎爺に糸繰りを教わってから、松と通は毎日のように糸車を回していた。

最初のうちは、繭から細い糸が引き出されていくのが珍しく、松も楽しんでいた。

しかし、何日も続けていると、次第に手が疲れてくる。


「……ふう」


松は手を止め、指を揉んだ。


「姫様、お疲れですか?」

「うん。ちょっと休憩」


通も手を止め、糸車から離れる。

しばらく休んでから、二人は再び作業を始めた。

しかし、糸車を回し続けるのは思った以上に大変だった。


「……もう無理!」


とうとう松が声を上げた。


「姫様?」

「これ、手で回すのがきつい!」


松は立ち上がると、どこかへ出かけようとする。


「姫様、どちらへ行かれるのですか?」


通も慌てて後を追った。


「この前、村長が細工のできる人がいると言っていたでしょう。その人のところ!」

「細工師のところですか?」

「そう。ちょっと頼みたいことがあるの!」


松はそう言うと、足早に村の細工師のもとへ向かった。



三編 糸車の改造


松と通は、村の細工師のもとを訪ねた。


「こんにちは!」

「これは姫様。いかがなさいました?」


細工師は突然の訪問に少し驚いた様子だった。

松は持ってきた糸車を見せる。


「これで糸を取っているのだけれど、手で回すのが大変なの。足で踏んだら回るようにしてほしいの」

「足で踏むのですか?」

「ええ。それと、今は一つずつしか回らないでしょう? いくつも一度に回せるようにしてほしいの」


細工師は糸車を手に取り、仕組みを確かめるように眺めた。


「ふむ……。できないことはありませんが、改造するとなれば、それなりに手間がかかりますな」

「できますか?」

「できますが、代金をいただかないことには引き受けられません」

「後払いでは駄目ですか?」

「後払い?」

「これができたら、それを使って生糸を作ります。その生糸を売った代金でお支払いしますから」


細工師は少し考え込んだ。


「……あの家の太郎爺が、近頃はずいぶんと生き生きと仕事をしていると、村でも噂になっております」

「太郎爺が?」

「ええ。あの家では厄介者のように扱われ、肩身の狭い思いをしていた太郎爺が、姫様のところでは楽しそうに働いているそうですな」


松は少し不思議そうに細工師を見た。


「そうなのですか?」

「ええ。姫様も悪いお方ではないのでしょう。今回だけは特別にお引き受けいたしましょう」

「本当ですか! ありがとうございます!」


こうして、松の頼んだ糸車の改造が始まった。



四編 五連糸車足漕ぎ


細工師に改造を頼んでからしばらくして、糸車が届けられた。

それは、以前の糸車とはずいぶん違う姿になっていた。

足元には踏み板があり、そこから伸びた仕掛けで糸車を回すようになっている。さらに、糸を巻き取る部分が五つ並んでいた。

松と通はさっそく使ってみることにした。

足で踏み板を動かすと、糸車が回り始める。

手を使わずに済むうえ、五つの糸を同時に巻き取れる。


「これは楽ですね、姫様」

「でしょう?」


松は満足そうに頷いた。

それから二人は、改造された糸車を使って糸繰りを始めた。


以前とは比べものにならない速さで作業が進み、用意されていた繭も、あっという間に糸になっていった。

こうして、二人は大量の繭を短い期間で処理し終えた。

できあがった生糸を持って、松は太郎爺のいる養蚕小屋へ向かった。


「太郎爺!」

「おや、姫様。どうなされました?」

「できた糸を見てほしいの!」

「もうできたのですか?」


太郎爺は驚いた様子で、生糸を受け取った。


「はいはい。どれどれ……」


糸の状態を確かめ、太郎爺は何



五編 生糸の売り先


できあがった生糸は、二十五から三十綛ほどになった。

松はそれを眺めながら、太郎爺に尋ねた。


「それで、これをどうしたらいいの?」

「どうなさるおつもりですか?」

「現金に換えたいです」

「ううむ……」


太郎爺は少し考え込んだ。


「いつも買い取ってもらっている商人は、冬の雪解けの頃に来ることになっております。今は夏ですからな。銭に換えるには、半年以上待たねばなりません」

「半年も待つの?」

「ええ。いつもの商いでは、そうなりますな」

「じゃあ、私の方で頑張ります」

「……どうなさるおつもりで?」

「姫路の城に売りに行こうかと」

「姫路の城ですか。それは、黒田の殿に売るということですか?」

「そのつもりです。買ってくれるでしょう?」

「まあ、生糸ですからな。あって困るものでもないでしょうが……」


松は少し考えてから、もう一つ尋ねた。


「それで、この量だったら、いつもの商人はどれくらいで買っていくのですか?」

「そうですな。おおよそ九貫ほどでしょう」

「分かりました。それで売ってきます!」


松はできあがった生糸を抱え、姫路の城へ持っていくことにした。



六編 初めての商い


翌日、松は通の夫である井上に迎えに来てもらい、生糸を持って姫路の城へ向かった。

まずは職隆のもとを訪ねる。


「父上、生糸を作りました。買ってください!」

「生糸?」


職隆は差し出された品を眺めた。


「わしはいらんな。使わんからな」

「ええ……」


あっさり断られてしまった。


「だが、奥方なら使うであろう。そちらへ持っていってみよ」

「母上ですか?」

「ああ。わしに聞くより、奥方に聞いた方が早い」


松は生糸を抱え直し、奥方のもとへ向かった。


「まあ、松が作ったのですか?」

「はい。養蚕を始めて、生糸を作りました。奥方様、買ってください!」

「ふふ。そうですね。どれほどするのですか?」

「九貫です」


奥方は生糸を手に取り、品質を確かめるように眺めた。


「よいでしょう。買いましょう」

「ありがとうございます!」

「それにしても、九貫ですか。御着の市で買うより安いですね」


商人が農家から買い上げた生糸は、運搬や販売の手間を経て市に並ぶ。その分、商人の取り分が上乗せされる。

今回は商人を通さずに買えるため、奥方にとっても都合がよかった。

松は初めて、自分で作った品を売り、銭を手にすることができた。


「これで、また次の準備ができますね!」


松は手に入る銭の使い道を、もう考え始めていた。



七編 次の仕事


「姫様、生糸が売れたそうですな」


太郎爺が嬉しそうに声をかけてきた。


「ええ。九貫で売れました」

「そうですか。それはよかったですな」


太郎爺は自分のことのように喜んでいた。


「それで、その銭は何にお使いになるのですか?」

「人を雇います」

「人を、ですか?」

「ええ。私たちの代わりに糸を作ってもらう人です」

「姫様と通殿は、もう糸を作られないのですか?」

「はい。私たちは糸作りからは撤退です」

「撤退……?」

「ほかにしなければならないことがありますから」


松は当然のように答えた。

実際、松と通には養蚕以外にもやることがある。松には勉強もあるし、新しく始めたいこともいくつもあった。


「ですので、太郎爺には私たちの代わりに作業をする人を探してほしいのです」

「承知いたしました。何人ほど雇いましょうか?」

「それは太郎爺にお任せします。ところで、どれくらいお支払いすればよいでしょう?」

「そうですな……年に二貫もあれば、一年分の米は買えるでしょう。この播磨ならば、それくらいで暮らせるかと」

「では、二貫でお願いします」

「よろしいのですか?」

「ええ。仕事をお願いするのですから、それくらいは必要でしょう」


松はそう言って頷いた。


「それと、太郎爺。これをどうぞ」


松は別に用意していた銭を差し出した。


「これは?」

「一貫です」

「一貫……? なぜ私に?」

「ボーナスです」

「ぼうなす?」

「……臨時支給です」


松は言い直した。


「養蚕を始めるにあたって、小屋を直したり、道具を作ったり、蚕種を分けてもらったりと、いろいろ動いてくれたでしょう。太郎爺がいなければ、ここまでできませんでした」

「しかし、私はすでにお米をいただいております」

「それはお給金です。これは別です」


松は銭を太郎爺の手に押しつけた。


「ですから、受け取ってください」


太郎爺はしばらく銭を見つめていたが、やがて深々と頭を下げた。


「……ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

「これからもよろしくお願いしますね」

「はい。お任せくださいませ」


松は満足そうに頷いた。

これで糸作りは太郎爺たちに任せられる。

松と通には、まだまだやることが残っていた。



二十五から三十綛 は 2.3キロです

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