戦国パンケーキ
砥堀の屋敷で、私は昨日作った菓子のことを考えていた。
牛乳と卵、それに麦粉と水飴。
材料を混ぜて焼いただけの簡単なものだったけれど、思ったよりは食べられるものになった。
ただ、やっぱり甘さが足りない。
そんなことを考えていると、高友叔父様が菓子の残りを見つけた。
「これは何だ?」
「昨日作ったお菓子です」
「ほう。松が作ったのか」
「はい」
叔父様は興味深そうに一つ手に取った。
そして、そのまま口に運ぶ。
しばらく噛んでから、もう一度味を確かめるように口を動かした。
「ふむ……」
「どうですか?」
「甘めだが、まあまあだな」
叔父様は皿に残った菓子を見る。
「貧民の菓子程度だろう」
「そうですか」
私は頷いた。
まあ、自分でもそんなものだと思っていた。
屋敷の者たちは、少し複雑そうな顔をしている。
水飴を使って作った菓子だ。
決して安いものではない。それを貧民の菓子と言われても、なんとも言えないのだろう。
でも、私としても満足はしていない。
もっと甘くしたい。
もっとふんわりさせたい。
そして、何より、
「やっぱり、もっと甘くないとね」
私はそう呟いた。
台所に材料を用意してもらった。
麦粉、卵、牛乳、それから蜂蜜。
前回と違うのは、今回は卵の使い方を少し変えることだ。
「卵を割って、黄身と白身を分けてほしいの」
「分けるのでございますか?」
「うん。別々に使うから」
台所の者に手伝ってもらい、卵を分けていく。
黄身は牛乳と麦粉に混ぜる。
白身は別の器に入れた。
「これを、よく泡立ててほしいの」
「泡立てる、でございますか?」
「そう。白くてふわふわになるまで」
台所の者が菜箸を使って泡立て始める。
なかなか大変そうだ。
現代なら電動の泡立て器があるけれど、ここにはない。
人の手でやるしかない。
それでも、少しずつ白く泡立ってきた。
「それくらいでいいかな」
私は泡立てた卵白を生地に混ぜる。
なるべく泡を潰さないように、そっと混ぜる。
「よし」
これで生地はできた。
あとは焼くだけ。
前回より少し厚めに生地を流してもらう。
火加減に気をつけながら、じっくり焼いていく。
表面に小さな泡が出てきた。
「そろそろかな」
裏返してもらう。
ふっくらとした焼き色がついていた。
「おお……」
思わず声が出る。
前回より、ずっといい。
さて、次はクリームだ。
こちらは牛乳をそのまま泡立てても、うまくいかない。
まずは脂肪分を集めなければならない。
牛乳を静かに置いておき、表面に浮いた濃い部分をすくい取る。
集めたものを冷やしながら、泡立てていく。
こちらも簡単ではなかったが、少しずつ形になってきた。
「……できた?」
白く、ふんわりとしたものが器の中にできている。
私は匙ですくってみた。
「うん。これならいけそう」
あとは盛り付けるだけ。
焼き上がったパンケーキを皿に重ね、その上から蜂蜜をたっぷりとかける。
最後に、白いクリームを惜しみなく載せた。
「できた!」
目の前には、私がずっと食べたかったものがあった。
できあがったパンケーキを前に、私は思わず笑みを浮かべた。
「うん、いい感じ!」
何枚か重ねたパンケーキの上には、蜂蜜がたっぷりとかかっている。
その上には、白いクリーム。
見た目は少し不格好だけれど、十分だ。
私は匙を手に取り、クリームと蜂蜜を一緒にすくう。
一口。
「んー!」
これだ。
この甘さ。
ふわっとした生地に、蜂蜜の濃厚な甘味。
そして、クリームのまろやかさ。
「おいしい!」
思わず声が出た。
やっぱり甘いものはこうでなくちゃ。
もう一口食べようとしたところで、部屋に高友叔父様がやってきた。
「松、また何か作っているのか」
「はい。お菓子です」
「ほう……」
叔父様は皿の上を眺めた。
「これは、昨日のものとは違うようだな」
「パンケーキです」
「ぱんけえき?」
「甘い焼き菓子ですよ」
私は皿を少し叔父様の方へ寄せた。
「食べてみますか?」
「ふむ。では、少しもらおう」
叔父は箸で手に取り、パンケーキを一口分すくった。
蜂蜜とクリームがたっぷり絡んでいる。
そして、それを口に運んだ。
もぐり。
「…………」
叔父様の動きが止まった。
「叔父様?」
返事がない。
叔父様は口の中のものをゆっくりと飲み込むと、皿を見つめた。
その表情は、何とも言えないものだった。
「……これは」
「おいしいでしょう?」
私は笑顔で尋ねた。
叔父様は答えない。
ただ、手に持った箸を見つめていた。
「…………」
高友叔父様は、固まっていた。
目の前の皿を見つめたまま、箸を持つ手が動かない。
「叔父様?」
「……松」
「はい?」
「これは……甘いな」
「でしょう?」
「いや、甘いというより……」
叔父様は何かを言おうとしたが、言葉が続かない。
蜂蜜の甘さに、濃厚なクリーム。
それが柔らかな生地と一緒になって、口の中いっぱいに広がる。
叔父様はもう一口食べようとした。
しかし、箸が動かない。
「……っ」
そのまま、床に身体を預けた。
「叔父様?」
返事がない。
目を閉じている。
「……叔父様?」
どうやらもう動く気を失ったらしい。
「えっ?」
私は首を傾げた。
その様子を見ていた屋敷の者たちが慌てて駆け寄る。
「高友様!」
「いかがなされました!」
大騒ぎになってしまった。
私は自分のパンケーキをもう一口食べる。
「……おいしいのに」
ふと、叔父様の皿に目を向けた。
まだ少し残っている。
近くにいた者が、恐る恐るそれを見つめていた。
「……少し、いただいても?」
誰かが小さく尋ねた。
私は頷く。
「いいよ」
その者は、残ったパンケーキを一口だけ口に運んだ。
「…………!」
目が見開かれる。
そして、次の瞬間。
「ぐっ……!」
胸元を押さえ、膝をついた。
「おい、どうした!」
「こ、これは……」
別の者も、恐る恐る口にする。
そして同じように固まった。
甘い。
濃厚だ。
蜂蜜とクリームが、これでもかというほど口の中に広がる。
普段の食事とはあまりにも違う。
次々と試した者たちが、まるで見えない一撃を受けたように動けなくなっていく。
私はパンケーキを食べながら、その様子を眺めていた。
「……みんな、どうしたの?」
私には、よく分からなかった。
久しぶりに食べたパンケーキは、とてもおいしかった。
ただ、家の者に私がとんでもない腸を有しているのではないかとうらで囁かれるのは、まだ松は知らない。
※高友叔父上と屋敷の者たちは、パンケーキの糖分・脂質・カロリーによる強烈な腹フックを食らったものと解釈してください。
決して毒ではありません。松に悪気もありません。
たぶん。




