3.私を探さないでください
4月。新生活や新学期で、世の中が刷新されるような慌ただしさを感じる季節に、優は紬と出会った。
最初に彼女を見たのは、大学の近くにあるファミレスだ。優は大学に進学して以来、そこでずっとアルバイトをしていた。
ホールスタッフとして働く彼は、テーブルに料理を提供しているとき、ひとつの席が放つ異彩に気を取られた。
「私を探さないでください。迷惑です」
そのテーブルには若い男女が向かい合っていた。
「どこにいるか教えてほしい」
男が身を乗り出して言う。優はその会話を聞きながら違和感を覚えた。
『探さないでください?』『どこにいるか教えてほしい?』――そこにお互い、向かい合っているではないか。彼はそのテーブルに釘付けになった。
その後も奇妙な会話が続く。どうにかして続きを聞いていたい彼は、用もないのにホールを動き回り、会話の断片を拾っていった。
二人の会話は結末に差し掛かろうとしているのだろうか。
「だからなんで、お前にそんなことを言われなければいけないんだ!」
ついに男性が大きい声で女性に怒鳴りつけた。しかし女性はまったくひるむ様子もなく、淡々と言葉を紡ぐ。
「私は、依頼主様の感情、想いをあなたにお伝えしています」
不思議な気分だった。彼女の纏う雰囲気、そして表情。まるで別の誰かが彼女にそう言わせているのか、あるいは乗り移っているのか。それほどまでに、彼女には優を釘付けにする不気味なほどの魅力があった。
「私の仕事はこれで終わりです。紡いだ言葉があなたの人生を少しでも豊かにすることを願っています。それでは失礼いたします」
そう言い、彼女はファミレスを後にした。
残された男性はあっけにとられていた。周りを見渡し、やり場のない気持ちをぶつけるものを探しているのだろう。ふつふつと怒りが湧いているのが目に見えてわかった。
優は衝動的に彼女を追って外に出た。
「待ってください!」
速足で歩く彼女を、走って追いかけた。振り返った女性は驚いた表情で、はぁはぁと息を切らしている彼を見た。
「えっ、なんですか」
「いえ、なんかすごい雰囲気だったので……大丈夫かなって気になって」
優は正直に答えた。心配だったのだ。あんな風に怒鳴られても、気丈に振舞っていた彼女のことが。
「大丈夫ですよ。仕事なので」
「仕事? どういうことですか。あの男性は彼氏ではないんですか」
「ええ、彼は別の方の彼氏です。プライバシーがあるので詳しいことは言えませんが。とにかく私は大丈夫なので。ご心配ありがとうございます。それでは失礼します」
彼女はそのまま立ち去った。本当に不思議な人だった。
ファミレスに戻ると、勝手に出て行ったことをチーフに注意された。優は「さっきの客が忘れ物をしたので届けただけです」と適当な嘘をつく。
横目にさっきの二人がいたテーブルへ目をやると、男性がまだ残っていた。
「優実のやつ……絶対に見つけてやるからな」
男性は何やら不穏な事を口にしていた。彼女は優実というのだろうか。まさかこの男性に「彼女はなんなんですか」とは聞けなかった。
これが、最初の出会いだった。
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