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2.お金儲けのためだけじゃないから

『代弁屋 ことのは』の看板がかかる古びた事務所。先ほどひと仕事終えた女性は、カランと古びたドアベルを鳴らして事務所へ帰る。


「おかえりなさい、(つむぎ)さん。お疲れ様でした。坂村さんどうでした?」


 デスクに座って作業をしていた若い男性、新谷優(あらやゆう)が声をかける。


「ただいまー。あー……緊張した」


 そう言い、紬は羽織っていたコートをデスクチェアにかけ、応接間のソファに倒れた。


 先ほどまでの、すっと背筋の伸びたプロフェッショナルな姿はどこへやらといった様子でソファに深く沈み込み、大きく伸びをした。


 二人しかいない事務所。代表の一ノ瀬紬(いちのせつむぎ)と助手の新谷優。


 二人は代弁屋。文字通り、人の想いを預かり、依頼人に代わってその言葉を対象者に届ける仕事。それが紬と優の職業だ。


「坂村さん、ちゃんと娘さんの想いは届いていたと思う。泣いてたから」


「そうですか……よかったです」


 優は「はい、紬さん」とコーヒーを紬に用意した。


「ありがと」


 紬はあたたかいコーヒーを一口啜り、息をつく。


「天野さん、喜んでくれているでしょう。では、報告書を作成しますね」


 デスクに向かい、優は今回の案件の報告書を作成するべくキーボードを叩き出す。


『ことのは』の仕事は報告書の作成、依頼主への報告をもって完了する。


 紬はソファから立ち上がり、コーヒーを片手に自分のデスクへ戻り、今回の天野様の案件の依頼書を見ながら振り返る。


 依頼を受けたのは一か月前。代弁屋なんて珍しい仕事に興味を持ったのか、一本の電話がかかってきた。


 依頼主の天野弥生さん、22歳。依頼内容は父への謝罪と感謝の言葉を伝えたいというものだった。家を飛び出してしまったので直接話すこともできず、そんな中地元に事務所を構えていた代弁屋を見つけ、興味を持ったのだ。


 紬と優は二人で依頼主の天野弥生を訪ねるべく、新幹線で2時間かけ、彼女の住むアパートを訪ねた。アパートは古い建物で、見た目で築30年は経っているだろうなとわかるほどの物件だった。


「はるばるありがとうございます」


 天野弥生は1歳ほどの小さな子どもを抱きながら迎えてくれたが、時間がちょうどお昼時だったため、近くの喫茶店へ移動して話を聞くことにした。


 弥生と父・坂村秀夫との関係性。今の状況、経緯を詳しく尋ね、何を伝えたいのか、弥生の本心を探るべく紬はいろいろ確認していく。


 優はそれをメモに取り、整理していく。


 そうして聞き取りを終えた二人は、もうじき夫が帰ってくると弥生から聞き、最後に夫にも会うためにアパートで少し待たせてもらうことにした。


 紬は弥生の子ども、壮馬くんを抱いてみたり、一緒に遊んだりしていた。それを優は楽しそうに見ていた。


 夕方になろうという頃に夫、天野達也が帰ってきた。改めて紬、優と弥生、達也の4人で少し話し、紬は具体を固めていく。


 代弁をするにあたって、弥生をトレースするように話し方の癖、イントネーションを掴む。


 そうして依頼内容をまとめ、紬は最後の確認をする。それは弥生との会話の中で確立した「紬の弥生像」だ。


 実際に紬は試しに伝えたい気持ちを込めて、弥生になりきって話し出した。それを聞いた弥生と達也は「すごい……」と感嘆する。弥生より達也の方が驚いていて、「弥生みたいだ」と言っていた。


 そのトレースを確認してもらい、正式にご依頼いただけるか確認し、承諾していただいて契約となった。


 その後、弥生から秀夫宛に「4月12日、昔、弥生と秀夫と亡き母の3人でよく行っていた喫茶サルビアに来てほしい」という手紙を預かり、秀夫の自宅に投函、そして代弁という流れになった。


 そしてその結果、代弁は滞りなく伝えることができた。依頼完遂である。


 紬は今回の案件を思い浮かべながら、優とともに報告書を作成した。あとは実際に弥生に報告書を届けて完了となる。


「今回もわざわざ新幹線で遠くに行って聞き取りして赤字ですね」


 優は少し皮肉っぽく言った。


「だね。でもまぁ、生活はかかってるけど、金儲けのためだけじゃないから」


 紬はどこか満足そうに答えた。

読んでいただきありがとうございます。

続きもよろしくお願いいたします。


※この作品はカクヨム様でも先行配信しています。

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