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13.私がいるし、私が保証する

第一部 誰がために紡ぐ クライマックスです

 いよいよ、代弁決行の当日がやってきた。


 優はひどく緊張していた。無理もない、今日が初めての代弁本番なのだ。「落ち着け」と心の中で常に言い聞かせ、早鐘を打つ鼓動を押さえつけようとするが、意識すればするほどさらにひどくなるようだった。


 少しでも気を紛らわせようと、カバンの中からペットボトルのコーヒーを取り出して喉に流し込み、カフェインの力で強制的に落ち着こうとする。隣を歩く紬は、そんな優の余裕のない様子を見ても、あえて何も言わなかった。


 十五時。夏季休暇を目前にし、主に社用車、倉庫の片付けが業務となっていた沢村と、最終確認のためにこっそり合流した。


「今日は……よろしくお願いします」


 沢村はいつものように、しきりに視線を泳がせ、落ち着きのない様子だった。沢村も、今日で会社を辞めることに緊張しているのだろうか。その強張った表情を見て、『なんだ、今の自分と同じじゃないか』と思った優は、自分はもうすでに沢村耕平をトレースできているのではないかと不思議に思い、なんだか少しだけおかしかった。


「昨日確認したように、終業後の松井さんの呼び出しをお願いいたします」

 紬が冷静に段取りを確認する。


「はい。……うまく辞められるように、頼みます」

 不安そうに言う沢村。その言葉に割り込むように、優が一歩前に出た。


「はい。お任せください」

 少しだけ震える声で、しかし力強く沢村に伝える。


「では、後ほど」沢村は深く一礼し、足早に仕事へと戻っていった。


 松井電気の終業時刻まで、およそ二時間ほど空いている。

 近くの喫茶店で時間を潰そうと紬が提案し、優もそれに同行した。この前の現場視察の際に見つけていたコーヒーショップがあったので、そこに入店する。


「アメリカンを二つ、アイスで」


 ガチガチに緊張している優を案じてか、紬が手際よくレジで注文を済ませてくれた。二人掛けの席に腰を下ろし、冷たいコーヒーを飲みながらひと時の休憩を挟む。


 あと少しで、初の代弁本番となる。さきほど沢村と少し会話したことで優の決意は固まってきていたが、やはり時計の針が進むにつれて、再度プレッシャーの波が襲ってくる。


「緊張してるね。でも、大丈夫だよ。絶対成功するから」


 紬が氷の浮いたグラスを傾けながら、優しく微笑みかけてきた。


 根拠のない言葉だ。だが、このプロフェッショナルな相棒が言うと、不思議と魔法のように聞こえるから困惑してしまう。


「ありがとうございます。……がんばります」

 優はなんとかそう返事をするしかなかった。


「私がいるし、私が保証する。絶対大丈夫」


 なぜそこまで言い切れるのかやはりわからなかったが、不思議と説得力があり、心の底から頼りになった。そこから先の時間、紬はいままで聞いたことのなかった自分の失敗談やたわいのない話をしてくれて、おかげで優の気持ちはだいぶ楽になっていた。


「よし、いこうか」「はい」

 二人はコーヒーショップを出て、決行の地である松井電気へ向かった。


 現地へ着いた二人は、裏手にある社用車用の駐車場に身を潜め、松井を待った。終業後はここに来るスタッフはいないため、代弁をするにはうってつけの場所だった。駐車場には、夏季休暇を前に洗車を終えたばかりの社用車が、きれいにずらっと並んでいる。


 時刻は十六時五十分。ちょうどいい時間だった。


 事前に打ち合わせた算段はこうだ。終業後、いつものルーティンで社用車の施錠を確認しに来る松井に、わざとルームランプを点けっぱなしにした沢村の車を見つけさせる。そして、その車内に置かれた『退職届』を手に取らせたところで対面し、優が代弁を開始する。沢村自身は、少し離れた物陰からその様子を見届けることになっている。


 十七時過ぎ。いよいよ、その時がやってきた。


 松井電気の従業員用出入口の扉が開き、作業着姿の松井が姿を現した。ずらっと並ぶ社用車を一台ずつ見て回り、ガチャ、ガチャと戸締まりを確認している。まだ夏の空は明るいが、ルームランプが点いていることには気づくはずだ。


『社長はそういうところ、しっかり見ている人ですから』


 沢村はそう言っていた。沢村は、松井の仕事に対する真摯な姿勢を心から信用しているのだ。


 そして、沢村が乗っていた車の前に松井がやってきた。施錠を確認しようと伸ばした手が、ピタリと止まる。


 気づいた。松井は車のドアを開け、ランプを消した。そして、その視線が助手席へと向くのが確認できた。沢村が仕込んだ退職届の封筒に気づいたのだ。間違いない。  車から降りた松井は、白い封筒を手に持ったまましばらく動かず、じっと視線を落としていた。


 今だ。


 優は深く息を吸い込み、先頭を切って松井の方へ歩み出る。紬も静かにその斜め後ろへ続く。


「松井さん。少し、お話よろしいでしょうか」

読んでいただきありがとうございます。

感想などいただけると嬉しいです。


※この作品はカクヨム様でも配信しています。

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