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ルーファの救済  作者: 伊丹 喜助
2章

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 一斉に集うデゼスの前で私の魔力を分散させていく。目の前で分散する魔力につられ、デゼスが四方八方に散らばっていく。魔力を注ぎ、分散させる。それを繰り返していく。


「ぁっ」


 魔力に集ったデゼスが次々と私の魔力を喰らっていく。3年前の記憶がより鮮明になる。自分の身体の一部をばりぼりと咀嚼されている感覚。身体の一部が欠けてしまいそう——そう恐怖で溺れそうになるほどの痛み。


 デゼスを殺すには、ニチカの魔力を回復させ、その魔力を免疫力に変換し、デゼスに喰わせる必要がある。必ず体内の外敵を排除する働きのある免疫力に変換する必要がある。

 私の役割は、ニチカの魔力が回復するまでの間、デゼスを引きつけ、ニチカの魔力が回復した後に『攻撃内包型・代替免疫操作術』を発動させることだ。『攻撃内包型・代替免疫操作術』の発動までデゼスに負ける訳にはいかない。完成したばかりで、かつ、人体への実証実験を終えていない魔法に賭けるのは危険な行為かもしれないけれど、これだけのデゼスを排除するにはこの魔法にかけるしかない。


 デゼスの周囲に漂っている魔力を粒子化させる。粒子化した魔力に戸惑う様子を見せるデゼスを核として高速で魔力の再結合を進める。3年前にやった通りだ。再結合のエネルギーでデゼスをできる限り弱らせていく。粒子化した魔力は次々とデゼスに衝突していき、再結合の熱でデゼスが溶けていく。だが——


「んっ」


 痛みで漏れる声を噛み殺す。セツに心配をかけたくない。

 ソウマの時と違って、今の私に扱える魔力量には限度がある。それに、今回は桁違いの数のデゼスを相手にしている。私の魔力に集うデゼスを溶かしてはいるけれど、成功しているのはほんの一部。体内中のデゼスが次から次へと私の魔力に集ってくる。

 最悪な事に、学習しているのか、次第にデゼスが私の攻撃を避けるようになっている。私が他のデゼスの対処に追われていると、これまた他のデゼスが狙ったように私の魔力に喰らいつく。その繰り返しだ。私の魔力が尽きれば、あっという間にやられてしまうだろう。


 額から汗が吹き出し、顎まで伝って流れていく。それを拭う余裕はない。早く、早く。ニチカの魔力が回復する事を願いながらデゼスを一匹ずつ相手していく。

 ニチカに触れている私の手が濡れている。ベッドに手を拭い、改めてニチカに触れようとしたところで自分が震えている事に気がついた。指が小刻みに震え、背中に嫌な汗が流れている。ぞわぞわと身体の中で渦巻く恐怖に侵食されてしまいそうだ。覚悟を決めたはずなのに、気持ちが乱れている。


「ルーファ様」


 セツの声に内心どきりとする。恐怖を悟られてしまったのだろうか。顔を向けると、父と兄を身体で包むセツと目が合った。


「ずっと傍におります。何が起ころうと、このセツが必ず何とかしてみせます」

「セツ……」


 私を射抜くように見つめながら、はっきり強く言い切るその声に、今にも溺れそうだった心が恐怖の荒波から掬い上げられた心地がした。絶対的な味方が傍にいてくれる。そう実感すると改めて力が湧いてくる。

 セツに頷き、私は再びニチカに向き合う。


「よし」


 改めてニチカに触れ、魔力を注ぐと、ニチカの魔力がかなり回復しているのが分かった。体内のデゼスもまだ私の魔力に夢中だ。ここが正念場。


 私の身体中の魔力を全てかき集める。指先から、足先から、腕から、脚から、腰から、胸から。全てかき集めて、それを治癒術のために高速で練っていく。ぐるぐると巡る魔力で酔いそうになりながらも食いしばって耐える。練り終えた魔力をニチカの体内に一気に注ぎ、回復したニチカの魔力に真っ直ぐ届ける。『攻撃内包型・代替免疫操作術』の魔術式に指定されている通りに魔力を操作し、ニチカの体内に魔法を仕込んでいく。

 魔法の仕込みが終わると、ニチカの魔力が即座に免疫力へ変換される。ニチカの魔力から私の魔力を切り離すと、免疫力はデゼスを排除すべく一斉にデゼスへと向かって行った。

 デゼスは新たな餌が来たと言わんばかりに免疫力へ変換された魔力に集い、それを喰らっていく。肉に集うピラニアのように獰猛だった。

 あまりに優勢なデゼスを見て、祈らずにはいられなかった。これで魔法が成功しなければ、私の魔力が朽ちると同時にニチカは命を落としてしまう。ニチカの命がこの魔法にかかっている。


 突如として荒々しく免疫力を喰らっていたデゼスの中の一匹がぴたりと動きを止めた。今の今まで狂気的に免疫力を喰らっていたのに、スイッチが切れたかのように動きが止まる。周囲のデゼスも一匹、また一匹と動きを止めていく。全てのデゼスが動きを止めるまでに時間はそうかからなかった。


 隙を見せたデゼスにすかさず生き残った免疫力が反撃を始めていく。一斉にデゼスへと襲いかかり、次々とデゼスを消滅させていく。まだ免疫力の攻撃を受けていないデゼスにも変化が見られた。はらはらとデゼスの形が崩れていく。砂の城が波にさらわれて崩れていくかのよう。少しずつデゼスを形作っていたものが消えていく。免疫力からの攻撃とデゼス自身の崩壊で、体内に散在していたデゼスは一瞬の内にニチカの体内から消え去っていた。


「間に合った……」


 念の為、私の残りの魔力をニチカに巡らせ、デゼスが隠れていないか確認する。先ほどとは比較にならないほど体内は静かで、デゼスの気配を感じない。デゼスを消滅させる使命を負った免疫力はその役目を終え、魔力へと戻りニチカの中を巡る。

 眠っているニチカを見ると、ゆっくりと呼吸で胸が上下している。顔色はまだ悪いけれど、苦しんでいる様子もなく、表情も穏やかだ。


「あとは、ニチカ様の魔力量が安定化するか確認して、時間を空けて魔力を再供給して」

「ルーファ様」


 私の背中に柔らかい感触が当たる。顔を上げるとセツが私を包んでくれた。


「ルーファ様、うまくいったのですか?」

「うん……うん。うまく、いったよ」

「さすがでございます、私のルーファ様」


 セツが私の頬を舐めてくれる。思わず気が抜けた。

 ああ。まだやる事はある。なのに、身体が重たい。セツにやるべき事を伝えないと。


「この後、お父様とお兄様を……」

「既に手を打っております。この場に間もなく帝国騎士団が到着します」

「ニチカ様の魔力量の供給、あと……」

「そちらも手配します」

「あと、他に感染者がいないか」

「現状は魔物の気配を感じませんし、全て私とエリカ様で対応いたします。だから、今はどうかお休みください」


 セツが私を更にきつく包み込む。ああ、もう終わったのだ。あの恐ろしく緊迫した時間は終わったのだ。思わず床にへたり込む。


「帝国騎士団第2隊隊長、ペリシアン・グレーです。エリカ・ベイリー公爵夫人の要請により援護に参りました」


 ドアを叩く音と共にペリシアンの声がした。先ほどセツが手を打ったと言っていたのはこの事だろう。


「セツ、屋敷に帰ろう。私がこの場にいる事が発覚したら色々説明が難しいから」

「畏まりました」


 ドアを叩く音を背後で聞きながら、トンファオの傍にいる父と兄に目を向ける。ぐったりとした様子で横たわっているのが痛々しい。本当は二人の治療にあたりたいけれど。

 兄の傍に屈み、口元に滲む血の跡を拭う。


「ルーファ様、そろそろ参りましょう。帝国騎士団がいればこの場はきっと大丈夫です」

「そうね。お父様、お兄様、この場を去ることをお許しください」


 これ以上応答がなければ突入する事を宣告しているペリシアンの声を聞きながらセツに跨る。窓から外に飛び出していくトンファオを横目に私とセツはスローパー家を後にした。


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