正義の木の実
路地裏に充分な陽の光で暖まり始めた頃。
タロットの浄化が終わった直後に、静かな鈴の音を鳴らして1番客が現れた。
そっと中に入り、ちまりっと佇む小さな訪問者。
近所に住む5歳位の幼女だ。
もう1人、同じ年頃の幼女といつも路地裏で遊んでいた記憶がある。
ほっぺたをリスの様に膨らませて、両手で何かを大切そうに包み込んでトコトコと近寄って来る。
可愛いが…その手の中は虫では無いといいなぁ…
「あたしのお話し、きいてくれる…?」
うるうるの上目遣い。
ズッキューン!と心臓に刺さる可愛さ。
何と言う事でしょうっ!
おばさん、いや、今世お姉さんは、貴方の将来が心配でたまらんとですっ!
内心の目眩を出さない様に表情を穏やか固定する。
「ようこそ。こちらでお話を聞きます。お手を貸しましょうか?」
「アンは、もう5歳になったから1人で座れるの!」
5歳のプライドを傷付けてしまったらしい…
うんしょ、よいしょと拳を握ったまま椅子によじ登る姿が可愛いのだが?
手を開けば楽なのに、余程大事なものを持っているのだろう。
…うん。ほっこりする。
お茶を淹れて差し出す。
「まだ熱いので、気を付けて下さい」
コクリと頷くとカップの湯気を見て、まだ危険と判断したらしい。
手を出さずに置いておくようだ。
賢い!可愛い!
「今日は、どのようなお話ですか?」
アンは、ジッと自分の握られた両手を見つめながら話し始めた。
「あのね…占い師さん。アンはね、悪いことをしてしまったの…」
机の上でゆっくりと開かれた手から、コロコロと綺麗な色の石のおはじきが数個転がり落ちる。
あらら…友達のおはじきを持って来てしまったのかな?と思ったが、話はまだ途中。
最後までしっかり聞きましょう。
「このおはじきね?友達と半分こして遊ぶやつだったの…でもね、アンはこれが綺麗だったから、半分を先にポケットに入れちゃってたの…アンは、泥棒さんになっちゃった?」
んーーー…
アンちゃんの中の天使と悪魔が喧嘩して、悪魔が勝っちゃたけど、どうしようって事だね?
「これからね、おはじきで友達と遊ぶの…アンが悪いことをしてたってわかったら…友達やめちゃうかもしれないって思って…どうしようって…」
目に涙を浮かべながら、手元の石をジッと見つめるアンちゃん…
自分のした事が悪い事だと気付けて偉いのだけどもね。
ごめんなさいの仕方がわからないのよね。
石についても、まだ悪魔が勝ってる感じかな?そんな事ないかな?
本人にとっては、人生の一大事よね…
「どうしたら良いかの相談ですね?」
コクリとアンちゃんが頷く。
それと同時に涙もポロポロと溢れてしまった。
穏やかな表情を心掛けて頷く。
「では、どうしたら良いかの1つを占ってみましょう」
「1つなの?」
コテンと首を傾げる、可愛い仕草。
あざといけれども可愛い。
表情が崩れない様に気を付けながら、アンちゃんと目を合わせる。
「占いは、たくさんある未来の可能性の1つです。あなたの思い、言葉それらが1つ変われば、未来も変わります」
「そっか…だから1つ…」
「はい」
穏やかに微笑んでタロットを広げ、いつもの手順で整える。
ワンオラクル。
「この中から1つ、あなたの未来の可能性を選んで下さい」
アンちゃんは1つの札を迷わず指差した。
「これだと思う」
ゆっくりと頷き、1枚だけを机の上に残す。
「では視てみましょう」
ゆっくりとカードをめくれば、出てきたのは正義のカード。
右手に不正や悪事を裁く剣を、左手に公平性やバランスを測る天秤を持つ裁判官が描かれている。
この裁判官は、ローマ神話に登場する女神ユースティティア模しているのではないかとも言われている。
「正義の札ですね」
「正義…」
ポツリと呟き、手元の石に視線を落とす。
「あなたは普段、誰とでも仲良くする事が出来て、お約束事を守る子だったと思います」
ハッと顔を上げ、私を見つめる。
どうして知っているのか?と顔全体に書いてあるようだ。可愛い。
「例えば他のお友達同士が喧嘩になってしまっても、お友達のお互いの話を聞いてから仲直りのきっかけをつくったり…していませんでしたか?」
「どうして知ってるの?」
心底不思議と顔一杯に浮かべている。
凄く可愛い。
「この札が教えてくれるので」
「凄い…」
タロットカードをキラキラした目で眺めて、コツンとおはじきが手に当たる。
それを見て、またシュンと萎んでしまった。
「今回も、自分でズルい事をしたのでは?と気付く事ができましたね?普通は中々、自分では気付けないものなのですよ?それは、とても凄い事です」
「そうなの…?」
おずおずと顔を上げ、小さく問いかけてきた。
私は穏やかに微笑み、ゆっくり頷く。
「はい。ズルい事をしたのに気付かず『ズルいぞ!』と相手が怒ってから気付きますね」
始めから悪意を持っていた場合もあるけども…
これ以上アンちゃんの心の負担になるものは、避けておこう。
「そっか…」
口を一文字にしてカードを見つめる姿も、いとかわゆし。
「この札からは、正直であれ。と伝わってきますね。正直に心を込めて、お友達に話すと、穏やかで優しいお友達関係になれると思いますよ?」
コクリとアンちゃんは頷いた。
「…綺麗なおはじき、1人で持っていても胸が苦しいだけだったの。お友達に見せれなくて…全然嬉しくないの」
ふぅ〜っと長く息を吐いてから、ゆっくりと目を合わせてくれた。
「これからね、ごめんなさいしてね。もう1回2人でおはじき選ぶことにするの」
その言葉に微笑んで頷く。
「答えは、あなたの中にありましたね。そろそろ、お茶も飲み頃でしょう。心が落ち着くお茶ですから、飲んで行って下さいね?」
「うん!」
カップを両手で持ち上げてコクリコクリと飲む姿がまた可愛い。
「美味しかった!ご馳走様です!」
御礼が言えるとは素晴らしいです!
花丸あげちゃう!
アンちゃんに向かい、ゆっくりと頷く。
「これアンの宝物。お話し聞いてくれて、ありがとう」
ポケットから出てきたのは、ツヤツヤなどんぐりが3個。
確かに宝物だ。輝いている。
「はい。受け取りますね」
パッと顔を輝かせてから、元気に去る後ろ姿を目で追いながら、どんぐりを撫でる。
本日は中々のお代を頂いてしまった。
上手くいきますように。
どんぐりに祈りを捧げた。
―――翌日、月の雫を購入した帰りにアンちゃんとお友達を見かけた。
2人で選び直したのだろう。おはじきを褒め合いながら、キャッキャッと楽しそうな声を上げていた。
ほっこりほこほこしながら、本日の1番客を迎える為に家へと向かった。




