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路地裏の灯火  作者:
25/28

それぞれの祝杯

 スタンピートの報告を受けたのは、受付嬢のミアだった。

「…え?」

 カイルの焦った様子に思考が停止してしまい、カチンと身体も固まってしまった。

 近くで聞いていた若いギルド職員が、慌てて年配の職員を呼び集めて、ようやくカイルの話しが伝えられたのだ。


「…ベテラン勢が遠征に出払った時を狙うなんざぁ、あの魔窟の性悪さは半端ねぇな」

「あぁ…しかもこの時間からだ。夜間討伐になるぞ…」

「ハッ!ギルド長の奴、スタンピートを逃したぞ?暴れる機会はこちらの方が大きかったみたいだな…はぁ…」

 老年と壮年の職員が毒を吐く。

 静まり返ったギルド内に良く響いた。

 普段横柄な若者達も内心を縮み上がらせているのだろうな。

「あ、あの…どうすれば…」

 若い職員の声に、年配組は顔を見合わせてニヤリと笑う。

「防衛戦に決まってんだろ?」

「逃げたい者は逃げれば良い。職員、冒険者を根こそぎ呼び集めるのだな。カイルはガラムを呼びに行ってくれ」

 『ガラム』の名前に反応した若者達がいた。


「待ってくれ!ガラムさんを呼び出さなくても、俺が!俺達が打って出てやるよ!」

「そうだ!前衛がそろえば、すぐ片付けて来てやる!」

「「は?」」

 何を言ってるんだ?

 あぁ…ガラムの所の糞餓鬼共か。

 ガラムも苦戦していたな…引退を考える程に糞餓鬼共の頭が御目出度いのだろう。

「スタンピートだぞ?わかってんのか?」

「わかってる!だから、俺達が!」

 年配組の職員は完全に呆れ返った。


 老年職員に手配を任せ、壮年職員は糞餓鬼の問答を引き受けた。

 どれだけ広い花畑か…堂々巡りも飽き飽きして来た頃、ふと先程固まっていたミアが走り回っているのが目に入る。

 悔しさを滲ませ、それでもやるべき事に走り出すミアに口角が上がる。

 若者職員と連携して手配をこなす姿は、なかなかのものだ。

「…だから、俺達が…!」

 比べるもんじゃないだろうが、うちの若者達の方が事に当たる連携が取れているんじゃないだろうか?

 食い付いてくる糞餓鬼共に溜息が出る。


「主だった冒険者達に声を掛け招集協力要請出来ました!」

「暗視の目薬確保出来ました!」

「詰所に連絡完了です!住人の避難場所へ誘導中です!」

「携帯食と回復薬です!あるだけ預かりました!」

「予備の武器・装備を出せるだけ出して貰えました!」

「油壺付き弓矢と、職人さんです!」

 外に出ていた若者職員達が手配を終え、物資を持って続々と帰って来る。

 …ホント丸ごと人ごと持って来たのには苦笑するが。

 喚くばかりの馬鹿者を見ながら、若者達の行動に口角を上げる。


「俺は現場の物資補充に当たる。出来れば数人手伝ってくれ…後は、避難した住人の元で待機していてくれ」

 ガラムがギルド内の冒険者達を焚き付け、スタンピートに向かった直後に壮年の職員はそう告げる。

 最悪老年組を引き連れて行くつもりでもあったのだが…

「「行きますっ!」」

 手を上げたのは、全員だった。

 受付嬢も全員。

「最悪、死ぬかもしれないんだぞ?」

「何もしないで生きるより、何かをして生きる方が何倍もいいですっ!」

 ポカンと口を開けてしまった。

 随分と勇ましい…

「大切な人達の為に動くのは、冒険者達だけではありませんからね!」

 ふんっ!と鼻息荒く語るミアが魔獣を屈伏させる姿を想像してしまい、慌てて振り払う。


「老年組は待機しているぞ?何か必要なら色付きの照明を上げろ。老体の全速力で運んでやるわい!」

「…腰に負担をかけない程度で頼みます」 

「年寄りと馬鹿にしとるのか?」

「自分から言っといて?!面倒くせぇな?!」

「…まあ、皆の覚悟は決まってるって事だよ」

 全員が静かに頷く。

 勿論、自分も。

 ついでに弓矢の職人も。

 …ここまで残ってしまったのか。

「では、行くぞ」


 現場に到着すると、石畳の爺様が来ていた。

「石の事なら任せておけ。重いだけじゃ無いって事を教えてやろう」

 普段の穏やかさは何処に行ったのか。

 職人独特の顔で指示を飛ばし始めた。

「石を割る方向はこうだ。だからこっちから叩いてやれば…こうなる。鋭いのも混ぜてやれば、中々の攻撃になるぞ?」

 投石機担当の若者達がそれを学び、一斉に動き出す。

 石畳の爺様も凄い勢いで石を整形していく。

「ほれ、手が空いてるなら運べ運べ。若者の力を充分に発揮しろ」

 若者職員を数人残す。


 弓矢職人と数人は、矢と魔力回復薬の補充に回って貰い、残りは適時回復薬やら何やらの運搬と補充だ。

 スタンピートの異様な雰囲気が圧迫する様に防護壁に押し寄せるが、動き回る事で凌ぐ。

 カイルの情報に耳を集中させながら…上から状況を確認して、壮年の職員は指示を飛ばす。

「油壺の補充!左側の矢と魔力回復を急げ!」

 余りにも大群が控えている。

 魔窟に意思があるならば、性悪に違いない。

 こちらの戦力がギリギリ潰れない程度に抑えて攻めて来ているのだから。

 あの喚き散らしてた若者達が目に入る。

 ガラムの背中を追うように連携を取っている。 

 …どうやら1つ乗り越えたらしいな。

 一端の冒険者に一歩踏み入れたという事だが。

 その未来は未だに悪意と殺意の霧の中だ。


『間に合ってくれると良いのだが…』

 ベテラン勢とギルド長、武の家門の騎士団に協力要請をしていたが…

 武の騎士団は、今回の遠征の柱だ。

 ちょっとした留守に荒れた領地と周辺の整備に、冒険者共々駆け回っているのだ。

 勿論、ベテラン勢やギルド長も一緒にいる。

 共に帰ってくれれば有り難いが馬が無い分、期待出来ないだろうな。

 ギルド長の文句を思いながら空を見上げる。

 …月が沈んでから随分と経ったな。

 そろそろ暗視の目薬の効果が薄れてくる頃だ。

 日の出も近いだろうな。

 いまだに衰える事のない魔物の粘り付くような殺意がポカリと静まる。

 …朝日と共に蹂躙とは、流石に醜悪ではないか?

 悪態をつく体力を温存して、携帯食や回復薬を配る。

 多分、次の波が最期になるだろうとは言う訳にはいかない。

 ならば。

「爺様!着弾と同時に爆発させるような知恵はないか?」

 絞れる知恵も力も全て出し尽くすまでだ。

「そうさな…油壺を火打ち石と混ぜてみるか?どうなるかわからんがな?」

「無いのと有るのじゃどっちだ?」

「有る方がええじゃろうな?」

 ニヤリと2人で笑い合う。

 爺様の覚悟も決まっているようだ。

 弓矢職人と周辺もコソコソと何やら話し合っている所を見れば、向こうも足掻くと決めたようだ。

 …あぁ愚問か。

 既に覚悟は決めていたから、来たのだったな。


「来るぞ!踏ん張れっ!」

 ガラムの掛け声に、壮年の職員も返答を発する。

 そして、一瞬の内に色々な事が起きた。

 空気を揺らす様な振動が響き、魔物の軍勢が防護壁へと一直線に向かい。

 投石機の放った大量の大岩が着弾と同時に爆発して散弾した。

 さらに魔法と火矢が着弾して大爆発が起こり。

 アーススパイダーに騎乗したゴブリンキングを騎士団が討ち取った。

 …間に合った。

 一直線に進む大群に足止めを食せ、混乱した所を騎士団が横から喰い破る。

 最高の奇襲作戦だ。

 大爆発に呆けている魔物は、指示系統を失い更に鈍る。

 どうやら朝日と共に蹂躙するのは、こちらの方だったらしいな―――



「スタンピートが収束しました!」


 その報告を受けたのは、陽光が徐々に明かりを落とす頃。

 ギルドに数人残った職員達が静かに頷いた。

 覚悟を決めた老年の職員が尋ねる。

「皆、無事か?」

「はい。魔物千に対し、死者は無し。傷を負った者達は大小ありますが…無事です。途中合流した騎士団の状況まではわかりませんが…」

「奇跡だな…辺境伯の騎士団、間に合ってくれたか。お前達も無事で本当に良かった。補給担当、ご苦労さん」

 勝率が半々の中、若いギルド職員達も多く動いたのだ。

「はい!」

 報告に来た若者の顔には、乗り越えた者独特の風格が表れていた。

 それを眩しく思いながらも、老年の職員は指示を出そうと問いかける。

「避難解除だな。詰所にも報告をしたか?」

「はい。詰所への報告は、受付のミアと弓矢職人が行っています」

「そうか…では人が戻り次第、酒場を手配してくれ…ギルド持ちで祝杯だ。派手にやると伝えてな?」

「はい!」

 パッと顔を輝かせ去った若者に、溜息をつく。

「今から行っても、酒場の主人は戻って無いのだがなぁ…」

「仕方ありませんよ…私にも覚えがありますし」

 壮年の女性職員が、指で顔を掻きながらこたえる。

 スタンピートに直面した誰しもが経験する事なのかもしれない…

 再度溜息をつく。

「まぁ、待ってる間にも熱は下がるだろう。報酬の準備と報告の準備だ!」

「「はい!」」

 忙しく動き始めた面々に喜色が浮かぶ。

 勿論、自分にも。

『…1杯位は酒を入れてもいいだろうか。遠征報告の待機もあるから、長時間ギルドから離れられないが…それ位なら?いやいや、仕事中なのだし…』

 老年職員の内なる葛藤を抱えつつも、ギルドは回る。


―――町の北側に立ち込めていた魔力の渦は、冒険者達とフェルゼンブルク伯爵領の騎士団の働きにより消失した。


「辺境伯の騎士団が、ゴブリンキングを瞬殺したらしいぜ?」

「流石だな!武の家門を名乗るだけあるぜ!」

 町の通りでは、早くも噂になっているようだ。

「俺達だって頑張ってたのによぉ…」

 そんな若者達のボヤきにガラムは苦笑しながらも、酒場を目指す。

「ギルドからの振る舞い酒かぁ…俺達、夢見てんじゃねぇかなぁ…」

「馬鹿野郎っ!飲む前から何言ってんだよ!」

「そうだぞ?せめて飲んでから言えよなぁ…」

「たらふく飲んでから覚めるなら、本望じゃねぇか!」

 若者達の会話に呆れながらも、どこか浮き立つ気持ちで酒場に到着した。


「お待ちしてました!ギルドからと辺境伯様からの振る舞い酒になりますよ!じゃんじゃん頼んで下さいよ!」

 『『おぉ~!!』』との歓声を上げ、我先にと椅子に座り、注文し始める。

「とりあえず、エールっ!」

「「俺もっ!!」」

「俺は、普段飲めねぇ高い酒だっ!」

「ズリぃぞっ!次は俺も高いやつっ!」

 騒々しいが、若者達の顔には生き生きとした活力が満ち溢れている。

 誰1人欠ける者なく乗り越えれた事を神に感謝して祝杯を掲げる。

「皆、良く生き残った!診療所で悔し涙をのんでる奴等は、後日俺とギルドが奢ってやる!存分に命の喜びを流し込め!」

 「「おうっ!!」」

 ガラムの声に上がる祝杯を一斉に飲み干し、誰からともなく笑いが広がっていく。

「夢じゃねぇなっ!」

「たまらねぇなっ!」

「明日の朝まで飲むぜぇ!」

 若者達の笑い合う声をツマミに、ガラムもゆっくりと酒を飲む。

 ギシッ

 …ここの椅子は流石に頑丈だな。

 占い師に礼を伝えに行って、椅子を破壊してしまった場合まで想像してしまった。

 場が落ち着いたら、店主に椅子の購入先を聞く事に決め、酒を飲み込む。

 穏やかな表情を浮かべながらも、キラキラと自分を見つめてくる占い師を思いながら…


 ―――後日、診療所にいたメンバー。ロキ達の2チームと中堅グループ、そして何故か老年のギルド職員と弓矢職人を伴って、盛大な祝杯を上げたと。

 さらに若者達からの謝罪で大変だったと、ガラムさんが口角を上げながら語るのを、内心の悶絶を隠し聞く占い師だった。

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